第531話 救世主を迎える街
反逆を企てた伯爵は、どこからか現れた王都の貴族率いる騎士団によって正式に捕らえられ、やはりどこかへと消えていった。
便利なことだ。実際なら、騎士団を待つための時間や、王都へと護送する手間が掛かるが、このイベントにおいてそれは本題ではないためカットされたようである。
「此度の活躍、まことに大儀でした。この功績を称えて、貴殿を<子爵>位へのクラスアップを認めましょう」
「ありがとうございます」
《クラスアップって言っちゃうかー》
《演出も無いし》
《ちょっと残念》
《このゲーム、こういう所もっと力入れて良い》
《ご意見送ろう》
確かに、昇段や昇級といった瞬間は、ゲームをやっていて最も達成感を得ることのできる瞬間の一つだ。
一応、ここの運営もそれは分かってはいるらしく、クラスアップを知らせるメニュー内では華々しいエフェクトが飛び交っている。
しかし、ロールプレイを、演技をすることを最重視するゲームならば、もっと演技のし甲斐のある演出を心がけて欲しいという気持ちも出てくるところだ。
「加えて、この地は一時的に領主不在となってしまう。それは、非常によろしくない事態だ。そこで、新子爵には後任が決まるまで、暫定的にこの街の統治をお願いしたい」
「……なるほど。謹んでお受けいたしましょう」
「よろしい。お任せいたしましたぞ」
ついでのように、非常にありがたい副産物が降って沸いた。なんとこの街の仮の領主としてハルを任命するというのだ。
ハルは一も二もなく、その選択演出に承諾するボタンをタッチする。断る理由が何もなかった。
貴族NPCは満足してすぐに自分も消えてゆき、後にはハルたちのパーティと、半壊した成金屋敷が残るのみとなった。
これで一連のイベントは全て終了ということだろう。
「よし、まずはこの悪趣味な屋敷は解体で。ついでに周辺の区画も整理しよう。ふふ、僕の驚異の区画整理術、お見せしよう」
「……ほどほどになさいね、ハル? これは街づくりゲームではないわ? やりすぎはきっと反感があってよ?」
「おっと、あぶない。忠告感謝するよルナ」
《いったい街づくりゲームだとどうなるんだ(笑)》
《見てみたい》
《弾圧されるんだぁ、おしまいだぁ……》
《結構派手にやりそうだよね》
《支配者の貫禄でてる》
実際、シミュレーションゲームでは多少の不満などどうとでもなる。結構やりたい放題にやるのがハルだ。
だがこちらでは、いわゆるロマン重視のプレイこそが求められるだろう。
「それで、領主って何するんすかハル様? ここはやっぱり、この敏腕秘書の出番ですよね、ですよね? むふふーん、見ててくださいよーハル様。わたしならあの無能のように、証拠など一切残しません! 完璧な税金逃れをもって、あなた様に巨万の富を約束……、あいたぁ!」
「常に放送してるんだ、隠蔽は無理に決まってるだろうエメ?」
「ずみまぜーん。でも放送してなきゃやるって言いたげなワルいハル様、好きですよ、えへは」
さすがにやらない。はずだ。たぶん。ハルも税金の重要性を知らない訳ではない。
「さて、じゃあ領主になって可能になったこと、みんなで見ていこうか」
「はい! 楽しみです!」
わくわくと顔を輝かせるアイリの頭を撫でながら、ハルは新たに可能となったコマンドを確認していくのだった。
*
「まずはさっきも言ってた区画整理だね。これは、何でもかんでも僕が自由にできる訳じゃないみたい」
「まあ、そりゃそーだけどさ。でも、そしたらどこまでがハルちゃんの自由にできるん?」
「提案、までだねユキ。この場所を、こう弄りたいんですが構いませんね? って提案」
「なーる。あとはそれが承認されるかは内容次第ってことだ」
「そうなる」
それが街の為になることであれば多くの賛成をもって承認されるし、住人に不利益を被らせるものであれば、止めてくれと却下がかかる。
現実で起こる複雑な手順を、単純なイエスとノーだけに集約したシステムであった。
「実際にやってみようか。この元伯爵屋敷を取り壊します、と」
「おー、すごいですねー? ものすっごい勢いでー、承認されましたねー」
「よほど嫌われてたんだね」
「ですねー。ハルさんは、こうなっちゃいけませんよー?」
「善処するよ、カナリーちゃん」
メニューには承認ゲージが備え付けられており、それが満タンまで溜まると施策が実行可能となるようだ。
既にこの場に作業員NPCが現れて、解体作業に着手していた。
《あんまり貴族っぽくはないな》
《民主制っぽ》
《悪い事は出来ないの?》
《横暴を! 圧政を!》
《要求がやばすぎだろ(笑)》
《でも気になる》
《確かに、貴族と言ったらそれ》
「出来なくはないね。この賛成ゲージ、金でなんとかすることも出来る」
「うわー。もろに悪徳貴族じゃーん。やっちゃう? ハルちゃんやっちゃう?」
「やらないよユキ。コスパ悪そうだしね」
「良かったらやるんかーい! あ、他にもなんか出来るんだね」
「そうだね。良さそうなことから悪そうなことまで、色々な手段でゲージを増やせるようだ」
例えば、民のためになることをしますと約束することで、『それなら』と賛成を引き出すことができる。
逆に例えば、賛成しなければ税を上げるぞ、武力行使するぞと脅すことで、無理やり従わせることも出来る。
そうした各種コマンドを駆使して、理想の領主像を演出するのだ。
「面白い。名君から鬼畜まで、思い通りにできそうだ」
《ローズお姉さまは名君!》
《悪いお姉さまも見たいー》
《ご自由にやってもらうべき》
《だね。これは配信主の自由》
《ところでローズ様のおうちもここに?》
「……そうだね。更地にしてその上に建てるのが楽でいいけど、どうしようか?」
「いけません! この場はハルお姉さまには相応しくないかと!」
「そうですねー。なんか悪い気とか、流れてそうですー。ハルさんにはもっと良い土地がありますよー」
「気とかあるんだ? まあ単純に、印象も悪いしね」
元々悪徳領主が住んでいた地だ。そのままそこに住めば、ハルもその流れで同じ印象を受けかねない。
領主が変わったことを知らせる意味でも、ここは心機一転、屋敷の位置を移すのも良さそうだった。
「ところでハル様? なんかお屋敷建てちゃうことが決定な流れになってますが、この地に住むんですか? 領主は仮らしいですが」
「うん。本決定にするから問題ないよ」
「おお、言い切りましたねえ。まあ、このまま功績を上げれば認めてくれそうな流れではありますよねえ」
「領主のお仕事コマンド、ばっちり全部行使できるしね。今は試用期間ってことだろう」
コマンド類は、非常に複雑だ。これは万人が触って使いこなせる類のものではないだろう。
これを上手く使えれば、晴れてそのまま領主。もし合わなければ、残念だが後任に引継ぎ。そういうイベントなのかも知れない。
「そうだね。次のコマンドに行く前に、少し無茶な提案をしてみるか」
悪役の屋敷の解体は、諸手を上げて賛成されたが、他の場所ではそうはいくまい。
ならば、それがどのラインまでなら許されるのか、興味が出てきてしまったハルだった。
「僕らの家を建てるとしても、困ったことに空き地が足りない。ならば必ずどこかには、立ち退いてもらわなければならないね」
「悪い顔をしているわ、ハル?」
「これは獲物を品定めしてる目だねぇ」
「お姉さまの前に、道を開けるのです!」
ここで普通ならば、絶対に承認されないであろう街の中心地をハルは選択する。
大胆に中央通りをぶち抜いて、広大な土地を確保する。
商業的な利権は当然失われ、そこに店を構えていた者からは確実に大反発が起こる。
一般の民にも打撃だ。普段の買い物は不便となり、流通の要所となっている地区が失われれば交易が麻痺し各所に影響が出てくるだろう。
「さて、ここまで派手にやると賛成票はどの程度……、ん……?」
「おやおやー? これはちょっと予想外ですねー?」
カナリーの言う通り、この無茶な大改革は思わぬ反応を生んでいた。
それは、反発が大きすぎたという意味ではない。むしろ、逆であった。
「もう、承認されそうですね、お姉さま」
「そうだねアイリ。なんだろう、ヌルゲーかな、この街は?」
これではまるで市長があらゆる権限を持っている街づくりゲームだ。
ここまで自由自在であると、もはや承認ゲージの意味を成していない。ただの雰囲気づけの無駄システムだ。
「……何か、書いてありますね! 『<カリスマ>が自動発動されました』、『<商才>が自動発動されました』、『<伝道者>が自動発動されました』、『<神威の代行者>が自動発動されました』、です!」
「ありがとう、アイリ。なるほど、僕の所持スキルがパッシブで効いていると」
「その他にも、民の反応の声がピックアップされているようね?」
曰く、『街の救世主がこの地に定住を決めた!』、『優れた商才をお持ちの彼女は、きっと街を発展させる!』、『神に愛されたお方は、きっと私たちを正しく導いてくれる!』、『今日は悪が滅び、正義がこの街に降臨した日だ!』、『ついでに神殿も建てよう!』。
べた褒めだった。ついでに神殿も建てることを決めると、更に褒められた。
「良いのか? 更に土地が削られたけど」
「……これは恐らく、あの戦いで民を導いて勝利したことが影響しているのでしょうね? 彼らにとってあれは、英雄叙事詩の体験なのよ」
「神格視されてるってことか。少し盲目的すぎるけど、ゲームのNPCと考えるとこんなところかね?」
アイリの世界に作り上げられたゲームをやっていると忘れがちになるが、普通、ゲームのAIはこんなものだ。
普通はここまで熱狂的にはならない。どうしても自分の利益というものには敏感になり、正気に戻る。
《ローズ様の信者が生まれてしまった》
《俺らの同類か》
《宗教体験でもあったからな、あの戦いは》
《過剰バフは精神を狂わす》
《圧倒的な高揚感!》
《ステータス上がるのきもちいいいい!》
《それは分かる》
《分かるな》
ちょっと危ないだろう。大丈夫だろうか、ここの国民?
強化効果を受けるのが癖になって、その為に戦いに出たいとか言い出しそうだ。
「……まあ、従順なのはいいことだよね」
「あ、思考放棄した」
「仕方ないよユキ。今はそれより、もっと深刻な問題があってさ」
「ん? なにさ? 洗脳完了してない人がエネミー化した?」
「洗脳いうな。そうじゃなくて、お金がない。どうせ却下されると思って、無駄に土地を確保しすぎたんだ」
「あー」
承認されると思っていなかった屋敷の予定地の確保。それが図らずも通ってしまった。
いかに救世主扱いとて、さすがにそこまで無料でやってはくれない。ハルは己の無計画のツケを早くも払わねばならなくなったのだ。
*
「しかし、ちょうどいいとも言える。次のシステムの説明に移ろう」
《あっさりー!》
《ローズお嬢様はうろたえない》
《流石はお嬢様だ》
《多少のお金ではびくともしない》
《課金すればいいしな》
「いや、さすがに課金で全てまかなうには巨額すぎるね。……出来なくはないけど。そうじゃなくて、これは公共事業として僕の懐をあまり痛めずに出来るんだ」
「このメニューですね! 税金と、商業流通の管理が詳細に行えるようです!」
「うへー、私こういうの無理ー。アイリちゃん良く分かるねぇ」
「お任せください。わたくし、慣れておりますので!」
流石は王女様である。ハルもハルとて、こういった細かすぎるデータの設定には慣れっこだ。
戦略ゲームの物資設定、他国との貿易設定、そこを病的に細かく対応していくことで、積み重なって他プレイヤーとの大きな差となる。
「とはいえ全額一気にとはいかない。前領主が無茶したからね。この領にはお金がない」
「前領主の隠し資産も、国の役人が持ってきましたからねー。まったく、酷いことしますねー、たかが国風情がー」
「……危ない目線で語るのはお止め、カナリーちゃん」
こちとら神様だぞ、と言わんばかりである。危ない。
「ただ、最初に貰っておいた賄賂や、成金屋敷を崩して得た資金がある。まずはそれでしのごう」
「あとは、ローンみたいに徐々に払っていくようにすれば即死は免れますね。あ、ハル様そのメニュー良ければこっちに回してください。もちろんハル様でも問題なく回せるでしょうけど、貿易設定に関してはわたしに任せちゃえば楽ですよっ」
「そうだね。エメに頼もう」
「いえい! おまかせっすよ~?」
「そして国から、いやあらゆる伝手から借金をする。これで当座は回せるだろう」
「出たよ。ハルちゃんの“初手借金”」
「わりとお馴染みよね?」
どんなゲームにおいても、初動における出力の上昇、いわゆるスタートダッシュは有効なものだ。
利子を恐れてそこでモタつくよりも、動き出しを早くして利子の分も稼げるようにした方が最終的に得だったりする。
ハルは神国の会談にて開いた各国の要人との貿易チャンネルから、可能な限り資金を借り受けた。
ニコニコ顔の年長幼女シルヴァはあまり貸してくれず、呆れ顔の毒舌少女シャールは大量に貸してくれたのが興味深かったハルである。
「さて、こんな感じで経済を回しながら、少しずつ僕らの家を作っていこう」
「いつもみたいに材料とか自分で用意しようよーハルちゃん」
「それもいいかもね。領主といってもメニュー弄るだけで暇だし、並行して別の作業に着手していこう」
「……この数字の塊を暇扱いできるのは、あなた達くらいでしょうね?」
「おまかせっすよルナ様! ばっちり常に最高値! 買い付ける品はすぐ高騰! エメ商会を今後ともごひいきにっ、にししっ」
「美味しそうな商会ね?」
「生意気なこと言ってんじゃないですよーこいつはー。いつから看板持てる身分になりましたかー?」
「えー、いいじゃないですかカナリー。ほら、イチゴってバラ科ですし、ローズ商会の傘下企業ですよ!」
「また適当いうー」
そんな風に賑やかに、ハルたちの新たな拠点での活動はスタートした。
ここを前線基地として、そろそろこのゲームの運営、外の神様たちについても探っていきたいと考えるハルなのであった。
ルビの追加を行いました。報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




