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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部1章 アイリス編

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第550話 静かにそこへ鎮座するもの

 光の階段を駆け上がるハル。それを上り詰めると、その終点では屋根のある建物が出迎えてくれた。

 建物、と言ってもしっかりと形のあるものではない。通路や階段と同じように、おぼろげな輪郭で、光の粒子の集合体によって構成されていた。


 導かれるままにハルが内部に踏み込むと、光る紋章を星の代わりにした宇宙のような風景は閉ざされ、視界は白で埋め尽くされた。

 お馴染みの白い部屋。ログインルームを思わせる。


 その部屋の中央に、ぽつり、とハルの身長に合わせた台座が、床からせり上がるように伸びていた。


「……トワイライト・メモリー・クリスタル?」


 その台座の上に安置されていたのは、ハルに、いやハルと神様たちにとって非常に多くの意味を持つアイテム。手のひらサイズの大きめな水晶、『トワイライトメモリークリスタル』だった。


「これだけ形がはっきりしてる。何で、こんな所にこんな物が?」


 星も建物も、そしてモンスターさえも形の曖昧なこの世界。その中において、このクリスタルだけがはっきりとしたグラフィックで作成されていた。

 無論、なんらかの意味はあるのだろう。それを探るため、ハルは目を凝らすようにしてそのクリスタルの情報をAR表示させていった。


「アイテム名は、『夢を見る種』。意味深だね。……そして詳細データが、何も見えない」


《またバグってる!》

《モンスターと同じってこと?》

《でもあからさまにイベントアイテムだ》

《取れって言ってるね》

《どう見ても言ってる》


 視聴者の言う通り、このアイテムは確実にハルに入手されるために配置されていた。

 わざわざ周囲を囲って雰囲気ある環境背景ロケーションを演出し、ハルが取りやすいように高さを合わせた台座に配置してある。


どう見ても、このクリスタルを手に入れることが、この光の道を配置した何者かの意図であるのは疑いようがなかった。

 それがあのアイリスなのかと通信に耳を傾けてみるも、彼女もずっと沈黙したままだ。課金しないと出てこないつもりだろうか?


「まあ、二の足を踏んでいても仕方ない。こうしてるうちにも、あの魚が戻って来るかも知れないし」


 ハルが意を決しクリスタルを手に取ると、それは例のバグエフェクトを一瞬発生させ、するりと体内に入っていった。

 少し演出が妙ではあるが、無事にアイテム欄に登録されたようだ。


《おしまい?》

《これを手に入れるイベントだったのかな?》

《それは何だったんですかお姉さま?》

《何かのキーアイテムなのかな》

《種っていってたね》

《植えてみよう!》

《ローズ様の領地に名所が増えるね》


 意味深なアイテム名に、コメント欄ではああでもない、こうでもないと、推測が早くも盛り上がっていた。

 その『夢を見る種』という名前だけは確認できたため、地面に埋めるようにして使う派が優勢のようだ。

 世界樹のごとく巨大な木が育つであったりだとか、その想像力は大きく羽ばたいてゆく。


 しかし、彼ら視聴者が預かり知らない事情を知るハルにとって、その形と名はそれ以上の意味を持つ。

 この特殊なクリスタルは、カナリーたち神様のデータが記録されていた媒体ばいたい。いわば、『神の種』としての意味合いを持つ。


 夢を見る、という言葉も色々と考えつくものがある。

 神は眠らないが、まだ生まれでる前の準備段階として、眠りを差し示しているという考え。

 もしくは、夢を見るということは、生きていることの証明であるということを指し示しているとも捉えられるかも知れない。

 AIも夢を見るのだ、きっと。


「……色々と考えられるけど、全部推測だよね。とりあえず、<解析>ではっきりさせてみよう」


 ハルの考えは色々とあれど、現段階では全て妄想にすぎない。今大切なのは、このアイテムがゲーム的にどういった立ち位置なのか知る事だろう。

 そう思い<解析>スキルを使用してみるも、名前以外の詳細データが明らかになることは無かった。


「……ふむ? 解析不可。これは、長期戦になるかもね。一旦帰ろうか。外もなんだか騒がしいし」


《ローズ様、上! 上ー!》

《魚が壁破ってきてるー!》

《のんびりしすぎだってー!》

《でもこの壁丈夫だね》

《あ、頭が引っかかってる(笑)》


 ハルがアイテムについて考察している間、壁に体当たりを繰り返していた巨大魚がついにその防御を破ってきた。

 この建物を構成する光は今までの通路のそれよりも堅固なようで、多少の時間をハルへと与えてくれた。

 そして、その頭が室内に突っ込み、一瞬身動きが取れなくなったのを見計らってハルは外へと飛び出した。


「《お姉さま! “ろぐあうと”しましょう! もうイベント内容はこれで済んだはずです!》」

「そうだね。道を戻っても出口は無いし。ただ、本当にこれで終わりなのか少し気になる」


 別に、他のゲームでも、『アイテムを回収するだけのダンジョン』、などという物はありふれている。

 演出としても、しっかりと特別感のある配置であることを考えれば上等だろう。

 しかし、何となく釈然しゃくぜんとしない気持ちがハルにはあった。これは、ハルがただ負けず嫌いで、モンスターから逃げることを無意識に嫌っているだけなのだろうか?


 そうやって考えているうちに、魚は部屋から頭を抜き放って、再び通路上のハルへと狙いを定めた。

 向かって行けどダメージは無し、逃げて行こうとも出口も無し。対処方法は課金のみ。


 そんな、どう進もうとも微妙な結果の八方ふさがりに、ハルが諦めてログアウトしようとした瞬間、アイテム欄が自動で展開し中から例のクリスタルが勝手に飛び出して来た。


「なんだ……? あのモンスターに反応した?」


 クリスタルはハルの手の中でバグエフェクトをまき散らしながら形を変えてゆき、右手の人差し指に指輪として収まる。

 そして輝きを発したかと思うと、ハルの前方にシールドを張り、巨大魚の突進をせき止めるのだった。


「驚いた。一切の防御不能だったあのモンスターの身体を。これは、この輝くモンスターへの対抗アイテムってことでいいのかな?」


 その声に呼応するかのように、指輪は再び姿を変える。

 それはハルの右手の中でつるりとした刀身の、一切の継ぎ目のない剣となり、自らを振るえと高らかに主張していた。


 ハルはバリアに阻まれ勢いを殺した魚の鼻先を、躊躇なくその剣で切り付ける。

 すると初めて、今まで何をしても何の手ごたえも無かった巨大魚に、その輝く剣は傷跡を残すことに成功したのだった。





《あー! だーめーさー! やっと繋がった! お兄ちゃん、今すぐその剣を手放してログアウトしよう! そうしよう!》


「……どうしたいきなり出てきて。ジャミングでも受けてたの? まあ、見ての通り今忙しいんで後でね」


《んのぁー! だから忙しくすなー! 戦うなー! ログアウトしおぉー!》


 ハルが謎の剣をもって巨大魚との戦闘を開始した瞬間、今までまるで音沙汰のなかったアイリスからの通信が再開された。

 内容を考慮するに、今までどうやら通信したくても繋がらなかったようだが、今はそれどころではない。戦闘中である。

 そう、戦闘中だ。ようやく今、ハルと魚は戦いと呼べる関係性へと踏み込めたのだ。邪魔しないでいただきたい。


「……傷は出来るがダメージ表記は相変わらず無しか。まあ、傷が付くなら倒せるってことだ」


 とはいえ敵の攻撃が一撃必殺なのは何も変わっていない。敵が倒れるまでハルは一切、その身に攻撃を受けてはならないのだ。

 その場で急速旋回し、恐ろしい勢いで打ち付けてくる尾ひれの攻撃を、剣を叩きつけるようにして防御する。


 その尾を切り裂きながら、刀身を軸にして空中で一回転するように飛び越えて回避する。

 着地の瞬間を狩り取ろうと迫る巨大な口が迫るも、その中に剣を突き入れるように横一文字に切り裂いた。

 敵はその突進の勢いがあだとなって、自身で自身の傷口を広げていった。


「着地狩りなんてしようとするから。さて、このままヒラキにしてやりたいところだけど……」

「《傷が治っていきます! やはり、無敵なのでしょうか!?》」

「《いや、アイリ(サクラ)ちゃん良ーく見てみ? ちょっち、小さくなってるねこの魚》」

「《体積が、そのままHPの代わりになっているという事かしら? ならば少しずつ削っていけば、勝てるわね?》」


《止めろって言ってんだろぉー! 戦うんじゃねぇーー!!》


 冷静に分析する女の子たちと、それに重なるように騒ぎ立てる幼女の声が重なって混沌としてくる。

 アイリスがここまで騒ぎ立てるのはそれなりの理由があると思うのだが、『倒せないモンスター』という物にそれなりの恨みがあるハルだ。それが倒せる状況になったというなら、申し訳ないが引く理由がない。


《ああぁー! あたしの魚類ちゃん一号ーー!!》


 ……一号は以前に倒したと思うのだが。型番ではなく種族名なのだろうか?


 その魚類ちゃん一号は今までのようながむしゃらな突進を止め、距離を取ってダメージの回復に務めている。

 切り傷で体積が減るのも妙な話だと思ったが、どうやらハルの手にする剣は、切り裂いた周囲の身まで削り取っているようだった。


「魚が好きなのか、お前? 戦闘中につまみ食いとか余裕だな」


《食わせんなぁー! あたしの持ちデータだぞっ! 高かったんだぞ! それ以上その剣の横暴を許すなぁー!》


 何となく、背後関係が見えて来た気もする。この剣はアイリスとは別勢力が、彼女のリソースを削るためにハルに与えた神の手先としての兵器なのかも知れない。

 そう考えると、このままその思惑に乗るのもどうかとは少し思う。アイリスの国に所属するプレイヤーとして、どうせなら彼女の味方をしてやりたい思いもある。


《ね、ねっ、お兄ちゃん? 課金しようぜ、前みたいに『神罰』で倒そうぜ? 今なら割引もするんさ!》


「……うん、決めた。やっぱりこのまま倒そう」


《なんでさぁーーー!!》


 一言余計な神様だった。色々と彼女なりに事情はあるのだろうが、それはそれ。露骨すぎる課金誘導は悪である。


 このまま巨大魚を倒すと決めたハルではあるが、地道にその身を削っていくのは時間がかかる。

 未だに放送は継続中であり、長引けば視聴者もダレるだろう。ただでさえ、都市防衛線からの延長なのだ。


「でも、かといって刀身が伸びる訳でも巨大化する訳でもない。……いや、もしかして伸びるのかな、君?」


《伸びるかも。変身したし》

《元は指輪だったしね》

《魚を食ってパワーアップ!》

《お嬢様の放送で食ってとか言わない》

《食べてパワーアップ!》

《美味しい部位を切り落とそう》


「ふむ。エネルギー吸えば吸う程、刀身が伸びれば良いんだけど」


 ハルがそうつぶやくと、まるで音声認識かのように手の中の剣は刀身を伸ばしてゆく。

 どうやら、魚のエネルギーを吸収して自らの身に還元できるという考えは正解のようだ。アイリスが危惧しているのも、そこなのかも知れない。


「だとしたら、わざわざ魚をさばかなくても身近なエネルギーがあるよね」


 ハルはその少し長くなった剣の切っ先を、自らの足元へと突き立てる。

 この通路も、きっとこの空間特有のエネルギーに違いない。そのハルの読み通り、剣は自らをポンプのようにして光の通路を汲み上げていく。

 ハルの通ってきた通路、階段、先ほどまで入っていた部屋。それらを構成していた材料の光が、一気に剣へと流れ込んで行った。


 そうしてハルの足元には、ハルが立てるギリギリの足場だけが島のように残された。


「……なかなか思い切りの良い剣だ。嫌いじゃない。それじゃあ、一撃で倒しきれるようなやつ、頼むよ?」


 傷の手当てを終えて再び突進してくる巨大魚に、ハルの剣も対抗するように巨大化してゆく。

 もはや逃げる場所は存在しない。ただ敵に刃を通すのみ。

 ハルはその巨大すぎる剣を振りかぶるようにして、頭から真っ二つにするように高速で向かってくる魚に叩き込んだ。


《!! 今だ! やられたように見せかけて自爆しろ魚類ちゃん! みすみすエネルギーを奪わせるなぁー!》


 そんな、なんとも姑息な通信と同時に、敵モンスターの身は真っ二つになる。

 まるで撃破エフェクトのようにその全身は爆散し、ここに撃破不能なはずの敵は倒されたのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/12)


 追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)

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