第556話 召喚士の国
薄着で海の旅を堪能する時間は瞬く間に過ぎて、ハルたち一行は森の国ミントへと到着した。
リアル志向のゲームとはいえ、船旅に何日も掛かっていてはゲームとして成立するか怪しい。それ故かこの世界の船はどれも非常に高速だった。
今回は海からのモンスターの襲撃といったイベントもなく、完全に単なる通過点としてハルたちの船旅は終了する。
「カラクリを知ってみて思えば、あの神国のときの襲撃は、船の中に紫水晶が忍ばせてあったのかもね」
「ですねー。内部の犯行、かも知れませんねー」
「……確かに、水晶を溜めこんでいたあの領主のような者が、中央にも居たのかも知れないわ?」
「そっすね! あの時はハル様は高速艇にいきなりモンスターが乗り込んできたのを『ゲーム的な事情』と納得されてましたけど、元々中に居たとしたら納得です。……んー、にしても、その場合の目的はなんなんすかね? ハル様の暗殺っすか?」
「さてね。新興貴族を暗殺することにそんなにメリットがあるのか。もしくは神国会談を邪魔することが目的か」
《そりゃ新興貴族は脅威じゃない?》
《世襲だけじゃ正式な貴族になれないんだもんな》
《いきなり上司が増えたようなもん》
《そりゃ狙われる》
《でもさ、プレイヤーだぜ?》
《そっか、暗殺は不可能だ》
死んでもすぐに拠点から復活するだけのプレイヤー。殺害することで貴族の席を空けることは不可能である。
では、ハルに手柄をあげさせない為か。それとも、六か国による協議を進められるとまずい事でも何かあるのか。
今のところ、その辺りの決定打は掴めていない。
「僕の使い魔もそれなりに育ってきた。近いうちに、首都の潜入調査でもしてみるか」
ハルは己の指先に、カナリアの召喚獣を止まらせながら考える。
この小鳥の行動範囲に制限はない。現に今も、国を一つ隔てた先の自領にて、小鳥たちが領主代行として待機中だ。
スキル、<存在同調>によりハル自身としての判定も持つ小鳥たちが居れば、他国に居ながらも領主としての仕事が可能となっている。
そのように、遠く離れても問題なく操作可能なカナリアたち。
それを利用し、首都の中枢で何が起こっているのか、それを調査してみても良いかも知れない。
「あ、ハルお姉さま! そろそろお出迎えの準備が出来たようですよ!」
「そうか、ありがとうアイリ。じゃあ、僕らも船を降りようか」
「はい!」
今の立場は友好国からの使者。待遇もしっかり国賓だ。
そんなハルたちは、好き勝手に下船してはしゃぎ回る訳にもいかない。先方の出迎えの準備が整ったとの知らせに、こちらも身支度を整えて粛々と姿を現してゆくのであった。
なんとも、面倒なものである。
*
「お待ちしておりました、<伯爵>閣下! 今回ご案内を務めさせていただきます、外交官のレイナです!」
「出迎えありがとうレイナさん。ハルです、よろしく。素敵な衣装ですね」
「あ、ありがとうございます……! この国伝統のものでして、もし失礼がありましたら、ご遠慮なく! ローズ閣下のお召し物も、かっこいいです!」
「ありがとう。元気な子だ」
外交を務めるにしては、少々活発な感じの案内人が船を降りた先に待機していた。
年若さが過ぎる、のはハル自身も変わらない、そこは良いとしよう。だが、彼女の真に外交官らしからぬのはその服装。
大胆に肩を露出し、さらにミニスカートから伸びるふとももが眩しい、極めつけは、おなかが見えており可愛らしいおへそが確認できる。
織物を重ねて作られたその衣装は、なるほど伝統を感じさせる民族衣装のイメージがある。
ともすれば、外交と書いて『ハニートラップ』と読みかねないその露出も、彼女の快活さと、健康的に焼けて引き締まった体がいやらしさを感じさせなかった。
儀礼用だと言われれば、なるほどそうも見える。
《か、かわいい……》
《やっぱりちょっとエルフっぽい》
《流石は森の民だ》
《何となく和風》
《俺、ミントに移住するわ》
《国民になっても会えないぞ》
《外交官だからな》
《他国で出世しろ》
《無理だ、絶望だ……》
視聴者にも大人気である。良いことだ、それがすなわちハルの力となる。
ただ、そんなハルだが、一つだけ気になることがある。ここは森の非常に多い国であるらしいが、そんな中でこうして肌の露出が多い服装。
「虫は大丈夫なのだろうか……」
「……ハル、気にするところはそこなのかしら?」
ハルのその心からのつぶやきは、隣に並ぶルナにだけ聞きとがめられ、大層呆れられてしまった。いつものジト目が飛んでくる。
まあ、その辺はゲームなので、気にしても仕方ないかも知れない。
そういうハルの方はというと、今回は珍しく派手なドレスではなく、ズボンタイプの儀礼服を着用している。
こちらはこちらで、アイリスの伝統的な格式ある衣装で、女の子や視聴者からも評判がいい。
なんでも、『王子様みたい』、ということで、今のハルは男装の麗人といった状態である。久々の男っぽい衣装にハル自身もまた安心感が強い。
ただ、視線を下げれば立派に主張しているその胸部が、否応なく女性体であることを宣言してくるのだが。
「では、これから乗り物までご案内しますね!」
互いの服装について思い巡らせていると、外交官のレイナはまた元気よく宣言して歩き出す。
自分は自分で、この服装で森に入ったら蒸し暑そうだ、などと考えている場合ではない。元気な彼女の歩幅は大きい。
いかに森の国といえど、ここ船着き場のある港街にはさほどの木々は見られない。
海のすぐそばまで全て森、とまでは、さすがになっていないようだ。
そんな港にて目を引くのは、係留された船と並ぶ、大型のモンスター達の数々であった。
「あれは、<召喚魔法>で呼び出した召喚獣ですか?」
「その通りです、閣下! あの子たちはこの国の召喚士と契約して、お仕事を手伝ってくれています。とても大人しいので安心ですよ!」
「へえ、凄いんだね」
レイナの言葉のとおり、その巨体を半ば海水に浸した巨大な生物たちは、ほぼ微動だにせずその場に待機している。
彼らは船を牽引したり、あるいはその身に荷を乗せて運んだりと、運送業に欠かせぬパートナーのようだ。
言うなればアイリスの国でいう船の動力機関にあたる役目であり、こちらの国の船にはそのための魔法の道具を乗せる必要はない。
その金銭的コストが掛からぬ代わりに、熟練した召喚士という、人材的コストを必要とする。
どちらが優れているかはケースによるだろう。
「そうすると、僕らを運んでくれる次の乗り物も、期待していいのかな?」
「そうなんです! 実は、私みたいのが外交官をやらせていただいてるのも、そこに理由がありまして……」
「大丈夫だよ、レイナさんはしっかりしてる」
「ほんとですか!」
まあ、ここでこうして表情を輝かせて喜びをあらわにするのが、外交官として適当かはさておき、ハルたち一行の気分を明るくしてくれる非常に有能な人材であることは確かだ。
そんな元気で有能な彼女に先導され、ハルたちは街の中ではなく、街から離れるように港から更に奥へと進んで行く。
道は広く丈夫そうな桟橋となっており、等間隔に警備の兵士が並び重要施設であることを主張している。
その海の上を進む道の先には、更に広く、小型の島のように作られた木組みの広場が終点となっていた。
「これで行きます!」
その広場の中心に、まるで小さな家かのような箱型の構造物が設置されている。
出入口があり、窓があり、妙な形ではあるがしっかり屋根もある。
ここで、『ここは海上ホテルで、今日はここに宿泊してください』、と言われても納得はしそうだ。
「……これは、籠かな? 車輪はついていないみたいだけど」
「素晴らしいです! 一目見ただけで分かる、あー、お分かりになるんですね!」
「話しやすいように喋っていいよ」
「ご、ごめんなさい! その、これ運ぶのが、私しか出来ないんです。それで、外交官やらせてもらってます!」
「なるほど」
構造と大きさに多少の違いはあれど、その基本的な設計思想は馬車に繋ぐ客車と似通っている。
つまりは、この家のような箱が彼女の語った『乗り物』であることに間違いはなさそうだ。
そして、乗り物であるなら、馬車に似た存在であるなら、それを運ぶ“馬”が当然必要となる。
その姿はこの場のどこにも見当たらず、そして彼女の存在が不可欠である。このことから導き出される答えはそう多くないだろう。
「つまり! 私がこの籠を持ち上げて運ぶんですよ!」
「あっはっは! 面白い子だ。そう来るとは思わなかった」
「あは、あはは……、どもです。勿論それは冗談でして……」
「これを運ぶ召喚獣を呼び出せるのが、君だけだってことだ。凄いんだね、君は」
「そうなんです! ありがとうございます!」
今日いちばんに喜びの色を弾ませて、レイナは、ぐぐっ、とガッツポーズを両手で作る。
なるほど色々と納得だ。その露出の多い衣装も、外交上の戦略ではなく、正しく伝統的な儀式として必要な装備なのだろう。
見れば、<召喚魔法>の準備に入った彼女に、その衣装とセットであろう祭具のような装備が手渡されている。
露出した肌には紋章が浮き上がり、刺青のようになって発光をし始める。
何度か見た、このゲーム特有の文字だ。ハルは視線がいやらしく見えないように注意しつつも、彼女の肌に浮かぶそのパターンを真剣に目に焼き付けていった。
「では呼び出します! 驚かないでください!」
そうしている間にも儀式は進み、家のような客車の上部に、さらに巨大な影が出現する。
エメの使う<召喚魔法>によって、今までそれなりに強力なモンスターが呼び出される光景を見て来たハルであるが、ここまで大規模なものにはお目にかかったことがなかった。
召喚エフェクトが収まると、そこに現れたのは、翼を持つ巨大な存在。
いわゆる、大型のドラゴンモンスターに見える。しかしその翼は鳥のような羽毛に覆われ、言うなれば天使の翼か。それが二対四枚生えていた。
「紹介します、今回皆さまを運んでくれる、天竜王ちゃんです!」
「……なるほど。よろしく、天竜王ちゃん」
「…………」
天竜王ちゃんとやらは黙して語らず。ただ、この場の誰もが、ツッコミ不在のこの状況を嘆いているのが分かるハルであった。
※ルビの追加を行いました。(2023/5/21)




