第526話 進路妨害は迷惑行為です
行きと同じく、飛空艇でアイリスの城へと乗り付けるハルたち一行。
これは地上のプレイヤーからも見えているらしく、人気プレイヤーの『ローズ』が戻ってきたことはすぐに皆の話題になったようである。
「仕方ない、配信つけようか。みんな、準備はいい?」
「平気です! この世界、お化粧なども必要ありませんので!」
「ん? アイリってお化粧とか元からあまりしない気がするけど」
「えへへ、そうなのですが、民の前に立つときは、目立つようにするのです……!」
「なるほどね」
実は、この中で最も日常的に化粧をしているのはハルである。
厳密には化粧ではないが、魔力で作った分身にて学園へ登校する際、肌を人間的にエーテルで表面処理する処理が毎回あるのだ。
それをやらないと、血色の感じないゲームキャラクターが現実の人間に混ざるような違和感が出てしまう。
「……じゃあ、放送開始っと」
《お? 始まった!》
《待ってました!》
《キター!》
《ローズ様、おかえりなさいませ!》
《ちょうどローズ様分が不足していた》
《たすかる》
「薔薇の香水でも吹いてればいいと思うよ。何にせよ待機ご苦労、君たち。さっそく始めていこう」
放送開始を察して既に集まっていた視聴者たちが、さっそく歓迎してくれる。
ちょうど城の中庭へと着陸した飛空艇から、下りるところから放送開始だ。今回はハルが何をやっていくのか、視聴者は既に興味津々だった。
《やったー》
《今回は何するの!》
《お城の行ってない部屋に突撃しよう》
《イベントありそう》
《怒られそうじゃね?》
《普通のRPGじゃないしなぁ》
《上司の執務室だったとか》
《そこを突撃して営業しなきゃ!》
「待て待てっ、まずは一旦、家に戻るよ。みんなのリスポーン地点を更新しないとね」
ここからすぐに次のイベントを探してもいいが、まずは拠点にて一度落ち着きたいハルだ。
長旅の後であるし、新しく得たスキルも試したい。
なので、そのまま城へは寄らずに、ハルたちはメイドさんを含む大所帯で連れだって王城を後にした。
華やかな行列の迫力はなかなかのもので、プレイヤーだけでなく、心なしかNPCまでもを圧倒して、誰もが道を開けているような気がした。
「パーティ構成による威圧効果とかあるのかな?」
「あるかも知れないですねー? ただ、まだまだ下級貴族ですしー、目上の貴族の反感を買わないようにした方がいいかもですねー?」
「そりゃ大変。通報されちゃうね」
「ですよー?」
《誰の許可を得て隊列を組んでいるのかね?》
《ほっほっほ、最近のお嬢様がたは礼儀がなってない》
《なに目線だそれは(笑)》
《ありそうで嫌だ(笑)》
「それを避けるためにも、さっさと出世しないと……、っと、おや……?」
そんなことを話ながら、ハルたちが貴族街を自分の買った家へと進んでいくと、その自宅の前を塞ぐ数人の人影が見えた。
これはどうやら今話していた貴族NPCによるイベントという訳ではなく、中身の入ったプレイヤーのようだ。
「おお、進路妨害だ」
《なに感心してるんすか(笑)》
《最近聞かないもんな、わかるわ》
《何が?》
《いにしえの迷惑行為》
《実際に目にして楽しくなるのは分かる》
自らのキャラクターボディを使って、要所を通行止めするという迷惑行為がネットゲームにおいてまかり通った時代があった。
現在はシステム上そもそも出来ないようになっていたり、運営に通報すればすぐに対処してくれたりで、もはや噂だけの一人歩きした絶滅した行為となっていた。
それを目の当たりにして、妙な感動を覚えるハルである。
「気持ちは分かるがねハルちゃん。彼らがどいてくれないと家に入れないよ? 通報する?」
「……いや、この程度の内容で神様に手を貸してもらうのも、<貴族>としてどうなんだろうね?」
《ん? 関係あるのか?》
《運営って神様なの?》
《可能性は高い。姉妹ゲーだとそうだった》
《ありそうだよね》
《事実、公式放送の人の声をGMコールで聞いたらしい》
ハルたちにとっては最早、常識中の常識であるが、この異世界を使って展開されているゲームにおいて運営=神様である。
そして、神によって見出されたという設定の<男爵>であるハルは、神様に容易に頼っていいのか疑問が残る。
日常の些細なトラブル程度で神頼みしていては、貴族たる価値なしとの烙印を押される危惧もゼロとは言えなかった。
そこまで含めて、ロールプレイのゲームかも知れない。
「ひとまず、要求を聞くとしようかね?」
屋敷の前を塞いでいる者達の表情を見るに、単なる嫌がらせという線は薄そうだ。
これはハルたちに何らかの用事があって、“出待ち”していたのだろう。まあ、迷惑には変わりないが。
ハルはひとまず、その要件を聞き出していくことにした。
「やあ、初めまして。さっそくで悪いが、そこは僕らの家なんだ。道を開けてくれないかい?」
「は、はじめまして! 俺は『罰II』って言いますローズさん! 家の前塞いでしまって、すいやせん!」
《様を付けろよ》
《めっちゃテンパってて笑う》
《謝れば迷惑行為していいのか?》
《いや、よくない》
《どんな目的なのか期待》
《名前が読みにくい。30点》
「……君たち静かにね? で、そのバッツ君は僕の家に張り込んで何が目的? 貴族街への入場料も安くなかっただろうし、聞くだけ聞こうかな」
「ありざぁっす! その、俺たちを貴女のパーティ? クランですか? に加えて欲しんす!」
「なるほど、売り込みか」
既に多くのプレイヤーが鎬を削るこのゲームにおいて、普通に遊んでいて目立つのは難しい。
ならば有効になるのは、既に有名なプレイヤーと組んで露出の機会を上げることだ。
しかし、それもまた難しい。それは有名人側にも益がないと、そうそう成立しない道だ。開始直後の共闘の誘いも断ったように、ハルの方にはメリットが少なく、なんならデメリットですらある。
「申し訳ないけど、今は身内だけで十分に回せている。人員の募集はしていないよ」
《売名は時と場合を選ばんとな》
《ローズ様が募集するまで待つべき》
《普通にマナー違反》
《通報しちゃってよくね?》
《でもローズ様は神様に頼りたくない》
《この男、まさかそこまで考えて……》
《いや偶然だろ(笑)》
しかし、偶然にせよハルには嵌ってしまった策である。ハルは貴族として、この場を神の力を借りずに、また速やかに対処しなければならない。
ハルにこの手が有効だと知れれば、好意悪意を問わず、第二第三のバッツが続々と現れてしまうだろう。
「そこを何とか! 配信、見てましたよ。ローズ様たちには前衛が不足してますよね? そこを、俺たちなら力になれるはずです!」
「肉壁でも荷物持ちでも、なんでもやります!」
「俺たち、スキルも言われたの取りますよ!」
「へえ、よく観察している。でもそれなら初日の彼らと組むかなあ」
意気込みは認めるが、家の前を塞ぐ彼らのレベルは低い。正直、肉の盾にもならないだろう。放送に常に映り込まれても邪魔である。
もしかしたら、もの凄くおもしろい人達で、放送を盛り上げてくれるかも知れないが、それでも視聴者による彼らの『必要』、『不要』、論争が起きて荒れてしまうのは避けられない。
そして何より、彼らを認めてしまうと、他の売り込みも認めざるを得ないことが最大の問題だった。
「いずれ、大々的にクランメンバーを募集するときが来るかも知れない。その時があれば、改めてお願いするよ」
「ならば、予行練習として今おねがいしまっす!」
「くどいね。それは無理だと言っているよ?」
「……ならば入れてくれるまで、俺はこの場を動かないっす!!」
「昔の剣客か君は……」
弟子入りを認めてくれるまで、道場の前に何日でも座り込む人みたいだな、とハルは想像して一人で可笑しくなってしまう。
いや、笑っている場合ではなかった。すぐにでも、退いてもらわなければ。
もう既に放送を見て、この場に来ようとしているプレイヤーも居るようだ。
「……ふう、仕方ないね。では条件をつけよう」
「本当ですか! なんなりと!」
「なんでもやります! がんばります!」
「そうかい? ならば、この場で僕を倒してみたまえ。ああ、全員で掛かってきていいよ。僕は一人で受けて立とう」
《デュエルだぁ!》
《楽しくなってきたじゃねぇか!》
《ローズ様! やっちゃってください!》
《お姉さまがんばえー!》
《でも平気か? ローズお姉さまって戦闘手段が》
《なぁに、ローズ様には『神罰』がある》
「……ああ、『神罰』は使わないよ。高いしね、アレ」
それを聞いて行けると思ったのか、彼らはおっかなびっくり武器を構える。ハルには攻撃手段が無いと踏んで、レベル差があっても倒せると考えたのだろう。
まあ、ありえない話だが、仮に倒せたとしても、彼らに待っているのは栄光のパーティインではなくローズを傷つけたことによるハルのファンからの敵視の視線なのだが。
「では、御覚悟ぉ!」
「……本当に剣客だったのか? まあいいや、<神聖魔法>」
「ぎにゃああああ!」
一斉に刀状の剣武器を取り出し(ルナの打った物のようだ)、ハルへと突進してくる彼らを、ハルは新しく習得した<神聖魔法>の実験台とした。
ハルの手元から発射された聖なる光弾は、次々と目標の体へ吸い込まれてゆく。
敵も回避しようとはするのだが、誘導弾性能も付いているようで、その魔法は百発百中だった。
神は回避されるのを嫌うらしい。ハルとも気が合いそうだ。
スタミナも、MP切れとも課金によって無縁のハルだ。休むことなく放出されるその光の炸裂により、進路妨害をしていたプレイヤーたちは、残らずデスペナルティへ一直線となった。
*
「ということで、ただいま。今のが神国で得たもう一つの成果、<神聖魔法>だよ」
《流石です、ローズお姉さま!》
《影ながら、そんな努力を!》
《覚えるとこと放送すればよかったのに》
《しなかったから、今役に立ったんだよ》
《そこまで考えて……》
「まあ、手札を伏せておくのはどんな時も有効だ。ただ、もう不意打ちには使えなくなっちゃったね」
「変なトコでカード切らされちゃった感はあるよねーハルちゃん。どする? 次に同じようなのが来たら?」
「んー、そうだねえ。もっと私有地の範囲が広い、個人宅が必要なのかもね」
《気が早いですねローズ様》
《一気に有名になりすぎたね》
《貴族街は軒先まで誰でも入れるもんなぁ》
《入場料払う気概は居るけどな(笑)》
《さっきの奴らみたいな気合入ったのはそう居ないだろ》
《ただ、ゼロじゃない》
「そうだね。今みたいな、半ば善意のプレイヤーじゃなくて、敵対勢力が妨害のために入ってきたとしたら、それなりに厄介だ」
「だねー。爆弾とかいっぱい持って、武装して」
《発想が物騒(笑)》
《お宅のお嬢さん、普段どんなゲームを》
《ユリちゃんは活発だなぁ》
《活発にも程があるぞ!》
爆弾はともかく、警戒するに越したことはない。このゲームには犯罪ギルドのようの物もあり、犯罪プレイもロールの一環だ。
ハルは次の方針を新たな拠点の模索へと定め、この屋敷に備え付けられている本棚へとその手を伸ばした。
「あれ、ハル君その本って読めたっけ? ただの飾りじゃなかった?」
「ん? ああ、あっちで<読書>も一緒に得たからね。それで読めるようになったみたいだ」
「おおー、<読書>ってスキルなんだね。言われてみれば」
《なにそれ気になる》
《<神聖魔法>は<読書>がヒントって事?》
《見えて来たな……》
《いやなんも見えん》
《そもそも神国行くことからスタートじゃ》
《<読書>がスキル、深い……》
《言われてみたら当然か》
《あれ、つまりプレイヤーの識字率は》
《それ以上いけない》
何にせよ、<読書>スキルによって更にスキルツリーの派生は加速できるだろう。
だが、ハルが今手を伸ばしたのはスキルブックの類ではなく、この国の地理の本だった。家を建てる土地を探すにも、まず自国について知らねばならない。
本を開くことで、徐々にハルのメニューにマップ情報が更新されていった。
それを開くと、大まかな街の位置などが分かるようになったようだ。
「へー、便利だね。何となく大きな街、小さな町がどの辺にあるのか、これによってポインティングされた」
「いいじゃん。どれどれー、お、港町はこの王都とおんなじくらいおっきいね!」
《顔を寄せてマップを覗くお嬢様、尊い》
《美少女二人で二倍幸せ》
《普段から仲がよろしいのですね》
《親戚のお姉ちゃんに甘えるユリ様》
「あはは、小さい子扱いされてるよ私」
今のユキはアイリと同じくらい小さいキャラクターなので、普段の大きな体との扱いの違いに戸惑っているようだ。
そんなユキの様子をハルも暖かく見つめていると、再びこの家に来訪者があるとメニューから通知が発せられた。
今度はプレイヤーではない、NPCによるイベントの発生のようだ。
ハルは目線で仲間たちに確認を取ると、『承諾』のボタンをタッチする。すると以前のようにすぐさま、貴族NPCが目の前に現れてイベントが開始されるのだった。
「突然の訪問失礼しますぞ、男爵。貴殿に依頼が、いえ貴族としての責務の通達があって来ました。受けていただけますかな?」
「聞きましょう」
「よろしい。この王都から離れたとある街に、反乱の兆し在りとの情報があります。貴殿には、それを確認に行っていただきたい」
新たな街の位置を確認したとたんにこのイベント、これは、<読書>の甲斐があったのだろうか、それとも変なスイッチを押してしまったのか。
このイベントを受けるか否か、頭を悩ますことになったハルたちだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/20)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/5/2)




