第538話 生物としての目的
「そうだ、一つ聞いておきたいんだけど」
「《なんさねー? 攻略情報についてはお伝えしていませんじぇ?》」
「……それは聞く気は無いんだじぇ。そうじゃなくて、空木についてだ。君らの計画で、彼女に危害を加えることはしないと約束できる?」
「《んあー、疑り深いなぁお兄ちゃんは。仕方ないか、今までさんざん悪い神様に振り回されてきたもんね》」
何も否定できない。一応、悪くはないはずだが、今は味方である神様たちをフォローする言葉が出てこないハルなのだった。
「《約束する。そいつだけじゃなく、お兄ちゃんの女たちには手出ししない》」
「女言うな……」
「《代わりにだけどさぁ、そこの悪ガキどもにゲームシステムの改変しないって約束させてくんね?》」
「ガキじゃねーです! おめーもガキです!」
「では、どこからどこまでが『ゲームシステム』なのか、空木に解説願います」
「……弱い、メスにゃー」
「《メタちゃん!? なんて発言を!? ……い、いや、だから攻略情報にはお答えできないんさ》」
「まあ、『止めろ』と言われたことはきっちり止めさせるよう約束するよ」
この何もない空間が暇になったのか、足元にじゃれつくメタをあやしながら、ハルはアイリスに約束する。
このゲームが競技であることを除いても、チートはよろしくないだろう。
仲間や人命に害を成す可能性があるならば、その限りではなく一切の躊躇をしないハルだが、基本的にはルールに則って遊びたい。
「《あーうー、それで手打ちにするかぁ。『止めろ』とあたしに言わせるために、わざと悪いことしそうで嫌なんだけどさぁ》」
「確かにそれは否定できない」
「《だろぉ? ……うっし、んじゃそれで契約せーりつ。他になんか用ある、お兄ちゃん?》」
「いや、今のところは。メタちゃんも退屈してるし、帰ろうかな。また課金させられても困るしね」
「……スカート、ひらひらにゃー」
「こーらっ。引っ張らないのメタちゃん。……それじゃ、またねアイリスちゃん」
ハルのスカートを引っ張って遊び始めたメタを何とかなだめて、ハルはアイリスに別れを告げる。
本当ならもっと話したい、何を考えているのか聞き出したい。しかし何となく、今日はこれ以上は彼女から話を聞けないような気がしていた。
この一年ずっと神様と触れ合ってきた、ハルの直感である。割と自身があるハルだった。
「《んー、また会おうねーお兄ちゃん。あたしら、みんなお兄ちゃんに会いたがってるからさ、待ってるよ、こっちで》」
こっち、というのはどういうことか。意味深なセリフを問いただそうとするも、一瞬でアイリスの姿は消え去ってしまった。
そんな、謎だけ残して言い逃げしてしまった彼女に言いたいことはあれど、もうその声が届くことはないだろう。何か言っても奥でにやにやされるだけだ。
いたずらっ子の神様にひとつため息をついて、ハルもログアウトしこの謎の空間を後にするのだった。
*
「お帰りなさいハル。何か収穫はあった?」
「んなーお」
「ふふっ、メタちゃんもお帰りなさい? 慣れない体は疲れたでしょう?」
「にゃうにゃう! ふみゃーん」
「ただいまルナ。楽しかったのかな。興奮気味だねメタちゃん」
ログアウトし、現実へ。といっても、異世界の現実なのがややこしいが、戻ってきたハルだ。
メタも再び猫としての姿に戻り、本来の体を満喫している。
あちらを思い出したのか、ルナのゆったりと上品なスカートをぐいぐいと引っ張っていた。
「こーら。スカート脱がそうとしないの、えっちな猫さん?」
「いや、メタちゃんは布で遊んでるだけだから。えっちなのはルナだよ」
「そう? じゃあ代わりにハルが、スカートを脱がしてくれるのかしら?」
「何がどう『じゃあ』なのか……」
挑発的にスカートを持ち上げるルナの攻撃に、ハルは多大なダメージを受けた。たぶん『魅了』か何かの状態異常も付いている。恐ろしい。
そんな回避不能の一撃必殺からなんとか精神を蘇生させ、ルナを伴って談話室へと下りて行く。彼女も空気を読んで、ここで寝室に引き込むようなことはしなかった。
まあ、この後に確定で引きずり込まれるのだろうが。
「あ、ハル君おかえり。ルナちゃんも腕からめて、奥さんっぽいね」
「ユキ、これは腕を絡めているのではないわ? おっぱいを押し付けているの」
「あはは、ルナちゃんは今日も絶好調だ」
「ユキもその大きな物を押し付けなさいな? 向こうでは、ぺったんこになってるのだから」
「あー、改めて思ったけど、動きやすいよねー、その、無いとさ」
なんとかえっちな話題から話を逸らそうと懸命なユキに、ルナがやれやれとため息をつく。
これは恐らく、この後は彼女も一緒に引きずり込まれるのだろう。教育的指導というやつだ。ハルも覚悟せねばならない。
「そんで、ハル君はなんかあったん? ちみっこ達と、お出かけだったんだよね?」
「ああ、今から話すよ」
重要そうな話だと察し、ルナが体を離してくれる。ハルはルナと並んで席に着くと、先ほどの話を二人に語って聞かせていった。
ここに来ての新展開に、彼女らの表情に真剣みが増す。
メタだけは、クッションに身をうずめてのんびりと欠伸をしてくつろいでいるのだった。
「へー、ちょっとお散歩がとんだ大冒険になっちゃったんだねぇ。メタすけも、大変だったねぇ。えらいぞー、うりうりー」
「みゃみゃう♪ ふみゃ~」
実際はメタ当人には大変だったという感覚は無いだろう。メタにとっては、少し変わったお散歩に行ったという意識でしかないはずだ。
ユキに撫でられてごきげんなメタは、何故褒められているのか特に気にしないまま、首筋をこすりつけ、そこを重点的に撫でてもらっていた。
「なんにせよ、無事でよかったわ? あなたのことだから負けることはないでしょうけれど、普通なら勝てない相手よね、ゲームマスターだもの」
「正確には、ゲームマスター自体には勝利してないね。まあ、負けたらせっかくのポイントが台無しだ。配信外でそんなことは絶対にできないよ」
「配信中こそ、あなたは嫌なのでなくって?」
「ん、そこはきっと、もし万一負けても、見どころになるってハル君は考えてるんだろうね? それすら出来ない配信外で負けると、本当に何の意味もない、って思ってるんだ」
「ユキの言う通り」
「なるほど? 場合によっては自分の負ける姿すらもコンテンツになるのね?」
「負けないけどね」
もちろん、強敵に挑み華麗に勝利することが最も盛り上がることには違いない。
しかしそれが叶わず敗北してしまったとしても、再挑戦として新しく見どころになる。常時生放送が基本なあのゲームの特徴の一つだった。
敗北で一時的にポイントは減るが、その後ドラマチックに返り咲くことが出来れば、結果的に失った分以上のポイントを取り返すことも出来るだろう。
もちろん確実性は無いし、ハルはそもそも負けること自体が嫌いなのでやろうとは思わないが。
参加者によっては、そういう道もあるということだ。
「まあ、そんな通常では勝てないモンスターが出ると分かったから、対処法が見つかるまで再びの侵入は控えようと思ってる」
「出会うたびに、『神罰』で課金してたらやってられないんだね」
「うん。課金芸としても、あまり見栄えは良くないしね」
「運営に資金を提供しすぎても、なにか良くないことが起こりそうですものね?」
「たしかにだ。おかねいっぱい欲しい、って構造だよね。なんに使うんだろ?」
ここで、二人の興味は運営の目的についてに移ってゆく。
今回、その一端が少しだけ顔をのぞかせた神様たちの目的。一つはルナとユキの語ったように、ゲームの維持費用以上の資金を何やら必要としていること。
優勝者への賞金、人を集めるための広告費、ユーザーの生放送の人気度に応じての配当金。そうした費用を考えれば、課金誘導に貪欲になるのも頷ける。
しかしながら、なんとなくそれ以外にも、お金そのものを必要としているのではないかとハルたちは感じていた。
アイリスの発言を除いても、あまりに課金可能な部分が多すぎる。
ハルやユキのゲーム経験や、ルナの経営センスから、運営費以上の収益を狙っていると三人は見ている。
「まあ、そこは奥様の都合かもしれないし、一旦置いておこうか」
「そうね? お母さまならやりかねないわ、実際……」
「んじゃ、もいっこの方だ」
「んにゃ~?」
「んにゃんにゃ、空木ちゃんを狙ってたっていう、ハル君の勘だよメタすけ」
「ふみゃ!」
猫の言葉を交えてメタと会話しつつ、ユキがその本題へと入る。
こちらは本当にハルの直感でしかなく、しかも狙わないと約束してくれた事ではあるが、非常に気になることだった。
今は当の空木は肉体の構成を解除してハルの体内にてリンクし、先ほどの空間について検証してくれている。
本人は今後もゲームに参加する気のようで、それならば何らかの不利益が彼女の身に及ばないようハルが守ってやらねばならない。
その為にも、『花の神様』たちの目的についてはハッキリとさせておきたい所である。
「空木ちゃんと言えばやっぱり、元は『エーテルの塔』の守護者という点よね? 何か、あの場所について狙っている所があるのかしら?」
「あそこを押さえたいのかなぁ。でもそれなら、真の守護者だったエメちゃんや、今の支配者であるハル君が対象だよね」
「そうだね。だから、僕もその説については保留にしている。彼女ら、エメのことは避けてる節があるしね」
「そーなんだ」
システムへの介入は許さないと語っておきながら、白銀たちより先にシステムの改竄に成功していたエメに対しては何のお咎めも無しだった。
まあ、それについてはエメの技術力が高すぎて、発覚すらしていないという可能性はあるにはあるが。
「そこで気になるのは、空木がエメによって生み出されたAI、言わば『神造AI』だってことだね」
「おお、かっこいいね」
「……それはつまりハル? あのゲームの神様たちも、同じようにその『神造AI』を作り出そうとしている、と考えているの?」
「可能性はあると思う」
流石はルナだった、理解が早い。まさにそのようにハルも考えていた。
意思を持ち自ら行動する存在として異世界に誕生した神様たちだが、そこには再現性が無かった。
唯一の例外である空木を除き、あの研究所のAI以外が、生命としてこの地に再誕した事例は存在しない。
「だから何となく、本当に何となくだけど。彼女らは“自分の同類”を生み出そうとしてるんじゃないかって、僕は思ってるんだ」
◇
この異世界の魔法による分類では、神様たちは紛れもない生命として分類されている。
だが、その存在は他の生命体と明らかに異なる部分が存在している。
それは、種を増やせないこと。繁殖し子孫を生み出すという行為とは無縁のことであった。
「……無縁、といっていいのかしらハル? カナリーは?」
「そこは、触れないでよルナ。今の話とは、直接関係がない」
「最近では、セレステちゃんも危なそうかな? エメちゃんは、どうなってる?」
「触れるなと言うに。その話はこの後自分に返って来るんだよユキ?」
「ふえっ!? そ、そうだった。ルナちゃん、わすれて?」
ルナは何も言わなかった。だがそのジト目は普段よりも鋭く、獲物を見つけたかのように標的を見定めている。
決して、絶対に、忘れてはくれないだろうが、今はえっちな話よりも真面目な話を優先してくれるようだ。
「……ほっ。……でもさ、それって、問題視してたひとたち居なかったよね。こっちの神様はさ」
「まあ、彼らにとってはそれよりも優先する目的があったって事だろうさ。日本に帰るとか、魔法を極めるとか、色々ね」
だがハルも、全ての神々と接点を持っている訳ではない。もしかしたらハルの知らない神様の中には、『自身は生命として不完全だ』という悩みを抱いている神様もいるかも知れなかった。
「同族を増やすことに成功して、初めて自身が生命たりえる。故に、空木のような存在を生み出すための必要条件を確立しようとしてるんじゃないか、ってどうしても考えちゃってね」
「あー、なんか、映画でそゆのあった気がするよ。AIが、どんどんAIを生み出しちゃうの。シンギュラギュラー、なんだっけ?」
「シンギュラリティのことかな」
「そうそれー。ぎゅらりてぃー。カッコいいね」
技術的特異点。コンピュータが人間の手を借りず、自ら進化をはじめ、そのスピードはすぐに人智の及ばぬ領域へと到達してしまうだろうという仮説だ。
今回の、『AI自身がAIを生み出す』、という点にユキはそれを感じたのだろう。
ちなみに現代ではエーテルネットがほぼ全ての人間に接続されているため、その進化には人類も巻き込まれることになるという仮説が現代では追加されているが、これは余談である。
「まあ、何にせよこれは僕の勝手な予想にすぎない。本当のところは、どうなのかまだ分からないよ」
なので今後も慎重に、あの空間のことを中心に調べを進めていく必要があるだろう。
そして何より今はそれよりも、繁殖についてのお話で頭がいっぱいになっているであろう目の前のルナからどう逃げ出すか。そこが何よりも重要な問題となっているハルとユキなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




