第555話 いざ森の国へ
国土の多くを森に囲まれ、精霊が多く住むという、プレイヤー選択国家の一つ『ミント』。
穏やかな国風であり、それ故プレイヤーものんびりタイプの人々が選択しているのが目立つ。あまり戦闘をしないタイプだ。
ほとんどのRPGに戦闘は付き物で避けては通れないが、このゲームは戦闘行為を一切せずとも一応はなんとかなる。
スキルを使えば経験値は入るし、強化ポイントの多寡はその人の人気によって決まる。
しかし、ゲームクリアという観点から考えると、やはり戦闘系有利と言われていた。
「クリア賞金が莫大だからね。皆それを夢見て、戦闘を一切放棄した路線ってのはあまり見ない」
「優勝をしなくていいってー、割り切ってる人だけでしょうかー? 自分の放送が人気にさえなればー、お金も貰えますからねー」
「そうだね。あとは、お金と関係なく、純粋に新しいゲームを遊びたいって人も一定数いるだろう」
「いいと思うよ! 何故だか、食ってかかる人も一定数いるけどねー」
ユキが言うのは、『競技なのだから全ての参加者が優勝を目指すべき』、という勢力のことだ。
そういったルールは規約に存在せず、お門違いではあるのだが、そう言ってしまう心理もまた理解はできるハルだ。
だが、それを他人に押し付けていい訳ではない。そういった遊び方もまた正当な楽しみ方だ。
プレイ人口が増えるだけで、ゲームにとってはプラスとなる。人が増えればそれだけで魔力も増えるこのゲームなら、なおのこと。
そうした、優勝を目的としないプレイヤーの一人が、今回の情報提供者であった。
「森の国にありがちな、<召喚魔法>が好きなプレイヤーだね。たくさんのペットと戯れている姿が人気の人だ」
「これは少し皮肉ね? 賞金も、人気も求めていないユーザーが、結果として放送で多くの額を稼いでいるのは」
「まあ、そういうこともある。ガツガツしてるタイプは敬遠しちゃう、って人もそれなりに居るしね」
人気を得るためには基本的に、宣伝に代表される“人気を得る行動”が欠かせないものだ。だが、それが苦手な層も一定数居る。
そうした層が一極集中し、結果的に何もしていないのに人気が伸びる、ということも稀にある。狙って出来ることではないが。
「やっぱ、変わったプレイする人ほどあのバグ空間引くのかなー?」
「ユキさんの言うこともあり得そうですよねー。それがどういう意図なのかは、まだなんとも言えないですけどー」
「順当に考えれば、プレイに多様性を持たせるため、かしら?」
「全員が最適解なぞるだけじゃつまんないもんね!」
それが正解だとするならば、運営の求めているのは多様性ということになるか。データ採取の観点から見ても、あり得る話だ。
まあ、結論を出すのは早いだろう。それを求めたのは商業的な観点から人間の方、ルナの母の方かも知れない。
「それでー、さっそく向かいますかー? 今なら港も近いですしー、行こうと思えば行けますよねー」
「うん、物理的手段の確保はできそうかな。ただ、問題になるのが国を出る理由でね……」
「うわでた。貴族の面倒な部分だ!」
特に今ハルは領主として、この街を軽率に離れる訳にはいかない。
ここを留守にするには、それだけの理由が必要になるのだった。
「よし、じゃあ配信つけて、必要なイベントを起こしていこうか」
「おー!」
元気よく腕を振り上げるユキと並んで、ハルはメニューウィンドウと向き合うのであった。
◇
「《それで、私に連絡を入れて来たと。正直な人ねぇ。『旅行がしたいから何か外交目的は無いか』、なんて》」
「黙っていてもどうせバレるんだ。それに、僕と君の仲じゃあないか」
「《あら、どんな仲だったかしら。会談で一度ご一緒しただけだと思ったけれど?》」
「多額の借金をしている仲」
《皮肉がお上手(笑)》
《テレサ様ちょっとがっかりしてる?》
《いや、呆れつつ笑ってる。好感触》
《流石ローズ様。女の子を落とす事に定評がある》
《このお姉さんとはフラグ立ってたっけ?》
《んー、国同士が元々仲いいんだよね》
《あとはリコリスだっけ? 良好なのは》
国と国の間の関係値は、最初からどこも平均的にはなっていない。
特別仲の悪い国、というのは最初はどこも存在しないが、逆はある。
例えば今ハルが通話しているミントの国は、ここアイリスの国とは関係が良好である。
それは、ストーリー的な設定では、森によって畑が広く作れないミントにアイリスの小麦を輸出しているお得意様、という間柄のようだ。
そしてシステム的な設定では、守護する神同士の属性相性値が高い、ということに起因する。ユーザーとしてはこちらの方がすんなり理解しやすい。
《アイリスが光で、ミントは風だっけ?》
《光だけじゃなくて、光と聖》
《二つ目はややこしいから無視でよくね》
《無視するな、ちゃんと覚えろ》
《なんで六個じゃなくて十二属性なんだろ》
《姉妹ゲー由来じゃないかな》
《あっちもそうなんだ》
《あっちは二つセットじゃないからもっと複雑》
今語られている通り、神々にはそれぞれその身に宿す属性がある。アイリスの民は<神聖魔法>と相性がいい、という神国での話もここからだ。
属性は“向こう”と同じで全部で十二。だが基本的には、地水火風と光闇、その六種類を把握すれば問題ないだろう。
その属性の関係もあって、アイリスとミントは仲がいいというのが今回の話の裏側である。
これは、実は特に気にする必要は無かったりする。実際に重要になるのはそのプレイヤーがどう行動し、どう相手に印象を与えたかだ。関係値はその第一印象にすぎない。
事実、ハルと最も仲が良いのは、魔法の国『コスモス』の毒舌少女、シャールであった。
「《……普通ならば二言目で却下するお話なんでしょうけど、残念なことに貴女を招くことには大きなメリットがあるわ》」
「残念がらないでよ」
ハルの正直すぎる提案に、そのエルフを思わせる端正な顔を困ったように歪ませて、むむむ、とテレサは語る。
どうやら、日頃の活動が功を奏して、向こう側にもハルの来訪にメリットを見出せるようであった。
「《貴女、見込み通りに出世したしね。それに、うちの国民の間でも人気が高いわ。特に、<召喚士>ギルドの面々に好評ね》」
「あー。薬ばら撒いたしね」
《言い方ぁ!》
《(蘇生)薬をな?》
《いや、危ない薬もばら撒いてる……》
《あっ、幻覚薬……》
《あれも確かに人気だけど(笑)》
「《……貴女の薬師としての腕は認めているけれど、内容はもっと厳選して欲しいわね》」
「あれはあれで、皆の役に立ったと自負しているよ」
「《そうなのよね……、あれで、神の世界への道を見出した人も居るのが、始末に悪いわ……》」
ハルが<信仰>を得るに至った、幻覚薬の大量販売事件。その幻覚薬を利用して、同じように<信仰>スキルへと至ってしまった猛者も何人か存在する。
得たものは大きいが、失ったものもまた大きいことだろう。かなしい。
だが、神への信仰に篤いこの世界、その事実はハルへのれっきとした評価として名声が積み上げられているようだった。
「《出来ればそちらではなく、<召喚士>に関わる活動の第一人者としてお招きしたいところね。聞くところによれば、貴女も<召喚魔法>を使うのでしょう?》」
「耳が早いことで。最近習得したばかりだよ」
「《謙遜しちゃって。神獣を呼び出す凄腕だって噂よ》」
「本当に耳が早いことで」
ユーザー間の人気というのは、支援ポイントによるステータス強化や、放送での収入だけで完結するものではないらしい。
こうしてNPCにまで評価が伝播し、イベント内容に影響する。
そのシステムに感心すると共に、滅多な行動は取れないな、と心中にて背筋を正すハルであった。
そうした流れで、友好国の貴族として、そして<召喚魔法>の第一人者として、ハルはミントの国へと招かれることとなるのであった。
*
「船の時間はきっちり調べたです。この港のことなら、白銀に何でも聞いて欲しいです!」
「おねーちゃん、最初の到達者だからってはしゃぎすぎですよ」
爽やかな海風がハルの髪を撫でながらすれ違ってゆく。ここはゲーム内、潮風を浴びても髪や肌がべたつく事などない。
そんな、自領とは隣町にあたるアイリスの港町。その船着き場へとハルたちは揃って訪れていた。
豪華なドレスは一時脱ぎ捨て、薄手のワンピースを始めとした夏のお嬢様スタイル。
その見目麗しい集団に、視聴者だけでなく港のNPCも釘付けだった。
「ユキはその格好だと、そのまま海にでも駆けていきそうだね」
「う……、実際いきたい……」
「はい! わたくしも行きたいです!」
「そういうハルだって、波打ち際で帽子を押さえていそうじゃない?」
「いや押さえないよ。決して飛ばないの理解してるし」
「風情もなにもないわね……」
そう言うルナは、可憐な日傘を装備して風情抜群だ。ちなみにこの傘は武器である。
着慣れないドレスからお気に入りの肩出しファッションへと装備変更して身軽になったユキと、相変わらずフリルは多めで重そうだが見慣れぬ海に興味津々のアイリ。
二人の低身長組は、一行から五歩ほど先行して元気いっぱいの様子だ。
ハルも白くて丸いおしゃれな帽子を装備して、堂々とした渚のお嬢様気取り。
そんなハルたちを、前の侵攻イベントの際にこの港へと先んじて訪れていた白銀たち<隠密>組が案内してくれる。
「船は押さえてあるです!」
「貸し切りですよ、大おねーちゃん」
「……船上パーティー、にゃー」
《みんな可愛い!》
《ローズ様、バカンスに行くんじゃないんだから(笑)》
《ちなみに向かう先は森の国である》
《海と山、両方楽しめるな。良し!》
《良しではないが》
《ユリちゃんとか虫取りに行っちゃいそう》
《すっごい似合う(笑)》
《ローズお姉さま薄着だとカッコいいなぁ……》
《腕組み似合う》
「おっと。もっと儚げなお嬢様を演じないとね」
「今更ね?」
ハルも重いドレスから解き放たれ、ついついポーズも男らしくなってしまっていた。腕を組んだり、腰に手を当てたり。
そんな、避暑地のお嬢様ごっこも船の上だけだ。今のうちに楽しんでおこう。
メイドさん達も自国には無い港町に興味を隠し切れない様子。
彼女らにとって船といえば、買い物の時に川を往復する小舟がせいぜいだ。この港のように、巨大な船が整列する様は圧巻だろう。
そしてミントの国に着けば、こうしたラフな格好ではなく、今度は正装に着替えることとなるだろう。そんな目まぐるしいファッションショーもこの放送の売り。存分に楽しんでもらえれば幸いだ。
そんな風にハルたちは、一路森の国へと向かう船へ乗り込み、アイリスを後にするのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/12)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




