第557話 統制者
翠の海の上に影を落としながらドラゴンが飛ぶ。
ハルたちを乗せた客車、いやもはや一軒の家のような客室を掴みながら、召喚された巨大なそのモンスターは深く長く続く森林の上空を進んで行った。
客室の窓から見下ろせるその大森林はもはや海よりも長く連なって、彼らの街もまたその森の中へと潜った先に存在するようだ。
高速で飛行するこの上空からは、一見、街と道の区別もつかない。
「すごいですー……、こんなに続く森も、初めて見ましたー……」
アイリもまた、窓に張り付いてその雄大な景色に釘付けだった。
《サクラちゃんはやっぱりお嬢様だね》
《いや、日本にもこんなん無いだろ》
《最近は放棄森林も広がってるけどね》
《それでもここまでいかんわ(笑)》
《県ひとつじゃ済まんぞこれ》
《速度早いから分かりにくいけどね》
《上からの景色初めてだなー》
《ね、絶景》
このミントの国を選択したプレイヤーは多く居れども、まだこうして上空からこの国を見下ろした者は居ない。
変な話だが、他国の出身であるハルがこの景色の一番乗りだった。
「でもさ、随分なサービス精神だね。あの召喚士の子、どうみても国家の最終兵器じゃん」
「そうだね。歓迎してくれて、僕も嬉しい」
「……ハル、あなた分かってて言っているわね? どう見ても、示威行為を含んでいるでしょうに」
《うちにはこんなに戦力があるんですよー、ってか》
《友好国なのに?》
《むしろ友好国だからだろうな》
《これからも友好的にいきましょうのサイン》
《仲悪かったらイチャモン付けられそう》
《むざむざ戦力の公開になるし》
《……じいこうい?》
《威圧するってことな?》
《これ以上突っ込むなよ?》
ルナのことだ、分かっていてやっているのだろう。コメント欄で遊ぶのは止めていただきたいのである。危ないのである。
実際、どちらの側面も含んでいそうだ。派手なサービスでハルを歓迎する意、自国の戦力を見せつけることで牽制する意、どちらもだ。
その両面ともが放送のメリットとなっているので、ハルとしては大歓迎だが。
「しかし、すっごいですねえ、上の召喚獣。当たり前ですがわたしじゃ普通に無理ですよ。というか、<召喚魔法>を極めたとして呼べるんですかねーアレ? なんとなく、普通は無理っぽいように感じるんですけど」
「かもね。この国で特別なイベントをこなすか、あの妙な儀式を行う必要があるのか。そんな感じはするね」
「ですよねえ」
同じ<召喚魔法>の使い手であるエメの意見に、ハルも同意する。
普通にレベルを上げ続ければ、最終的にあれが呼べるというならば苦労はないが、そうそう簡単にいくゲームではなさそうだ。
そしてハルにとってそう考える決めてとなったのは、失礼ながらあの少女があまり強そうには見えなかったことだ。
彼女は、『これが出来るから自分が外交官になった』、と語っていた。裏を返せば、彼女の他にそれが出来るものは居ないということになる。
ならば必要なのはレベルではなく、血筋や相性なのではないだろうか?
「あの儀式も、必要なMPなんかを補うためのものと思えば納得はいく。天竜王ちゃんそのものよりも、僕としてはあの儀式について詳しく知りたいところだね」
「お? ハルちゃん、あのさわやか露出装備に興味あるの? 着る? 着ちゃう?」
「いいわね。デザインを真似することは可能だわ? 作るから着なさい、ハル?」
「いや、必要なのは機能だけだから……」
《見たい!》
《ローズ様も堂々とされてるし、似合いそう》
《でも、ローズお姉さまが着るとその、お胸が》
《主張が激しくなるな》
《健康的なだけでは済まなくなる》
「着ないからね? 君たち、期待するのは止めるように」
着れてなんとかドレスまでな感があるハルである。あんな肩もおなかも出した大胆な衣装は、さすがにご遠慮願いたい。
そのように賑やかに客室内で過ごしていると、あっという間に竜は森で覆われた大陸の中央まで到達する。
ミントの国の首都へ、ハルたちは到着したのであった。
*
ハルが籠を出ると、そこはまるで空の上。この都市は森の真っただ中だとういのに、まるで都会のビルの屋上に降り立ったような、そんな不思議な感覚だった。
実際、高さはそのくらいある。それだけ高い木の上に、この『ドラゴン着き場』は作られていた。エメがまた、『ヘリポートだ』などと言い出しそうだ。
「来るのは初めてだね。他の人の配信では見て知っていたけど、実際に来てみると驚くものだねこの感覚は」
《実際にそこ来たのローズ様がはじめて》
《一般人じゃ入れないからね》
《アイリスで言う王城みたいなもの》
《中央評議会》
《国会みたいなものかな》
《この国のプレイヤーも必死に目指してる》
「なるほど。この国流の<貴族>しか入れない、ってことか」
「ええ、その考えで相違ないですわ。ただし、こちらの国では投票によって選出されるので、貴族よりはなり易いだろうとは思いますけれど」
少し大きめだったハルのつぶやきに応えたのは、神国で縁を繋いだ外務長官のテレサ。わざわざ出迎えに来てくれたようだ。
彼女の語るようにこのミントの国は貴族制度は取っておらず、民主制に近いらしいことが分かっている。
そうしたイメージを補強するためか、首都にも城のような中央施設は存在しない。
代わりにまるでビルをイメージしたかのような、木々をベースとしたこの高層建築、それが何本も立ち並んでいた。
その様は、まさに『都会のジャングル』。いやむしろジャングルが都会になっていた。
「ずいぶんと高い木だね。感動しちゃったよ」
「ええ、この国特有のものですよ。この天にも届くような木々を骨組みにそれと隣り合うように、私たちは暮らしています」
「隣り合うというか、もうこれは木の中での生活だね」
その背の高すぎる木は一本ではない。何本もの細い木が寄り添い、絡まり合うようにして支え合っている中に、人々が家を、オフィスを、そして街を作り上げているのだ。
春先にユキとプレイしたゲームの世界樹のような大木は無いが、代わりにこちらは個ではない。一本ではなく何本も何本も、規格外の木が立ち並んでいた。
「長官! ご案内、完了しました!」
「ご苦労様。失礼はありませんでしたか?」
「はい、無かったです!」
「……貴女が答えるのがもう、失礼にあたっていますよ、レイナ?」
「大丈夫、ずっと良い子だったよ」
やはり、彼女の元気いっぱいの外交がこの国の基準という訳ではないらしい。よく状況を飲み込めていない彼女にテレサも困り顔が隠せない様子。
だが、それを差し引いても替えの利かない人材らしく、その辺りのハルたちの予想も遠からず当たっているのだろう。
「大変貴重な経験をさせてもらった。空の旅、楽しかったよ」
「それは何よりです。この国で出来る、最大限のお持て成しだと確信しています」
その胸のうちに色々と感情を飲み込んで、にっこりとテレサは微笑んできた。たくましい。
大人のお姉さんの整った笑みは、なかなかの破壊力を視聴者にもたらしたようだ。確かに、少女幼女はありふれておれど、このタイプは珍しかった。
ルナが一番近いが、彼女も分類するのならば『美少女』だ。
《エルフだなぁ》
《弓得意そう》
《魔法なんだよなぁ》
《エルフのイメージによって好きな作品の違い出てそう》
《私はレイピア》
《ここでは<召喚魔法>っていうね》
森の他にも、そこに住むという精霊が国のアピールポイントとなっているミントの国。
そこに住むテレサたちは、自然と<召喚魔法>の使い手が多くなっているようだ。今も周囲を見渡せば、人の兵士の他にも、召喚獣であろうモンスターの姿が散見される。
「あの子らは、警備?」
「ええ。ご不快でしたら下がらせますが、どうか安全の観点から許容いただけます?」
「うん、もちろん。済まないね、どうしても見た目から役目が推察できなくて」
「他国の方を迎えるに、そこが難点なんですよねぇ」
そして、そこが強みでもあるのだろう。慣れぬ者には読み切れぬその能力、必要以上のものを配置しても非難を受けにくい。
とはいえ今配置されているのはハルたちを警戒した精鋭モンスターや、諜報を目的としたモンスターではなく、見た目を重視した美しさ優先の者達のようだ。
何故それが分かるかというと、ハルの仲間の一人に対する反応に、過剰なものが表れているところがあった為である。
「ハルちゃんハルちゃん? なんか、私この子たち怖がらせちゃってるみたい。ごめんね? 敵対行動取ったつもりはないって、テレさんに謝っといて?」
「……と、いう訳なんだ。申し訳ない。テレさん」
「あ、いえ、いいのですけどぉ。テレさん?」
「うん。テレさん」
「……ま、まあ構いませんわ。しかし、こちらこそ申し訳ありません。お客様に失礼のないよう、訓練はしてあるのですが」
それについては、ユキのステータスに存在する、<召喚獣殺し>という属性が確実に影響を与えていた。
外へとモンスターを狩りに行けない彼女が、レベルアップのために行い続けてきた特訓。すなわちエメの<召喚魔法>によって呼び出されたモンスターを狩り続けるという行為、その結果だ。
一度の特訓で百体を越えるモンスターを屠り続けるその訓練により、召喚獣にとっての天敵という人物特性を獲得してしまったユキだ。
これはスキルではなく、主にNPCがこちらの評価を決める際に参照される、内部ステータスのようなものである。ハルも、<豪華絢爛>や<英雄的>など、いくつかを所持している。
「んー、撫ぜたかったけど、残念。諦めるか」
「それがよろしいかもしれません。もし怯えて、大切なお客様に攻撃でもしたら大変です」
「ん? そんくらい良いのに。大してダメージ受けないし」
そういう訳にもいくまい。政治的な話だ。
だが確かに、ふかふかな毛をした金色の狼など、ユキの好きそうな動物である。メタを撫でるのもとても好んでいるユキだ。
撫でること自体は構わないようなので、なんとか触らせてやりたいが、どうにかならないか。そう思いハルが近づくと、その狼は途端に警戒を解き、ハルに大して従順な姿勢を見せた。
「おや、僕に対しては大人しいね」
「へえ、凄いですね。慣れているとはいえ、こうまで他者に懐く者ではないのですけれど」
「僕のスキルのせいかな」
前回の戦いにおて、ハルに生まれた新たなスキルに<統制者>というものがある。
これは<カリスマ>のような常時発動スキルのようで、領地の支配をより盤石にしてくれた。
そのスキルが意外にも、召喚獣に対するカリスマ機能を有しているようだ。このことは、何かに使える情報かも知れない。
「ねえハルちゃん? それがあれば、私も撫ぜられる?」
「平気みたいだね。ほら、おいでユキ」
「おお! うーりうり、撫ぜ撫ぜー。可愛いねキミー?」
ただ、今は懐かぬ動物を大人しくさせる素晴らしいスキルと思っておこう。
ふかふかな毛皮を撫でられてごきげんなユキに、ハルも微笑と共にそんな感想を抱くのだった。




