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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部1章 アイリス編

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第545話 襲来する魔物の波

 準備期間に一日無いというのは思ったよりも短い。監視の継続、更なる情報収集、対応の模索、様々な準備をしているうちに、すぐに時間は過ぎ去ってしまう。


「犯人も証拠品も割れているのだから、現行犯逮捕すればいいのでは? という意見があるけど、今回はそれはメリットが薄い、かつデメリットが多いんだ」


《それはなぜです?》

《完全勝利だと思うんだけど》

《危険も無いし》

《分かったかも。ヤケになられると怖い》

《あー、押収前に発動される……》


「そうだね。それが最悪のケース。僕が騎士団に命じて動かすことは可能だけど、そこに僕が同行するのは自然じゃない。結果、処理をNPCだけに任せることになる」


 彼らの対応を信頼していない訳ではないが、どうしても戦闘力に不安が残る。

 前領主の例を見て分かるように、あの水晶の発動は一瞬だ。そして、発動の際は周囲にある他の水晶も巻き込んで一斉に発動が可能である。

 そのため一瞬の隙さえあれば、また街の真ん中で魔獣災害が勃発ぼっぱつすることになるだろう。


「そして、首尾よく押収できた場合にも僕にとってのメリットが少ない。回収された水晶は、“未使用のまま”本国に輸送されるだろう」


《また手元には何も残らないんだ》

《宮仕えの辛いとこ》

《評価は上がるがそれだけか》

《むしろ爆弾を首都に抱えることになる》

《あっちに悪人が居たらその手に渡るだけ》

《輸送途中に襲撃されちゃうかも!》


「そうだね。要は仕事をした気になって、問題を先送りにしたに過ぎなくなるってことだ」


 そういう意味では、口には出さないがプレイヤーによる横槍が入らなくて良かったと安堵あんどしているハルだ。

 一日猶予があり、隠し場所まで公開している。もし港町までプレイヤーの攻略が到達していたら、必ず功績を上げようとする者によって倉庫への襲撃が起こっていただろう。


 今後プレイヤーの到達範囲が広まるにつれ、そうした横槍を考えた公開範囲の指定も考慮しなければならないだろう。


「結局、今回の勝利条件は、紫水晶を全て使わせた上でそれを残らず撃破するってことになるね」


 言うは易し、茨の道である。今回の狙いは最初からこの街だ。前回のように、ハルたちを狙ったピンポイントのものではない。

 当然その攻撃は守るに難儀なんぎし、護衛対象は広範囲に及ぶ。


 一瞬も気の抜けない戦いが、予感されるのだった。





「《大おねーちゃん、動き出したです! 白銀ハクたちは、こっそりと後を追うです!》」

「《事後処理はお任せください。空木シロが一人も逃しはしません》」

「任せたよ。ただ、逃したところで気にする事はない。深追いはしないように」


 謎の実行犯二人が言っていた通り、一日後の朝には港に船が到着する。

 既に隠し倉庫から紫水晶の箱を取り出した実行犯たちは、商人の荷馬車を装って堂々と港へ荷物を受け取りに行っていた。

 無論、ハルの小鳥たちによりその一部始終はずっと監視済みだ。


「《……船、調べるにゃー》」

「頼んだよメタちゃん。そのまま乗って行っちゃわないようにね」

「《……にゃ~》」


 メタは港に残り、荷を積んできた船の調査だ。

 何処かからこの地に運んできたということは、出所でどころが別にあるということ。その尻尾を掴むことが適えば、事態は大きく進展するだろう。


 他の二人、白銀と空木は犯人グループの追跡である。

 荷馬車に乗って行く者をそのまま追跡する白銀。この港町に残り再び影を潜める者を捕縛する空木。彼女らの活躍によって、本日炙り出されたこの街の闇を白日の下に晒すのだ。


《ドキドキしてきた……》

《スパイ作戦の集大成だ》

《おちびちゃん三人なら捕縛も出来るのでは》

《話聞いてたか? それじゃ意味ない》

《でもここで捕らえれば別じゃね?》

《確かに。紫水晶もごっそり手に入る》


「言いたい気持ちも分かるけど、今回はそれはしないんだ。理解するように」


《はーい》

《はーい》

《ローズ様が水晶手に入れてもしょうがないか》

《まー何かに使えちゃうだろうけど》

《ローズお姉さまなら活用できる》


 これは、先の事情と同じく、白銀たちに窃盗じみた行いをしてほしくないというハルの思いが一つ。

 そして、そうして秘密裏に、地味に終わらすよりも派手なイベントを演出したいという思いがもうひとつだ。

 民にとってはいい迷惑である。


 粛々と仕事をこなす真面目な為政者いせいしゃの活動は民の目には映らない。これも『良い領主様』として評価されるための演出である。

 自作自演マッチポンプとも言う。敵は実在するので問題ないだろう。


 そんな風に狙いを定められているとは知らず、紫水晶を積み込み終わった荷馬車の隊列は、無事に港町を出発した。

 だがその背後では、すでに構成員は無事では済まなくなっていたのだ。


「《司令、空木シロです。現地に残った構成員を捕縛しました。全て容易い仕事です。これから空木シロは証拠を集めて、現地の警備隊に突き出します。オーバー》」

「……司令? ……まあいいや、こちら司令。よくやった。今後は状況を見て、白銀ハクかメタちゃんのカバーに入れ。オーバー」

「《うふふ、はい! 了解です、司令!》」


 珍しくテンションの上がった空木が、潜入工作員になりきって遊んでいた。

 隠れ家の鍵を開けた瞬間、至近距離の背後から<隠密>による奇襲を受けた構成員の人はご愁傷様である。


 既に別方向に散った他の犯人も同様に捕縛済みであり、今のが最後の一人のようだ。

 ハルもそれぞれを追っていた小鳥の使い魔を撤収させ、自身の居るクリスタの街へと呼び戻す。


「《……証拠、見つからないにゃー》」

「そうか。もし無くても気にしなくていいよメタちゃん。空木シロをそっちに回そう、二人で手分けしてお仕事するように」

「《……白銀ハクは、平気かにゃ?》」

「大丈夫だよ。あの子にはたくさんアイテム持たせたからね」


 多くの人員が同行した荷馬車を一人で追う白銀。自然と、その人数を一人で相手取ることになってしまうが、そこはハルも無策ではない。

 脅威になるのはモンスターであり、人間のレベルはさほどではない事が確認されている。

 ならば、そこは<隠密>とハルの作り出すアイテムで補助カバーが可能だ。


「《眠り薬、痺れ玉、爆弾に煙幕。どっさりです! いつでもやれるです、ハル(ローズ)司令官!》」

「……キミもか。いいけどね。だが待つんだ、エージェント白銀ハク。実行は必ず、全てのモンスターを解き放った後だよ」

「《らーじゃです!》」


《ごっこ遊びに乗ってあげるローズ様かわいい》

《小さい子に優しいお姉さま好き》

《どこでモンスター出すんだろう?》

《街の中が一番効果的じゃね?》

《それだと自分たちが逃げられなさそう》

《自分の命とか考慮してなさそう》

《いや、生きて帰るのが一流って感じかも》


「正直、街中だと実は都合が良い。そのまま囲めるから拡散が防げるし、白銀ハクだけに頼らずとも犯人の捕縛ができる」


 既に現地の騎士達への命令コマンドは通達済みだ。警備レベルは最大となり、犯人グループが街中へと侵入してきた時はすぐさま包囲が可能だ。

 そのままユキやルナを始めとするプレイヤー部隊も加えて取り囲み、被害をその一角のみで抑え込める。


「だが、当然そうではなく遠距離からなだれ込ませて来る場合もあるだろう。爆発力は落ちるが、対処を広範囲に分散させることで被害の拡大が可能だ」


 ハルとして面倒なのはこちらの方だ。少数精鋭でるハルの仲間たちは、広範囲へ分散した相手に弱い。

 局地においては当然勝利するが、その範囲の外には手が回らない。

 敵がそのことを知っているとは思えないが、その手段を取ってくることも十分に考えられた。遠距離から放てば、自分たちが逃げることが可能だからだ。


「《それなんですが、なんか変です司令官しれーかん。街道から外れて、どんどん森の奥へ入っていくです。白銀ハク、誘いこまれてるですか?》」

「んー、なんだろうね? 森の中で別部隊と合流とか、隠れ家って感じでもなさそうだよ。小鳥を飛ばして確認してみた」

「《じゃー、気にせず追っかけるです》」


《しばらく隠れるつもりかな?》

《隠れてどうするんだ》

《先に街の様子を偵察する……?》

《かしこい》

《賢いか? 速攻こそ正義じゃない?》

《バレてないはずだもんな》


 実は尾行がバレている、ということは無いとハルが保証できる。

 ハルの観察眼には、後ろから追う白銀にも、空から監視する使い魔にも気付いた素振りは一切映らなかった。計画の緊張はあれど、追っ手については安心しきっている。

 それにもし知っていたなら、港町の構成員が空木に捕まることは無いだろう。


 そんな謎のルートを進む彼らは、クリスタの街の付近にある森の奥を目指して進んで行く。

 この森は薬の原料などが取れる採取地であるが、同時にモンスターの出没する要注意地帯となっている。領主としての勉強で知ったハルだ。

 住むのは弱いモンスターではあるが、護衛無しの侵入は禁止されており、わざわざ身を隠すには向かない土地であった。


「なるほど、だいたい分かった。つまりはお決まりの、運営による僕への嫌がらせだね」


 ハルが彼らの意図を理解すると同時に、それを肯定するかのように、犯人たちは紫水晶を解き放つのだった。





「《行け、闇のモンスター共! 目標はクリスタの街全てだ! 建物があれば手当たり次第に破壊し、人を見れば対象を問わず襲い掛かれ!》」


 木箱を砕き、荷馬車のほろを引き裂き、次々に紫水晶から生まれたモンスターが溢れ出す。

 それらは脇目もふらず、ここハルの居るクリスタの街へと突撃を開始した。


 その様子を、森の中に、そしてその上空に配置した小鳥たちからの映像でハルはリアルタイムで確認している。

 森の奥から沸き立つように生まれ出てくるその波は、その木々の水面みなも蠢動しゅんどうさせるようにざわめかせ揺さぶりながら、猛スピードでこちらに進行してくる。


《森からモンスター出てきた!》

《これって、通常の雑魚敵じゃないの?》

《紫水晶から出るのって何か特殊だったよね》

《もしかして森に元々住んでたモンスター?》

《あっ……嫌がらせってそういう……》


「そういうことだね。森のモンスターを追い立てることによって、恐慌状態になったそいつらも戦力の一部に計上してきたんだ。こすい」

「《こすいけど良い手です。奴ら、対象は街と住人だけにしてたです。モンスターは対象に取りません》」

「協力関係って訳だ。全く、どうせ普段はこんなにモンスター住んでないくせに」


 このモンスター群も、イベントのため今この場で生まれた存在だろう。

 しれっとした顔で、『普段からここを縄張りにしてました』、みたいに出てこないで欲しいものである。非常に迷惑だ。


「……愚痴ってる暇は無いね。白銀ハク、敵は紫水晶を吐き切ったね? 制圧開始。命令してた奴の意識は奪わないように」

「《いえす、まま、です!》」

「ママって言うな」


 確信犯な彼女の掛け声はともかく、その仕事は完璧だ。

 作戦における最終段階ラストフェイズを完遂し、あとは自分たちが逃げるだけと気を抜いたその瞬間、白銀による煙幕弾がまき散らされた。


 突如として吹き出た白煙に体を硬直させる面々、だが彼らもまたプロの工作員だ。そのパニックが回復するのには何秒もかからない。

 しかし、そのわずかな時間のうちに、白銀は更にハルから渡された特性の眠り薬を惜しみなくばら撒いてゆくのであった。


「《すげー効き目です。明らかに犯罪用のお薬です。この世界は司令官に感謝すべきですね、悪の道に走らないでくれてありがとーって》」

「《何者だぐはっ!》」

「《会話する訳ねーじゃねーかです。この痺れ爆弾もさいきょーです。どっちも誘拐に最適です》」

「……僕のことあまり悪党や変質者みたいに言わないの」


 あっという間に最後の一人、モンスターの指示を出していた者だけが残る。

 その相手が意識を失うとどうなるか分からないので、彼だけは戦闘能力を奪うに留めておいた。


「《さて、魔法を使われても厄介ですね。次はそれをふーじるです》」

「《ひぃぃっ!》」


 かろうじて動く口元だけで、彼は器用に恐怖を演出する。

 次いで白銀が取り出したMP吸収アイテムによって、彼はこの後しばらく死なない程度にMPを吸われ続けるのだ。こわい。


 さて、そんな彼の為にも、ハルも仕事をしなくてはならない。

 早急にモンスターの群れを殲滅し、無限に吸われ続ける地獄の時間を終わらせてやるとしよう。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)

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