第548話 大量発生の実態を追え
《本日もご利用いただき、あーりがとうございまぁすっ!》
「うわ、課金し過ぎてついに幻聴が聞こえて来た」
《幻聴とか言うんじゃねー! あたしだってば! アイリスだってばさ!》
「うん。分かってるけど」
ハルが<信仰>エネルギーを課金で強引に補い、『神罰』にてモンスターに狙いを定めていると、急にアイリスから通信が入った。
これは、以前であれば<神託>スキルを使った状態のようなものだろうか。
特別そういったスキルはこちらでは習得していないが、何かしらの条件を満たしたのかも知れない。
《お、また幻覚薬か?》
《<信仰>キメすぎたか》
《ローズ様、おいたわしや……》
《良い病院を紹介しますね》
《真面目な話、何があったの?》
《誰かから通信じゃね?》
《ゲームのアナウンスかも》
「機会があれば君たちにも話そう。今は、目の前の敵が先決だね」
《お兄ちゃんはお得意様だからねー。特別に無駄のないように教えちゃうぜぃ。あと、こーんくれぇ課金すれば、無駄なく敵を撃破できるよ?》
「課金誘導が露骨すぎる……、国から怒られろ……」
《ご入金、まことに感謝でーすっ!》
だが、口でそうは言いつつも、現金で解決できるなら楽だと考えてしまうハルである。そこのところ、毒されていると言わざるを得ない。
ハルはアイリスに言われるままの金額を課金すると、街とその住民たちに迫るモンスターの一団に狙いを定める。
そして照準が合うと、すかさず『神罰』のコマンドを実行した。
今までは『神罰』は敵一体を対象とし、その敵の体内から回避不能の魔法が発動するイメージの攻撃だった。
それが今回は、敵の群れ全体がその攻撃範囲に収まった。
敵の塊が、まるで空間ごとその場に磔にされるように、高速で向かっていたその足を止める。そして、今までと同じように内部から神聖な光によって焼かれていった。
「『神罰』、執行だ。また課金に頼ってしまった……」
《それ決め台詞なんか(笑)》
《『また闇の力に頼ってしまった……』》
《なんて邪悪な力なんだ》
《邪悪な力(信仰心)》
《良い子は真似しないように》
《悪い子も真似する経済力無いんよ》
「実際、邪悪だよね。ピンチの際にに耳元で、『この状況を打破するための力が欲しいか?』、って囁く感じで」
《それを選択したのお兄ちゃんだろがー! あたしらを悪者にすなっ! ……んー、あと言い訳だけんどね? あのエネミーの予想外の動きはあたしの操作じゃないよ》
それは少し疑っていたハルだ。まあ、彼女が言うならそうなのだろう。
ハルが課金を選ぶような展開に、運営が自作自演として露骨に操作していたのかと思ったが、どうやらアイリスにとっても予想外の展開だったようだ。
ただ、結果的に自分にとって美味しい展開になったので特に気にする様子は無いようだが。
さて、そんな有料の神の奇跡によって民のピンチは回避された。裏側を知ってしまえば“こう”であるが、現地のNPCにはそんなことは知る由もない。
当然、彼らにとってはただ見たままの、神聖な光によってモンスターが撃ち滅ぼされた、となる訳である。
「《奇跡だ……、神の裁きだ!》」
「《神の力が、降臨した!》」
「《やはりご領主さまには、神のご加護が宿っているのだ!》」
「《勝てるぞ、我々には神が付いている!》」
「《おお、おおおおおぉぉ!》」
「《ローズ様! ローズ様!》」
結果、士気は異常に高まることとなる。興奮しすぎであった。ちょっとこわい。
現実であってもこうした精神的要素は戦いにおいて重要になるが、このゲーム内だと特に如実となっていた。
何もしていないのに彼ら兵士たちのステータスは勝手に上昇し、消去不可の魔法強化がその身に発動していた。
更に彼らの雄叫びは相乗効果を生み、前線で戦う騎士たちに更なる力の上昇をもたらす。
スタミナの減少は遅くなり、逆に攻撃速度は上昇していった。
そうしてモンスターの処理速度は飛躍的に上昇し、その結果、大群の先頭に“壁”を張っているカナリーたちの負担も減ることになる。
一度傾いた天秤のバランスは一気にハルたちの軍へと優勢を示し続け、その後は目覚ましい速度によって敵はその数を減らしていくのだった。
「……うん。つまり応援は大切だってことだね。君たちも、観戦の際はぜひ僕に声が届くように応援して欲しい」
《うおおお! ローズ様! ローズ様!》
《思考放棄しないで(笑)》
《ローズ様ー! 結婚してくれー!》
《させねぇよ!?》
《ローズお姉さま、なんだか不満そう(笑)》
《そら、良くも悪くも戦略崩されたしね》
《敵も味方も、想定外の動きしおる》
《データキャラの敗北!?》
「まあ、そうだね、腑に落ちない点は少しある。あとデータキャラ言うな」
とはいえ、勝利は勝利に違いない。ハルの望みどおりに、誰一人として犠牲者が出ることなく危機を乗り越えられた。
また出費は高くついてしまったが、この大規模な戦闘の中継によって『ローズ』の放送は更なる人気を得ることが出来た。早いうちに、回収も可能だろう。
ハルは気持ちを切り替えて、事後処理へと段階を移行するのだった。
◇
「さて、現場の指揮はユキに任せようかな。構わない、ユキ?」
「《りょーかいりょーかい。つまりは『交通整理』だ。さっきまでとやる事はなんも変わらん変わらん!》」
「無双させてあげられなくてごめんね」
「《いいのいいの! ハルちゃんの司令官としての初陣だ。今回はそっちがメインっしょ!》」
今回ユキは、カナリーたちと共に後方に少しずつモンスターを選別して送る、『交通整理』と呼ばれる作業に従事してくれた。
そのためユキが主役となって派手に戦う場面と比べ、彼女の活躍は地味になり目立たなくなってしまっていた。
そこに文句ひとつ言わずに協力してくれることには頭が下がる。いつかは、ユキに大活躍してもらいたいハルであった。
「現地の鳥さんは、引き上げるのですか? ハルお姉さまは、何をなさるのでしょう!」
「終わったからといって、一人でサボるあなたではないわよね。何を考えているのかしら?」
《きっと次なる戦いの準備ですね!》
《戦いは既に、始まっていた!?》
《ローズお姉さまの戦争に終わりはないのだ》
《世界を手にするその日まで!》
《これが勝って兜のなんとか……》
「兜の緒を締めすぎだろ。痛いよそれは。あと僕を戦争狂いみたいに言うんじゃあない」
戦闘は好きだが戦争はさほど好きではないハルだ。なるべく平和が一番である。
「ただ今回は、少し急ぐ理由があってね。次の戦争じゃあないけど、大局のために重要な用事がある」
今回、予定外の事は色々とあったが、その全てがマイナスなだけではない。ハルにとって、プラスに働く要素もしっかり存在した。
その一つがモンスターの大量発生だ。今回、演出として森に住むモンスター達が紫水晶モンスターに追われて大量に森から出てくるイベントとなった。
当然だがその通常モンスターは、イベントと共に発生したことになる。
そして、モンスターが一か所に大量発生した時に起こることと言えば。
「使い魔を森に飛ばすよ。白銀、そっちは問題なし?」
「《はいです、大おねーちゃん。状況しゅーりょーと同時に、最後の一人も気絶させたです》」
「ご苦労」
「《こいつらどーするですか? 馬車の残骸があるんで、それに乗っけて運びましょうか》」
「それが良いかもね。多少なら修理が出来る。待っておいて」
「《はいです!》」
白銀に付けた使い魔によって、水晶モンスターが溢れ出し砕けた馬車を生産スキルを駆使して修理していくハル。
多少は形になったそれに、実行犯たちを転がして白銀は森を引き返した。
それと入れ替わる形で、ハルの小鳥たちが大量に森へと突入する。
「この世界、実はエネミーは普段から常時出現して生活を送ってる訳じゃない。プレイヤーが近づいた時に、出現判定が出るんだ」
「前に言っていたわね? とはいえ、そう変なことではないわ? 世界全てを常時シミュレートするなんて無駄なことだもの」
「そうだね。……まあ、“どこぞのゲーム”ではその大いなる無駄をやってるんだけど」
「……そうなのよね」
《いったいどこのゲームなんやろなぁ》
《なんだか、このゲームと関りがある気もしてきた》
《何故かね? なぜだろうね?》
《何のこと言ってるんだ……?》
《まーこのゲームの運営について調べるといいよ》
《しかし良くそんな細かい仕様調べましたね》
《いつの間に、流石はローズお姉さま》
《しかもご自身は外出てないのに》
「ああ、これを発見したのはメタちゃんだね。僕の手柄ではないよ」
それに関連した仕様の数々を組み合わせ、例の空間の歪み、バグ空間を発見したのがあの時のお散歩だった。
そして、今回も条件はその時と類似している。
プレイヤーが足を踏み入れていない不安定な空間。そこに発生した大量のモンスター。しかも今回は、発生したモンスターの数が桁違いだ。
「発生から時間は経ってるとはいえ、何かあるとは思うんだけど。さて、肝心の発生個所は森のどのあたりなのか……」
《それって重要?》
《わかんない》
《ただ見えないとこでモンスター出ただけでは》
《舞台裏が見たいとか》
《何かアイテム落ちてるかも?》
《処理が甘いからあるかもね》
《消えないうちに急げ!》
説明していないから視聴者には分からないことだが、今回はその『見ていない所で』事が起こったというのが重要だ。
その現場を探し、ハルは森の中へと大量のカナリアを送り込み、隅々まで探索させる。
そしてその中の一匹が、その現場へと行き当たるのだった。
「……うん、やっぱりあった。しかも、開きっぱなしで閉じる気配がないね」
「おー、すごいですー! これがハルお姉さまの言っていた、“ばぐ”なのですね!」
「……とはいえここまでくると、もう演出の一部ね? バグっぽいエフェクトを、わざわざあえて配置しているようにも感じるわ?」
《本当にバグだ》
《バグって何?》
《知らんのか、最近の若いのは》
《知らない方が幸せ》
《確かにボタン様の言う通り露骨だね》
《ね。旧世代すぎる》
相変わらず、ガリガビ、と乱れる映像と音声は、現代のゲームに起こるエラーとは思えないわざとらしさだ。
以前ハルが発表した画像ファイルと同じものを、リアルタイムで見られることに視聴者は感動するも、それが本当にただのバグと感じる者はそのため少なかった。
このわざとらしい見た目は、何かのイベント演出だろう。それが、自然に視聴者の総意となっていっていた。
「どうしましょうか。わたくしたちで、今からあそこへ向かいますか?」
「そうね? 間に合うかしら。今のところ、閉じる気配は無いようだけれど?」
「……どうしようか。大規模戦闘の後だ、物資が非常に心許ない」
《でもチャンスかも!》
《重要な何かがここにあるかも!》
《引くのも勇気》
《だね。それもまた重要な選択》
《無理して死んだらシャレにならない》
《ローズ様のポイント消えたら私も悲しい》
「そうだね。あまりリスクは取りたくないのは事実だ。なので、まずは偵察といこう。このままカナリアを突っ込ませるよ」
「なるほど。とりさんなら、安全ですね!」
「坑道のカナリア、という訳ね? ……誰かさんが怒らないかしら」
大丈夫、なはずだ。カナリーはそのあたり寛容である。もし怒ったら、そのぷっくり膨れたほっぺたにお菓子を詰め込んでなだめよう。
加えて、小鳥型の使い魔で踏み込むことにはもう一つ理由があった。内部に足場が無いためだ。
以前、最初に侵入したときには、足場が無いために移動手段がまったく存在せずに苦労することとなった。
その点鳥であれば、初期状態で飛行能力がある。
「よし。では侵入しよう」
「どきど、」
だがそのとき唐突に、アイリのお決まりの言葉、『どきどきですね!』、が途中でぷっつりと途切れるのだった。
*
目の前の風景が瞬間的に別物になる。いや、入れ替わると言った方が正しいか。
ハルの、『ローズ』のキャラクターの目に映るのは、今までの本拠地の執務室ではなく無限に続く謎の空間。
再びの舞台裏へと一瞬でハルは転移し、執務室には代わりに、この場へと突入したはずのカナリアが不思議そうに羽ばたいていた。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/12)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




