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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第2章 セレステ編

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第53話 黄色の女神

 ハルのスキルは<神託>以外は100で止まっていて、<神託>だけが101以上になっている状態です。

 今まで語る場面が無く、今後もしばらく無いかも知れないので、この場を借りて少しだけ補足させてください。

 光が収まると、僕の意思では体が動かせなくなっていた。指一本、どころか視線ひとつ動かせずもどかしい。

 視界の内容から状況を推測するに、どうやら僕の体は、カナリーのそれに置き換えられたようだ。

 目の先には僕の物ではない黄色い髪の毛がかかり、視線を下ろすと(下ろせないのだが)、胸のふくらみの先に、ふわりとスカートが揺れているのが見える。

 僕の体が依代よりしろになった、というのが近いだろうか。違うところは、精神が憑依ひょういするだけでなく、肉体までも作り変えられてしまったあたりだ。


《おー、流石ハルさん。この状態でも目を動かそうとしてきてますねー。こそばゆいですねー》


──ごめん、つい。


《視界は変更できますよ。好きなの使ってくださいー》


 視点の変更を意識すると、僕の意識はカナリーの眼球から飛び出し、彼女の前面や背後、周囲の空間を自由に飛びまわる事が出来た。

 まるで僕自身が、三人称ゲームのカメラになった状態だ。目玉の上位互換と言っていい。

 移動範囲は、カナリーの支配している魔力の範囲内、だと思われる。


《スカートの中はだめですよー? それは帰ってからにしましょうねー》


──余裕だねカナリーちゃん。


《もはや敗北はありませんもの。ハルさんも楽にしててくださいねー》


 確かに僕に出来ることも少ないようだ。余裕のある範囲まで、意識拡張の接続率を落とす。

 ただカナリーは、どうやら常に相当量のHPMPを消費しているようだ。そこは僕が補ってやらねばならないだろう。屋敷の体を操作し、吸収スキルをフル稼動させる。


「カナリー、邪魔をしないでよ……」


 僕の体が完全にカナリーへと取って替わられると、セレステが苦々しげに吐き捨てた。

 随分と、人間らしい表情をするものだ。楽しみにしていた玩具おもちゃを取り上げられた子供、といった状況か今は。


「邪魔はしていませんよ。これはハルさんの意思です。あなたが選択を間違えたんですよ」

「だって、舞台に上がって欲しかった。絶対に」

「だから逃げ道を塞いだんですねー。人間の子供ですか、あなたは」


 拒絶されたくない一心で、相手の行動を制限する。確かに、人との接し方を学ぶ前の子供であると言えるかもしれない。

 遊んでくれなければ絶交する、と脅すのに近いか。

 自らの要求、願いと言ってもいい、それを打ち明け否定されることが耐えられない。だから、否定されようのない状況を作り出す。

 例え、相手の心を侵略してでも。

 繋がり方が分からないから、支配することで繋がりを維持しようとする。その攻撃性の発露はつろだったのだろうか。


 セレステは人間に近い、とカナリーは語った。それは少し正しくなく、彼女は今、必死に人間を学んでいる最中なのかもしれなかった。


「まあ、なんにせよ、私の本体が降臨した以上、接触用筐体のあなたに勝ちはありません。すぐに降参するのが、お財布に優しくてオススメですよ?」

「ふんっ……、その燃費の悪い本体、この場所で何時までも維持できればの話だろう」

「願望が優先されすぎていますねー。困った子ですー」


 どうやら、僕が思っていたのとは違い、セレステの体は本体ではなかったらしい。感じたことの無い威圧感に押されて、勘違いをしていたようだ。

 僕の呼び出したカナリーの体がそうらしいが、今は“カナリー自身でもある”僕には実感がわかない。隣に並べば、カナリーに気圧けおされてしまうのだろうか。それも何か寂しい感じだ。


「では、仕方がありませんねー」


 カナリーがゆっくりと右手を胸の前に上げていく。

 セレステからは仕掛けない、なるべく長引かせ、カナリーのリソースを削りたいのだろう。

 腕が水平に掲げられ、優雅な動作で、くるり、と手のひらが天に向けられる。彼女の宣言によって、女神同士の戦端が開かれた。


「幸運の女神、『黄色』のカナリー。神威しんいをご覧に入れましょう」





 宣言するも、カナリーは動かない。先ほどの体勢のまま静止している。

 ただし、何もしていない訳ではない。動いていないのは体だけ。凄まじい勢いで、彼女による攻撃が始まっていた。


──この土地の魔力エーテルが侵食されてる。これ、うちの魔力を持って来てるんじゃなくて、支配権を奪ってるんだ。


《はいー。このまま全部貰っちゃいますよー。平時にやったら敵対行為ですけどねー》


──喧嘩を売られた今ならやりたい放題か。僕にはまだ無理だなこれは。


《さっきのハルさんなら出来そうじゃなかったですか? すぐに出来るようになりますよー》


 それは処理能力の問題だろう。僕にはそもそも理屈が分からない。

 消費され、空白になった場所に自陣の魔力を流し込んで埋めるのが関の山だ。


「相変わらず恐ろしい真似をする! 何も無い状態からそのスピードとはね!」

「セレステはこれ、苦手ですもんね」


 僕の視界よりもずっと良く見えるカナリーの目を借りて観察するに、セレステはどうやら低燃費が売りのようだ。

 消費している魔力の量が、体を構成する魔力量に比べて非常に少ない。

 その燃費の良さでもって持久戦に持ち込み、カナリーの息切れを待つ。それが彼女の作戦であったのだろう。


 だが、早くもそれは瓦解がかいした。カナリーの侵食が早すぎる。持久戦を挑んでいては、その間に神域全てを飲み込まれてしまう。


──そして僕らに、魔力切れは起こらない。


《可哀そうですが、教えてあげる訳にもいきませんしねー》


 全く何の確認もせず、僕は<降臨>を起動してしまったが、このスキル通常はリスクが大きすぎてまともに使用出来るものではないようだ。

 問題点は色々あるが、最大の問題は単純に使用HPMPが多すぎる。こんなもの、どれだけ回復薬を用意しても足りやしない。セレステがコスト切れを待つはずだ。

 だが、僕の場合はこの体にも分身としての繋がりが生きている。自宅から魔力を持ち出す反則によって、補えてしまってた。

 例えそれが無くてもカナリーには、ここの魔力の支配権を奪って、適宜てきぎそれを吸収する荒業も使用できただろう。無敵か。


「攻めてくるしか無いんですよ」

「そうらしいなっ!」


 結局、セレステに残された活路はそれだけだった。

 カナリーを倒す。時間内に。そうしなければ、領土を全て失う事になる。


 セレステは武器を取り出す。ラピスラズリのような深い青色をした、まるで持ち手だけのような小さな宝石の短剣。

 握ると、結晶が一瞬にしてパキパキと枝を伸ばしてゆき、先端が巨大なやじりのようになった槍を形作った。

 それを持ちカナリーへと踏み込んでくる。普段の僕であれば反応するのも難しいスピードだった。それをカナリーは片手間に弾く。

 文字通りの形、無造作に片手を払うだけで神速の突進は、勢いごとキャンセルされた。


──今、槍の軌道がおかしくなかった?


《おかしくしましたからー》


 見えない所で何か妙な力が働いているらしい。セレステの動きが、常のような精彩に欠ける。まるで自らカナリーの手に払われに行ったかのようだった。


 戦闘距離が変わると、セレステの武器も変わる。槍から剣へ、剣からナイフへ、距離を離せばまた剣へ。

 あらゆる距離に柔軟に対応する万能武器。間合いによる不利を起こす事無く、常に有利な状況で戦える優秀なものだろう。

 相手がカナリーでなければ。カナリーにはそもそも距離が関係ない。


 どの間合い、どの武器で戦おうが、カナリーにダメージが通る事はなかった。

 のんびりと振り払う手が、届かない場所も多い。だが体に刃が突き立とうとも、それが突き刺さる事は一度も無い。

 振り払う必要すら本来は無かった。払えば相手が姿勢を崩すから、ついでにやっているだけのようだ。


──あの武器、ただの便利装備じゃなさそうだけど。本当はかなり強いでしょ。


《そうですねー。運よく当たり所がよかったので事なきを得てますー》


──当たり所が良いと柔肌に刃物が通らなくなるんだ……。


《ぷにぷにですよー》


 幸運神の面目躍如めんもくやくじょか。どうやらそういう力が働いているようだ。今の僕には理解できないが。

 これが普通のゲームなら、『運よくノーダメージ!』で納得するが、この世界はかなり綿密な法則で動いている。確率が影響する法則でも何かあるのだろうか。

 現実でも、極小の世界においてはそういう部分はあるらしいが、物体として形を持つとそれは起こらなくなる。それを目に見えるレベルの現象へと引き上げてしまうのが、彼女の神としての力なのだろうか?


──魔法の事を物理で考えすぎても仕方ないか。


《共通してる部分もありますけどねー。説明しきれない部分もありますよー》


──僕の剣も明らかに切れすぎるしね。


《あー、剣いいですねー。うっとおしいし使いますかー》


 セレステの凄まじい速さの猛攻に、むーっ、とカナリーは顔をしかめる。相変わらずダメージは無いが、うっとおしいようだ。

 掴んで止めようとしても、手の中で結晶になり砕け散るだけで、すぐに再生してしまう。結果、攻撃を受け続けるしかない。

 カナリーから攻撃は、侵食ではなく物理的な攻撃は、仕掛ける事が無い。そのためますます、セレステの猛攻を止める要素が無い。仕掛けたとしても、カナリーのゆったりした動きでは多少の邪魔にしかならないだろう。


「無駄を悟りなさいセレステ。そろそろ終わりにしましょう」

「終わってくれるのかな? まだ二割も支配権は傾いていない。焦って動かざるを得なくなったのかい!」


 凄まじい速度で多方面からの攻撃を続けながら、セレステは応じる。


「そんな人間のような理屈を、私に当てはめても意味は無いですのに」

「ならっ! どうしたって言うんだい、カナリー!」


──飽きてきた。


《正解ですー》


 十分人間らしかった。

 もしくは、僕の事を気遣ってのことかもしれない。決着までは念のため、意識拡張を解除していないので、時間をかければ僕の負担は増える。

 僕の脳は普通の人間とは違うので、そこまで気にしなくていいのだが。休眠期間が増えれば、それだけ無防備な時間も増す。短いに越したことは無いのは確かだ。


 彼女はその鮮やかに艶めく黄色の羽を広げると、その中から抜き出すように一振りの剣を抜き出した。

 剣、なのだろうと思う。うっすらと透き通ったその刀身は、およそ戦うために付いているとは思えないほど美しく、また脆そうだ。現実であれば確実に儀式用、ないし装飾品。

 だがカナリーの視界を借りている僕には、それが紛れも無く敵を殺傷するために作られた兵器であると理解できる。軽く振るだけで、通り道の空気そのものが切り裂かれていくようだった。


「カナリー、それ……」


 セレステの表情も驚愕に染まる。あるいは恐怖か。


「『神剣カナリア』。ハルさんの剣のちょっと凄いヤツです。じゃあ、そろそろ終わりにしますよー」


 無造作に振りかぶりながら、カナリーはそう宣言した。





 空気が爆発した。そう言うしかないだろう。

 カナリーが適当な構えのまま剣を振り下ろすと、剣の軌道とその延長線上、その空間そのものが破裂したかのような破壊が巻き起こる。

 爆発と一口に言えど火薬の爆発ではない。星の爆発だ。地上で起こっていい類のものではない。唖然とする。今の僕に口があったら開きっぱなしだったろう。


 剣閃を飛ばす、というのはゲームではよく見る光景だ。剣を振った軌道の弧を切り取って、それを飛ばして遠距離攻撃する。あれに近いと言えなくもない。

 剣閃は森を吹き飛ばし、神殿を砕き割り、遺跡を瓦礫の欠片へと変えていった。

 慈悲も容赦も存在しない。破壊は遺跡の範囲を超えて尚も止まらず、扇上に広がって空を切り裂いていった。


《ハルさんの真似してみましたー》


──規模! 規模考えてカナリー! 僕はここまでやらないよ。


 僕の最初にやった破壊の連鎖。移動先の魔力を巻き込んで爆破を続けていく攻撃、に類似してると言えなくもない。

 だが僕は、セレステの支配下にある魔力まで問答無用で吹き飛ばしたりなど不可能だ。それとここまで環境破壊しない。


「当たる訳無いだろうそんな大振りっ!」


 当然セレステには回避される。かたや武神、かたや素人だ。

 だがいかに素人だろうと、その素人がビーム兵器を持っているとなれば逃げに徹するしかない。

 当たる訳無いとはいえ、かすりでもしたら、ただではすまない。素人である故の読みにくさも、この場合やっかいだ。


「だったら当たるまで斬りますねー」


 型も構えも無いその剣が、術理なく振り回される。

 そのたび斬撃の破壊痕が地に刻まれていった。いや、地にだけではない。空、エーテルにもその痕は刻まれていく。魔力の流れを見れば、空間そのものが切り裂かれているかのように、ズタズタにされた軌跡を残していく。

 そのヒビ割れに、水が染み込むようにカナリーの魔力が入り込んでいく。それを基点として、更にその先へと侵食は一気に進んでいった。


「当たりませんねー?」

「止めて! カナリー、止めてっ! 戻らなくなっちゃう!」


 悲痛な叫びだった。涙目である。無理も無いが。

 堂々と胸を張る姿が似合う彼女はどこにも残って居ない。ポンコツ感だけが残った。好意的に見ればギャップが可愛いと、言えなくもない。


 瞬きをいくつかする程度の間に、すでに神殿は跡形も無く、遺跡は風情を剥奪はくだつされ廃墟へと逆戻りする。傷跡にはカナリー印の魔力が刷り込まれ、修復を阻害していた。

 量が増えれば力も増えるのか、支配権の奪い合いの均衡は一気に崩れ、黄色の魔力が、凄まじい勢いで青のそれを食い尽くしていっている。ただし緑にはならない。


「降伏するんですよセレステー。そして『アイリちゃんを害しません』と訂正するんですー」

「……いや、それは出来ないね。無理なんだよ、カナリー」


 この期に及んでセレステはまだ拒む。

 そこまで深い理由があったのだろうか。僕としては、彼女が倒れるまで戦いたい訳ではない。アイリを傷つけないと誓約を結べればそれでいいのだが。


「何故ですかー? あれはただの開戦理由でしょう。あなたにとって、命を賭してまで貫く意地でもないはずですがー」

「それはだね、カナリー」


 セレステの目に光が戻る。不遜な態度を取り戻していく姿に、カナリーはまた剣を構え、僕も警戒する。


「『腕を振り上げる』とは言ったが、それを振り下ろすとは言ってない。私には最初からお姫様を害する気は無かったからさ!」

「…………」


──…………。


 渾身のキメ顔だった。すがすがしい。

 話している間にも、カナリーによる神域の侵食は進み、そろそろ全てを覆う頃だ。

 これが彼女なりの敗北宣言の代わり、であるのだろう。


──カナリー。


《はいー》


──やっちゃって……。


《はいー》


 だが代わりは代わりだ。降伏がなければ戦闘終了の処理は行われない。

 やりきった顔で無抵抗で立ちつくすセレステに、カナリーによって拘束がかけられる。そして領土の全ての占領によって、ようやくセレステとの戦闘は終結した。

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おやハルが暴れるかと思ったらハルを依り代にカナリーが暴れてた…しかもえっぐい戦いでw そして涙目のセレステポンコツかわいい…けど開戦理由の吟味はすべきでしたね~ 神域全部取られちゃったらそこにいる神様…
何やってんだよ武神様… たとえ下ろすつもりのない拳であってもそれを振り上げたのが圧倒的格上であるなら、格下はその一点のみで全力の反撃に移らなきゃいけなくなってしまう。追い詰め過ぎては死兵と化すってやつ…
[一言] 前にも色のこと言ってたし名乗りにもしっかり黄色って入れてるし神様は何かしら色に特別なことでもあるのだろうか...
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