第544話 白銀の潜入大作戦
厳重に魔法によって閉じられた空間が見つかったのは、港町にある倉庫街の一角。
そこは物理的にも巧妙に隠蔽されており、倉庫の持ち主でさえそこに気が付いていなかった。
明らかに怪しいその場所の様子を、ハルは今モニター越しに見守っている。
「《開きません……、どうすればいいのでしょう……》」
「《おねーちゃんがやってあげるです! ……開かないですね》」
「《どうしましょう。せっかく大おねーちゃんが鍵を作ってくれたのに》」
「《……にゃー?》」
現地で魔法の解除に奮闘するのは、黒い隠密衣装に身を包んだちいさな二人。白銀と空木の<隠密>組である。
衣装はもちろんルナの作で、カモフラージュ性能よりも、子供らしい可愛らしさが重視されたものだった。控えめながら可愛い装飾が各所にこらされている。
その後ろでのんびりとその様子を見守るのはこちらも同じような衣装と猫耳をつけたメタ。
自分は手を出すことなく、近づく者を見張る構えだ。
「魔法の鍵は僕も作るの初めてだったからね。もっと上級な物が用意できれば良かったんだけど」
「《そんなことねーです! 大おねーちゃんの用意してくれた物に、不備なんかあるはずないです!》」
「《その通りです。使いこなせない、空木たちが悪いのです》」
必死にフォローしてくれるが、付け焼刃のカギ作成ではレベルの高い魔法の鍵が作れなかったのは事実。そこは言い訳の出来ないハルの落ち度、準備不足だろう。
白銀たちを派遣するにあたって、ハルも<細工>により作成した鍵アイテムを持たせてやった。いつもの<信仰>による祝福付きで、魔法の解除も出来る優れものだ。
《何でもかんでも解除できる訳じゃないのか》
《そりゃそうだ。強力な結界っぽいしな》
《それでも解除できる可能性があるだけで十分》
《魔法攻撃して破壊するしか手段ないからな》
《破壊すると即座に検知されるし》
《……こんなとこで盗賊の裏事情が知れるとは》
《予想外にも程があるね》
余談ではあるが、こうした鍵開け用のアイテムを作成可能なのは今はハルだけらしく、盗賊ギルドに所属する勢力から強烈に勧誘が掛かった。
せめて鍵をショップに流して欲しいと懇願されたが、ハルにも自分のイメージがある。秩序側の人間として、犯罪に手を染めた、手を貸したという風聞は御法度だ。
では、今やっているこの侵入工作は犯罪ではないのか。
……秩序維持のためである。超法規的措置なのである。
「無理せず戻っておいで。次は金属から厳選して、最高級のカギを作るから」
「《大おねーちゃんにそんな迷惑はかけられんです!》」
「《そうです! この程度のパターンなら、既に見切りました。次のカギは高級です。それでフィニッシュです!》」
「《……メタに、任せるにゃー》」
「《あー! メタちゃん、美味しいとこ取りです! 後ろでずっと解析してましたねー!》」
「《空木、声がおっきーです。ズルいメタちゃんは、後でメイドさんに言いつけるです》」
「《ご、ごめんなさい……》」
「《……おやつ抜きは、許してにゃ~》」
複雑な魔法も彼女らにはパズルに見えていたようで、前二人の挑戦により解法を得たメタがちゃっかりクリアを横取りしてしまったようだ
カギの等級が上がる瞬間を狙った、職人技であった。
「《と、とにかく、中を漁ってみるです!》」
「《おねーちゃん、漁るって言い方はどうかと思います》」
「《……そこ、気を付けるにゃー》」
「《おっと、ナイスですメタちゃん。さっきのは、許してやるです》」
「《本当ですね。踏み込むところでした》」
「《……慌てすぎ、にゃ》」
《何があるんだ?》
《何も見えないが》
《目立たないトラップか何か?》
《メタちゃんは本当によく気付くよね》
《モンスターもちょっとの予兆で感知してたし》
《ぴくっ、ってするの猫ちゃんみたい》
メタが感知したのは、恐らく室内を横断するように張られたフィールドの境目、彼女らの語る『泡の表面』だろう。
その面にプレイヤーが接触すると世界に検知され、隣り合ったマップの構築や、モンスターの発生等のイベントがロードされる。
いわば、回避不能、解除不能の探知機だ。
あからさまにこの室内に配置してあるということは、そこをくぐれば侵入者にとって良くないイベントが発生する、ということなのだろう。
通常のプレイヤーでは絶対に気づかず踏んでしまい、対処を強制されることとなる。
この運営らしい、意地悪なアドリブ強要だ。
「《どーします、大おねーちゃん? ここ通らねーと、奥には行けないです》」
「《小さめな部屋ですが、ご丁寧に、手前には何もありません》」
「そうだね。当然だがここまでして収穫なしで帰る訳にはいかない。メタ的に見れば、侵入がバレるのだってまたイベントの発生だ」
「《……メタ的、にゃー》」
「おっと、メタちゃんのことじゃないよ」
この場で何かアクションが起こることにより、敵側の事情も何か変化するというならば、それもハルたちにとっては利益となる。
この世界はリアルと異なり、“人の見ていない場所では木は倒れない”。
敵の情勢が変化するのも、こちらの目がある時だけかも知れないのだ。
「《では、ごー、です! 白銀たちの仕事の早さを、見せてやるです!》」
「《ぱぱっと調べて、ささっと退散します!》」
「《……手分けだ、にゃー》」
そのラインを踏み越えると同時に、三人は合図も無く三方向に散る。
最中に素早く空中で魔法の鍵を投げ渡し、素早い中でも正確に三等分に分配する。
そのカギを用いて、隠し部屋の内部に安置された箱の数々を次々と開封していった。内部の物は、外が厳重だからかそう強力な施錠はされていなかったようである。
まるで抵抗もなく、次々と開かれていった。
《おおすげー、全部紫水晶だ》
《大当たりじゃん》
《やはり悪の巣窟》
《『そうくつ』な?》
《ま、まだ誰も『すくつ』って言ってない!》
《……言おうとしたけど》
《大量ゲットじゃ!》
「いや、ちびちゃん達、中身には手を付けないこと。一個も取らずに出るんだよ」
「《はいです!》」
「《アイテム欄に制限は無いので、問題なく全回収できますが。何か考えがおありなのですね?》」
「《……天才、にゃ》」
「ここで水晶を奪ったら、彼らの計画が頓挫してしまう。彼らにはぜひ、計画完遂の一歩手前まで行ってもらわなければ」
《一歩手前なんだ(笑)》
《完遂はさせない》
そう、完遂はさせない。だが遂行はしてもらう。
ここで、『商品に被害が出たので撤収』、などと判断されては、足取りを追うのが難しくなる。
是非、喉元にまで食いつかせて、逃げられなくなったところを一網打尽にしたい。
それと、ちびっこ達には窃盗の判定を付けさせたくないというハルの甘い気持ちも少し入っていた。
「《ぜんぶ開け終わったです。思ったとおり、中身はぜんぶ紫水晶だったです》」
「《……人、来るにゃー》」
「《撤収ですね。よろしいですか、大おねーちゃん》」
「よろしい、撤収したまえ。僕のカナリアが居るから、そいつを置いていくんだ」
「《らーじゃ、です!》」
「《了解しました。では、行きましょう》」
「《……退散、にゃ!》」
「ハルさんー、『僕のカナリア』って、もう一度言ってくださいー、もう一度ー」
「……あとでいくらでも言ってあげるから、ちょーっと待っててねカナリーちゃん?」
「やったー」
三人は<隠密>を発動させたまま、素早くその場を後にする。
その途中、倉庫内にて入れ替わるように二人組の男とすれ違った。彼らは白銀たちに気付くことなく、真っすぐに隠し部屋の方向へと進んで行くのだった。
◇
「《封が破られてる!? しかも警報が鳴っていない、手練れの仕業だぞ……》」
「《……この反応は開いて間もない。おい、まだ中に居るかも知れん。慎重に踏み込むぞ》」
「《応っ》」
その言葉と共に、どう見ても真面目な町人です、といった風体をした二人組が室内に踏み込んで行く。
白銀たちは既に退去済み、天井から使い魔の小鳥が見下ろす中、慎重に安全確認を二人は行っていく。プロの動きだ。
一人は事務員だろうか。こちらで言えばスーツであろうか、折り目のぴっしりとした服装に、本人の態度もまた折り目正しい。
まあ、今は若干、粗野な態度が表に出ているが。
もう一人は作業員風。この倉庫街で先ほどまで働いていました、と言われてもしっくりくる。
作業服には仕事汚れが目立ち、日に焼けた肌は汗が乾ききらずにテカりを放っている。表現の多彩なゲームだ。
その多彩さが、二人並んだ時のアンバランスさを際立たせているのだった。
「ふむ。普段は表向きの仕事を持って、特別な時にだけこうして集まるのか。気合の入ったスパイだね」
「『草』、という奴ですねー、俗にいうところのー」
「草、ですかカナリー様?」
「道端の草のように現地に溶け込むんですよー」
「すごいですー……」
その気合の入った潜入工作員は、開け放たれた水晶の箱にも、慌てることなく慎重に室内をチェックして回っていた。
やがて内部に人が残っていないと納得しきると、少しばかり肩の力をゆるめて開封された箱の中身を確かめ始める。
「《見た感じ、中身は持ち去られてないようだな》」
「《だな。正確には数えてみないと分からんから、二、三個は消えているかも知れんが》」
「《それだけなら支障はないが、逆にそれだけで十分と判断したなら厄介か? 解析のプロが付いているのかも知れん》」
「《『コスモス』に伝手があると? ……無いとは言えんか。羽振りの良さは見れば分かる》」
「おっと? これは僕の話かな? まいったね、どうも。もう犯人に目星がついているとか」
それとも、このクリスタの街での活躍によってそれだけ敵視されているという事か。
街の人々によっては悪しき領主の邪悪な計画を阻止した英雄だが、その邪悪な組織にとっては力を入れてきた計画を潰されて憎き敵だ。
「《……考えすぎかも知れんな。俺達が近づくのが分かって大慌てで逃げただけかも》」
「《だな。見回りが間に合って良かったよ》」
「そうそう。考えすぎ考えすぎ」
《映像に相槌打つローズさま可愛い(笑)》
《普段お部屋ではこうして過ごされてるのかな》
《お可愛らしい》
《放送を見るローズ様を見る俺ら》
「確かにね。だが気を付けるんだよ君たち。このミラー配信はなんと無許可さ」
「ワル、なのです! わたくしとハルお姉さま、悪の道に走ってしまったのです!」
「……なんとも可愛らしいワルですねー」
画面の中の、可愛らしさの欠片も無い悪たちと比較して、カナリーが呆れ顔だ。
その悪い二人組は、水晶の箱をきっちり閉めなおすと、その場に留まって悪だくみの話を始めるのだった。
「《何にせよ、ここがバレ、鼠に逃げられたのは事実だ。早急になんとかせねばならん》」
「《物を移すにも、見張りを立てるにも向かない場所だ、どうする? 巡回は増やすとして》」
「《……多少無理しても、計画を早めるべきかもな》」
「はい、来ました『計画』。これを待っていたよ、僕は」
《『計画』と書いて『イベント』と読む》
《今回もローズ様の読み大当たり!》
《ぽんぽんイベント発生させるなーホント》
《ローズ様うれしそう》
《可愛らしいけど、悪人を潰すんだよな(笑)》
《正義を執行できる喜び》
《合法的に暴力を行使する愉悦》
……否定は出来ないハルである。正義のヒーローであるためには、倒すべき悪が必要だ。
その悪がノコノコ出てきて、悪事を働いてくれるのである。これを喜ばないで何としようか。
「《明日の便で、また水晶が届く。それと合わせれば、必要数は十分か?》」
「《そうだな。多少勇み足は過ぎるかも知れんが、向こうも新体制に伴い大幅に改装工事中だ。好機かも……》」
「……ん? 僕の街のことだね? 雲行きが怪しい」
「《そうだな。向こうの防御もガタガタだ。ここで、攻めるか》」
「《ああ。モンスターの大軍団によって、クリスタの街を攻め落とす》」
「……なんとまあ」
《大ピーンチ!》
《モンスター大軍団!》
《さあ面白くなってまいりました》
《真面目にやばいのでは?》
《一日後(笑)》
《まじでこの運営容赦ねぇ……》
《工事ぜったい終わらん》
大変なことを聞いてしまった。これは事前に知れて良かったと見るべきか、それともこのイベントを起こさねば攻めてくることは無かったと見るべきか。
話すだけ話して誰も居なくなった室内の映像を睨みながら、ハルはまた高速で頭を回転させなければならなくなったのであった。




