第553話 叶わぬ夢の叶う世界へ
二部は時間の流れが少しのんびりです。本編のように現実とはリンクしていません。
なのでお話の中はまだ春ごろ。こちらのように暑くなってない時期ですね。いいですね。
「ちょうど、わたくしもお兄様からその話を聞かされたとこでした。なんでも、わたくしに“こらぼ”としてあのゲームに参加して欲しいのだとか」
この天空城の眼下に広がる、梔子の国。その王女として、王宮との連絡を終えたアイリがハルたちの席に合流する。
ハルの左右が埋まっているのを見て、迷いなく膝の上にその小さな体を滑り込ませて来る思い切りの良さは流石である。逃げ場が無くなったハルだ。
「もう別名で参加していると伝えたら絶望していました! 愉快なものが見れましたね」
「アイリは相変わらず城の人に厳しいね」
最近、地上にある王城との間に映像通信の魔道具を設置したばかりである。
そうでもしなければ連絡手段のないこの天空城。しかしその通話におけるパワーバランスも一方的で、もっぱら困り顔の王子を観察するための装置と化していた。
「シンシュ王子も苦労性が板についてきたね」
「自分で選んだ道です。苦労すればいいのかと」
「厳しいですねーアイリちゃんはー。人間主体の野心を掲げるお兄さんはー、まだ許せませんかー」
「……いえ、それがカナリー様たちの、最終的な目的とも合致するとは理解しています。ただ、感情面ではどうにもならず」
神と敵対しているとまでは言わないが、なるべく人間の主権を発揮できる部分を拡大していこうと画策しているのが、アイリの兄であるシンシュ王子、そしてその派閥の貴族たちである。
一応、この国における最大勢力と言っていい。
その野望は、当然カナリーの巫女であったアイリとは相容れる訳もなく、実の兄妹でありながら度々衝突があるようだ。
とはいえ、本気で仲が悪い訳ではないのはハルも知る通り。
今回のシンシュ王子の悩みも、神々の勝手な都合から起因したとも言える。ハルとしても、なんとかしてやりたいという同情の思いもある。
「それってさ、えと、王子様が自分で参加するのはダメなの、かな?」
「……そうね、難しいのかも知れないわねユキ? 言うなれば、仕事が忙しいのにゲームにもがっつり参加しなければならない、といった状況なのかしら?」
「そうですねルナさん。お兄様は、今や事実上の国政の中心。わたくしたちのように、ずっと“ろぐいん”している訳にはいかないでしょう」
「配給量は配信の人気スコアで決まる。なーんて、頭のおかしい設定になってますもんねー。誰が決めたんでしょー、これー」
この世界とのコラボとして、こちら側の人気のNPCを向こうに連れて行ってプレイヤーとする。その大胆な企画がついに開始された。
一応、開始直後はゼロからスタートのプレイヤーが主役として、そういった下地のあるコラボ相手は一歩遅らせている。
しかし上手くいけば有名人として、一気に巻き返しが可能だろう。
コラボの強みとして、こちらのゲームのプレイヤーをそのまま、パーティメンバーとして引っ張って行けるという部分があるためだ。
「ファンクラブがある人とか、プレイヤーと交流が活発な人なんかが有利だね。他には、今は知名度の無い人がコラボを通じて名前を売ることも出来る」
何せ、他のゲームのNPCが、プレイヤーとしてゲームに参加してくるという前代未聞の出来事。
この世界のNPCが生きた人間であると知らない普通の人々にとっては、『シミュレーション技術もここまで来たか』、と純粋に感心する部分だろう。
当然、徐々に見識ある人物にとっては違和感が出てくることとなる。
そこで時期を見て、彼らはNPCではなく異世界人だと、発表することまで含めてルナの母の計画なのではないかとハルは思っている。
もちろんそれは今すぐという訳ではなく、非常に長い目線で見た計画なのであろうけれど。
「ハル君はどこが来ると思うかな? 私やっぱり、アベル王子と愉快な仲間たち」
「だよねえ。ユキの言う通りだと思うよ。あのファンクラブがごっそり参加したら、普通に脅威だ」
「えへへ、だよねー?」
ほんわかと語るユキだが、その脅威度の認識は正しい。普通にハルも、うかうかしていられない。
ハルとも因縁浅からぬ関係であり、また友人でもあるアベル王子。そしてそのファンクラブたち。
女の子たちが各々が好き勝手に動きまわりつつも、それを纏め上げる手腕を備えたリーダー、シルフィードによってしっかりと統率され、皆が同じ方向を向いている。
極めつけが、彼女ら全員がアベルの利を考えて、彼に投資することを躊躇しないことだ。貢いでいる、とも言う。
その結果アベルが強化される様は、今のハルのキャラクター、『ローズ』に通ずるところがある。
その徹底ぶりは、一周年イベントのサバイバルゲームを見ても明らかだろう。
「アイリちゃんがもしお兄さんの言う通りに出ることになっていたら、人気はどうなっていたかしら?」
「難しいですね。わたくしでは、アベル王子の人気度には勝てないでしょう。わたくし、皆のものではなく、ハルさんに独占されていますので!」
「おー、らぶらぶだ。そう断言できるところが、アイリちゃんの強いとこだよね」
「ユキさんも、断言しましょう!」
「ふぇっ!?」
確かに、既にハルという決まった相手が居ることで、ファンクラブ的な人気は出にくいのかも知れない。
しかし、そのアイリとセットで考えられているのが他でもないハルだ。アイリが出るとなると、当然ハルも出てくると考えられるだろう。
それによって、むしろゲーム上級者の集いのようなことになって、案外強いチームが生まれるのかも知れない。
「まあ、アイリがアイリとして出ることはないから、言っても詮無いことだね。シンシュ王子には、僕からフォローしておくよ」
「あまりお兄様を甘やかしてはいけませんよ、ハルさん?」
「肝に銘じるよ。それと、もう一つ。この件に関して相談を受けてたところがあるんだよね。それも、同時に片付けようかな」
ハルたちにとっては慣れ親しんだ、単なるゲームだが、この世界の住人にとっては右も左もわからぬ初めての試み。
プレイヤーや、時に神々に教えを請いながら慎重に参加を決めている。
その白羽の矢をハルへと定めた者も当然存在する。
そんな者の中の一人のもとへと、ハルは助言に向かうことにするのだった。
*
「よく来てくれたな、ハルよ。歓迎するぞ、くつろいで参れ。無礼講、だったか?」
「ありがとう、クライス。まあ、僕はいつも無礼だけどね。神気の圧力で有無を言わせなかっただけで」
「はっはっは! 気にするでない。もし貴公の威圧感が消えたことで軽んじる者が居れば、容赦なく我に知らせるといい。すぐさま罷免としてやろう」
「うわあ……、強権ここに極まれり、だね」
ハルが<転移>にて訪れたのは、北の最果ての地であるヴァーミリオンの国。
その皇帝であるクライスから、割と緊急のヘルプサインが出ていると、側近を務める巫女のカナンから合図が来ていた。
今も余裕たっぷりの態度を見せている彼だが、よくよく観察してみると、ハルの来訪に非常に安堵している様が目に映った。
「こっちも、それなりに暖かくなってきたね。それでも、まだ少し肌寒いのが“らしい”けど」
「うむ。貴重な恵みの時期よ。再び雪の季節が訪れるまでの間、国中が忙しなくなる」
「そんな中、君が長期間抜けちゃって平気なのかな?」
「……うむ。正直なところ、平気とは断言できぬ。だが、我一人の働きで、本来あり得ぬ食料が降って湧くというならば、それこそ慮外。誰にも代わりの勤まらぬ大仕事と言えよう」
「<王>の職務以上か」
「その通りである。<王>だ皇帝だと言えど、神の奇跡の前では等しく只人よ」
この国は、クライスの前二代に渡り、神との交流を断ってきた国だ。
国境の外から発掘される遺産と呼ばれる兵器を使った狩りにより、なんとか食いつないできたのだが、それでも非常に苦しい国内事情であるというのがクライスの本音だった。
ハルの協力もあり、この国の守護神であるマゼンタとの和解も成り、今後多少は楽になるか、といったところで出たのが今回の話。
その試練に晒されるクライスには、再び同情の念を禁じ得ないハルであった。
「マゼンタ君もねえ。国が整うまで無償で支援してやればいいのに。あの子、『神からの独立』を推奨してるもんだから厳しいよね」
「滅相もないことだ。元々、我らが自力で狩っていたと思い込んでいたあの巨獣も、マゼンタ神による手配の物だったのだろう? それすら無ければ我らは全滅していたかも知れぬ。どうして高望みなど出来ようか」
「クライスは真面目だなあ」
皇帝という立場から、表立って神への信仰を語ることが出来なかったクライスだが、内心その信仰は非常に深かったようだ。
ある意味ずっとマゼンタの手のひらの上だったというのに、憤る気配もまるでない。
その、まるで傑物を絵に描いたような彼だが、今は常に自信満々だったその身を自身なさげに縮めて、ハルへと助言を求めているのだった。相当なことである。
「……して、演技とはいうが、我はどうしたらいいというのだ」
「うん、まあ、難しく考える必要は無いよ。演技しろって話だけど、別に演劇やれってことでもない。極論、演技しなくてもいい」
「それは、如何なる理由でか?」
「……例えが難しいね。要は、僕らのようになるって考えれば良いんじゃないかな。同じような使徒にさ」
フルダイブゲームをやったことのない人物に、それを説明するのは難しい。
だがこの世界は、それ自体がフルダイブゲームの舞台として使われていた。ならば、それを例にして例えられる。
ハルたち日本人はプレイヤーとして、設定的には『神の使徒』としてこの世界に参加している。
そこで神々の手先となって、この世界の問題を解決していくのがゲームの目的だ。ちなみに、問題筆頭である魔物は、神々の自作自演である。
「では、我は神の使徒として別の世界に赴き、その世界を救う手助けをするというのであるか」
「素晴らしい。百点の答えだ。まあ、別に救わなくても良いんだけどね」
「??」
「いや、忘れて欲しい。……でだ、そうして神に選定された勇者としてかの地へ降り立つ訳だけど、当然その地では皇帝として振る舞う訳にはいかないよね。配下は居ないんだから」
「確かにな。それで、演技か」
「うん。好きな役割を演じればいいんだよ。『もし自分が王族じゃなかったら、やりたかった仕事』、だとかね」
それが、本来のロールプレイングの楽しみ方だ。
特に彼にとって、決して叶わないはずの夢でもあっただろう。
そうしてハルが説明を続けていくと、参加にあたってのクライスの心理的抵抗も、少しずつ薄れていったようだ。
どうか是非、重責から解放された束の間の休暇として楽しんで欲しいとハルは思う。
少々、説明が恣意的になりすぎたかも知れないのが気がかりだが。
そうして、クライス皇帝は参加を決心し、彼に続くようにして各地からも続々と、この世界からのコラボ参加が決まっていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/5/8)




