第527話 いざお使いの旅へ
「どしよっか、ハルちゃん?」
「そうだね、基本的にイベントは受けたいところだけど、反乱って言ってたのが少し気になるね」
「あー、反乱を鎮圧する悪の貴族になっちゃうんだ」
「悪というか、それが仕事でもあるんだけどねえ。ああ、もしかしたら、玄関先で反乱を鎮圧してたからイベントフラグが立ったのかな」
「玄関先で反乱て……」
《ああなるほど。逆らう者を粛清した》
《PvPで勝つことが条件?》
《やるときはやる貴族》
《そういう判定受けたってこともありえるな》
《ほへー》
己の害になる者を、実力で排除した。それが今回のイベントの切っ掛けになった可能性はある。
だがそうなると、イベント内容もまた物騒である可能性が出てくる。反乱を企てる民を、武力で制圧するイベントなどだったら後味が悪い。
圧政を敷く貴族、なんていうプレイも戦略ゲームではハルの得意とするところだが、このゲームにおいては評判が悪いだろう。
「まあ、それをなんとかするのもロールプレイの醍醐味だろう。イベントはなんでも受けておこうかね」
「おお、そうこなくっちゃね!」
初めての街の外への遠征となる。神国は例外として。冒険の予感にはしゃぐユキだ。
ハルは待機していたNPCに、イベントの承諾ボタンをタッチして開始を宣言する。
すぐにイベントはスタートされ、先ほどさまざまな街の位置が明らかとなったマップに、目的地を表す光点が表示された。
「では、よろしく頼みますぞ。場所はこの王都から西に大きく離れた、『クリスタの街』。ま、辺境ですな。港が近いのが好立地ではありましょう」
「分かりました。ただちに向かいましょう」
「うむ。詳しい話は、領主のセイレー伯爵からお聞きくだされ」
情報を手早く伝えると、貴族NPCはまたすぐに消えてしまった。
詳細は現地で、自分の力で確認しろということらしい。イベントのヒントが少ないのは、貴族の特徴なのかこのゲーム全体の仕様なのか。
《領主だって、怪しくね?》
《怪しい》
《領主ってだいたい悪役》
《いやそれはおかしいだろ(笑)》
《重税を課してるイメージ》
「全部の領主が悪役だったら、まともに国が回ってないだろうけどね。でも、わざわざイベントに登場する領主って、そういう傾向はあると思うよ」
まともに仕事をこなしているだけの領主であれば、そもそも接点がないのだろう。民と接点が多い領主は、どうしても悪い事をしている場合が多いのだろうか。
今回は、どうなるのだろう。ハルの立場がまず貴族だ。凡庸だろうと悪逆だろうと、等しく接触の機会はある。
まずは、行ってみなくては始まらないだろう。
「……にしても、結構遠いね。まだ誰も到達してなさそうだ」
「敵のレベルも高そうだね。腕が鳴るね!」
「そうだね、その時は任せたよユキ」
「まっかせろい!」
またしても貴族のイベントは、初心者向けとは程遠い難しさのようだ。基本的にこういったゲームは、最初の街から離れれば離れるほどモンスターの強さも上がる。
目的地の街の位置は、この国の最西端にある港町から、すこし離れた北西の街。
ハルたちの居る王都からはなかなかに遠く、当然まだプレイヤーは誰も到達していなかった。
「ギルドの依頼を受けることを考えると、王都以外を拠点にするメリットが今のところ薄いしね」
「あとは、位置が分からんってのもあると思うよハルちゃん。分かってたら、港町には行きたい人は多いんじゃないかな」
《ユリちゃんの言う通りだね》
《探検隊が頑張って色々各地を探ってる》
《そして死んで戻って来る》
《だからローズ様のマップの情報はかなり貴重》
《さっきから<読書>覚えようとしてる人多い》
《今マップ情報売れば大儲けなんじゃ?》
「いや、そこは今努力してる人に任せよう。大したマップになってないしね」
「それよか今はイベントだよね、イベント!」
「国内もそうだけれど、欲しがられているのは神国の位置情報なのではなくて? そこもハルは売りつける気は無いわよね」
「ん、まあね。マップは自分で埋めた方が楽しいだろうし」
想定外のイベント進行で、想定外の場所に次々と進んでしまっているハルだ。
その情報は貴重であるのは確かだが、それを基準にしすぎると他の人のゲーム進行が崩れてしまう。それは避けたいハルだった。
いかに人より先んじるか、いかに人より目立つかのゲームなので、そんなことを言っていられないのも分かるのだが。出来る事なら純粋にゲームを楽しんで欲しい。
「じゃあ、ユキも待ちきれないみたいだし、そのクリスタの街ってのに行ってみようか」
なんにせよ、動き出さねば始まらない。
ハルたちは西の果てのクリスタの街を目指して、皆で拠点を後にするのだった。
*
「あ、また進路妨害だよハルちゃん」
屋敷を出たハルたちを待っていたのは、門前を取り囲むような人の群れであった。
先ほどの男たちよりも、ずっと人数が増えている。
だが進路を塞ぐ気は無いようで、ユキが『進路妨害』と口にすると、慌ててハルたちが通れるように道を開けた。
毎回こうなるとさすがに頭にきたのか、ルナが彼らに苦言を放つ。
「……なにかしら、貴方達は? こう毎度出待ちされては、迷惑なのだけれど?」
「ひっ、い、いえ、私たちは、新イベントのお手伝いが出来ればと……」
「不要よ?」
ルナの冷たく鋭い眼光に群衆はたじろぐが、それでも引く気はないようだ。千載一遇のチャンスと見ているのだろう、無理もない。
「で、では後ろを付いて行くだけでも! 邪魔にはなりませんので」
「それが既に邪魔よ? つきまとわないでちょうだいな?」
《なにこいつら、付いてくる気?》
《図々しい奴らめ》
《まあ気持ちは分かる。港町付近まで行けるチャンスだ》
《理解はできても納得はできない》
《人気下がるぞー》
《ゼロよりマシという判断》
《普通にマイナスです》
悪評であろうとも、評判無しよりずっと良いという判断はある意味では正しい。それも戦略のうちだ。誰の目にも留まらなければ、その後の展開戦略の取りようがない。
もしここでハルたちに付いて、遠い街まで同行できたなら、そこから独自のルートが開拓できる道が開ける。
「いいさ、ルナ。言い争っている時間が惜しい。付いて来れるなら、付いて来ればいい」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「……付いて来れるならね?」
「……いじわるね、ハル?」
《にやりっ》
《うわぁ、ローズ様悪い顔》
《そんなローズお姉さまも素敵》
《無駄に似合う(笑)》
《悪徳貴族爆誕!》
《何する気なんだろう?》
《神展開の予感》
ハルたちはそのまま街の出口へと向かうことはせず、連れだって馬車の駅へと入る。
そこで迷うことなく数台の最高級馬車を手配すると、手早く皆で乗り込み、行き先を告げた。
ここで付いて来ようとしていたプレイヤーの一部は脱落する。馬車の手配が成らないためだ。
だが、自身も馬車を借り受けて、ハルたちのそれを追うように指示する強者も居るようだ。
今の段階では、安い買い物ではないのだが大丈夫だっただろうか?
「少し、気が重いね。やりきったと安堵している頃合いだろう、今」
「容赦は不要よ、ハル? ここで甘い顔をすると、今後も付け込まれるわ?」
「……んー、本当は、来るもの拒まずの度量を見せたいところなんだけど」
「無理ね。人の要求というものは天井知らずよ」
実感のこもった言葉であった。リアルお嬢様は相変わらず苦労が多い。
「それよりハルちゃんー。馬車じゃつまんないよー、歩いていこうぜー?」
「あー、ごめんねユキ? でも追跡者のことを置いても、さすがに遠くてね?」
「ぶーぶー」
初めての街の外、冒険の予感を馬車によって引き潰れてしまったユキが、ぶーぶーと不満そうだ。
ユキとしては、皆で歩いて現地へ向かう事を想定していたのだろう。
《ユリちゃん元気いっぱいだな》
《活発でかわいい》
《国内横断するのは活発じゃ済まない(笑)》
《ソフィーちゃんに通じるものがある》
《きっとそのうち戦闘があるさ》
それに、ユキには悪いが徒歩で現着、というのは何とも貴族らしからぬ行動だ。
移動は優雅に馬車の旅と洒落込みたい。
そんなハルたちを乗せた馬車が、街の中央道を闊歩して正門へと向かう。三台のハル陣営の馬車に続き、数台が追いすがってきている。
それを全て合計すると、なかなかの大所帯だ。この速度であれば同行できると、徒歩の同行者も横へと続いている。
「ん、理解したよハルちゃん。正門を出たらぶっちぎるんだね? もーどうせなら、さっさと目的地に着いちゃおうぜー」
「ん、その通りだねユキ。ユキもスキルの準備して?」
「らーじゃ、りょーかい!」
馬車の中のハル達は次々と、後ろの馬車へと分かれて乗ったメイドさん達も合わせてスキルの準備を開始する。
正門を出て街道へと出ると、そのスキルを一斉に発動した。
ハルたちのパーティは支援能力に大きく偏っている。アイリの<音楽>、ユキの<指揮>、そしてそれらを更に強化するメイドさんの<眷属技能>。
そうした支援スキルが、ハルたちの乗る馬車へと掛けられていった。
元々が最高級の馬車であったこともあり、ハルたちの乗るそれらは後続を一気に置き去りにして、超高速で目的地へと進むのであった。
*
「とーちゃっく! 速かったね! んー、道中、お決まりの盗賊イベントでも起きないか期待したんだけどなぁ」
目的のクリスタの街へと到着し、イの一番にユキが元気に飛び降りる。
道中は平和そのもので、モンスターや盗賊といった敵性体の襲来なども特に無い。ハルたちは、常時馬車の中で快適に過ごすことが可能だった。
「普段は、大抵二、三回は襲撃がございますよ。旦那様がたの魔法で守られていたので、恐れをなしたのかと」
「へえ、そうなのか。それは少し、余計な手出しをしちゃったかな?」
「滅相も無い。戦いは無いに越したことはありませんよ。……っと失礼、旦那様ではなくお嬢様でしたね」
「構わない。僕が当主だしね」
ついでに言うと中身のハルは男性である。むしろ旦那様の方が正しかった。
《襲撃あるんか》
《じゃあなおさら、まだこっち来るのは厳しそうだな》
《ローズ様に付いて行くしか無いのも分かる》
《分かっちゃダメだろ》
《支援スキルを馬車に掛けるって方法もあるのか》
御者には感謝されたが、戦闘の機会を奪ってしまったユキには可哀想なことをしたかもしれない。
願わくば、この街のイベントで何か戦闘の機会があることを祈るばかりである。
そんな新天地クリスタの街だが、馬車から下りて眺める風景は、のどかな田舎町、といった風情が漂う牧歌的な景観が広がっている。
何となく反乱とは無縁そうで、のどかではありつつも街の規模はそれなりに大きく、流通も活発そうだった。
乗ってきた馬車が入って行く駅舎もしっかりと大きな作りで、日常的に多くの往来があることを伝えてくる。
「港町からの荷が多く経由する場所、ってところか」
「港というのは、それだけ栄えているのですね」
「そうだねアイリ。アイリは、実感が沸かないか」
「はい! 勉強になります!」
アイリの世界では、海に面している国はマリンブルーの守護する群青の国のみだ。あまり港のイメージは無いだろう。
その港町にも、後で寄れれば面白いかも知れない。ハルはそのようなことを考えつつ、まずは話にあった領主の住む邸宅を探すのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




