第530話 率いる者の戦い
「まずいね空飛べない。どうしよう」
「弱気ってる場合かハルちゃん! 手を動か……、してるね、よし!」
「全て飛竜タイプというのがまずいわね? バラバラに逃げられたら追いきれないわ?」
紫水晶から湧き出るように現れた飛竜の群れ、これに勝つだけなら恐らく勝てないことはない。
数は多いがレベルは海で出たタコ、海魔類とやらよりも低くまだ40代だ。それでも高いが、あの時のように一発でも攻撃を食らえば即死ということもないだろう。
一匹ずつ、着実に処理していけばいい。
だが、周囲の被害を考えるとまた話が違ってくる。一匹も逃がしてはならないのはさすがに厳しい。
厳しいからといって、ここで街のNPCなどに被害が出てしまっては完璧主義の気があるハルの気が済まない。ゲーム付き合いの長いユキとルナもそれはよく分かっていた。
《やはり防衛イベントはクソ》
《グッドゲーム。次がんばろう》
《ローズ様はよくやったよ》
《実際ここまでは完璧だったよな》
《事故と思うしかない》
《でも被害が出たら巻き戻せないだろ》
《ローズ様のせいだっての?》
《こんなん誰も読めん》
《そこを読んでこその一流だろ》
「喧嘩するな君たち。戦闘中でも僕は君たちを片手間でコメント欄から叩き出せるよ?」
「出来るでしょうけれど、戦いに集中なさいなハル……」
ルナの言う通りだ。今はまず結果を出さなければ。
幸い今は飛竜の群れは各地へと散ってはいかず、狙いを全てハルたちに定めてきている。
そこをハルは外周に近いものから、<神聖魔法>で狙い撃ちにしていった。
今度は、無力化を狙った優しいものではない。一発一発を最高火力で打ち出すべく、限界までMPを込めて解き放っている。
「くそぅう! こうなったらやれ、やってしまうのだ! 総力を挙げて奴らを皆殺しにするのだ!」
「……彼の命令を聞いているというのがまだ追い風か。伯爵が僕らを狙っている間は、ここに引きつけられる」
普通なら統率されて手ごわくなる部分なのだろうが、ハルにとっては追い風だ。
幸い、街の住民を狙えばハルが嫌がると分かる知能を持った相手でもない。そうでなくても、敵は外部への露見を恐れている。
「あとは、あいつが自棄にならなければ良いのね?」
「ルナちー、そゆうのフラグってゆーんだぜぃ?」
「……そうね、迂闊だったわ?」
「さっさと気絶でもさせちゃいますかー?」
「それも良いかもねカナリーちゃん。でも意識を失ったら統制も同時に失われる可能性もあって、それもちょっと困る」
「ですかー」
なので今できることは、伯爵にこちらを倒せると思わせたまま、徐々に形勢を有利へと移行させていくことだ。
そうハルが方針を定めていると、<召喚魔法>によってこちらからも飛行するモンスターを生み出して妨害していたエメが、新たな懸念について提言してきた。
「問題はもひとつあるっすハル様。後ろの兵士たち、どします、どします? わたしたちは安定して自分らを守れる連携を取れますけど、あいつらはそーじゃないっすよ?」
「それもあったね。よし、諸君らも戦え!」
「うわあ、鬼教官っすねーハル男爵さまー」
突如として昼下がりの庭に顕現した悪夢のような光景に、この屋敷に詰めていた王国兵は恐怖に我を忘れていた。恐慌状態にならなかったことを褒めるべきだろう。
民を守るべき立場である兵士たちではあるが、狙われて困るのはハルにとっては同じ。しかも非常に位置が悪い。
ならばいっそ、己の身は己で守ってもらわなければ。
「お、お、仰せのままに、閣下。どこまでお役に立てるか分かりませんが、せめて!」
「細かいことは案ずるな! 僕がついている!」
「お姉さまが居れば、無敵なのです!」
「カッコいいねハルちゃん! その根拠は?」
「無いよ」
《無いんかーい!》
《だが自信は大事》
《勢いも大事》
《戦場において根拠を説明してる暇などないからな》
《足を竦ませているだけでは勝率はゼロですからね》
《声出すのも大事》
《視聴者に戦場帰りおるってー》
《成仏してな?》
戦場帰りかはともかく、フルダイブゲームの浸透した昨今、リアルな集団戦を経験したことのある者は多そうだ。
こうした時は、パニックになって右往左往するよりも、思い切って突っ込んだ方が良いことは多い。
無論、それが裏目に出る事だってある。そうさせないのが、ハルの役目だ。
「士気高揚と統率は、演技と僕の<カリスマ>で担保された感があるね。あとは、それに見合うステータスだ。アイリ」
「はい! わたくし、勇ましい神々の旋律を、吹き鳴らすのです!」
陽光に白く輝くトランペットをアイリは取り出し、小さな体で精一杯に吹き鳴らす。
その<音楽>スキルによる力強い旋律は、この場の全ての友好的キャラクターを奮い立たせ、そのステータスを底上げした。
「武器が貧弱ね? これを使いなさい」
「はっ! ありがとうございます、お嬢様!」
「うっし、あとは私が<指揮>を掛ければ完璧だね!」
ルナの<鍛冶>によって、兵士たちの装備が整えられ、ユキによって更にステータスが向上する兵士たち。
ここに、狙われるだけの的だった兵士たちは、即席のハルの騎士団として華麗に転身を果たしたのだ。
《支援特化パがここで生きた!》
《前衛が居ないなら、現地で調達すればいい》
《これ実際つよくね?》
《強いのは元が軍人だからでは?》
《でも、ボス相手でも渡り合える力だぞ》
《確かに、相手がその辺の雑魚なら……》
《村人捕まえて来れば十分なのでは?》
「捕まえてくるとか言うな君たち。だが、護衛対象が足手まといでなくなるというのは素晴らしい」
更に、ハルの仲間の前衛もゼロではない。ユキは<指揮>を掛けつつも自身も器用に<槍術>で立ち回っているし、<鍛冶>の終わったルナは自らも刀を握って前線に立っている。
ユキほど豪快に無双は出来ないが、その無駄のない<剣術>は怜悧な美しさを感じさせた。彼女の冷徹な瞳が、それによく映える。
「……やっぱり、あなたたちのように上手くはいかないわね? 自分では、そこそこだと思っていたのだけれど」
「そんなことナイナイ! かっこいいよールナちー」
「お手本に忠実なだけよ? いっそまた、剣を爆発させようかしら?」
《十分強いですボタン様!》
《達人級に見える》
《これが日頃のお稽古の成果……》
《これで弱いってマジ?》
《ユリちゃんの槍は確かに天才》
《お嬢様って強いんだなー》
《あと一人って誰?》
「当然、ハルよ?」
「僭越ながらね」
前衛に適したスキルは持っていないが、その有り余るレベルと視聴者から貰ったポイントにより、ステータスの暴力が実現している。
ハルも魔法を発射しつつも、自身に向けて突っ込んできた飛竜の首を回避しつつ素手で掴んで締め上げると、そこに装備していた杖の柄を叩き込んだ。
「残虐映像で失礼するよ」
《なんだその反射神経(笑)》
《それより胆力がやばい》
《回避が紙一重すぎる》
《その美しい手で締められたい……》
「やばい人が居るね?」
「ワイバーンをくびり殺す人も十分にヤバイんすよねえ。にしても、なかなか数が減りませんねえハル様。わたしの予想だと、そろそろ状況もヤバイんじゃないかと思うんですが、どーします? 伯爵も、くびっときます?」
「少し悩みどころだね。ちなみに、その考えの根拠は?」
「勘です。ここの運営、性格悪いイベント展開が好きそうっすから」
神様があえて勘を語るときは侮れない。それは、膨大なデータの蓄積に裏付けされたものであるはずだからだ。
エメは今までずっと、あらゆるプレイヤーの放送を並行して確認し、そこで起こったイベントもまた目の当たりにしてきた。
そのイベントの数々は、プレイヤーのアドリブ力を試すためか、意表を突くような内容が多い。それは、エメほどではないがハルも実感をもって確認している。
少しずつ、展開はこちらに有利に傾いてきている。このまま何も起こらなければ、あとは作業のように処理して終わりとなりそうだ。
何かあるならば今だろう。ハルもエメも、そう意見を共通させて周囲を警戒するのであった。
◇
「ぐぅ、何故だ、何故こんな小娘どもに押し勝てない! ええい、かくなる上は一斉に突撃してひき潰すのだ!」
「……んー、突撃来ないっすねー。さては、指示出来るのは攻撃対象のみで、細かい指令は届かないタイプすかー? 雑魚っすねえ、弱いっすねえ。対してこちらは、全てがハル様の思うがまま。椅子になれと言われればみんな喜んでなりますよお?」
「くきー! い、今に見ておれよ貴様ら!」
「……煽り性能が高いのは分かったから、僕の変なイメージを植え付けるのは止めるんだエメ」
「にししっ、失礼しましたー」
《椅子になります!》
《なります》
《当然なります》
《むしろ椅子にしてください!》
《兵士たちも椅子になりたそうに見ている》
《既にローズお姉さまの信者》
「うん。黙ろうか君たち」
まあ、椅子はともかく統率力は非常に高いのは間違いない。
そんな、盤石にして狂いなしと思われた盤面に、ついに危惧していたひび割れが現れる。
この邸内の戦闘の音とはまた違うざわめきが、にわかに庭の外、ひいてはこの屋敷の敷地の外から聞こえてくるのだった。
「や、やっぱりモンスターだ!」
「領主の屋敷内に、飛竜の群れが居るぞ!」
「まさかどこかの国が攻めてきたのか!?」
「いや、あの悪徳貴族が隠していたに違いない!」
正解である。非常に信用のないことだ。
だがそれを予想するなら、今することはこの屋敷に近づくことではない。さっさと遠くへ避難すべきである。
「魔法を使える者は居るか!」
「ここに居るぞ!」
「皆で力を合わせるんだ!」
「俺たちの街を守るんだ」
《いやそうはならんやろ》
《村人勇敢すぎない?》
《冷静さを欠いた判断だと言わざるを得ない》
《これが、イチゴちゃんの言ってた性格の悪さかー》
《確かに来てほしくないタイミングで来るな》
《護衛対象増えちゃった》
止める間もなく、屋敷の塀の外から攻撃魔法が飛んでくる。攻撃を加えられたモンスターは、その町人たちに敵対心を移してゆく。
そちらへと首先を向けた飛竜を的確に、ハルは追跡する<神聖魔法>で撃ち落としていった。
「さ、最悪だ、私の計画が、外部に露見を! くっ、かくなる上は、ここで消すしかない! モンスターども、目撃者は皆殺しにしろ!」
「いや最悪なのはこっちなんだが?」
「こういう時だけ判断が早いひとですねー」
「本当だねカナリーちゃん」
しかも、こんな時だけ飛竜の群れも空気を読んで一斉に突撃する。先ほどまでのやる気の無さはどうしたのか。
「……カナリー、死んでもいい、僕の魔法に合わせて限界以上につぎ込んで魔法を放て」
「はーい。蘇生はちゅーして起こしてくださいねー?」
「出来れば死なないようにね……?」
キスをしてあげるのは、やぶさかではないが、今は絵面が女同士だ。出来ればログアウトしてからにしていただきたい。
そんなカナリーの覚悟のこもった<攻撃魔法>が、塀の外へと向かうモンスターの群れに追いすがる。
このゲームでは、HPがゼロになっても、そこではまだ死亡しない。無くなったHPを補うべく、急激にMPが減少し始めるのだ。いわば、マイナスのHP値がある。
それは同様に、MPについても当てはまる。現在の最大値を、更に上回る消費をする威力の魔法も行使可能なのだった。
「うおー、ぐいぐい減りますねー。これは死にましたねー?」
「大丈夫ぢゃカナちゃん! 今お薬使うから、って効かないー!? ルナちー手伝ってー!」
「よーし、ここはわたしも奮発してカッコいいとこ見せちゃうっすよー?」
「エメちゃ、調子にのって患者増やさないでー!」
「カナリー様、しっかりー! 今お助けするのです!」
珍しくユキが慌てている。それだけHPの減少速度が早いのだろう。
それだけ全力でつぎ込んだ<攻撃魔法>は、ハルの放った<神聖魔法>による光の壁に着弾して大爆発を起こした。
その柱のごとき光の壁は、この場におけるスキルの連続使用により習得した上位の魔法だ。
その爆風は屋敷の壁を崩壊させ、その外部へと集まっていた民の姿をこの場の面々へと対面させた。
今は全員が、この大爆発に度肝を抜かれて思考停止状態に陥っている。尻もちをついて居る者も多い。アクションを起こし、その意識の隙間に入り込むならば今だろう。
「ハル様~、限界超えた消費で友好モンス出しときましたー。褒めてくださいです、あっ、やばい死ぬ。死ぬ前に褒めてプリーズ! 出来ればわたしも唇で……」
「死んでないんだから駄目ですよー。はいー、ご所望のお薬、唇から突っ込んであげましょうねー?」
「駄目っ! カナリーそれ駄目! 溺れ死んじゃう! アイテム欄から、薬はアイテム欄から直接つかって!」
「……なにを騒いでいるのか君たちは。まあ、この<召喚魔法>はよくやったよ」
エメのとっさの機転により、神々しい見た目をしたこちらの陣営に友好判定を持つモンスターが呼び出された。
これはハルの思い描いていた作戦に役立ちそうだ。無駄に死にかけたことは不問にしてもいいだろう。
そのモンスターにハルが騎乗すると、語らずともその意を察したアイリが、再び神々に捧げる旋律をトランペットで吹き鳴らす。
ハル自身の<カリスマ>と相まって、民の目にも一目で自らの上位者であると認識されたようだ。
ついでに例の『家紋』も出しておく。
「聞け! 勇敢な民たちよ! 今からお前たちに我が加護を与える。戦えない者は己が身を守れ! 戦える者は彼らを守れ! そして僕が、君たちを守ろう!」
その言葉に民たちが奮い立つ間に、すかさずユキとルナが飛竜と彼らの間に割って入る。
ルナによって素早く彼らの装備が整えられ、兵士たちも素早く隊列を組んで行く。ユキの<指揮>も合わさり、最低限の防御体制が整備された。
「さて、これで後はデコイに突っ込んで行く夏の虫を叩き落すだけでいい」
《しれっとヤバイ発言してるー!》
《民は囮、決して逃がさない》
《でも実際、散り散りに逃げられるより良いよね》
《固まってくれてた方が守りやすい》
《つまり、ローズ様なりの照れ隠しってこと!?》
《なにそれ尊い》
「いや、実際迷惑してるんで本気でデコイ扱いしてる。死なないだけ有り難いと思ってほしい」
そんな住民たちの邪魔、もとい協力も加わりひと波乱あったが、その後は彼らに突っ込んで行く飛竜を、宣言通り端から駆除していった。
そうして民や兵士を率いて戦った成果か、ハルには新たに、<神威の代行者>というスキルが<伝道者>から派生した。
それにより更に強化されたNPCたちの攻撃力も相まって、可及的速やかに、セイレー伯爵の反乱は鎮圧されたのだった。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。(2023/5/20)




