第534話 白銀とゆく冒険
ハルは白銀と空木の二人を両手に繋いで拠点の外に出ると、そのままクリスタの街の中央通りをゆく。
今も絶賛、改築工事の最中であり、晴れて完成すれば最初に訪れた時よりもずっと発展した街になると、高く積み上げられた組み足場が物語っているようだった。
そんな道の中心を手をつないだ三人は堂々と歩く。
今のハルたちの見た目だと、ちいさな妹二人と散歩するお姉さん、といった微笑ましい図だろうか。
その少し前を少女姿となったメタが、ちょこちょこと駆けながら、ときたま後ろを振り返ってまるで猫のように先導していった。
「メタちゃん。はぐれねーようにするですよ。あまり遠くへ行っちゃ、いけねーのです」
「……にゃん。だいじょぶ」
「おねーちゃんじゃないので、メタちゃんはそんなことしません。しっかりしています」
「白銀もしっかりしてるです!」
「そんなにはしゃいで大丈夫なの白銀? 周りに気づかれない?」
「しまったです。でも、このくれーなら平気です」
今はハル以外の三人は、<隠密>スキルによって周囲のNPCには認識されなくなっている。
そんな彼女らと手を繋いだハルにもその効果は及んでいるようで道の中央を歩いているというのに誰一人としてハルたちに目を向けることは無かった。
「<誓約>の応用で認識阻害をかけた時を思い出すね。僕は結局、お忍びで街に出る定めなのか」
「……にゃ。望んでる?」
「どうなんだろうね。もしかしたら、無意識で人と関わることを避けているのかも知れない」
「見てたですよ。一般の人と遊ぶの、ことごとく避けてました」
「おねーちゃん、失礼ですよ」
「まあ、事実ではあるね」
色々と自身の目的やロールプレイの都合上などの、それらしい理由を付けてはいたが、結局のところ本質はそこなのかも知れない。
他の人間と、深く関わることを避けている。
これは多くの秘密を抱えるゆえか、管理者としての傲慢か。それは、ハル自身にも判別がつかない部分であった。
「しかたねーことなのです。だからこーして、白銀たちがその分たくさん仲良ししてあげるです!」
「空木も、仲良しします!」
「うん。ありがとう、二人とも。メタちゃんもね」
「……にゃうにゃう」
左右の手を、ぎゅーっ、と強く握りしめてくる小さなふたり。メタもその身をすりすりと寄せてくる。
その力強さと暖かさを感じ、『それなら別に問題ないか』、と問題を棚上げにしてしまう自分を感じる、都合の良いハルなのだった。
*
「街の外まで出ちゃったけど、目的地はこっちでいいの?」
「……にゃ。あってるよ」
「街の中はデータ構造がかなりしっかりしています、マスター。綻びを見つけるなら、外だと思われます」
「このあたりは、空木がいっちゃん上手いです。マスターはのんびり、お散歩するといーですよ」
「エメが悔しがっていたね」
自分が真っ先に気づくべきだったと、同じAIであり、そしてこの魔力空間の第一人者であるエメが失策を恥じていた。
だが、仕方ないところもある。彼女はハルの役に立とうと、その処理能力を全力で他の参加プレイヤーの放送の監視に割いていたのだ。
それに、街の外に出ないプレイスタイルを決めたのはハルだ。それを探る機会を、ハルが奪ってしまっていた。
「あの人も、マスターの為と思っての裏目です。いえ、裏目などではなく実際にマスターのお役に立っています。羨ましいので、悔しがられても空木も困ります」
「……ブランクも、あるにゃ」
「そーですね。エメは最近まで人間だったです。AIとしての在り方は、空木の方がもう先輩です。ベテランの仕事、見せてやるです」
「おねーちゃん、プレッシャーかけないでください」
そう言いながらもお姉さん役の白銀に褒められて嬉しいようで、ハルの片手を握る空木の手に熱と力が入る。
これから何を探すのかてんで分からないハルとしては、黙って彼女たちに付いて行くのみだ。
「僕も意識拡張してじっくり観測してみれば、見えるようになるのかな?」
「リスクを取る必要はねーです。マスターは、今はいっぱいやることあるですし」
「……にゃ。敵、いるよー?」
かつてマリーゴールドの作った妖精郷へと侵入し、その裏口から脱出したときの事をハルは思い出す。
あの時のように、このゲームの舞台裏へと潜り込むことが出来れば。そう考えているところで、メタがモンスターの気配を察知したらしい。
ハルが身構えようとするが、左右の手をちいさな二人にがっちりと捕獲されてしまっているので、それは適わなかった。
その彼女らも、まるで自分達に任せろと言わんばかりの堂々とした立ち姿だ。小さいが。
仕方ないので、ハルは二人に手を引かれるままに事の成り行きを見守るのだった。
「……飛んで、来るにゃ」
「凄いねメタちゃん。風切り音とか全然聞こえないや」
「……ふみゃー♪」
「メタちゃんも褒められて喜んでるですね。それとマスター、音声データは、索敵範囲内に入ってからでないと鳴らされねーです」
「なので音は本当にきこえません、マスター。そうではなく、視界外にモンスターが生成される際に発生するデータの重さを、メタちゃんは判定してるんですよ」
「なるほど。昔風に言うと、大きなデータのローディングでラグが発生するようなものか」
「……そう、にゃん」
そのメタの予言通りに、ハルたちの方へと翼の生えた猛獣のようなモンスターが飛来してくる。
グリフォンの亜種といったような見た目だろうか。ライオンやチーターといったネコ科の体に、鳥のような翼。獰猛そうな顔と鋭い牙が、強敵を表現していた。
「だいじょーぶです、マスター。あいつの視界にも、白銀たちは入ってないです」
「エネミーは空木たちを発見している場合、明確に挙動が変わります。つまり、今はしっかりと<隠密>が効いているってことですよ」
「なるほどね」
「……にゃ!」
それでも油断なくモンスターを見据えるメタが、力強く安全を保障してくれる。
同じ猫としてか、少しばかりその目は挑戦的だ。
「やっつけるかい、メタちゃん? 今なら、僕が居るよ」
「……にゃ、どう、しよう?」
「気を付けるです、マスター! 攻撃の態勢に入ったら、きっと<隠密>解けてバレるです」
「そうですね。攻撃系スキルを使う人は、その体から発するデータの種類が変わります。だから不意打ちのための事前チャージは、逆効果なんですね」
「ああ、エメもそんなこと言ってたっけ。彼女のは放送データからの統計だけど」
スキルを使っていると、敵性体から発見されやすくなる。非常に多くの他プレイヤーの情報から導き出された、エメによる攻略情報だった。
それは内部データ的にも、裏付けの取れる事実だったらしい。
「まあそれはそれとして、先制攻撃が確定するのは強いよね」
ハルが両手をそれぞれ握りしめる二人のちいさな手を、軽く握って合図してやると、二人は同時にその手を離してハルから距離を取った。
同時にハルは<神聖魔法>の発動に入る。急に索敵範囲に現れ、あまつさえスキルを発動しようとするハルに敵モンスターは驚きのあまり一瞬硬直する。芸が細かい。
だが敵と認めたそのハルに向け、肉食獣独特の力強い走りで一気にモンスターは距離を詰めてくる。
ただし、それでもハルの方が早い。
発見の遅れ、初動の硬直。その時間は、<神聖魔法>の発動までの暇を稼ぐに十分だった。
飛ぶように走り宙に浮き上がるその巨体を、聖なる光弾の連射が地に叩き落す。
「これで、一度でもひるめばもうお終いだ。単体で来たのが悪かったね」
本来なら、魔法で消費したMPやスタミナの回復、そして再度コマンドを選びなおすまでのタイムラグが発生するが、ハルにはそれはない。
魔法を発射した瞬間にはもう着弾を見るまでもなく、既に回復行動に移っている。
そして、光弾が全て命中した頃には、既に次の魔法が発射可能になっているのだった。
「容赦ねーのです。わたしたちも、続くですよ」
「のけぞり中の相手をいじめるおねーちゃんも、容赦がないです」
「……にゃん♪」
それに躊躇なく参加する二人も同様に容赦がなかった。
光の雨を浴びせられ、その衝撃にのけぞって硬直している敵モンスターに向かって、三人の少女が<隠密>を解いてその姿を現す。
本来なら相手にならないレベルの少女たちに、グリフォン亜種は良いように彼女たちの持つナイフによって切り刻まれる。
魔法攻撃を受けている最中に、しかも急に浮き出るように現れた暗殺者たちにモンスターは成す術がなかった。
普通のプレイヤーなら、魔法の誤爆を恐れて効果範囲には立ち入れないだろう。
しかし彼女たちはその軌道を完璧に読み切って、その隙間を縫うようにして小刀のダンスを舞ってゆく。
そうしてきっと訳も分からないであろう内に、哀れなモンスターの体力は尽きたのだった。
*
「解体するです!」
「おねーちゃん、このゲームにそういう仕様はありません」
「……レベル、上がったにゃ」
「初レベルアップかな? 良かったねメタちゃん」
「……にゃ~」
ほとんど初期レベルだった三人は、この深部エリアの敵を倒し一気にレベルアップした。
一切の戦闘を避けてここまで辿り着き、これが初のモンスター撃破だというのだから驚きだ。
「……ハル。ポイントあげるにゃ」
「ありがとうメタちゃん。三人で掛け回しても良いんだよ?」
「空木も、マスターに差し上げたいです」
「受け取るですマスター。初任給、というやつです」
「これはまた、随分と大きくなって……」
ただし見た目は幼い白銀たちだ。背伸びしていて微笑ましいようにしか見えないのはご愛敬。
このように仲間たちはハルに全てのポイントを付与してくれるので、ハル以外の強化が思ったように進んでいないのが目下の悩みにもなっていた。
ハルはもちろん自分のレベルアップポイントは仲間たちに全て付与しているのだが、如何せんハルは一人だけ。
多少レベルが高いとはいえ、女の子たち全員分をまかなうにはまるで足りなかった。
一般的なパーティなら、この三人がそれぞれ他の二人にポイントを配分し合い、三人で同時に強くなっていくプレイスタイルを取るのだろう。
余談だが、いわゆる『固定パーティ』を推奨しているという不満も一部では噴出している。
「白銀はどんな風にステ上げたい? <隠密>の利点を生かすなら、やっぱり<体力>かな?」
「全部上げたいです! 白銀は無敵のオールラウンダーになるです!」
「器用貧乏にしかなりませんよ、おねーちゃん」
「……たのしい、にゃ♪」
そんな風にして今後の成長計画を立てていく楽しさをメタも気に入ったようだ。ハルもその気持ちは分かる。
ああしようこうしようと、ゲームの計画を練っている時はとても楽しい。ときおり、仕様に裏切られ思い通りにならぬ事は多々あれど。
そんなウキウキ顔のメタは、自身のステータスを眺めつつも先ほどのモンスターが落としたアイテムを何やら物色しているようだった。
「……ハル。これ、あげるにゃ」
「メタちゃん、アイテムは全て、マスターの物ですよ? 先に拾ってはいけません」
「そんなの別にいいよ。どうしたのメタちゃん? それは、何か良いもの?」
「……にゃん。<解析>、しよ?」
メタが差し出したアイテムをハルは受け取る。それは『風の魔石』という、汎用アイテムだった。別に、このモンスターからしか取れない物ではない。
メタの足元を見ると、同じ魔石がいくつも転がっている。その中から、選りすぐりの一つをハルにくれたようだった。
ハルは言われるがままに、そのアイテムに<解析>をかけていく。
このスキルはアイテムの詳細な付与効果を明らかにするが、現状それは大半がハズレである。稀に良い効果を持ったレアアイテムが混じっているが、<解析>結果がハズレだと解析する前よりも価値が落ちてしまうという難点があった。
「……へえ、かなり良い効果だね。流石は強敵からのドロップだけど、メタちゃん、よくこれだって分かったね?」
「……データ量、違うにゃ」
「確かにそうです。同じ見た目のアイテムでも、データ的な“重さ”がそれぞれ違って見えるです」
「なるほど。良い効果が付与されているアイテムだと、その分のデータが上乗せされているということですね。……マスター、今度はこれをお願いします。きっとゴミです」
「かわいいお口でゴミ言うなと……」
空木の差し出したアイテムを<解析>すると、それはまごうことなくゴミアイテムであった。評価は鑑定前の半値以下。
それは逆に、データ量が最も少ないことから判別してのけたのであろう。
「んー、裏ワザだなあ。運営は、これを想定してるのかどうか……」
データを読むという、特殊な感覚あってこその反則的なセンスだった。果たしてこの攻略方は許されるのか否か。
だが、もし有効ならばなかなか夢の広がるシステムだ。マスターすれば、この先もっと取引による利益を増大させられるだろう。
ハルがそんな皮算用をしていると、どうやら三人の目的はそこに無いようだ。今のは実技演習だったようで、皆もうアイテムに興味はなくなったようである。
「……これを使って、道を探すにゃ」
「いくですよマスター! 白銀たちの冒険は、これからです!」
「おねーちゃん、どうやらそのセリフは、縁起が悪いらしいです。空木の今後の活躍を、お祈りされてしまいます」
二人は再びハルの手を取って、ぐいぐいと引っ張って行く。
彼女らのその目をもって、データの綻びを探す冒険は再開するのだった。




