第542話 ねこととり
「……ねこだね。おっとすまない、色々考えて硬直してしまった。これは今までに見ないタイプだね、珍しい」
《かわいいい!》
《えーすごい!》
《普通の動物さんどうやって出すんですか!》
《なんか、驚いてるってことはレアなんか》
《そうっぽい》
《<召喚魔法>界隈はわからんな》
「呼び出せるのだいたいモンスターというかファンタジー生物でね。こういった動物と変わらない見た目の奴は居ないんだ」
「そっすねー。わたしも見たことないです。まあ、わたしは敵性モンスばっか呼んでるから当然なんですけど。それでもキッチリ情報収集はしてますよ! 配信で流れた召喚獣は全てリスト化してありますけど、こういうのは無いっす」
「流石だね。よく調べてる」
「にしし、褒められたっす」
《イチゴちゃんの情報網すごい》
《情報屋やらない?》
《凄い儲かりそうだよ》
《お金出すのでリストください!》
《既存の情報屋が全部死にそうだな》
《なんでやらないんだろう?》
《独占してた方が利益が出るんだろ?》
その通りである。更に言うと、エメの持つ情報は劇薬すぎる。
公開情報なら聞けば何でも分かってしまうため、ゲームバランスが彼女一人で容易く崩壊するのだ。
コメントでもあったように、既存の経済バランスを破壊してしまうのもよろしくないだろう。
「……これは、見た目どおりの動物って訳じゃなさそうだね」
「なんすか? なんすか? 興味ありますね」
「分類は『神獣』だってさ。凄い猫だね」
「へー、神様なんすねー。なんか神話とかあるんですかねー」
エメがハルにだけ分かる程度に棒読みだった。確実にメタをモデルにしているのだろう。
《神獣!》
《レアどころの騒ぎじゃない》
《どうすればお迎えできますか!?》
《ローズ様並みに<幸運>上げます!》
《いや無理だろ(笑)》
《たぶんあれだ、<神威の代行者>》
「そうなんだろうね。つまり、<召喚魔法>の結果には他のスキルも影響するって分かったようだ」
「おー。そんじゃあわたしも、更にえっぐいモンスター呼べるように酷めのスキルでも発現させましょうかねー。あれ? これってあれじゃないっすか? 全職種<召喚魔法>必須になって、また職業バランス見直しの時期じゃないっすか?」
「時期の移り変わり早いね。でも、まだ開始して日が浅いゲームだ。ビルドの安定にはしばらく掛かるだろう」
「だから多少今が落ち目でも、<召喚魔法>の使い手は落ち込む必要はないっすよー」
《ありがとうイチゴちゃん!》
《私たちも頑張る!》
《ご主人様もスキル鍛えないとなんだー》
《情けない姿は見せられないよね!》
《なんか本当に情勢変わりそう》
《流石の影響力》
最初は人気であったが、費用対効果に難があることが分かり若干その人気に陰りが見えていた<召喚魔法>。
その愛用者には不遇の期間となっていたが、エメの高レベルモンスターに加えてハルの呼び出した神獣が加わり、その将来性に光が射してきた。
いずれは自分たちもああなりたい、という期待が原動力となり、様々な挑戦が進んでいくだろう。
そうすればついでに、独占状態のハルの商売も潤うというものだ。
「さて、少しびっくりしたけど、本来の目的に戻ろうか」
「その前にハル様ー。この子の名前どーすんですか? やっぱりメタちゃん?」
「いや、メタちゃん本人が遊んでるゲームでそれはマズいでしょ……、デフォルトでいいや、『オパール』、だって」
《メタちゃんってあの大人しい子か》
《猫っぽいもんね》
《もともとそういうキャラだったんだ》
《……にゃ》
《オパールちゃん!》
《ローズ様、大事にしてあげてー》
《ネコちゃん、お食事はなんなのかにゃー?》
「MPだね、僕の。これは都合が良い。自動で餌やりが出来て手間いらずだ」
「それを都合良いって言えるのハル様くらいですねー。普通なら特大規模の大外れっすよ。常にリソース持っていかれるのなんて、シャレにならないですって」
「どうせ僕は常にスキル使って、常に回復処理を挟んでる。それの数値が少し変わるだけさ」
《ブルジョワ思考……》
《時間いくら課金してるんだろう》
《今はローズお姉さま回復課金してないぞ》
《ゲーム内資金で余裕で賄えるからな》
《ご自分でもお薬作れるし》
《どっちにしろブルジョワ》
常時召喚型のペットは召喚コストの他に食事が必要で、見合った物を与えなければ調子が悪くなり、最悪死に至るようだ。
何か特定のアイテムを消費されると、それを専用に集める手間があるので共通コストであるMPは逆にありがたいハルだ。
そんな感じで思わぬ運営の仕込みに驚かされたハルだが、そのあたりで本来の目的であった追加の召喚へと移っていくのだった。
◇
「さて、猫にも任務を与えたことだし、二体目を呼び出していこう」
「神獣ってなにすんですか?」
「お散歩に出すと、運が良ければアイテムを拾ってくるらしい」
「微妙っすね……」
「バカにできないよ。こういうのは超低確率で限定品が出たりするんだ」
低レベルのうちから最高レベルの鉱石素材が手に入るようなゲームもある。運次第、しかも低確率ということで許されている調整だ。
なお、これに課金が絡んでくるとまた話が変わってくる。割と酷い方向に。
今回は課金で即時お散歩終了、という要素は無いようで一安心だ。なんだろうか、課金で終了するお散歩とは?
「ハル様はまだスキルレベル低いから枠一個っすよね? もう枠を増やすかどうかの選択出てないですか? お得意の課金で増やせますんで安心です」
「ああ、やっぱり課金あるんだ。でも出てないね。というよりも最初から三個枠がある」
「おおー、なんででしょうね? やっぱ、魅力が高いから付いてくるんですかね? 大人気プレイヤーとして、たくさんの眷属を従えてますもんねえ」
「いやそんなステータス無いから。あと危ない発言は止めるように」
「にししっ」
《はい! 眷属です!》
《なんなりとご命令を!》
《眷属ですが<眷属技能>は使えません!》
《ああ、もしかして<カリスマ>かな?》
《なるほど、そういうのも影響するんだ》
《いろいろ相互に関連し合ってるなー》
恐らく予想通り<カリスマ>と、もしかすると<神威の代行者>あたりも影響しているかも知れない。
これはスキルを覚えれば覚えるほど、他のスキルが相乗効果で強くなってゆく面白いシステムだ。
一つのスキルを極めるもの楽しいが、どちらかと言えばこういった方がハル向きであるように思う。
もちろん、一芸を極めた先にも何かの要素があるかも知れないので、『これが正解』、とは断言も出来ないのだが。
「次も常駐ですかハル様? 次はついでにHPコストっすか?」
「そうも思ったけど、少しは。でも次は時間制にしよう。HPもついでに持ってかれたら、もしもの時に事故死が怖いからね」
「あー。MPだけならゼロになっても死なないですからね。HPもスリップダメージ負ってるとキツイのは確かに」
このゲームでは、HPかMPがゼロになると、代わりにもう片方を減らすことで補って回復しようとする。
両方がゼロになると、そこでゲームオーバー。集めたポイントを一部喪失するペナルティが入る。
そのためコストで同時に減っていると少々不安があるハルだ。それに、一から育てるのは一匹で良いだろう。
「どうせレベルが上がれば、呼び出せる召喚のレベルも上がっていくんだ。時間制にして都度入れ替えていけばいい」
「ロマン思考に見えて、そゆとこやっぱ効率厨ですよねえ。嫌いじゃないですよ」
「そういう言い方しないの。それに、大量に呼び出す予定なんだ。それに全部維持費が掛かってたらたまらない。じゃあいくよ?」
ハルは今回、召喚の最大数まで枠を増やす予定だ。
その枠ぶんの維持コストが全てMPだったとしたら、それは流石に許容できない減り方になるだろう。
メタに似た黒猫の召喚獣も、成長と共に消費MPが増すかも知れない。
「では召喚! コストは目一杯、判定は味方、現出時間は一時間で」
「うーん、使えるだけ使う。ブルジョワの鑑! おっ、出てくるっすよ。…………これは、鳥っすね。召喚獣にしては、ずいぶん小さいっす」
「……カナリア、かな。うん。たぶんこれも、『神獣』だねきっと」
半ば確信をもって、ハルがつぶやく。ここの運営はどうやら、よほどギリギリを攻めるのが好きなのだろう。
だがここでツッコんでしまっては本末転倒だ。なるべく気にしないそぶりを装って、ハルはその可愛らしい小さな鳥のステータスをチェックするのだった。
《また可愛い!》
《ローズ様は何でそんなに可愛い子を呼ぶの!》
《素敵です! もっと良く見せてー!》
《私のポイント、少ないですが受け取ってください》
《呼んだばかりなのにとっても懐いてる♪》
《肩に乗ってるー》
「なんだかコメント欄がプレイヤーに占拠されてる……」
「そいつの能力なんなんすか? 戦闘系じゃなさそうなのは、分かりますけど」
「索敵とか探索だね。こいつを飛ばすことで、僕の視点が増える。良い能力だ」
このゲームでは得意の分身が使えない。目玉ビットを飛び立たせて、監視衛星にすることも出来なかった。
それに慣れ過ぎて少し不便に思っていたところに、これはなかなか良い召喚獣だ。
ハル以外で消費の割に役に立たないかも知れないが、あまり外に出られないハルにはぴったりである。
「あとは危険感知かな。『坑道のカナリア』とかけてるんだろう」
「誰かさんが聞いたらどう言うでしょうねー。あ、ハル様、そいつ何か食べるんですかね? 餌やりしてみましょうよ。あ、いえ、コスト先払い済みなのは分かってますが、可愛い鳥さんがなんか食べてる姿は、放送映えするっすよ?」
「あー……、そうだね、お菓子とか、食べるかな……?」
懐っこく肩に乗ってきた神鳥のカナリアに、ハルは贈物用にと首都で買ったお菓子を開封して与えてみる。
すると案の定、ちちちち、と嬉しそうに高級菓子を次々とついばんでいくのであった。
……どう考えてもモデルはカナリーだ。本人の反応が怖くもありつつ、少し楽しみでもあるハルだった。
《お菓子たべてる!》
《食いしん坊さん♪ 優しいご主人様でよかったね♪》
《今のでうちの子の一週間分の食費が飛びました》
《ブルジョワの家にふさわしい子だ》
食べ終わって満足したのか、小鳥は一声鳴いて窓の外へと飛び立っていった。給料分の仕事をしてくれるようだ。
それを見届けて、ハルは続けて次の<召喚魔法>を起動するのだった。
◇
「また小鳥か。いや、これは悪くないね、数が必要だ。狙って出せるならこれは朗報」
「監視には一匹じゃ足りませんもんねー。もういっそのこと、全部カナリア枠にしちゃいます? そうすれば領地の周辺はもう、全部ハル様の監視下ですよ! ぐへへへ、ディストピア極まってきましたねえ……」
「別に監視しても管理社会にするつもり無いけど……」
三体目の召喚は、同じ小鳥タイプの召喚獣。これでハルの<召喚魔法>のための枠はひとまず埋まったことになる。
レベルを上げれば開放されていくようだが、今この時点でも課金によって強引に枠を広げられるようだった。
「さて、久々の課金の時間だ」
《久々……?》
《何か特別な課金は久々かも?》
《日々のルーチンの課金はもう課金ではないと》
《必要経費として割り切っていらっしゃる》
《これがお嬢様思考!?》
お嬢様思考ではないが、確かにそういうところのあるハルだ。
ハルの放送が大人気となりそれによる収入と、回復等の支出バランスが黒字となったため、そこの課金は計上しなくなったハルだった。
イベントを起こすためや、新たな展開のための課金は少し控えがちだったこの所である。
「さて、枠課金、<召喚魔法>発動、また小鳥ね。で、枠課金、<召喚魔法>……」
「おー、鳥の群れっす。どんどん増えますねえ。そして、課金額もどんどん増えていきますねえ……、加減ってもんを知らないんすかねえ……」
「他の召喚士もあまり枠を増やさない理由が分かったよ。そんなにペットを維持できないってのもあるんだろうけど、単純に、高い」
《最初の一枠は良心的だけど……》
《二枠目からもう倍になる》
《四枠目で大台に乗って》
《次は上一桁が積まれて行く》
《人類が確認したのはそこまでだった》
「さしずめ僕は人外か。いや、これ青天井だったらえらいことだけど。課金者絶対有利にも程がある」
「枠買ったところで有利にはなれませんし、そこまでっすよー? 枠があったところで、活用できるのなんか相応の高レベル者だけですし。それこそ、低レベルでも可愛いペット大量に保持してたいって道楽者にしか恩恵ありません」
「僕は有利になるが?」
《そこまで出来るのローズ様だけなんよ》
《ローズ様なら課金しなくても勝ってそう》
《やっぱりただの集金装置》
《ローズお姉さまその大量の鳥さんどう使うの?》
「今は数に見合う仕事は出来ないね。ただ、これだけの数を出せるということ自体に価値がある。<召喚魔法>による経験値は、呼び出したモンスターの数だけ加算されていく」
「つまりお得意のマルチタスクで、更にレベルアップは加速するんですね」
「そういうことだね」
《無敵や》
《もう誰も止められない!》
《よかったねローズ様》
《レベルアップ加速したがってたもんね》
《これで家計を支えられますね》
《レベルポイント大量ゲット!》
次々に増えていく小鳥たちが、部屋の中を所狭しと飛び回る。
その数は既に二十を超え、流石に次の課金額も馬鹿にならなくなってきた。三十枠に届きそうになり、“流石に一ゲームの一コンテンツに払う金額ではない”と誰もが感じるようになったあたりで、ようやく課金による増加限界が訪れた。
「ふむ。運営にも一応は常識があったらしい」
「これでまだ払おうとしているハル様には常識は無いんですねえ」
「さすがに僕もそこまでネジが外れてはいないよ? でも、払えば払っただけ見返りが多くなるなら払うだけさ」
「えー、視聴者の皆さんは真に受けて真似しちゃだめっすよお? コレで見返りを得られるのなんて、この方だけなんですから」
《分かってます(笑)》
《まずは自分磨きで鍛えないと!》
《その頃には枠も自然に増えてるし》
《でも、見てたらもう一人……》
《ね、お迎えしたくなってきちゃった》
《ダメだこいつら、割とお嬢様臭がしてやがる》
ペットと共に歩むプレイをするのは、裕福な女性プレイヤーが多そうなのでその意見もあながち正しいのかも知れない。
そんな、ある種の課金誘導のような放送をしてしまいつつ、ハルは<召喚魔法>による新たな力を手に入れたのだった。




