第533話 この世の綻びを探せ
白銀たち年少組も加わり、お屋敷の面々は大体このゲームに集ったことになる。
カナリー以外の神様は、今のところ現地の仕事があるのか参加する気は無いようだ。つまり、これでほぼ全員ということになった。
今は放送を切って、白銀たちのステータスなどを見てやっているハルだ。
広く確保したクリスタの街の領主の敷地。そこにとりあえず住めるようにと建設された自宅へと皆で入る。
内装は既に『とりあえず』では済まず、天空城のお屋敷を思わせる豪華さだった。流石は領主である。もしくは<カリスマ>などが作用し、NPC達が気を利かせてくれたのか。
「呼べば来そうなのはアルベルトだけど、あいつにはほぼ人の居なくなったお屋敷の仕事を任せてるからね。無理に呼ぶのも悪いかな」
「そんなことは気にせず呼んでくれ、って言いそーです。あいつはそーゆー奴です」
「確かにね」
「いっぱい居やがりますから、いっぱい登録させるです。そんでそいつらのポイントを、マスターに集めるです!」
「複アカはまずい」
確かにハル以上に多重に分裂し“自分”を増殖させることに長けるアルベルトだ、やろうと思えばこのゲームでもキャラクターの同時操作は可能かも知れない。
しかしどう考えてもゲームバランスを崩壊させる行為であるし、逆に管理も難しい。
「アルベルトのポイントを僕が貰うのはいいとして、そのアルベルト軍団に逆にポイントを与える存在が悩ましい。視聴者をそちらに分散させるのも本末転倒だしね」
「なるほどです。じゃあ、いらねーですね」
「いらねー言うなと。一人は後で呼んであげようね」
「はいです」
その際は、どういう形で来てもらうのが良いだろう?
ハルとアイリが定めた彼の“真の姿”はSPのようなスーツ姿の男性だ。しかし、今このパーティの面々は女性ばかり。
そこに一人だけ男性が混じっては、浮いてしまうかも知れない。
最近はお屋敷の仕事の際、常にメイド服の女性体であるし、ここでも女キャラクターとなると本体からかけ離れてばかりで悪いかも知れない。
「……まあいいか。僕だって女の子になってるんだし。あいつにもその気分を味わわせよう」
「あいつの場合、特に気にしねーです」
「だよねえ」
“本当の自分”が定まったからといって、それに固執するアルベルトではなく、むしろ芯が固まったからと自由さを増して見える。時たま違った姿に変身して現れる彼だ。
その多様性は、ハルも見習いたいと少しばかり思っていたりする。
ハルは今の自分という自意識に、少々固執しがちであった。
「それより白銀の身体は、どーですか? かわいーですか?」
「うん。とっても可愛いよ。空木とお揃いなんだね」
「はいです。髪型以外は、うり二つなのです。双子の姉妹を演じるのです!」
「なるほどね」
「髪の毛の色は、変えた方が良かったですか?」
「いいや別に。君らの姿を知ってる人も少ないしね。こだわりは持っていいよ」
白を基調にした彼女らの髪色は、マスターであるハルとアイリから白銀が取ったもの。アルベルトと同様に、自らの存在の芯となる拠り所だ。
空木のそれは身体を得る際に、白銀が勝手に決めたものではあるが、同様に彼女も気に入っているらしい。
「メタちゃんは? 女の子だったの?」
「……性別、ないにゃ」
「そっか。体に不便はなさそう?」
「……にゃ」
ハルはここで視界の端で猫のようにくつろぐ、元は猫のメタにも話を振ってみる。
正直、操作可能キャラが人間体専用のこのゲームに、ログインしてくれるとは思わなかった。
だが、まるで仕様の異なる人間の体を、元が猫とは思えぬほど器用に操ってのけていた。
「……にゃ。ロボットと、同じ」
「ああ、確かに。“あっち”のメタちゃんは機械の神様として、人型のロボットみたいになって登場してるんだっけ」
「……にゃん」
あちらのゲーム世界へと攻め込んでくる外敵役、『邪神』として登場しているメタ。
その際のキャラクター紹介は、機械の鎧を身に纏った謎の人物であった。ハルたちはそちらは直接関りが無いのだが、一般プレイヤーに馴染みがあるのはそちらだ。
逆に、猫の方の体について知っているのは、あの世界について詳しく知る者だけである。
「それで、白銀たちのお仕事はなんです? マスター? <隠密>を手に入れたし、忍者やるです!」
「ん? 白銀は忍者やりたいの? 世界観合うかなあ。まあ、ルナが日本刀を量産してるし、今さらいいか」
実際、影で動く特殊部隊のような役割は欲しかったところだ。ハルたちは貴族として、堂々と正面からしか動けない。
そのプレイの幅を、白銀たちの<隠密>は広げてくれるだろう。
「ゲームの攻略もそうですが、本来の目的もどうなっているか、教えてくださりますか、マスター?」
「空木はせっかちです」
そこに、エメと何やら話していた空木も戻って来る。
確かにそろそろ、このゲームに参加した本来の目的、ここの神様たちの動向を探るという計画についても動き出したいところだ。
ハルはそんな真面目な彼女を交えて、現状と今後について語っていくことにするのだった。
◇
「まずこの世界だけど、次元の狭間ではなく通常空間に作られた神界、まあ魔力サーバーだね、そこに存在している」
「白銀たちの国とは、別大陸にあるです。だからいつでも吹き飛ばせるです!」
「吹き飛ばさないって……」
「ですが今も、衛星軌道からマスターの分身とモノ艦長が監視しています。有事の際の対応は、完璧でしょう」
「空木もデータは見たかい?」
「はい、マスター。ですが空木の目でも、目視で内部に走るデータの解析は適いませんでした。空木のずっと見ていた、神界とはきっと仕様が異なります」
「だろうね」
そこはエメも同意見だった。魔力を使ったネットワークの基本設計について誰よりも詳しいエメだが、その基礎に建てられた上物、魔力サーバーを構成するプログラムについては使用者によって異なる。
外の神々によって独自に組まれたそのプログラムは、神界サーバーのように外部から解析するという荒業が今のところ不可能だった。
「……にゃ。メタも、見てる」
「メタちゃんも現地にもう居るの?」
「……にゃ」
「そうだね。メタちゃんは最初から世界各地に居るもんね」
機械で出来た猫の分身を操り、世界中の情報収集をしてきたメタ。そのメタも既に分身をこのゲームを動かしている魔力空間の近くへと派遣していた。
別の神の縄張りとでもいうべき地域のため、直接侵入はしていないようだが、いざとなったら使い捨て可能なその分身、猫軍団の直接投入もすぐに可能な構えであった。
「その領域だけど、順調に範囲を拡大させている。大盛況、御礼というわけだ」
「きっと世界征服を企んでるです! 反乱の芽は、早めに摘むです」
「およし白銀。彼らが稼げば稼ぐほど、その半分は僕らの物になる。この人気は僕らの為にもなるんだよ」
「しかたねーです。今は、見逃してやるです」
「おねーちゃんは、好戦的すぎます。きっと、お肉の食べ過ぎです」
「空木はもっとお肉を食べないとだめです! 好き嫌いしていたら、大きくなれねーです」
「……大きくなる気あるの、君ら?」
ハルの純粋な疑問も含めたツッコミに、二人は、ふるふる、と首を横に振る。正直なことだ。何時までも、幼いままで過ごしたいらしい。
それはそれで構わないが、きちんと独り立ちはして欲しいハルである。
「エメはハッキングしようとしてたけど、それも宣戦布告に等しいんだよなあ。なんとか、ゲームの仕様内で彼らに迫りたいところだけど、その為の地盤がようやく整った感じだね、今は」
「ここを拠点に、世界征服するです!」
「世界征服好きだねえ白銀は。まあ、そこまでゲーム全体に影響を与えれば、運営も出てこざるを得なくなるだろうね」
「国の守護をしているのが神なのですよね、マスター。そこは、あちらと同じですか」
「そうだね。『アイリス』、『ミント』、『リコリス』、『コスモス』、『カゲツ』、『ガザニア』。どれも花の名前の神様だ」
カナリーたちに倣っているのか、プレイヤーが選べる六つの所属国が、それぞれ神様の名前になっている。
これはハルが名前だけ知っている外の神様と同一のもので、彼らが運営陣なのは間違いないだろう。
「ならば手始めはアイリスです。引きずり出すです!」
「まあ、この国だ。それが一番近いんだろうね」
「ですが、どうやったら出てくると思いますか、マスター。空木は、空木たちが参加できた時点でその難度は高いと推測しますが」
「そうだねえ。イレギュラーの参加にも警告一つ出さないという点で、ガードは堅そうだ」
「ならばこちらからお問い合わせ爆撃するです!」
「爆撃いうなと。それもね、エメによると事務的な対応に終始しているらしいよ。人の配信でお問い合わせしてる姿も見れたんだけど」
基本的に、あらゆるプレイヤーが生放送しているという特徴のあるこのゲーム、運営にお問い合わせの通信をつなぐ瞬間も多く確認されている。
そこからも、特に神様としての対応は見られなかった。あちらでは、<神託>が一般的になって以降はたまにユーモアのある対応もされていたりしたようだが、こちらは未だ隙が無い。
「スキルでこっちでも<神託>じみたものを見つけようとはしてるんだけど、<信仰>からはなかなか派生しないし」
「……ガード、かたいにゃ」
「ゲームの作りはお粗末ですのに、生意気な奴らです。メタちゃんもそう言ってるです!」
「……ん? お粗末なところあった? 僕としては、良く出来てると思うけど」
「ゲームシステムや、プレイヤー管理システムとしては良く出来ているのでしょう。そこは空木たちも認めています。ですが、空間の管理に甘い部分がありますね」
「……メタは、そこ見つけた、にゃ」
どうやら話を聞くに、白銀たち三人組がここまで徒歩で潜伏して来れたのは、そうしたデータ上の綻びがあるのを感知できたかららしい。
キャラクターの五感では感知できない遠くのモンスター情報をその歪みから洗い出し、本来なら発見される距離でもデータの乱れに自分の身を滑り込ませる。
そうして通常の進行では回避困難な戦闘も、一度も起こすことなくここまで彼女らは辿り着いたと言うのだった。
「……なるほど。AIである君たちならではだね。というかこのボディ、五感以外も搭載されてるのか」
「最適化が上手くいってねーかもです。そこも、杜撰なとこです」
「……仕様かも、にゃ」
「また空木の製作者のように何か、企んでいるのかも知れません」
この世界を通じて地球の人々の第六感を刺激し、現実においても超能力などの新たな力を使えるように導く。それがエメがかつて企てた計画の一部だ。
ハルもまた、異世界の人々同様に魔法が使えるように進化した、その計画の成功例のひとつと言える。
このゲームにおいても、同様の計画が実行可能なように、通常の五感以上の感覚が行使可能なように設計されている可能性もあった。
「……いや、考えすぎかも。どちらもベースはエメの設計だ。あいつの残した仕様が、そのまま使われていることも考えられる。つくづく迷惑な奴め」
「ありえるです!」
「製作者ともども、ご迷惑をおかけしています……」
元はエメの設計したAIである空木がかしこまってしまう。そんな顔をさせたかった訳ではないハルだ。慌てて話題転換の道を探す。
どうも、エメ本人を雑に弄る時の気分でやってしまった。反省せねばならないだろう。
「どちらにせよ、それなら実際に確認して見た方がいいだろうね。空木、もっと詳しく教えてくれる?」
「はい、了解ですマスター。誠心誠意、お伝えします」
「それなら、みんなでお散歩に行くです! 外に出た方が、分かりやすいです!」
「おねーちゃん、マスターは軽々しくお外に出れない制約を負っています。お散歩は、難しいのでは?」
「<隠密>して行くです! 誰にも見られなければ、問題ねーです」
「お忍びだね。いいよ、行こうか」
話題を変えたいハルの意を酌んでくれた白銀のフォローに乗り、ハルは外出することを決める。
今は放送も切ってあることだ、彼女の言うとおり誰にも見られなければ問題は少ない。
それに、彼女らが語るデータの乱れというものも実際気になる。ハルは、お忍びの領主様として、こっそりと屋敷を抜け出し外へと赴くのだった。




