第547話 失えぬ理由
壁のように並んだ召喚獣の囮を突破して、溢れ出した紫水晶モンスターが街へと迫る。
中でも、速度に優れる体の長い犬たちが、その暗い体毛をなびかせて高速でNPCへと突進していった。
先鋒を務めた住民による有志、すなわち自警団は既に後ろへと下がり、本来この街の守護を担う騎士たちが剣を構える。
今までにほとんど経験の無い高レベルな敵に、さしもの彼らも緊張気味だ。
だが、その身の後方にはすぐ守るべき街、そして民。どっしりと腰を深く落とした構えには、緊張の中にも不退転の覚悟が見えるようだった。
「本来なら、僕がヒーローのように颯爽と駆けつけて、一撃一殺の剣技だとか、超威力の広域殲滅魔法だとかで街を守るべきなんだろうけどね」
《まさしく<英雄>だぁ……》
《見たいなぁ、ローズ様の英雄的活躍》
《そうか? こういうテクいプレイ好きだが》
《見ごたえがあるよな》
《でも派手な方が画面映えは良い》
《主人公よなぁ》
「だがそういう選択をしたのだから仕方ない。英雄不在のこの街は、自らの生活を自らで守るしかないのだ」
「そのための騎士なのです!」
「だが、命を預かる指揮官として、彼らが任務を全うするだけの力を与えなくてはね。いくよ、アイリ」
「与えちゃいます!」
アイリは高らかに宣言すると、再び輝く銀のトランペットを取り出した。
そうしてハルを対象として、新たに習得した<音楽>の『アンプ』スキルを使いながら、高らかに勇敢な神々の旋律を吹き鳴らす。
《サクラちゃんのバフ来た!》
《待ってた》
《これで十年は戦える》
《コスパ良すぎだろ(笑)》
《俺は三日で禁断症状が出る》
《だな、三日ごとに聞かないと》
《毎日聞きたい》
《聞くオクスリ》
《やばいって……》
《でも執務室で鳴らしてどうなるの?》
疑問は尤もだ。今この部屋の中で強化効果のある<音楽>を鳴らしても、その範囲に入るのは自身とハル、そしてルナの三人だけだ。
この状況においては、ただの室内練習にしかなっていないように見える。
強いて言えばルナの<鍛冶>効率が多少上がるだけだろうか。
だがこれは今のハルと組み合わせることにより、最大限の効果を発揮する。
スキル、『アンプ』により、音楽の効果範囲は対象としたプレイヤーを中心に、さらに範囲を広げられる。
例えば<音楽>の強化が乗る範囲が十メートルだとして、その十メートル先に『アンプ』を掛けたハルが居れば、それを中心に更に範囲が十メートル延長されるのだ。
そして今、ハルは『存在同調』により前線に小鳥の使い魔を送っている。
存在としての判定がハルとなったその小鳥たちは、遠方に<音楽>を響かせるスピーカーと化していたのだった。
◇
「《これは、お嬢様の奏でる神の調べ!》」
「《体が熱い……、力が溢れてくる……!》」
「《神が、我らに戦えと言っている!》」
「《領主さま! 領主さま! 領主さま!》」
「《勝利を信じて!》」
ハルの、『ローズ』のキャラクターの一部となったカナリアの発する<音楽>は、あたかも神鳥の鳴き声となって戦場に響きわたる。
その勇ましい旋律は騎士の恐れを取り払い、戦に臨む闘志をかき立てるのだった。
「……アイリのスキルをヤバい薬みたいに言わないで欲しいんだけど?」
「騎士たち、完全にキマッた目をしているわね? ここで『幻覚薬』もセットで、投入しておくかしら?」
「完全に放送事故だよそれは……」
ただ、ルナの言う内容もあながちただのギャグとは言い切れない。
後方から奏でられる勇ましい旋律により戦意をかき立て、精神を興奮させる投薬で恐怖を消し去り肉体の制限を外す。
強靭で死を恐れない、敵からすれば悪夢のような兵団の完成だ。
実際の、現実の戦場においても用いられた手法であった。
「……兵の犠牲を顧みないのであれば、『狂化薬』なんかも更に併用する選択もありだろう。戦闘力は、更に向上する」
「使うまでもなく狂化されている気がするけれど?」
「言わないでルナ。ああ見えて彼らは冷静、なはずだ。少なくとも僕の命令なら聞いてくれる」
「今回は防御力の方が重要ということね?」
その通りであった。騎士や民兵を駒のように動かす今のハルだが、決して捨て駒にしている訳ではない。
誰一人死なせない為の、この選択である。
ハルが一騎当千の殲滅力を持った英雄プレイヤーならば、街の人間は誰一人として戦わせないのが正解だろう。後方に避難させて、ハルただ一人で倒しきる。
しかし、今のハルたちにその力は無い。その方法を取れば、必ず撃ち漏らしが発生して避難した人々に犠牲が出る。
故に、今回ハルは戦える者はあえて前線に配置するという選択を取ったのだ。
「《やれる! ローズ様の加護があれば、我らもこの悪鬼ども相手であろうと戦える!》」
「《ぐぅっ!? これしきの傷、何の痛痒も覚えはせん!》」
「いや覚えなきゃ駄目でしょ痛みは……、バーサー化ーするんじゃあない」
「《痛みが引いてゆく……! 感謝します、ローズ様!》」
「やっぱ痛いんじゃん……」
それでも、元がボス格の強敵相手に通じるレベルではないNPCだ。水晶モンスターの猛攻に傷つき、どんどんHPが削られていく。
それをサポートするのが、今回のハルの役割。削られた体力はすぐさまアイテムにより回復し、破損した装備をすぐさま新品と交換してやる。
今回ルナを後詰めにしたのもそのためだ。装備は贅沢に使い潰し、ルナが司令部の中で次々と新しい装備を<鍛冶>していく。
《回復処理早すぎ!》
《もうRTS以外の何物でもない(笑)》
《見てるだけでも脳が追い付かんー》
《視点いくつ同時に見てるんだ……》
複数の思考を持つハルの、並列処理の極みである。元々、こうした指揮を取る戦略ゲームは得意中の得意であった。
戦場全体を俯瞰する視点、局地戦の一つ一つを常に見張る視点、後方にて不足資材を効率的に生産する視点。
今回はNPCの命を預かって、リアルな戦略ゲームに臨んでいると言える。
「一人も死なせるつもりはない。僕を信じて、身を委ねよ」
「《はっ! 神の名の下に!》」
「《どのようなご命令であろうとも、なんなりと!》」
「《死ねと命じられれば、今すぐにでも!》」
「だから死ぬなと……」
「言いたくないけれど、宗教じみてきているわね……」
少しばかり<信仰>スキルを伸ばしすぎただろうか。ここも神が実在する世界だ。その点が質が悪い。
あのちびっ子の神様を目の前に連れてきて、少しばかり彼らの目を醒ましてやりたい気分に駆られる。
ただ、命令に忠実なのは良いことだ。ハルと、その意を汲んだカナリーとエメにより、後方へは“塊”で敵を送らないように徹底している。
そのため命令に従って動いている間は、敵の集中攻撃を絶対に受けることはない。
敵が一体ならば、冷静に対処すれば必ず勝てる。
《ローズ様が<神聖魔法>で無双するのは?》
《確かに。発射口がいっぱいあるようなものじゃない?》
《一度に撃てるのは一匹だけとか》
《ああ、そういう制限はありそう》
「そうだね。それと、どうしても威力が落ちるんだ。ステータスは使い魔の方を参照するらしくてね」
《だからアイテムばかり使ってるんだ》
《なるほど、アイテムなら効果が一定だから》
《無駄に消費激しいなぁ》
《そういう意味でもローズ様専用の戦法っぽい》
《普通ならもうとっくにアイテム尽きてる》
普段から貯めに貯めたアイテムを、ここぞとばかりに戦争で吐き出す。ある意味、これもリアルのそれと似ているかもしれない。
今までプレイ中は常に裏で連打していた生産スキルは、今回の戦いに十分なだけの物資を生み出していた。計算によれば、モンスターを倒しきるまで余裕でまかなえる。
まさしく、戦争は準備の段階で勝敗が決していると言えよう。百回やって、百回ともハルが勝つと自負している。
「《ハルさんー、大変ですー。逸れましたー、左翼が押さえきれませんー》」
「……んー、放置して陣形維持。今抑え込んでる奴らは絶対逃がさないで。そっちは、僕がなんとかしよう」
「《はーい。お任せしちゃいまーす》」
ハルが心の中で必勝の気配に酔っていると、それも虚しく一瞬でカナリーの声に打ち砕かれてしまった。
真っすぐ街に向かう動きをし続けるため、決して逃れ得ぬ防壁を敷けていると思いきや、後方にあぶれたモンスターの一部が計算外の動きをし始めた。
それはエメの<召喚魔法>とカナリーの<攻撃魔法>による壁を迂回して、大回りしたルートで街へと向かう。このイレギュラーも運営の嫌がらせだろうか。
幸い、回り道なため到達までは猶予があり、矢面に立つだろう自警団を退避させる時間は取れる。
「君たち、更に後方に退避したまえ。街には入られるが、その街自体が防壁となる。彼らが建物を壊しているうちに立て直そう」
「《……そ、それは、その命令は承服しかねます、領主さま!》」
「《そ、そうです! 我々の街が破壊されるのを、黙って見ていられません!》」
「壊れたら、建て直せばいい。というか、モンスターに壊されなくても、僕の再開発によってどうせ破壊される運命だよ?」
《言ってることがヤバいんよ(笑)》
《暴君宣言!》
《こーれは民の忠誠心もここまでか》
《あえて悪役を演じて民を救う為政者の鑑》
《名君だなぁ(棒読み)》
別に名君を気取る訳ではないが、今回、ハルはどうしても人命を失いたくない気分だった。
運営の、ここの神様たちの目的を『新たな生命の誕生』と予測した時から、登場するNPCたちを無味乾燥なゲームキャラとして見れなくなってしまったのだ。
もしかしたら、彼らは既に運営によって生きたAIとして定義されているのではないだろうか?
そうした懸念が、人死にを忌避する生来のハルの気質と合わさり、一人たりとも死者を出してはならないという極限難度の縛りプレイへと進んでしまっているのだった。
「どうするのハル? 使い捨て用の武器、爆弾として彼らに渡す?」
「わたくしのスキルを、『英雄の調べ』に変更しましょうか! 効果時間は短いですが、一時的にとっても強くなれます!」
「……いや、それらを使ってもジリ貧だ。元々のステータスが段違いだから」
群れを相手にすれば、必ずどこかで集中攻撃を受けて対処が物理的に間に合わなくなり、犠牲者が出る。
それでも対極的に見れば少ない犠牲による最大限の戦果だろうが、今のハルにとっては敗北だ。
「……ふう。仕方ないね、神様に頼るか。……信仰力、課金」
《課金の時間だぁ!》
《待ってました!》
《これを見に来た》
《今回はいくら使うのでしょうか!》
《『実弾』の装填だぁ!》
また課金に頼ってしまった。何となく、良いように運営に課金誘導されている気がする。
そんな、呼べばすぐさま(金額次第で)応えてくれる有り難い神様の『神罰』を、ハルはしぶしぶ準備するのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




