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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部1章 アイリス編

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第535話 認識されるまでそこに存在しない世界

 ハルたちは再び手を繋ぐと、街から離れるように歩き出す。

 どうやら先ほどの場所では、決定的なデータの“ほつれ”が見つけられないようだ。


「……センサー、あるにゃ」

「センサーっていうと、プレイヤー感知用のものかな? だからあそこで検知されて、モンスターが出たってことかいメタちゃん」

「……にゃ!」


 ハルの予想にメタが力強く頷く。どうやら当たりのようだ。

 モンスターも、常に徘徊はいかいさせておくと処理能力を食う。それ故に特定のポイントにプレイヤーが侵入したことを感知して初めて出現させる方式の方が、無駄なく処理を行える。


 カナリーたちのゲームではモンスターも実体化しており、半ば自動制御だった。ロボットの在り方に近いと言える。

 そのためこちらのゲームは古いやり方に近い。プレイヤーが観測して初めて、そこは世界として成立するのだ。

 ある意味では誰も見ていない部分は、世界に何も起こっていないことになる。


「そんな思考実験があったっけ。未開の地で木が倒れたら、って話」

「人が誰も見ていなければ、という哲学ですね。エーテルネットが世界中に張り巡らされている現代では、議題に上がらないかも知れませんね、マスター」

「……猫がみている、にゃ」

「そうかもねメタちゃん。人間は、主体を自分たちに寄せすぎかも知れない」

「白銀たちAIによる監視は、観測に入るですか?」

「どうなんだろうね」


 それが更に発展すると、白銀たち意思を持ったAI、つまり神様たちと、このゲームのNPCはどう違うのか、という問いも生まれてくる。

 穏やかなお散歩が、一転して探求の旅に早変わりだ。

 いや、最初からこの冒険は、この世界の仕組みを探求するための旅であったか。


「空木たちが探すのも、その今まで観測者の居なかった、“五分前に生まれた世界”だと言って良いですねマスター」

「空木もジョークが上手じょーずになってきたです。NPCにとっちゃ、『五分前仮説』は紛れもねー事実なのです」

「……ジョーク、通じにくい、にゃ」


 仮にこの世界が五分前に突然生まれた世界なのだとしても、その中に居る観測者にはそれを理解できない、という思考実験だ。先の話と割とセットで語られる。

 ハルにとっては分かりやすかったが、確かに一般的にはジョークとして成立しないかも知れない。


 だが、空木にとって確かな成長の一歩なのは事実だろう。ハルは褒める意を示すように、彼女と繋いだ方の手を軽く握りしめて小さく振った。

 喜んでくれたのだろう。少し顔を赤らめて、はにかむ様子が可愛らしい。


「……本題を整理すると、新たにプレイヤーを感知してマップやモンスターが生成された地点には、データの乱れが出やすくなる、って認識でいいかな?」

「……にゃ!」

「白銀たちも、そうした歪みを見つけて身を潜めたです。そこは通常の索敵が、うまく働かねーです」

「なるほど」


 今まで何も無かった場所に、マップが現れる。またはモンスターを出現させる。そんな処理を行った直後は、いわば空間にひずみが生まれるようだ。

 無から有を生み出した代償、後遺症とでもいったところか。


 そんな生まれたての地点を目指すべく、ハルたちは人里から更に離れ、未開の地を目指して大陸の奥へと向かっていった。





「クリスタの街はそもそもが国の端、辺境だから、ここから首都とは逆側に行けば街は存在しないことになるね」

「港も避けるです! きっとそっちは重要拠点としてデータ展開されてるです」

「……秘境に、探検にゃ」

「そう考えると、空木はなんだかわくわくしてきます。前人未到の地には幻想の世界があるのですから」

「ロマンチックだね」

「はい。マスター」


 足を早めた三人を、元気いっぱいに駆け回るメタが先導する。

 四本足でないためちょっと走りづらそうな様子だが、広い世界でのお散歩がとても楽しそうだ。


「……走りにくいといえば、僕も走りにくいんだけど、そろそろ手を離さない、ふたりとも? ここまで来ればもう、誰も見てないだろうし」

「だめです。マスターは、白銀たちとずっとてーつなぐです」

「そうです。きっと<隠密>は、世界そのものからも察知されなくなるはずです」

「いやー、それはなさそうだけど……」


 ゲームシステム、ゲームマスターからも察知できないスキルなど、実装する運営は居ない。そんなものがあればユーザーはやりたい放題だ。

 事実、先ほどは<隠密>中であってもハルたちを察知してモンスターが発生した。


 まあ、まだ手を繋いでいたいということであれば野暮やぼは言うまい。

 ふたりが満足するまで、こうして手を握っていてやろうと決めるハルだ。


「……あ、センサー、あるにゃ」


 そうして四人揃って仲良く不器用に走っていくと、再びプレイヤー感知のセンサーが設置されていることをメタが知らせてくれる。

 ハルたち一行はその少し手前で停止して、一見何もないその空間を皆で睨みつける。


「んー、迂回して検知回避、なんて甘い考えを許す作りではないよね。さすがに」

「……むり、にゃー」

「一つのエリアは、一つのブロックとして全周を覆われています。つまり空木たちは、敷き詰められたシャボンの泡の中から、別の泡の中へと移り歩いているのに近いです」

「泡の表面が、センサーですよマスター」

「迂回のしようがないってことだね」


 泡から泡へと<転移>でも出来れば話は別かもしれないが、生憎あいにくのところこのゲームではワープ系の技能はかなり貴重なようだ。

 こうした仕様だから転移を封じたのか、転移がしにくいからこの仕様で十分としたのか、そこまではまだ分からない。


「それで、このセンサーはどうするの?」

「そこはメタちゃんの野生の勘に、任せてるです!」

「……小さな泡、探すにゃ」

「ブロック状であれば、空木たちの居る空間は常に一定の広さですが、泡状であるとバラつきが出ます」


 彼女らの話によると、どうやらセンサーの有効範囲は『二つ先の泡』にまで及ぶようだ。

 大きな泡だと、その中を通り抜けている間にその先が安定してしまう。そのため、すぐに中を駆け抜けられる小さな泡を、メタたちは探しているようだった。


 探検を続けるなか、ハルたちはいくつかの小さな泡を潜り抜けるが、どうやらそれらは彼女らのお気に召す内容ではなかったらしい。

 西へ東へ、時には来た道を戻りながら、小さな同行者たちとの冒険は続く。

 きっと彼女たちにはハルには見えないなにかが見えているのだろう。ハルは、大人しく手を引かれるままに続いて行った。


 そして、ついに空木が目的のものを発見したのか、その普段は大人しい声を張り上げる。


「!! マスター、見えました、好機です! さあ、走りましょう!」

「行くです! 突っ切るです!」

「……うにゃ!」

「うん、行こうか。何が起こってるんだろ?」


 ぐいぐいと両側から手をひっぱられながら、ハルも元気いっぱいの子供たちにつられて駆けだす。

 すぐに、彼女たちの感知したものがハルにも理解できた。


「……モンスターの大群か」

「相手にしてる暇はねーです。華麗にかわすですよ、マスター」


 ハルたちを感知した位置、つまりセンサーの場所へとモンスターは向かってくる。

 その途中でプレイヤーを発見すれば、そこで改めて交戦状態に入るという流れになるのだろう。


 しかし、ハルたちは今<隠密>状態。出現したモンスターは、その索敵範囲内にハルたちが入っても気付くことは無い。

 そんなハルたちが見えていないモンスターの群れの中を、小さな三人は元気いっぱいに飛び跳ねながらその大群を回避していった。

 これが引っ張られているのがハルでなければ、途中でモンスターと正面衝突していただろう。


「さっきの戦いの時も思ったけど。みんな回避能力が高すぎるね」

「……野生の勘、なのにゃー」

「白銀はちっちゃいですから。やはりちっちゃいのは、正義です!」

「そう、ですね。おねーちゃんの言う通りです」

「君ら大きくなるんじゃなかったっけ?」


 無視スルーされてしまった。まあ、今は駆け抜けるのに精一杯なので仕方ないだろう。

 ……こういうところが、ハルの甘いところだろうか?


「抜けたです!」


 進行方向から来る壁のようなモンスター群を突破し、互いに交差した一行だが、互いにそこで勢いは止まらずそれぞれ逆の方向へと疾走し続ける。

 目的地はあれらが来た場所、いわゆる“沸き”地点。

 この大量のモンスターが生まれた場所へとハルたちは突き進むのだった。





「……着いた、にゃ」

「やっぱりです! ここはまだ、データの乱れが収まってないです!」

「すぐに踏破とうはが可能な小さなブロックと、大きな歪みを生じさせる大量の敵。この条件が重なるのを、待っていたということですね」


 目的地へとたどり着いたハルたちは、まだ生じてより間もない空間データの歪みへと辿り着く。

 ここは、ハルにも、いや事情を知らない他のプレイヤーでも分かるくらいに、空間に不要情報ノイズの乱れた映像や、それに併せた耳障りな雑音ノイズが生じていた。


 一言で言えば、このマップが『バグって』いると言って良いだろう。


「……驚いたね。現代において、こうした一目見て分かりやすいバグを目にすることになるとは。しかも正規の方法で」


 前時代では世代を問わず様々なバグが見られたのがゲーム界隈かいわいであるが、エーテルネットを使い、高度なAIが検査を行う今の時代において、こうした分かりやすいバグに遭遇することはほとんど無い。

 しかも、それが外部からの改造を伴わない、製作者から与えられた遊び方の範囲内ともなればなおさらである。


 当然、異世界における現実の空間そのものを使ったカナリーたちのゲームでは、発生のしようが無い現象だった。


「神界ネットを、しかも亜種を使ったゲームであるための弊害へいがいでしょう。この空間は、『まったく新しいプラットフォーム』と言っても過言ではありません」

「空木でも使いこなすのは難しそう?」

「はい、マスター。空木が見続けて来たのはオリジナルの神界ネットです。あれ以外には、空木は精通していません。私の製作者くらいでしょうね、使いこなせるとしたら」


 なんだかんだで、エメへの評価は高い空木だった。

 実際、もうシステムの一部書き換えを済ませていたり、エメの才能の片鱗へんりんはうかがえている。

 ふざけた対応を繰り返しているが、凄いヤツなのであった。


「まあ、そのエメは今はお留守番だ。今日はみんなが、何とかしてくれるんでしょ?」

「!! はい、お任せください、マスター!」

「あ、ずるいです空木! おねーちゃんが、先ですよ!」

「……がんばるにゃー」


 その空間の乱れが閉じないうちに、小さな三人は我先にとそのただ中へと飛び込んでゆく。

 ここからは、本当に彼女らの領分だ。ハルに手出しできることはない。


 とはいえ、この先ずっと彼女たちに頼りきりになっているつもりはない。その三人の作業を、ハルは全霊をもって見学するのだった。

 ここで得た特殊な感覚をデータとして蓄積し、検証し、いずれはハル自身が使いこなしてみせる。

 異世界の魔法もそうして、我がものとしたのがハルだった。今回もやることは変わらない。


「……んー、開いたかにゃ?」

「開いたです! あ、閉じるです!」

「こじ開けますよ。そっち持っててください、おねーちゃん」

「おねーちゃんに任せるですよ!」


 ただ、現状は何が何だか分からない。分からないので、この小さく可愛らしい女の子たちが体全体で頑張りを表現している様を、暖かく見守ることとしたハルだ。

 この様子は非常に愛らしい。可愛いものが大好きなアイリやルナが、きっと羨ましがることだろう。


 しばらくそうして彼女らを愛でていると、ついにその謎の儀式は完遂を迎えたようだった。


「マスター、開いたです! さあ、白銀といっしょに進むですよ」

「……うわー、見るからに舞台裏だ。進むとは言うけどね白銀、ここ本当に入っても大丈夫?」

「マスターは怖がりさんですね。しかたねーです、また白銀が手を繋いでやるです!」

「大丈夫ですよマスター。怖い所じゃないです。……う、空木も手を繋いであげます」

「……へーきにゃ」

「いや、怖い怖くないじゃなくて、常識的な警戒をしてるんだけど」


 それを怖いと言うのだろうか? 言うのかも知れない。


 まあ、怖がっていても仕方ないのは事実だ。ここに来て進まないという選択肢を取るなどありえない。

 ハルは自信満々な女の子たちに手を引かれながら、平和な草原にぽっかりと開いた謎の空間の大穴、その真っ暗闇の中へと意を決して足を踏み入れるのだった。

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