第546話 指揮官は動かず
「……さて、とりあえず守備隊を森側に集めないと」
実体化した水晶モンスターと、それに先行する現地のモンスター。追い立てられるようにして森から逃げ出して来るその第一陣が、人類の生活圏内に迫っていた。
起点は一か所なれど自然と扇状に広がったその大群は、街の外周の、その大部分と接触する計算だ。
まずは領主コマンドから選択できる命令として、この街の騎士たちを防波堤としてその方角の守備へと向かわせるハルだった。
「騎士達は既に強化付与が終了しています。装備も、ルナさん謹製のものに変更済み、更にユキさんが前線に同行しています!」
「まあ、一応計画通りではあるね」
「残り時間もたっぷりです! ハルお姉さまの、読み通りですね!」
「馬車の進行は常に監視してたからね」
敵の到着予測時間を計算し、先鋒を務める騎士たちには全員ハルたちの得意とする強化スキルを掛けておいた。
ハルの<信仰>による『祝福』に始まり、<調合>で作られらた強化薬、メイドさんの<眷属技能>、仕上げに戦場に同行するユキの<指揮>が掛かる。
その装備も潤沢だ。
ハルによって素材が<錬金>され、ルナの<鍛冶>により打ち出された剣と鎧は、国の支給品の何倍ものステータスを彼らにもたらした。
それにより今の騎士たちは、現行のトッププレイヤー顔負けの戦闘力を備えている。
「後は、北側の住人の避難か。犠牲者ゼロで収めたいからね」
《……さすがにそれは厳しくない?》
《いかにローズ様でも、きつそう》
《気持ちは分かるけど》
《多少の犠牲は許容した方がいいかも》
《守り切りたいですね!》
《範囲が広すぎるなぁ……》
「いいや守りきるね。プライドにかけて。避難さえ完了すれば、それも計画通りに……」
「《それなんだけどねーハルちゃん? 避難しようとしない人が居るよー》」
ハルがこの先の展開を思い描いていると、幸先の悪い報告がユキの通信から飛んでくる。
「……誰だい、そんな分からず屋は。この場で新しく条例を作って強制的に捕縛させてやろうか」
「《いやさー、なんか『我らも戦います!』って血の気の多い人たち》」
「あー……、前領主の館にも出た、戦う村人か。戦闘民族なのかな、ここの人……」
「《ハルちゃんも悪いんだぜい。彼らと共に戦って下手に自信を付けさせちゃうから》」
「強化中毒者どもめ……」
前領主が紫水晶にて呼び出した飛竜の群れを、この街の住人と共同戦線を張ることで撃退したハルだ。
その時の彼らは、過剰な強化をその身に受けた高揚感と万能感、そしてハルの英雄的ともいえる振る舞いを身近に見たことによる忠誠心で、かなり厄介な思考回路へと変貌していた。
「《ハルちゃんの為なら死ねるーって、まるで視聴者みたいな感じだけど、どーするよ?》」
「……死なれると僕の沽券に関わるんで、死なないでいただくのが一番良いんだけど」
ただ、実際役立つのも事実。想定より上の規模と範囲を誇る襲撃だ。その広範囲をカバーするには、ユニットの頭数が必要となる。
「オーケー。僕がなんとかしよう。ユキはそいつらも込みで、陣頭指揮をよろしく」
「《まっかせろい。なるべく薄いとこに配置するよ》」
言うとユキはハルと情報を共有しているマップデータを顔の横、視界の端のあたりに配置する。
これはハルが小鳥の使い魔によって上空から得た進行状況を、印を刺すことで簡易的に視覚化したものだ。
それを常に確認しつつ、自らも最前線で戦うつもりだろう。
「ハル? 私は前衛として行かなくていいのかしら?」
「今回は、ルナはここに居て。市民の参戦で、ルナはこっちの方が良くなったから」
「わかったわ? 護衛が一人でも多く必要そうだけど、そうでもないのね?」
「<鍛冶>の方をお願いしたくてね」
こちらが布陣を整えている間に、ついにモンスターの群れは眼前へと迫っていた。
ハルは領主屋敷の執務室にて、司令官としてこれを迎え撃つ構えだ。
◇
「《自警団、てきとーに前へー! じゃあ私は突っ込むから、あとはよろしく!》」
「《ユリお嬢様ぁー!? お待ちをぉー!!》」
「《フォローは騎士団諸君に任せた! 取りこぼしを街に入れないように!》」
モンスターの姿が近づくと、我慢が出来なくなったとばかりにユキが先陣を切って突撃する。
普段とは対照的に小さくなったキャラクターだが、その元気いっぱいさは何も変わらない。弾丸のように突進するその身は、魔物の波を割ってその内部へと飛び込んで行った。
装備を整えた住人たち、自警団への指示も決して適当なだけではない。
彼らが細かい指示をいちいち気にしなくていいように、事前に目の前の敵だけを倒していればいい位置を割り出して配置していた。
勇ましい雄叫びをあげて前進する彼ら自警団を、騎士たちはハラハラしながら見守っている。
「……先発が住民部隊で大丈夫かしら?」
「むしろ、先発で使っておきたい。後ろに控えてる、水晶モンスターはさすがに荷が重いだろうからね」
「コスト1には、こちらもコスト1で対処するのですね!」
「そういうことだねアイリ」
強力な騎士隊は温存し、まずは戦力の低い者同士でぶつかってもらう。
騎士はまた、その判断力の高さも重要となる。自警団が倒しきれず後逸させてしまった標的を、街に入れないように冷静に処理する判断力。
そして、もしダメージを蓄積し、無理を押しそうになった住民を発見したら、それを下がらせる判断力だ。
「……なかなかやれる。装備を整えて、適切に強化してやれば、『少々危険』、程度の森のモンスターなら敵なしだね」
「油断は禁物よハル? 後続の特殊モンスターが出てきたら、素早く下がってもらわないと」
「やる気十分すぎて、『まだやれる』って押しちゃいそうです!」
「そこで、今回の秘密兵器の出番だね」
ハルが今回の戦闘に際して秘密裏に準備したものであり、こうして執務室に座して指揮に徹している理由でもある、特殊なスキルが存在した。
ついに紫水晶モンスターが視認されたことで、ハルはそのスキルを起動する。
「《下がるがいい、我が民たちよ! この先は前線を騎士に任せ、お前たちは自らの街を守るのだ!》」
「《はっ!》」「《承知しました、ご領主さま!》」「《ローズ様、万歳!》」
《えっ、今なにしたん?》
《ローズお姉さまの声が、現場からも》
《なんかハウリングして聞こえた》
《スピーカーみたいなスキル?》
《それとも魔法かな》
「<召喚魔法>のスキルの一つでね。『存在同調』ってものがある。知らない? まあ、あるんだよ」
「あるのです!」
「呼び出した召喚獣を一部、僕自身として扱える。声も出せるし姿も見せられる優れものだ」
現場ではカナリア型の使い魔の姿に重なって、ローズとしての姿と声が投射されている。
それを確認した住人たちは、領主直々の命令を受領して素直に下がっていったのだった。
《忠実だなぁ》
《あれ? じゃあ最初から……》
《うん。これ使って避難させれば……》
《ローズ様、戦力として利用する気まんまん!》
《意外とスパルタ!》
まあ、このスキルを試してみたかったのは否定できない。
比較的弱く、その都度指揮が必要な対象が無ければ、『存在同調』の派手なお披露目とはなりにくい。
勿論それだけではなく、今後の展開のためにも“戦える人材”が居た方が良いのは間違いはない。
「これの凄い所はね。僕のアイテムやスキルも離れた位置に発動可能なところなんだ」
立体映像に導かれ、後方へと下がった自警団のダメージをハルの所持アイテムによって回復していく。
同調するのは姿や声だけでなく、スキル名通りの存在そのもの。すなわち、ハルのキャラクターの力が離れた場所に同調されるのだった。
これは、まるで“あちら”の分身のようだ。あちらでも分身を通して、アイテムのやり取りが可能だった。
《民兵の装備が新品に!!》
《これをやるために、ボタン様が<鍛冶>してたんだ》
《本当にコマンダー機能だなぁ》
《これあれば楽になること多すぎない?》
《召喚士、復権の瞬間》
《でも普通の人間が使いこなせる?》
《頭がパンクしそう》
《やってる間、本体が停止しそう(笑)》
《そもそも、どうやって覚えるの?》
「取得は多分、召喚獣を起点にして別の召喚をすることが発芽要因だね。だからまずは、視界を共有できるモンスターが必要かな?」
監視用のカナリアタイプの召喚を次々と乗り継いでいるうちに発現したのが、この『存在同調』である。
それにより、ハルは屋敷の奥に座しながら、まるでストラテジーゲームを操るかのように戦場の兵士たちをコントロールしてゆくのだった。
◇
住処を焼け出され、恐慌状態になったモンスターがあらかた処理され、ついに本命の水晶モンスターが攻め込んでくる。
こちらは明確に街とその住人にターゲットを定めており、その脅威度は比較にならない。
今度のモンスターは地を進むタイプで、まるでカマキリのような多足歩行の鋭い腕を持つタイプ。
そしてもう一つ、細長い体をした犬のような、暗い体毛のモンスターだ。
これは紫水晶が輸送されたタイミングの違いにより、モンスターの種類にも違いが生じたのだろうか。
「《カナちゃん! 出番だ、やっちゃえー!》」
その群れの先頭に、上空からカナリーの<攻撃魔法>が降り注いだ。
何本もの竜巻の如き風が連なり、壁のように街と森の間を分断する。その風に直撃し撃破されたモンスター以外の者も、こちら側へと接近するのを困難とされていた。
「《さーて、正念場ですねえ。ここからはわたし、エメちゃんの華麗な召喚さばきをご覧にいれましょう。みなさま是非是非、ご照覧あれ。わたしも今回は、覚悟ガン決まりですよお。召喚枠を目一杯にひろげました、課金で! まあ、ハル様のお金なんですが、うへへ……、あっ、胃が痛く……》」
「《情けない覚悟ですねー? いいからさっさと、モンスター展開するんですよー》」
「《そっすね! 数には数! モンスターにはモンスターです! NPCに負けてらんない!》」
カナリーの攻撃が空からであるなら、そのカナリーを空まで運んだ存在が必要だ。
それがエメの召喚したモンスター達。今回、ハルの危機とあって、彼女の流儀を曲げて味方判定のモンスターを大量に召喚してもらっていた。
「《さあ、行きますよ侵略者どもめ! この召喚獣も、“街の住人”なのでした! どーします? どーします?》」
「《近くに居れば、殴りますよねー? おバカさんですもんねー》」
その単純な思考ルーチンを小馬鹿にしたようなエメとカナリーの二人の声。それに反論することも適わず、水晶モンスター達は近づいたその召喚獣を囲んで袋叩きにする。
かなり強力なモンスターを呼び出したのだが、その手数に押されていくつかの者はあえなく敗北を余儀なくされていった。
しかし、そのモンスターたちに引き寄せられている間は完全に無防備だ。
その隙をもちろんカナリーは見逃さない。攻撃対象に取られない位置から、一方的に<攻撃魔法>を叩きこんでいた。
「《んー、このタコ殴りが自警団に向いたらと思うとゾッとしないですねえ。絶対後ろには塊で通せないっす。ハル様に叱られてしまうっす。あ、強そうなモンスター倒して安心しちゃいましたー? しちゃいましたあ? はーい、おかわりあるんでもう一体どうぞー》」
集中攻撃により召喚モンスターが倒されるが、それはすぐに召喚用の蘇生薬によって復活する。だが、瀕死の状態で復活したモンスターは再びすぐに倒される。そして復活する。倒される。
その繰り返し、いわゆる『ゾンビアタック』と呼ばれる戦法により、大半の敵は足止めを余儀なくされていた。
これも、『街に所属する者を無差別に攻撃する』、といった命令を逆手に取った悪用の戦法と言えよう。
だが、それでも絶対数の多さによって次第にその壁をすり抜ける。
そうしてついに、高レベルの水晶モンスターと、NPC兵士たちの接敵が果たされてしまうのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




