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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部1章 アイリス編

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第536話 認知外空間

 ハルたちが踏み込んだ穴の先は、ぽっかりと空いた巨大な空洞になっていた。

 いや、空洞と語るのも生ぬるいだろう。上下左右、どちらを見ても終わりは見えず、壁などの存在が感じられない。

 内部は真っ暗かと思いきや、意外に明るさがあり、隅々まで見渡せるようだった。その肝心の隅が見当たらないのが問題だが。


「……閉じたにゃ」

「入口閉じちゃったねメタちゃん。これは、またこっちから開けられないの?」

「……難しい、にゃー」


 先ほど入ってきた入口、空間に開いた穴はだんだんと小さくなってゆき、今しがた完全に閉じて無くなってしまった。

 その場所には最初から何もなかったが如く、既に痕跡のひとつなく空っぽの空間が広がるのみだ。


「完全に何もないって訳じゃない。謎のラインや、解読不能な文字がそこかしこにあるね」

「……宇宙、にゃー」

「そうだね、無重力だ」


 地面も当然存在しないが、かといって無限に落ち続けることもない。ここには重力も存在しなかった。

 かといって上下の概念そのものが無いわけでもなく、下方向、ちょうどハルの足元にあたる位置には無数の光の情報が飛び交っており、その下、更に奥側にも多数の光が確認できる。


 これは、元居た世界との位置関係を考慮すれば、地面を現すデータであると考えて良いのだろうか?


「開発の裏側を見た気分、と言いたいところだけれど、わざわざ表裏で分ける理由が分からないかな」

「マスターたちの作るゲームでは、裏側はねーのです?」

「そりゃまあ、開発者しか確認できないデータはあれど、それも同様に表に走ってる。こうして世界そのものを二重構造にしたりはしないよ」

「神界ネットを利用している都合上なのかもしれませんね。マリーゴールドにでも聞いてみましょうか」


 とりあえずこの世界を見て回ろうかと思うハルだが、この状態では移動すらおぼつかない。

 このゲームには今のところ<飛行>のようなスキルは無く、地に足を付けてしか移動できない。


 そのための地面が無いこの世界では、足を動かしても、ばたばたと空中でもがくのみだった。

 水中のように抵抗も存在しないここでは、それによって前進することも無い。


「なんだか、次元の狭間を思い出す場所だね。あそこも移動方法を確立するまで大変だったっけ」

「……バーニア、吹かすにゃ」

「そうだねメタちゃん。あそこと同じに見るならそれが丸い。でもジェット噴射するような魔法スキル、持ってないんだよなあ」

「……メタも、ないにゃ~」


 この状況でも落ち着きをなくすことなく、のんびりと空中で丸くなるメタ。地に足を付ける必要がなくなると猫っぽさが増して見える。

 かわいらしく『くぁ~~』、とあくびして宙にただよい目を閉じる様子に、ハルは彼女の頭に猫耳を幻視するのだった。


「装備で猫耳とか作れるのかな? あとで、ルナに頼んでみようか」

「マスター。動けねーからって現実逃避はだめです。メタちゃんも、お昼寝してる場合じゃないです!」

「……ごめんにゃー?」

「一応、この場所の存在を確認することでマスターの目的は達成したのでしょうか? それならば、ログアウトで脱出してしまうというのも手ではありますが」


 空木の提案を受け入れるのも無くはない。何か致命的な不具合がキャラクターに生じる前に、一度ログアウトで脱出して拠点へと戻るのもありだろう。

 現状では何も分かっていないに等しいが、この場で視界に収めたデータ、そして扉を開く際のデータを帰ってじっくりと検証するというのも手だ。

 今は何の成果も見えなくとも、そうすれば何かが見えてくるかも知れない。


「……とはいえ、まだ何も情報を得ていないのも事実。急ぐ旅でもないし、せっかく入れたこの世界をもう少し探索したいところだね」

「……魔法、覚えるかにゃ」

「バーニアの代わりになる魔法? どんなのが良いと思う、メタちゃん?」

「……自爆にゃ」

「なるほど。爆発の反動で進むんだね。ありかもね」

「無しですよマスター。空木は反対です」

「メタちゃんも、マスターに変な提案すんじゃねーです。マスターは面白そうなら、採用しちゃうです!」

「……ごめーんにゃ」


 実際、次元を切り裂く剣光を手元で爆発させ噴射装置バーニアの代わりにして超高速で空を行くのがハルの得意技だ。

 メタの発想にも、思わず賛同してしまうハルだった。多少ダメージを食らうだろうが、即時回復すれば問題ない。どうせゲームのHPである。


「待ってるです、マスター。いま白銀たちが、この世界に“地面”を作るです。メタちゃんも馬鹿なこと言ってないで手伝うですよ」

「……にゃ」

「とはいえ難しいですね。先ほどは、空間の乱れを拡大解釈すればいけましたが、ここでは一から存在を定義しなければなりません」

「んー……、どーするですか……」

「要らないアイテムでもバラまいて道を作るかい?」

「それです! アイテムを種として、この世界に物質を増殖させるです!」


 要するに、アイテムの中に含まれる『物質』としての情報を成分エッセンスとして取り出し、それを複製、増殖させて足場を作るということだろう。

 アイテム内のデータ量を読み取れる彼女らにしか出来ないことだ。

 ハルは使い道が無いが大量にある、ゴミを<錬金>によって生成した『基本マテリアル』アイテムを取り出して、周囲に配置していった。


 これだけでも一応、蹴って進むことで多少の位置の変更は出来そうだ。


「やるです、やる気が出てきたです。いっそここを埋めつくして、マスターの庭にしちまうです」

「んー、街づくりの候補がこれ以上増えるのはどうかなー。クレーターの土壌改善もやらなきゃだしね」

「……鋭意えいい、進行中にゃ!」


 こうしたゲーム世界の建築ではなく、異世界における大規模なプロジェクト。メタと共同で行っているクレーターの緑化計画が鋭意進行中である。

 メタの自慢のプラントによって、荒れ果てた土地の地面を栄養たっぷりの土に作り替えている。

 それは今この瞬間も長大なパイプラインで土地間を行き来し、少しずつ土地の地盤が整えられていた。


 その様子を収めた映像の定点観測は、いつ見てもわくわくするハルとメタだ。


 そんな一大プロジェクトを手がけている最中のハルである。これ以上の街づくりゲームは手に余る。

 この世界の表側、ゲーム本編においてもクリスタの街の都市計画が進行中だ。そちらで十分である。


「まあいいです。どデカい計画だけぶち上げて、金と人員を投入するも、数年で廃棄された都市基盤だけ作って終わるです」

「おねーちゃんが最低の発言をしています。空木は悲しいです」

「その計画も最初は完遂する気でいたと思うよ、きっと」

「……諸行無常にゃ」


 そんな、あまりにもやりたい放題に過ぎるハルたちの行動を見かねてか、この場に響きわたる声があった。

 その声は空間全体を震わすように、全周囲から響きわたりハルたちの蛮行ばんこうを咎めにかかる。


 これこそが、ハルが真に待っていたイベントであった。


「《ぅお客様ぁーー! 意図したバグ利用は、規約で禁止されてるんですけどぉー!》」


 この空間においてハルたち意外に聞こえる声、それは対象について考えるまでもなく、このゲームを作り上げた運営、神様たちのものに違いないのであった。





「《まぁったくもぉー。油断も隙も無いったらないぜい。いいかぁオメーら? ゲームの改造はれっきとした犯罪! チート! BAN対象! 分かったかぁ!》」

「やあ、初めましてかな。出てきてくれて嬉しいよ」

「《……うっ、はじ、めまして。……いやいや、話聞いてたかぁ! バグ利用すんじゃねーってのさ!》」


 その幼いながらも力強く、元気いっぱいの声の主がこの空間に姿を現す。

 声の印象通りに小さな体で、金色の髪をした女の子だった。胸には名札のようにIDカードが下げられており、そこには大きく『運営!』と書き込まれている。


「場の幼女率がまた上がってしまった……」

「《幼女言うな! 運営だぞ! 偉いんだぞ! というかさー、ハルお兄ちゃんも幼女にならねー? きっとその方が人気でるぜい》」

「……さすがにそれは無いなあ」


 その女の子は白銀たちがこの世界に干渉して作り上げていた床のブロックを手早く消去すると、代わりに透明な床のパネルを足元に配置してくれる。

 同時に重力もその床に発生したようで、ハルたち一行はそのパネルに向けて引き寄せられた。


 高い位置に浮遊していたメタを受け止めると、『うにゃー』、と一声鳴いて腕の中で丸くなった。完全に猫である。


「《あ、あざとい……! あたしも真似するべきか》」

「いや、これは僕らが元のメタちゃんを知っているから許される行いだ。アイリスちゃんは止めておくように」

「……ふみゃー?」


 不思議そうなメタは、腕の中から軽快にジャンプして四つ足で着地する。完全に猫である。


 その様子を見て、自分のキャラ付けに利用する無理を悟ったのか、この場に現れた小さな神様は咳払いを一つして話を戻した。


「《そんで、お兄ちゃんたちは何しにここに来たんさ? 一応お兄ちゃんの優遇はすっけどさぁー、事と次第によっちゃ本当にBANだぜ、バーン! あと、あたしがアイリスだって言ったっけ?》」

「そのIDカードに書いてあるよ」

「《本当だ! いつの間に! あと目良いなお兄ちゃん!》」


 指を銃口に見立てて、『バーン』、と撃つ仕草をするアイリス。彼女がその気になれば、実際にその一瞬でハルをこの世界から追放することが可能なのだろう。

 それをしないということは、最初の関門を越えたということだ。


「僕らがここに来た理由はまあ、君に会うためだね。本当ならここに入った段階で出てきてくれると思ったんだけど」

「《だからってシステム改変はやりすぎだぜー? あたしがお兄ちゃんのファンだから良かったものの、他の奴だったらどーするつもりだったのさ》」

「……ファンなの? まあいいや。 一応、僕も経営母体のメンバーだからね。それを盾にしてゴリ押す」

「《うわ汚っ! きたねー大人なんさ。でもよー、あたしらはお兄ちゃんには、普通に遊んで欲しいだけなんよね。……後ろの連中は、ちとビミョーだけどぉ》」

「なんです? やんのかー、です!」

「《おぉ、やったらー、なんさ!》」

「おやめ、幼女ども」


 舌っ足らずの言葉で喧嘩を始める彼女らの頭を押さえて引き離し、ハルはアイリスを観察する。

 彼女の視線は、何となく空木を見る時だけその温度が異なっているように思えた。


 一応、理由は想像することは出来る。アイリスにとって、空木の存在だけはこの場において異物となる。

 かつての管理者であるハル。かつての同僚にして今もこの世界で神様として肩を並べるメタと白銀。このメンバーには馴染みのあるアイリスだ。

 しかし、エメによって新しく生み出されたAI、例外の神様である空木だけは、まるで縁の無い彼女だった。


「……? 空木になにか御用でしょうか。初めまして、空木です」

「《あー、いやぁー、そのな? 用って訳じゃねーんだけんどぉ》」

「人見知りか。そのキャラで?」

「《んなわけねーだろー! お兄ちゃんは黙ってるんさ! ……いや、その子ねぇ? 一度会ってはみてーと思ってはいたけど、いざこうして顔を合わせると、なに話していーやら》」

「なるほど。きっと製作者がご迷惑をおかけしたのですね。アレがいつも済みません」

「《あーいや、そーでもなくてね?》」

「やっぱり人見知りです! 強気を装っているだけなのです!」

「……にゃー?」


 何かを語ろうとしつつも、口ごもってしまうアイリス。その様子を白銀に煽られて顔を赤くするも、悔しそうにするだけで言い返しはしない。


 この反応に、ハルは覚えがあった。

 それはかつて、カナリーたちと触れ合う中でいやというほど目にしてきた反応だ。

 要するに、アイリスは何か『言えない』ことに対して葛藤かっとうしている。


「なるほど、君ら全員の計画にとって、空木は何か重要なポジションに居るわけだ」

「《ふなぁっ! いや、そんな訳……、そんな、わけは……》」

「ふむ、『そんな訳ない』とも言えない。君らは嘘がつけないもんね」

「《だぁー! お兄ちゃんがイジワルなんさ!》」

「たまにそういうとこ出るですね、マスターは。どんまいです」


 ……急に矛先がハルに向いてきた。イジメすぎたのだろうか?


 まあ、それはともかく。一切が謎に包まれていたこのゲーム運営の計画。

 それが、ただ単純に『魔力と資金を集める』以外にも存在するのがほぼ確定となった。

 その点について更にアイリスに追及すべきか、ハルは慎重に考えを進めていく。

※誤字修正を行いました。

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