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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部1章 アイリス編

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第551話 仕様外仕様

「《結論から言うぜぃ。ハルお兄ちゃんが拾ったアレも、ハルお兄ちゃんが歩いた通路も、あたしたちが用意したものじゃ無いんさ》」

「それはつまり、あなた方の内部抗争ではない、ということかしら?」

「《そーだよ社長しゃちょー。あたしたちはカナリーたちみたいに、運営内で醜く争ったりしないのだ!》」

「よく言いますねー? その私たちから、魔力も資金も融通されなければサービスの開始すらままならなかった弱小運営がー」

「喧嘩しないの、二人とも」

「ぶー」


 いつものように膨れっ面を見せつけてくるカナリーの頬を、指でつついて空気を抜いてやる。

 そのスキンシップで満足したのか、カナリーはそれ以上アイリスに食っては掛からなかった。


 さて、謎の空間で、謎の魚類を、謎の剣をもって撃破してから少し経った。

 ハルは一旦ログアウトすると共に放送を終了し、今は皆が放送を切った非公開状態だ。

 そうして再度、ハルが拠点に入りなおしたところに、あの騒がしいアイリスが姿を現したのだった。彼女の姿を通常のマップで見るのはこれが初となる。


「じゃあ、あのアイテムは正真正銘のチートアイテムって訳だ」

「《……それが、そーとも言い切れねーのよねー。あたしたち運営が想定してないってだけで、アイテムの生成それ自体は正式なゲームシステムにのっとってされてるんよ》」

「……良く分からないね。想定外ならバグ、チート、不具合で片付けても構わないと僕は思うけど?」

「《そーすっとね? 今度はゲームの進行が成り立たないんさ。お兄ちゃんがいきなり見つけた<貴族>ルート、あれだって実はあたしたちの作った<役割>じゃあないのんよ?》」


 個人個人の演技を重要視するこのゲーム、時に、そのプレイヤーの演技が新たなイベントを生み出すこともある。

 その判定とイベント生成はシステムにより自動で行われ、運営であるアイリスたちが手動でイベントを生み出している訳ではないらしい。


 その中に、ユニークな<役割>や<スキル>、アイテムなどの生成もシステムに許可されており、アイリスたちに確認を取ることなく自動でそれらを生み出す権限が、このゲームそのものに存在する。


「……呆れた人たちね? せめて、確認だけは自分たちでおやりなさいな」

「《そうは言うけどさ社長しゃちょー、カナリーたちみたいに開発に百年かける訳にもいかんでしょー。その、あたしらにも納期ってもんがありまして……》」

「急がせたのはお母さまかしら……? 困った人なんだから……」

「人間にとって、何が良い物で何が悪い物なのか、判断するのって私たち苦手ですしねー」


 ゲームの開発について思う所があるのか、ここにはルナとカナリーも同情気味であるようだった。


 さて、そんなゲームシステムだが、『何が良いのか』はゲーム自体が判断している。

 アイリスの言葉を借りれば、その判断もやはり苦手であるはずだが、そこについては画期的な方法でカバーしているらしい。

 どうしているのかというと、判定はシステムが行っているのではなく、ゲームへ接続したプレイヤー達が行っているらしかった。


 これは、何もプレイヤーに直接アンケートを取っている訳ではない。

 彼らの無意識に働きかけ、その好悪の感情の振れる度合いを測定して、実装の是非を決めているということだ。


「多くの人間が肯定する内容だから、間違えているはずがない、ってことか。……多数派だからって、それが正しい答えとは限らないんだけどね」

「そうよ? 特に、自分が良い思いをするならば、または自分に害がないならば、多少の不条理は許容するのが人間なのだから」

「民の意見を全て聞き入れていては、統治が成り立たないのですね!」

「特売と射幸心に弱いもんねー、ユーザーはさ」

「《ぐぬぬ、ぐうの音も出ねー……》」


 ルナ、アイリ、ユキと、現役人類の三人娘にもダメ出しを受けて、さすがにアイリスも返す言葉が無いようだ。

 とはいえ、これまではアイリスたちの想定通りに、しっかりとゲームが回っていたのもまた事実。そこはハルも評価している。


 恐らくは人の感情に詳しいマリーゴールドの協力したシステムだろう。まるで事前にリサーチしてしっかりとイベントを手作りしたかのような、即興とは思えぬ作り込みだ。

 各地で発生するイベントの質も量も非常に好評であり、どの放送を見ても新鮮な展開が楽しめると視聴者側からも評判だ。

 ハルにとっては逆風だが、人気の放送一つ見ていればそれでゲームの全てが分かる、という作りではないのは、コンテンツとして非常に素晴らしい作りだろう。


「《でもよぅ、“裏側”には手出ししないように設定してあったんだけどなぁ》」

「あそこは君らの手動で進行するエリアなのかな? 本来は、どういうイベント展開であそこに至る予定だったの?」

「《それは、『攻略情報についてはお伝え出来ません』、なんよ?》」

「さいですか」

「《左様なんさ。ただ、“そいつ”は完全にイレギュラー。ギリギリまで必死に削除しようと頑張ってたんだけど、無理だったわ》」


 アイリスが“そいつ”と指さすのは、ハルの右手の人差し指に今も輝く謎の指輪。『夢を見る種』であった。

 巨大魚の撃破ののち、剣は再び指輪へと姿を変えてハルの手に収まった。


「……リスちゃん、運営内での権限、もしかして低い?」

「《にゃにおー! 馬鹿にすんなって! 最高幹部のひとりだぞ! ……うち、最高幹部しかいないけど!》」

「つまり、全員が平社員とも言える、と」

「《しゃちょー! ご友人の方がイジメるんだけどー!》」

「……頼ってもらったところ申し訳ないけれど、私もユキと同感よ? 運営として強制削除が出来ないというのはいくらなんでも、ねえ?」

「《うわーん!!》」


 ルナもハルの指へと視線を落とし、それがどうにも出来ない事実に言及する。

 イベント後のこの落ち着いた時間、アイリスがどうにか『夢を見る種』の情報を、削除ないし改変できないかと試行錯誤していたが、システム自体に完全に保護されているようでそれは適わなかった。


 どうやら、『正常なゲーム進行を阻害する』、として削除することが危険であるとシステムから突き付けられるようだ。

 理屈は分かるが、それでも理解に苦しむ。時に中核カーネルの書き換えも行える権限を持つからこその、運営責任者だろう。

 特に彼女らは元はAI、専門家中の専門家であるはずだ。


「……ねえハル? 私の判断で、サービスを一時中断してメンテナンスに入った方がいいのかしら? お飾りとはいえ、可能よね、そのくらい?」

「そうだね。とはいえ、これは奥様の肝いりのプロジェクトだ。ここで中断すると、あの方のこうむる損失が計り知れないんだよね」

「ハルは少し、お母さまに甘いわ?」


 そうかも知れない。ただ、これはルナの母のことを案じて、というよりも、ルナとハル自身の自己防衛のためでもある。

 ハルたちに非常に優しくしてくれる彼女であるが、ただ優しいだけの存在ではない。

 若くしてあの多大な影響力のある家を取り仕切っていることからも読み取れるように、その判断は時に感情に流されず冷徹だ。


 その彼女を敵に回したら、ということはあまり考えたくないハルだった。


「まあ、ルナちーのお母さんも別に変なこと企んでる訳じゃないっしょ」

「そうですねー。私も最近よくお世話になってますが、人類支配とかそーゆー野望持ってる人じゃないのは保証しますよー。お菓子くれますしー」

「わたくしのことも、娘のように扱ってくれるのです!」

「……あなたたち、チョロすぎて少し不安になってくるわ?」


 良い人判定が利己的すぎる子が混じっていた。危険である。

 ただ、カナリーも別にお菓子に釣られてルナの母を庇っている訳ではない。カナリーも今は、ハル同等の頭脳をその身に備えている。

 それによりあらゆる前後関係を吟味ぎんみした上で、奥様は善人であるという判定をしているのだ。


 ルナもそれは分かっているのだろう。今しばらく、サービス中断の判断は先送りにしたようだ。


「まあいいわ? 私も、別に母親に迷惑をかけたい訳でもないもの。もう少し、状況を見ましょうか」

「《さっすが社長! まっかせなって、あたしたちで、必ずなんとかして見せるぜい!》」

「……いえ、勘違いして欲しくないのだけれど、私はあなたを信じ切れている訳でもないのよ?」

「そうだね。僕らがこのゲームに参加したのも、君らの目的を探りたいからだしね?」

「ですねー。もしかしたら運営の想定外の事態ってのはー、世界にとって都合の良い事象かもしれないですしねー」

「《ひっでぇなおめえらー!》」


 そんな、和気あいあいとしつつもその身にまだ秘密を抱えるアイリス。

 彼女との騒がしいやり取りを、指輪は何も反応を示さず、静かに見守っているのだった。





「《そんで(ふんで)よう、エメお姉ちゃん? ……エメお姉ちゃんで、いーのよね?》」

「ん? なんすかー、人見知りっすか? 好きに呼んでくれていいですけど、昔の『エーテル』は勘弁して欲しいっす!」

「《そ、そーなんね?》」


 情報の共有が(アイリスの話せる範囲という制限付きだが)終わった後も、アイリスはすぐに消えることなくハルたちの本拠地に残っていた。

 今日はハルも放送を再開するつもりはないので、彼女の好きにさせている。


 そのアイリスは、珍しく奥の方で大人しくしていたエメに、挨拶に言っているようである。会話の最中から、ちらちらとエメの方へと視線を送って、話したそうにしていた彼女だ。


「なんだかちっちゃくなったっすねー? あ、分かった! まだ埋まってない妹枠に入り込む気っすね! 確かにいい作戦だと評価しますよ~?」

「《そ、そんなんじゃねーのよ!? こーゆーのも、良いと思っただけで……》」


 この状況、実はこう見えて人見知りをしているのはエメの方なのであった。

 ずっと音信不通であった身であり、神様たち全体を騒がせた自覚のあるエメだ。改まってどう接していいのか分からないのだろう。


 そのため、いつもはやかましいほどに口数の多いエメであるが、今回の話し合いにおいては口を挟むことはしなかったようだ。

 余裕の態度を装ってはいるが、なんだか助けて欲しそうなのでフォローを入れてやるハルだった。


「……そういえばエメは、この指輪、どうにかすることって出来るの?」

「あ、はいハル様! “出来るっすよ”。その指輪だけじゃなくて、このゲームの全て、なんならこのアイリスちゃんまで、簡単に消し飛ばせるっす! ご命令いただければすぐにでも。あ、消します? 消しちゃいます? なるほどそうすれば、万事解決っすね!」

「やめんか、テンパって暴走しすぎだ」

「《こええ……、お姉ちゃんこええよぉ……、なんだかあたしより、お姉ちゃんのが変わっちまったよなぁ》」


 そうは言いつつも、何となく相性の良さそうな二人だ。そして打ち解けたら二倍やかましそうである。今から頭が痛い。


 運営でも消せない謎のアイテム。そしてそれを消せるというエメ。

 なんだか順調にイレギュラーがハルの元に集まってきている気もする。いつもの事といえば、いつもの事だ。

 

 この先、これらの要素がどう作用してくることになるのか。そして、アイリス自身すら制御できていない彼女らの目的は一体なんなのか。

 今はまだ、ハルにもその予測は立たないのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回は都市開発路線で進むのかな、と思っていたら最後に強化イベ来ちゃいましたかー。 ハル陣営、虹神、花神以外の勢力介入の予感? 自動生成システムに振り回されてる感もあるけれど、花神たちは果た…
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