第55話 電気
本日から三章の開始になります。二章の流れを少し引き継いでの新展開がスタートします。
よろしくお付き合いくださいね。
セレステとの戦いがあったその日の夕方、ルナから連絡が入った。どうやらこのゲームの運営会社と連絡がついたらしい。
リアルで会えるらしいので、ハルにも来てほしいとのこと。当然ハルも行くことになる。それは構わないのだが。
「まさか休日指定なんてね」
「都合が良いとも言えるわ。私達も平日は学園に行かなきゃならないもの」
指定されたのは日曜日。今はその当日。
昨日、土曜日でも良かったらしいが、流石に時間も遅いので止めておいた。ルナは常識人だ。少なくとも活動時間に関しては。
「近場にあって良かったね」
「そうね」
地下鉄で駅をいくつか飛ばし、いつもより少し背の高いルナと一緒に街に出る。
最近はゲーム内の、背の小さくなったルナと居る時の方が多い。校内でも一緒に居るが、こうして長時間、隣に居ることは無い。まして今は私服だ。
ハルの作った派手めのファンタジー衣装、最近は色々と数も増えてきたそれをゲーム内では着回しているルナである。彼女のセンスで選んだ、現実の私服を見るのは久々で新鮮だ。
落ち着いたロングスカートが足元までを隠し、彼女のたおやかさを際立たせている。青でまとめられているのは、ハルの好みに合わせたと自惚れていいのだろうか。
「どうしたの?」
「横顔が大人っぽいなって」
「そう。どっちが好き?」
「どっちも好きだよ」
色々と素直に言い過ぎるハルである。じとー、っと目を向けられる。ずるい言い方への無言の抗議だった。
少し唇も尖っているだろうか。呆れと、照れも混じっているように思う。
今は頭を休めるために、並列で思考しての観察は使えない。しかしふたりの付き合いだ。ルナ専用、とも言えるパターンの学習が、おそらくそうだろうと教えてくれた。
ゲーム内のデートのように腕を組んだりはしないが、少しだけ触れた肩が、ふたりの距離が近づいた事を知らせてきた。
*
「このあたりのはず、なのだけれど」
「ARマーカーが効かないか」
そして現地。二人は迷っていた。
再開発いちじるしいオフィス街。いや、何街なのだろう。それすらも正直よく分からない。
真新しい建物が乱立し、デザインも無秩序だ。特色や統一性が皆無。そのうえ今も新しい建物が工事中。この混沌に、またひと花添えようとしている。
「次に来たら、別の場所のようになっているでしょうね」
「落ち着くまでしばらくかかりそうだね」
建築にもエーテルが使われるようになり、ごく短時間、ごく低コストでの建築と解体が可能になった。それによる再開発ラッシュだ。
エーテルは極小単位の技術。大きな物を動かすのは苦手だ。だがそれは、大きな物を作れない事を意味してはいない。
小さな物を積み上げていけば良い。レンガを積んで家を作るとするなら、そのレンガさえも、その場で砂から生成している、といった所だろうか。
家庭用の複製機にデータを入れ、精巧なジオラマが作り出されるように、建物も“印刷”される。
解体の際は、芯の役目を果たしているプログラムを解除すれば、逆に砂のように解体されていく。
そのプログラムに進入されでもしたら大惨事になる、と散々警鐘は鳴らされたが、社会は利便性の誘惑に勝つ事は出来なかった。
今のところセキュリティが突破された事は無い上に、データを固定化してしまうと逆に頑強になりすぎるのが難点だった。今度は解体のコストが尋常ではなくなる。
そして建材が流動的でなくなれば、メンテナンス性も悪くなってしまう。
そんな入れ替わりの早すぎる街。地図もまともに機能していないようだ。
「技術が進むごとに、建物の寿命は短くなっていくわね」
「地上から人が一気に消えたら、この街は真っ先に無くなりそうだね」
「あったわね、そんなお話。石の家だけが残るのね?」
「鉄も風化には弱いみたいだしね。木は、どうなんだっけ」
手入れ無しでの耐用年数は、前時代よりも確実に下がったらしい。
現実逃避にそんな雑談をしながら、場違いなふたりは、しばらく周囲を行ったり来たりとした。
*
「やっと見つけた……、見つけて欲しくないとしか思えない……」
「無駄に疲れたわね……」
周囲に埋もれるような、小ぢんまりとしたビルの二階。そこに目的の会社名が記されていた。
「周りが大きくなって埋もれたというよりは、埋もれるように作ったと邪推しそうね」
「間違いないって。ご丁寧に錯覚で認識し辛くしてるもの」
「そうなのね。どうりで」
「現代の結界魔法だね」
建物のデザインそのものが、騙し絵のように人間の認識を阻むように作られている。
通常なら、道路にAR表示の矢印、道順を示すマーカーが表示されるので惑わされる事は無いが。ここではそれが出ない。
意図的にこの場所を選んだのは確実だろう。
肉体的にもそうだが、何より精神的に疲れてしまった。どんな時も涼しい表情を崩さないルナも、憮然とした表情になってしまっている。ルナ目も一割増し。
鏡を見ればハル自身も似たような表情を出しているのだろう。
ルナが来訪を告げると、すぐにロックが解除され、透明なドアが左右に開かれる。間を置かず、奥からスーツ姿の女性が姿を見せた。
「藤宮様ですね。ようこそおいで下さいました」
「ええ」
「わたくし、本日の担当をさせていただきます、小林と申します」
「よろしく」
「よろしくお願い致します」
一応、学生であるルナだが、対応に気後れはまるで無い。非常に慣れを感じる。
ハルはその後ろに、ただついて行くだけだ。
ハルとしてはそれよりも、人が居た、という事に驚きを感じていた。変な話ではあるが。
何となく、あのゲームは現世の人間は関わっておらず、AIたちによる何かの目的のために運営された物だろうと、無意識に思い込んでいた。
会社としても実態の無いもので、人は居ないのだろうと思っていた。オフィスの位置を丁寧に隠してあった事からも、その思いは更に強くなっていた所だ。
「どうぞおかけ下さい。今お茶をお出ししますね」
「おかまいなく」
久々の日本茶だ。良い茶葉を使っている。
向こうの世界ではほとんど紅茶だったので、なんとなく感慨深い。毒見ではないが、二人の前に置かれた茶碗にハルから口をつける。
小林さんは自分の分は淹れないようだった。
──後で日本茶を探してみるか。
ハルはそんな事を考えながら、ルナと、広報担当の小林さんの会話を耳に入れる。
ぼーっと聞いているだけとも言える。ハルが入っていける内容ではない。今日は経営者としてのルナがお邪魔している。ハルは付き添いだ。
分かるのは、どうやらゲームの購入費と課金によって得た収益は、ほとんどが広告に使われているということ。それで開始前は全くの情報無しだったのだろう。
ルナの課金が大変感謝されていた。一体いくらつぎ込んだのやら。
小林さんにも変な所は無い。障害があるようだが、それを表に見せる事のない慣れた動きだ。長年付き合っているものと思われる。
対応は真面目で丁寧。少し化粧が濃いが美人に属するだろう。これといって特徴は無いが、モテると思われる。
声もはきはきと聞き取りやすく、さすがは広報担当か。難しい話なのにすんなり頭に入ってくるようだ。仕事のために訓練したのだと思われる。
──思われる、ばかりだな。何だか違和感があるというか、いまいち掴みどころの無い人だ。背景が見えてこない。頭が足りないせいだろうか。
昨日の戦闘の影響で、今日のハルは脳の大部分が休暇中だ。今もゲーム内に意識を置いているので、その分さらにスペックは下がる。
普段のような観察眼は望めない。そういう意味でも今日はタイミングが悪い日だった。
「ハル。どうかして?」
「ん、ああ、ごめん。小林さんに見惚れちゃっててね」
「そういう事を誰彼かまわず言うものでないの」
「お上手ですね。照れてしまいます」
そう言うが、顔に紅潮など見られない。お世辞と割り切っているのか、化粧で見えないのか。
──考えてみるか。<神託>の時しかり、違和感を感じるのは何かあると思ってみよう。
第六感、という程のものではない。人間誰しも無意識に行っている作業だ。
直感、として処理されるもの。ハルは少しそれが表面化しやすい。
──まず僕が何を疑っているかといえば、当然、彼女が人間ではない可能性だろうな。
あのゲームは、全てAIの手によって運営されていると思い込んでいた。そこに人間が現れて混乱しているのだろう。
もちろんハルの妄想だったのかも知れない。そうであれば彼女に非常に失礼だろう。
カナリーは、自分たちは人間になりきれないと語った。それを基準にすれば、小林さんは完璧に人間なので、この時点で話は終わりになる。だがカナリーは、ハルなら見抜けるとも言う。
考えすぎだろうか。小林さんは体に欠損があるようで、人工筋肉でそれを補っているようだ。今どき珍しい電気駆動式だが、まるで使用者が居ないわけではない。そこから来る違和感か。
──義体にしては自然すぎる事からの違和感? でも、長期間の使用でなじんでいれば、そういう物かも知れない。
ハルでなければ気づかなかっただろう。そのくらい自然だ。ハル自身も、人工筋肉を使っている事は分かっても、どの部分がそうなのか分からない。
──じゃあ何故分かったかと言えば電気式だからだけど。ああ、そうか。
違和感の正体に、ハルは行き着いた。
◇
「小林さん、ゲーム内での名前はなんていうの?」
「アルベルトです。何故お分かりに?」
こちらが軽くジャブを打つと、その時点で彼女は白旗を揚げてしまった。
会話のテンポが非常に独特だ。感づかれたのなら誤魔化しは無意味としたのだろうか。AIらしい、といえるかも知れないが。
「ハル、どうしたのかしら」
「彼女はAIだよ」
「あら」
急に雰囲気の変わった彼女に対するルナの反応もそれだけだった。こちらも大物である。
「ごめんね小林さん。話続けていいよ」
「そうもいきませんよ……」
勝手な話だが、ハルとしては違和感が解消されて満足してしまった。正体を暴いてどうこう、という気は特になかった。
だが必死に人になりきろうとしていた彼女にとっては、それでは済まないのだろう。
「ネカマだったのね?」
「ネカ……、いえ、我々には本来性別はありません、ということで、それはご勘弁ください」
「どっちが主体なんだろう」
リアルか、ゲーム世界か。小林さんか、アルベルトか。
──そもそもアルベルトという名前の女性キャラクターやもしれぬ。
「それで理由だけど、流石に全身を電気駆動式の人工筋肉はやりすぎだ。まあ、最初は『どの部分に使ってるんだろう?』、って悩んじゃったけど」
「分かる物なのですね」
「電気の匂いがする」
「そんな変態的な感性を持ってるのはハルだけよ。気にしないほうが良いわ」
電気の少なくなったこのご時勢、目立ってしまうものだ。エーテルに乗った電気の流れ。こうして人の体の中まで感知していると、また覗き趣味のように言われてしまいそうだが。
今は微細技術が発達して、電気を使わなくても電気式と同レベルまで出力が出せる人工筋肉が開発され、それが主流になっている。
サイボーグ技術だけの話ではなく、身近なところでは、洗濯機に使われていたりなどもした。
「電気式は効率が高いですから。それで選んでしまいました」
「昔は体内発電と組み合わせて、主流にしようとしてたみたいね」
「時流だね」
そこからは、何となく商談の雰囲気ではなく、この世界やゲームに関しての雑談になってしまった。
まあ、元々ここに来ることそのものが目的であった所もあるので、別に構わないのだろう。
しばらく話してお別れする。結局、彼女(彼?)がこちらで体を持っている理由は分からずじまいいだった。AIは皆、秘密主義だ。
今度は、ゲームの中で会えると良いのだが。
*
ハルとルナは、ふたりが住む街に帰り着き、少し薄暗くなってきた通りを歩いてゆく。
外灯が点き始め、道を照らしている。電灯だ。そういえばこれも、無くなる事はないようだ。ハルはそれを眺めながら、電気について思いを馳せる。
「ねぇハル」
「どうしたの?」
「彼女のような体にアイリちゃんを入れられないの?」
「あー、うーん……、どうだろう」
アイリをこの世界に連れて来てしまえばハルの悩みは解決、ということだろう。アイリたちがデータであるならば、それも可能かも知れない。
だが今は、その実態すら分からないでいる。
「カナリーちゃんなら、いけるかもねー」
「それは、問題ね……」
「問題だろうねえ……」
あの自由な彼女を呼んでしまっては、大変な事になりそうだ。
そうでなくとも、AIが肉体を得て自由に動いているという事が、もう大問題だった。二人とも、今はそこから目を逸らしている節がある。互いにそれは口にしない。
いずれそれが当たり前に受け入れられる世界が来るのだろうか。ハルには今はまだ分からなかった。




