第554話 参戦する者達
「それで、皇帝系勇者が誕生してしまった、と」
「本当に申し訳ないと思っている。でも人気だからいいよね」
「反省していないわね……」
「でもさー、あの人が心の中では成りたかった自分なんでしょ? いいんでね?」
ハルの相談を経て、クライス皇帝は無事このゲームへと参加を果たした。
そのロールプレイの内容は王道の主人公ムーブであり、彼は正義を成し世界を救う為に旅に出たのだ。
ユキの言うように、心の中ではそうして自らが先頭に立って率先して問題を解決していく、そうしたリーダシップを夢見ていたのかもしれない。
右にも左にも身動きの取れぬ、窮屈な皇帝としての生活が長かった反動だろうか。
「とりあえず、国は別なんだ。しばらく僕らとは関わることは無いだろう」
「こっちくりゃー良かったんに。ハル君はアイリスだって伝えたんでしょ?」
「伝えたけど、僕が“こう”だとは言ってないし、クライスも何でも僕に頼り切りなのは嫌だったんじゃないかな」
「ふーん。まじめなおとこだ」
コラボが本格的にスタートし、異世界の住人がこのゲームを続々と開始し始めた。
対外的には、別ゲームのNPCがコラボキャラとして参戦、ということになっている。このゲームは更に人口を増やすことができ、あちらもまた、興味を持ってもらう機会が増える利点がある。
まあ、今は一時的に人口を奪われる形にはなっているが。
「結構、隠れた人気があったようですね! 釣られてたくさんの人が、新しく参加しています!」
「そうだね。クライスだけじゃなくて、それぞれの国で開始したNPCたちに、そのファンもかなりついて行ったようだ」
「特にあれですねー、戦士の国の『リコリス』に参加した、瑠璃の国のお姫様。あの人の国とのマッチっぷりがやばいですね。そりゃもう気持ちいいくらいに合致していて、姫騎士として人気うなぎ登りです。まあ、瑠璃の国自体、戦闘民族なとこありますけど」
「そういえばー、エメは瑠璃をねじろにしてましたっけー」
「そっすよーカナリー。地元です地元。まああの国は、戦バカなだけじゃなく、順当に政治も腐ってますから、強いだけじゃ成り上がれないですけどね。彼女はそんな中で、強さこそ絶対正義の理想を夢見てたんでしょうねえ」
エメとカナリーが語っているのは、ハルとも戦艦の制圧イベントで関りを持ったことのある瑠璃の王女、つまりアベルの姉のことだ。
セレステの守護する国に相応しい戦乙女ぶりで、遺産兵器である『聖槍』を駆る武人である。
ハルに<誓約>による調停を依頼するなど、王族としての政治力も持ち合わせている彼女だが、心の中では、そんな細かいことを気にせず暴れたいようだった。
本当に力こそ全てであるリコリスの国がいたく気に入ったようだ。
彼女の他にも、各国の特色に合わせて様々なNPCが参加を開始している。
標準的なファンタジーの国である、ここアイリスの国は意外と人気が低く、プレイヤー人口の偏りは多少解消されることとなった。
元々がファンタジー世界の住人たちだ。自分の世界に近い国では、面白みがないのかも知れない。
「ただそれでも、約一名がここに参加したことでまた相当バランス狂ってるんだけどね……」
「意外だよねー。アベル王子もリコリスに行くんかと思った。お姉ちゃんさんと一緒にさ」
「まあ、あいつのぶっきら棒な態度って、その姉仕込みらしいからね。周囲にナメられないようにってさ」
「確か、本来は気弱で大人しい少年だった、という話でしたね」
「そうだねアイリ。幼少期からの、お姉さんの“教育”の成果らしいね」
非常に武の国向きの性格に生まれた姉とは対照的に、弟であるアベルはそこまで闘争心のある性格ではなかった。そういう風に、姉本人からハルたちは聞いている。
ならば、『なりたい自分に成れる』このゲームでは、無理に戦士の国になど行かなくても良い。そういう判断だろう。
そんなアベルの道行きを見守ってみるのもまた楽しいだろう。
同じ国だ、縁があればハルたちとも関ることがあるかも知れない。
「さて、まあNPCたちの事も気にはなるけど、僕らの方もゲームを進めていかなくちゃね」
「はい! 引き続き、頑張ります!」
「方針はどーするんだっけ? 引き続き、リスちゃんたちの野望を探っていくの?」
「そうね? 運営の目的が謎で、そこに不安要素があることには変わりはないわ? 方針はこのままで良いでしょう」
新たな展開を迎えたゲームを楽しむことも勿論、本来の目的も忘れてはならない。このゲームを運営する神様たちの目的、そこに問題がないか探ってゆく。
その為には引き続き、あの世界の裏側にある謎の空間についての、調査を続けることにするハルたちであった。
*
「んでさー、どーする? 方向性は二つあると思うんだよね」
「それは、どんな方向なのでしょうか! 教えてください、ユキ先生!」
「うんうん。教えてしんぜようアイリちゃん! まず一つは、再びあの謎空間への道を探すこと。今度こそみんなで突入だ」
「はい! 今度こそお役に立ちたいです!」
ログインし本拠地の執務室へと集まったハルたちだが、まだ放送は点けずにまずは作戦会議を開くことにした。
今はコラボ参加者に目が行っており、その競合が強い。
そしてハルたちの強みは次々に巻き起こるイベントの数々。次の方針が決まっていない今、無理に放送を始める理由はあまり無かった。
とはいえ、以前から変わったところが無いわけではない。
前回の大規模なモンスターの襲撃を経て、ハルの立場もまた少し変化した。
襲撃から街を防ぎ切ったこと、そして、その実行犯を全て捕縛したことの功績を受け、役割が<伯爵>へと上昇したのだ。
「……昇進ついでに、仮免許扱いだったこの街の運営権も正式に僕の物になった。これからは誰に憚る事もなく、この街で好き勝手できるね」
「おおっとー? ハル選手、まるで今までは好き勝手してなかったような言い方だあ! 既にこの街、最初の牧歌的な風情は見る影もなく、無残に先進的に整備されまくって原型を留めていないというのにー!」
「やかましい。無残とか言うなエメ、発展してるだろ」
ただ、軽い気持ちで大改築を行いすぎたのは事実である。
ハルの領主屋敷が新設された中央通りを中心に、のどかな田舎町は立派な商業都市へとその姿を変えていた。
立地が田舎なことには変わらないが、ハルの<貴族>としての独自のルート、神国会談で築いた交流によりもたらされる交易品は経済を活性化させ、一躍商業都市への成長の道を辿っている。
ついでに、モンスター襲撃の復興と今後の対策という名目で、外延部にもちゃっかり手を入れている。見た目はもう立派な大都市だ。
「話がズレたね。ごめんねユキ先生」
「うんうん。授業中は静かにねハル君。……で、なんだっけ?」
「だめな先生ですねー。ちっちゃいですしー」
「なにおう! カナちゃんだって割とちっこいじゃんかー、ぶーぶー!」
「……謎の空間を探すのが一つのルートで、もう一つは何なのか、という話よ?」
ユキに先生役は早かったようだ。今は小さな見た目も相まって、アイリとカナリーと共に、小学生の生徒である。
だが、態度はともかくユキのゲームセンスは一級品。調子を取り戻すと、すらすらと自信たっぷりに説明を再開した。
「そだそだ。そんで、もいっこはね? ハル君のこの指輪の謎を追うことだ!」
ユキが犯人を宣言するように、びしぃっ、とハルの指に輝く指輪を指し示す。
釣られてハルも右手を掲げると、皆の視線がそれに集中していくのが感じられた。
「確かにね。こいつはイレギュラーなあの空間の中でも、更にイレギュラーな存在だ」
「そっすねー。なんせ、アイリスのお嬢ちゃんにすら想定外のアイテムです。それを追うことで、なぜ想定外なのかを追うことで、連鎖的にここの運営どもの企みも見えてくるかもしれません。名付けて、敵の敵は味方作戦っす!」
「いや、敵の敵は、利用すべき敵だよエメ」
「流石ハル様! 深いっす!」
「ハルさんがだんだんこの馬鹿のペースに乗せられてますー。私が助けてあげなくてはー」
カナリーがエメをハルから引きはがそうとじゃれ合いを始めて会話は中断されるが、言っていることはもっともだ。
運営ですら詳細を把握できていない謎のアイテム、この『夢を見る種』。
今はハルの右手に指輪として輝いているが、様々な形に変化することが分かっている。
これが一体なんなのか? それを調べることで、運営の目的そのものに迫れるというユキとエメによる指摘は正しいものであるだろう。
「ただ問題は、現状これに関する手掛かりが薄い」
「そなんよねー。あれからこの指輪、沈黙しちゃってるし」
「変形はもう、できないのでしょうか!」
「出来ないねアイリ。残念ながら」
「がっかりですー」
「『変形!』って叫ぼうハル君。『変形!』」
「ちょっと恥ずかしいねー」
この指輪、実は現状外すことすら出来はしない。言うなれば呪いのアイテムとなっていた。
特に装備欄を圧迫する、といったような不都合はなく、あるとすれば指輪をはめているという見た目が変更できないことだけがマイナスだが、実害は特に無い。
しかし、自力で取り外せず捨てられもしないアイテム、という存在はそれだけで少々不気味だ。
そんな指輪であるが、こちらから何を働きかけても一切の反応を示さない。
取り外そうとしても、捨てようとしても、攻撃をしかけても、逆に回復してみても、高らかに『変形!』と叫んでも(結局叫んだ。ポーズも取った)。
まるでハルの、『ローズ』のキャラクターの一部になっているかのように、あらゆる行動に無反応を貫き通しているのだ。
「……その指輪が唯一変化を示したのは、例のバグ空間のみね? つまりは、その指輪を追うという事は、自然とバグ空間を追うという事になってしまうのかしら?」
「うーむ、そーなっちゃうかぁ。ままならないねぇ……」
「ままならないわね?」
実質、取れる選択肢は一つのみ。そう話の流れが纏まりかけたところで、ハルから少し待ったをかける。
今挙げられた二つの他にも、取れる選択は存在する。もっと根本的で、効果の期待できるものだ。
「……今ユキが挙げてくれたのは、ゲーム内からのアプローチだけど、僕らにはゲーム外からも取れる選択がある」
「それは、私の会社からの圧力かしら? 今は見送るという結論だったと思うのだけれど、状況が何か変わったの、ハル?」
「いや、そっちはその通りだよルナ。今回、ゲーム外ってのは文字通りの話さ」
「『ゲームの外側』、ですねー。いつものやつですかー。確かに、このゲームを実行中の魔力サーバー、いわゆる第二の神界ネットの位置は特定できてますー」
そう、カナリーのゲームの時も散々行ってきた、物理的なゲーム外からの接触法。
ゲームを形作っている魔法的なプログラム、その本体へと直接介入することだった。
「んー、オススメはしませんかねえ。あ、勿論その時はわたしも、全力で働きますけど。なんならそっちの方が専門分野ですけどですけど! ……でも、ハル様はこのゲーム、普通に楽しみたいんですよね?」
「そーですねー。それやると、宣戦布告と同義ですからー。もうこのゲーム、遊べなくなりかねませんよねー」
「わたくしも、楽しそうなハルさんが見たいです!」
なんとなく、“言わせてしまった”感があり罪悪感を覚えるハルだ。
誰もが心の中でうっすら考えていたであろう、このつまらない終わり方。それをあえて口に出すことで、否定して欲しかったのかもしれない。
ただ、それは最終手段であることも確かだ。結果的に、サービス終了に追い込みかねない。
疑念だけで決行するには、乱暴が過ぎるだろう。
「分かった、ありがとうみんな。それじゃあ、結論としてはやっぱり、今後も謎空間を追っていこうか」
「いぎなーし!」
「わたくしも、いぎなーし、です!」
元気よく手を上げてくれるユキとアイリの微笑ましい小さな姿。ついつい保護者気分が出てきてしまう。
保護者ついでに、今後の方針についての指標もひとつ出しておこう。
実はハルの元に、例の空間についての情報提供があったのだ。それはここアイリスとは別の国のプレイヤーであり、その人はどうにか直接会って詳細な意見交換をしたいという話だった。
その国は森と精霊の国『ミント』。<召喚魔法>が盛んであり、ペット好きなプレイヤーに人気の国であった。




