第541話 新たな召喚魔法の使い方
交流所で興味を引かれた部分を、つらつらと流し読みしていくハル。
その中には既に、ハルの語ったバグ、謎の空間についての情報も話題となっていた。
最初はそれで十分か、そのまま伝聞に任せようかと思ったハルであるが、やはりこういったことは自らが直接発信しないとならないと思い直して、自身も書き込みを行ったのだった。
・【ローズ】 Lv.78 <領主貴族>
バグのような空間に入り込んでしまいました
同じ経験のある方は、情報提供をお願いします
有力情報にはポイント他、報酬を用意しています
《画像ファイル》《画像ファイル》
「これでよしと。まあ、まだ情報は来ないと思うけど、放送の外で僕のように遭遇した人も居るかもしれないからね」
《居なさそう》
《ローズ様だからこそ遭遇したんじゃ》
《低レベルじゃ行けないんじゃない?》
《改めて見たら、レベルブッチギリ一位だな》
《流石はローズ様》
《ガセ情報ばっかり来ちゃうんじゃない?》
「そこの見極めは任せてほしい。真偽を見誤る僕じゃあないよ」
《かっけー……》
《やはりお嬢様として騙し合いには慣れてらっしゃる?》
《凄い世界だ》
《多額のリアルマネーが動くんだろうなぁ》
お嬢様としてではなく、ゲーマーの観察眼としか言えないのが悲しいところだ。
だがハルの複数の視点による冷徹な判断力は本物。報酬を騙し取ろうという欺瞞情報を提供してくるユーザーは確実に見抜く自信を持っている。
保険として、ハルが発生させた際の条件も伏せておいた。
これで、適当を語る者はまず最初の段階ではじけるはずだ。
「こっちはスクショも出してるしね。バグが何種類あるかは知らないけど、まず画像なしは書類落ちに出来る」
「そんでもハル様ー? この画像に似せて、それっぽい再現映像なんか作られちゃったらどーします? あからさまな偽情報だったとしても、逆に蹴りにくくならないっすか? 世の中、悪いヤツが多いっすよーハル様。わたし、心配っす」
「なるほど、エメならそうして人間を騙すんだね」
「うげえっ!? やりませんよお。いじめないで欲しいっすぅ……」
「よしよし、泣くな泣くな」
ハルにちくちくと言葉責めされて、うるうると涙目になるエメをあやすように撫でて慰める。
途端にだらしなく顔を蕩けさせる変わり身の早さは、わざとやっているのかと疑うほどだ。
「でも可能なのかね実際? ゲーム内要素だけで再現はさ。それはそれで興味があるね、出来の良いものには報酬を払ってもいいかも知れない」
「やめましょうよおハル様、そういうこと言うのお。絶対、仮装大賞になりますってばー」
確かに、悪ノリが悪ノリを呼び、渾身のネタ画像の発表会になってしまいかねない。
画像再現にはどんなスキルを使うのか、そこに興味のあったハルではあるが、報告欄を混沌にしてまでやる事でもないだろう。
まあ、何が来るにせよ先の話になるだろう。
今は、何か用事があって来たであろうエメの相手を優先することにしたハルであった。
「こら、いつまでもひっつくな。それで、どうしたの? 訓練は終わった?」
「はいっす! 終わったというか、蘇生薬が尽きたんで中断ですね。ユキ様やカナリーが思いのほか強いんで、ぱぱっと片付けられちゃうんすよ」
「なるほど。ちょっと待ってね。あれが結構好評なものでね、在庫は全部ショップに流しちゃったんだ」
《召喚獣の蘇生薬バカ売れっすよね》
《需要を読むお姉さまのセンス流石っす》
《単価が高いから大儲けっす》
《抱きついてもいいっすか?》
「エメの真似をするのは止めるんだ君たち。まあ、保険に持っておきたいって人が大半だから、需要が一巡したら落ち着くだろう」
「実際は絶対に死なない立ち回りする人が大半っすからねえ。使うはめになったら、その時点で一大事でしょうし。あの人らの目的は、強い召喚で強い敵を倒すことじゃなくて、大事なパートナーと一緒に冒険することっすから」
「それもまたプレイスタイルだね」
最初に召喚した、かわいい召喚獣と共に歩む冒険の日々。
志を同じくする、仲間の召喚士との交流。
そうした生活を楽しむ人々が、それを楽しそうに放送する。そんな、ゆったりと進む平和な放送が、実は一部では大人気である。
あくせくと攻略に励むプレイヤーから比べて進行は遅いが、ファンからの支援により環境やステータスは安定している。
そうした人々が顧客となって、ハルに新たな商機が到来していた。
「<召喚魔法>はどうしても効率が悪い。そんな中でも、『味方判定』の、『常時出現』タイプとなれば、能力値はハッキリ言って最低レベルだろう」
「だからこそ可愛いんでしょうねえ」
「まあ、分かる。もしそんな最低ランクのモンスターを、手塩にかけて最強クラスに育成出来たら、って考えればね。達成感は天にも昇る心地だろう」
「いやー……、そんなこと考えてるのハル様だけじゃないっすか? 普通は、育てて楽しい、かわいい、ってだけっすよ?」
「ふむ、なるほど?」
《天にも昇っちゃうローズ様……》
《ローズ様って結構ロマン重視だよね》
《でもゲーマー的思考からは逃げられない》
《どこまで行ってもゲーマーなの好き》
《ロマンは追及する。でも攻略もする》
「そうだね。その過程で、どうしても効率が悪すぎるとロマンを切り捨てることもあるね」
圧倒的効率の前には、ロマンなど風の前の塵と飛ばされる事は多々ある。特に対人ゲームであれば顕著だ。
絶対に勝てないと分かっていてロマンに傾くことはほぼ無いハルであった。
「ただ、<召喚魔法>については僕も少し興味が出てきてね。それで、今はエメと色々試しているところなんだけど」
「頑張ってるっすよ! 褒めて欲しいっす!」
「うんうん。偉い偉い。偉いぞー」
「にへへへへへ……」
だらしない笑い方に似合わず、仕事は勤勉にきっちりこなすエメだ。
今も、ハルの予想よりも早く用意した蘇生薬を空にして、こうしてやってきている。
これは放送では口にしないことだが、ハルは例の謎空間へと至るための次の道順を、<召喚魔法>へと定めていた。
モンスターの出現によって空間の綻びが発生するなら、任意にモンスターを呼び出せる召喚ならば、その綻びもまた任意で引き起こせるのではないか?
そのように、ハルは思い描いている。
「ところで、ハル様は<召喚魔法>覚えられました? 覚えられました? にしし、早くお揃いになりたいですねえ」
「まだだね。意外とかかるようだよ。初期スキルだから、もっと簡単に覚えられると思ったんだけど」
《そんなこと企んでいたのか!》
《ローズ様がまた強くなるな》
《強くなるか? <召喚魔法>で》
《<召喚魔法>をバカにするな!》
《バカにはしないけど、強くはない》
《これはれっきとした事実》
《特にローズ様には<神聖魔法>があるしなぁ》
「まあ、見ていなって。強いかどうかは、僕にもまだ分からないけどね」
「しかし長いこと召喚獣用のお薬作ってるんすけどねえ。もしかして、初期スキルほど難しくなってるんですかね。簡単に全部覚えられたら、万能になっちゃうし」
「かもね。ルナも<剣術>覚えるのに、時間かかってたし」
スキルに関連する行動を取っていると、そのスキルが開花していくこのゲーム。
ハルは<召喚魔法>を覚えるべく、召喚したモンスターのための薬を<調合>によって作成し続けるのだった。
◇
「……よし、出たみたいだよ、<召喚魔法>」
「おっ、やっとっすかー? 途中<大量生産>が出た時は、ハル様が別の道に寄り道しちゃうんじゃないかと気が気じゃなかったですよー。んん-ーっ! 暇だったっすねー。召喚獣ガチャで間を持たせるにも、限度があるってもんっす」
「その割には人気だったみたいだね、それ」
《もっと見たかった!》
《イチゴちゃんとローズ様の絡みも最高》
《もっと生意気後輩ムーブして》
《この時間だけでレア召喚何体出たことか》
《いらないなら代わりにくれー!》
《すぐ消しちゃうのもったいない!》
「そうは言ってもですねえ。わたしもスキル上げのためにやってるだけなんですよねえ」
ハルの傍で時間を潰すことにしたエメは、<召喚魔法>の連打で間を持たせることにした。
コストの回復をハルに任せて次々と出しては消されるモンスター達は、なかなか出現しないレアな種類が大量に混じってる。
その発表会と化した放送は、暇つぶしのはずが予想外の盛り上がりを見せたのだった。
そんな中、ついにハルにも<召喚魔法>のスキルが発現する。
「さて、さっそく使っていこうかな」
「わたしの出番ですね! 何でも聞いて欲しいっすよ!」
「残念。今回は君の出番じゃないんだ。視聴者の方が詳しいだろうから、彼らに聞くよ」
「ええぇぇぇ!!? なんでっすかなんでっすかあ! わたしに頼ってくださいよお! ハル様のお役に立ちたいですぅ! ハル様のこと何も知らない視聴者どもなんかには負けたくないっすぅ!」
「やかましい」
「むぐう!」
きゃんきゃんと騒ぎ立てる彼女の口を、強引に塞ぐ。
聞けるものならハルもエメに聞いてやりたいが、今回は彼女では役に立てない理由があった。
それが、エメが一切活用していない機能、『召喚枠』についてである。
「この子、一切召喚枠を使わないからね。今回僕は呼び出せる召喚獣の数を増やしたいと思ってるんで、すまないが教えてもらえるかい?」
《イチゴちゃんすぐに消しちゃうもんね》
《消しちゃうというか、消えちゃうというか》
《むしろ倒すために呼び出してる》
《枠の上限まで呼び出すと、すぐに選択肢が出ます!》
《小さい子何体も呼び出せばいいので、簡単ですよ》
《ローズ様の呼び出す子たち見たいです!》
《きっと可愛いですよ!》
「そうだね。僕も楽しみだ。……さて、どうしようか、使用コスト、友好敵対の判定、現出期間の設定、ステータスの傾向、エトセトラ。けっこう詳細に決められるんだ」
「最初のコストは目安ですね。基本的に最低値と思った方がいいです。後の設定で場合によっては上がっていくんで、最大コストにして欲張りセット頼むと反動で死にます」
「友好で注文したりすると値段が上がるんだね」
「そうっすよー。だから最強のお供を作りたければ、敵対で呼んで調伏するのがいいんじゃないですかね?」
敵対判定で呼ばれたモンスターは召喚者に襲い掛かってくるが、手懐けて言うことを聞かせれば仲間にできる。
そうすれば危険はあるものの、コストを押さえつつ強力なモンスターを仲間にすることが可能だ。
ただ今回は枠を埋めることが目的なので、それはせずに適当に友好判定で呼び出すことにする。どのみち、<召喚魔法>のレベルが上がらねば強いお供は呼び出せないだろう。
「ステータス傾向は、まあ<幸運>優先でいいか。僕も平らとはいえ若干<幸運>が突出してるし」
「いやいやぁ、若干どころか立派なふくらみがあるじゃないですかあハル様はぁ。にししし」
「……くだらないこと言ってないの。……って、これまた見覚えのある子が出たね」
設定を終えて、実際に<召喚魔法>を発動してみるハル。
その結果現れたのは、お屋敷にてよく見る姿。毛艶の良い小さな黒猫。猫の神様であるメタとよく似た姿であった。
これも、ハルを良く知る運営の手引きなのだろうか? しばし顔を見合わせ、無言で考え込むハルとエメなのだった。
※誤字修正を行いました。改行ミスの修正を行いました。行またぎの報告が出来ないため、お手数をおかけしました。誤字報告ありがとうございます。




