第523話 電脳世界の性別事情
「らららららん、らんららららんら♪ らららんら、らんららんらんら♪」
蒼穹の天の下にアイリの楽しげな歌声が響く。
ハルたちは生放送を切った後すぐにはアイリスの国へは戻らずに、この神国の塔にて思い思いにゲームを楽しんでいた。
アイリは自らが最初に取ったスキル、<音楽>に乗せて、即興で歌を歌っている。
その陽気で愉快な響きは、風に乗ってこの塔の上から地上へと奏でられていくのだった。
「素敵な歌声だねアイリ」
「えへへへへ、ありがとうございます。ですが、<音楽>の素晴らしい演奏にはまだまだ見合っていませんから、頑張ります!」
「そのままでも、十分に僕は好きだな。変に頑張る必要はないよ」
「ふ、ふおおお……、顔が、熱くなってしまいますー……」
特にお世辞ではなく、ハルの本心からの言葉だ。
もちろん技術的なことで語るなら、アイリの歌唱力はまだまだ伸びしろがあるのであろう。だが、彼女の心からの楽しそうな歌声は、卓越した技術以上にハルの心へと響くのだった。
「まーたハル君が女の子くどいてるよ」
「……僕が女の子なら誰でも口説くような言い方は止めるんだユキ」
「でもさでもさ? イベントのNPCもちっちゃい子の好感度高めてたし?」
「あれはビジネスの結果だからね」
「ビジネス恋愛!? ハル君、酷いオトコだ……」
「何を言い出すかこのユキは……」
普段とは違う背の低い姿となって、ユキも少しいたずら気味だ。
なんとなく、体につられて少女の気分に戻っているところもあるのだろうか。小さい頃のユキ、活発ないたずら少女、というイメージがよく似合う。
いや、ユキはログアウトすれば、途端に内気で大人しい女の子だ。
ならば小さい頃のユキは、物陰におどおどと隠れる、それこそ小動物的な少女だったのだろうか?
「ユキさんも、きっと口説いて欲しいのです! やってあげてください、ハルさん!」
「ああ、なるほど。それは気付いてあげられなくてゴメンね、ユキ」
「いやいやいや! それはいい! いいからねハル君!」
もの凄い慌てようだった。からかいの矛先が自分に向くとなるや、かなりのオーバーアクションであたふたとする。
恥ずかしがりやなところは、今になっても変わっていない彼女なのだった。
「……でも、皆さんがいつもと違うお姿なのは新鮮な気分です。話せばすぐに分かるのですが、一瞬、混乱しちゃいますね」
「あー、フルダイブあるあるだよね。私らなんかは、もう慣れちゃったんだけど」
「特にユキなんかは色々な姿を使うタイプだったからね。僕なんかは、わりと固定しちゃいがちだけど」
「そうなのですね!」
「うん。いろんな自分になりたくってねぇ。名前も毎回変えてた。この世界は、誰もが思い描く自分で居られる世界なんだよ?」
「すてきですー……」
ユキの発言には、とても重く、彼女の実感がこもっていた。
電脳世界に適応しすぎて、現実の自分に霞が掛かったかのように感じているというユキ。
彼女にとってこの世界、このゲームに限らずフルダイブの電脳世界は、自らの魂が唯一自由になれる、その為の場所なのだった。
「……それは別に構わないんだけど。今それを語るのは、『僕が本当は女の子になりたかった』みたいに聞こえるから、ちょっと、よろしくないなあ」
「あはは。似合ってるぜハル君。かわいいかわいい」
「可愛いのです、ハルお姉さま!」
「『ハルお姉さま』は止めて……、くっそう、また新たな弄られ方が増えてしまった……」
最近は皆と親密な仲になり、えっちな方面での弄りにも耐性がついてきたハルだ。からかっても自然にかわされるので、そちらの攻撃も少なくなってきた。
だが彼女らにとって、特にルナにとってだろうか、それは単に計画の第二段階への突入を告げる鐘にしかなっていなかったのだ。
……まあ、皆が楽しいなら、実はハルも内心は、やぶさかではないのだが。
「しかし、性別まで変えてしまうのは凄いですね! そんなこと、考えもしませんでした!」
「んー、結構いるよー普段から。アイリちゃんが遊んだ奴らの中でも、リアルの性別が違うのだって実は居たんだよ?」
「なんと!」
「カオスとかだね。実は女の子」
おちゃらけた、割と女好きなキャラクターを装っている『顔☆素』ことカオスだが、実際の性別は女性である。
これは以前にも少し話に出た通り、ゲームに恋愛要素を持ち込まないように、という彼女なりの対策だった。
女好きを公言しておきながら、女性とは一線を引き男同士でよく遊ぶ。
その男友達にも、自分は実は女性であるとは打ち明けない。
それによって、純粋にゲームプレイそのものを楽しむことが出来ると考えている節があった。
「うちらも何となく気付いてたけど、面と向かって突っ込んだことはないねぇ。その遊び方が楽しいってのは、その通りだしさ」
「そうなのですね? わたくしは、ハルさんと恋愛感情こみで遊ぶのも、楽しいですが……」
「いや、それを否定する訳じゃないんよアイリちゃん。私だってその、ハル君とその、遊ぶのたのしい、だし……」
「照れているのです! ユキさん、かわいいのです!」
「もー! 今は私のことはいいのー!」
友人として遊んでいたのに、恋愛感情が絡んでくると、途端に空気がややこしくなるというのは実際よくある話だ。
その二人以外のメンバーがギクシャクしたり、その二人も普段通りに遊べなくなったり。
そういった芽を初めから摘んでしまおうというのが、カオスの考えだった。
男のハルとしては微妙な気持ちにもなるが、男同士で馬鹿をやっている時というのは、実際楽しいものだ。
その雰囲気に浸りたいというのも、フルダイブゲームならではの遊び方だろう。
「そいえばそのカオスって今はどーしてん? 確かあいつもこっち来てるんだよね、賞金目当てで」
「ああ、うん。結構頑張ってるみたいだよ。『魔王ケイオス』って、久々に女性キャラでやってるみたい」
「わお、ぐらまらす……」
「かっこいいのです!」
今は空き時間、自分たちの放送していないこの間に、ハルたちは皆で他の放送を見ていく。
圧倒的な人気を博したハルたちの放送の他にも、もちろん人気の高いプレイヤーは存在する。
話に出たカオスもその一人。今回は賞金狙いの個人戦と最初から意識を定めているためか、本来の性別である女性のキャラクターにて参戦しているようだ。
「てか魔王って何? キャラじゃないなーアイツのさ」
「良いんじゃない? ロールプレイのゲームなんだし。分かりやすいキャラ付けの方が、見る方の目を引くってものだよ」
「まあねー。でも茨の道だよ。ロールプレイだからこそ、魔王らしい振る舞いを常に要求される」
「わたくしも、覚えがあります。王女らしさを要求されることに、何度苦しめられたことか」
「うわ、アイリちゃん実感こもってる!」
確かに、魔王を自称するものが、例えば雑魚モンスターに対して及び腰になったり、あまつさえ負けたりしては、その演技に対する評価はガタ落ちだろう。
それを逆手にとって、ビビり屋の魔王、という演出も無くはないが。
そういった、強い者、偉大なものというロールは、ハマれば強い一方で難度が高い。ハイリスクハイリターンという奴だ。
「まあ、優勝を目指すというなら、リスクは避けて通れないんだろうね。良いと思うよ」
「ハル君は? 貴族ルートも結構きついと思うけど」
「僕は、仲間にガチの貴族とお嬢様が居るから。自然体で良いっていうね」
「うわー。ずっる」
王女様とお嬢様に加え、神様二人も超越者としてのオーラを備えている。何となく、ただものではないという空気感は見る者に伝わるだろう。
ユキもユキで、誰相手でも物怖じしないその堂々とした立ち居振る舞いが貴族としての自信に見える。
メイドさんは、言うまでもなく本当のメイドさんだ。
そんなメンバーに囲まれているというだけで、ハルはだいぶ楽をさせてもらっている。
ハル自身もアイリとの結婚以降、貴族たちの中で、自分も貴族としての経験値を稼いできた。そう無様にはなっていないはずだ。
そんなお嬢様連合の、ひと時の休息。
ハルたちは他の人気プレイヤーなどを眺めながら、今後のためのスキルアップに励むのだった。
◇
「……やりました! <音楽>が、レベルアップしたのです!」
「おー、やったねアイリちゃん。どう? 何かいいの出た?」
「はい! 『神歌』というのを、覚えました!」
「……ここが神聖な地だからかな? そういった隠し要素、結構多いねこのゲーム」
「テンプレ構成で誰もがらくらく攻略、ってのを避けたいんだろうね。ユニークがあれば、それだけその人のアピールポイントにもなる」
「問題は、ユニークが強い訳じゃないってところだね」
奇抜なプレイで人目を引いても、それが攻略に役立つものとは限らない、というジレンマだ。
ハルとユキは数多くのゲームをプレイしてきた経験上、それをよく知っている。
結局は、広く普及した誰もが使う構成が一番強かったりするのはザラだ。それを嫌ってずらしてみようとしても、ただの下位互換でしかないことは多い。
「……他人事じゃないんだよなあ、今の僕ら」
「そだねー。なんせ、直接攻撃で前衛張れるの私だけだしねぇ」
「バランスは悪いよね」
「そうなのですか!? わたくし、<音楽>で遊んでいる場合ではないでしょうか!」
「いいよいいよー、アイリちゃんは楽しく遊んでれば。細かい部分は旦那様が考えてくれるから」
「頼もしいのです!」
「まあ、支援スキルは充実してるよね」
逆に言えば支援が多すぎるとも言える。
完全に支援特化のメイドさんを抜いて考えたとしても、こと戦闘になった際、直接活躍するのは、ユキとカナリーの前衛後衛で二枚のみだ。
ハルとルナは完全に生産タイプ。アイリとエメが支援タイプ。
冒険に出て、モンスターと戦うパーティとしてはバランスが悪い。
かといって、生産に明け暮れるパーティとしても、今度は攻撃が過剰となり中途半端さが出ているのだった。
「この構成をまんべんなく役立てるというのは、意外と難しそうだ。せめて、僕が何らかの戦闘手段を得たいところだね」
「『神罰』は消費がオバケだしねぇ。ルナちーも<体力>型だから、前衛スキルを覚えたら活躍できそうだけど」
「わたくしも、歌で攻撃したいです! 音痴になれば、いいのでしょうか?」
「それはだめ。アイリは綺麗な声を聴かせてね。でも音で攻撃するのはよくあるから、たぶん行けると思うよ」
「はい!」
戦闘をするにも生産をするにも、今はどちらも中途半端。
ならば、今後はどちらもこなせるように、各自が両方のスキルを得ておきたかった。
「ユキはいけそう? 生産方面は」
「んー、びみょ。幸い騎士関係にツリーが伸びてきそうだから、そっちからワンチャン何かあれば、って感じかな」
「<指揮>も今のところは戦闘スキルっぽいんだよね」
「そうそう。あ、そだ。ハル君あれってどうだった? <解析>はさ。レアだよね、あれどう見ても」
「まあ、レアスキルなのは間違いなさそうだけどね……」
見る機会が少ないだろう<貴族>の専用イベントで、更に普通はクリアできないだろう内容のミニゲームを解いて手に入れた<解析>スキル。
どう考えても、この先しばらくはハル以外には所持者が出ないスキルだろう。
別方面の入手経路でも、相当に難しい設定がされていると推察される。
「使ってみたんだけどさ、これは更に人を選ぶよ」
「うわ、アイテム欄ぐちゃぐちゃ」
「頭が痛くなりそうです!」
解析の名の通り、未知のアイテムを鑑定するためのスキルかと思いきや、これは手持ちの用途が判明済みのアイテムにも<解析>を掛けることが可能であった。
例えば『薬草99個』といったように、全て横並びで一纏めにされていたそれらのアイテムだが、<解析>を掛けるとそれが一変する。
薬草は薬草であっても、ひとつひとつに個性が現れ、低品質高品質、効能部位の多さ、果ては薬効だけでなく毒性も含まれているなど、個体ごとに様々な性質が開示されていった。
「困ったことにこれ、判明するのプラス効果だけじゃないんだよね」
「そうなのですね? 例えば、どうなるのですか?」
「うん、例えば<解析>前の薬草を使って薬を作ると、一定の効果を持った薬ができる」
「素晴らしいです。同一品質の、大量生産です!」
「そうだね。だけど<解析>をかけて高品質の薬草を見つけ出して薬を作れば、良い薬が出来る」
「それも素晴らしいです。高品質の、高級品です! ……なるほど、わたくし、分かってしまいました!」
「読み通りだよアイリ。逆に<解析>で調べた結果、低品質だと分かってしまう薬草があるんだ」
その場合、<調合>などで作成される成果物も、また低品質となってしまう。
それならば、<解析>をかけずに普通に<調合>した方がマシ、という結果になってしまうのだ。
「難しいねー。期待値はどーなんハル君。高めに振れるならやり得だろうけど、ハル君の顔見るとそうでも無さげだね」
「だね。初期の採取物だからか、そう美味い話は無いってことなのか、<解析>結果は完全な下振れだ」
「調べるほど損してしまうのです! いちおう、高品質のものだけ特別な価値をつければ、それでも黒字には出来ますが」
「ブランド戦略ってやつだね。流石は王女様だ、道を見出すのがはやいね」
「えへへへ、これでも、我が国は流通の要所ですので……」
アイリの語る対策のように、現実では当たり前に皆が取り組んでいる問題だ。だが、ゲームとなるとそこは単純化される場合が多い。
システムの複雑化は戦略性を増し、面白さを生みはする。しかし、複雑であればあるほど面白いとは限らない。快適さを損ねるからだ。
そういう意味では、良く出来ているのかも知れない。<解析>を使った者だけが、複雑さに手を出せる。一般のプレイヤーは、単純なまま遊ぶことができる。良いバランスだ。
「良いバランスはいいけど、この大量に出てしまう低品質アイテム、これはどうしたものかなあ……」
この<解析>は使うべきか封印すべきか。仲間たちのスキル構成と並んで、新たな悩みの種が生まれてしまったハルなのだった。
※表現の修正を行いました。「聖歌」→「神歌」へ変更。
「聖歌」は既に取得済みのスキルであったため、そのミスの修正です。
誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/5/2)




