第522話 世界に広がる疑心暗鬼
予想外の所から<解析>が派生してしまったハルだが、今はそれよりもイベントによる正規の解析結果を聞いておかなければならない。
ハルはひとまずメニューを閉じて、シャールから話を聞いて行くことにした。
「結局、今のって何が分かったの? 僕らあれが何を意味してるのか、イマイチ分かってなくてさ」
「……ああ、説明する。……まずあれが、人工物であることは間違いがない」
「やはりのう。そんな気はしとったわい」
「ということは、あれを作った者が誰か存在するのね?」
「……そういうことだ。カスだな」
《カス、いただきました!》
《実際にカスじゃね。迷惑かけてる》
《やはり悪の秘密結社きちゃう?》
《ありえない話じゃなくなってきたな》
《クライムギルドもあるみたいだしな》
《あいつら、もう皆、配信閉じちゃったからな》
《それはしゃーない》
最初に選べるスキル、<窃盗>を選んだプレイヤーは、当然というべきか自動的に犯罪者プレイに走る。
カナリーたちのゲームでは、犯罪行為は基本的にプレイヤー人生終了レベルの厳罰が科されたが、こちらにおいては犯罪も一つのプレイスタイルだ。
協力するだけでなく、敵対勢力も居た方が盛り上がるとの判断だろう。
とはいえ、犯罪は犯罪には変わりなく、大っぴらに街中を歩ける存在ではない。
通報されればすぐにNPCの兵士や騎士といった者達が飛んできて、捕まれば見合った罰を受ける。
当然のように彼らは強く、ゲーム開始直後である今は対抗できない。そのためプレイ難度の高い役割だ。
ハルの所属する騎士の国アイリスは特に騎士団が強く、そうしたダーティーなプレイを選ぶ者はほとんど居なかった。
そういったプレイは、戦士の国リコリスで主に行われているようだ。
解析を終えたシャールからも、そのことが所属のガルマに指摘されているようだ。
「……こういうときは、だいたいお前の国に病巣があるんだよな。……今回も、出所はお前んとこじゃないのか?」
「はぁ!? 証拠もなく決めつけんなカス! いや、こういう魔法の品で悪さすんのは、むしろお前んとこじゃねーの?」
「……証拠もなく決めつけんな、カス」
「オウム返しやめろやカス!」
「子供の争いね。どっちも落ち着いてほしいわ」
「とはいえ、内容には一理あるわい。おぬしら、実際のところ心当たりは無いのかえ?」
隙あらば言い争う二人の会話を、主にシルヴァとテレサの女性二人が進行役となって軌道修正していく。
職人の国ガザニアの男性はあたふたとするばかりで、こういう時は割って入れないようだ。
実力主義である戦士の国リコリスは、その気質ゆえか犯罪の温床にもなりやすい。よって、なんらかの犯罪組織が隠れ蓑にするには適している。
一方のこの地、魔法の国コスモスも、このシャールの家のように隠れ住むようにして研究に没頭する者も多い。
そんな者が、邪悪な実験に手を染めていても気付かないという指摘ももっともだ。
「とりあえず、今のところは憶測に過ぎないよね。僕の国だって、貴族が秘密裏になにか企んでいたら表には出ないし」
「おー確かに。お高くとまった貴族連中ってのは、どうにも信用ならんぜ」
「……おい、ローズも貴族だぞ? ……お前、分かっているんだろうな?」
「げっ!? いや、すまねぇ、そんなつもりは……」
「別に構わないさ。実際、僕自身あやしい自覚はある」
むしろこの中で最も裏での暗躍に適しているのはハルに間違いないだろう。
そのことを察しているであろう、シルヴァ老がその幼い顔で意味深な笑みを送ってよこして来ていた。
そんな貴族の仕事として始まったこのイベントも、そろそろ終了だろうか。
世界には何かしら不穏な種が芽吹きつつあると、その事実が分かったことは大きな収穫だろう。
今はこれ以上考えても疑心を生むだけで進展はないと、まとめ役のテレサが撤収の音頭をとりにはいった。
「はいはい、みんな、ここで考えていても仕方がないわ。ここに居座っても邪魔になるし。このことは、各自が国に持ち帰って周知しておきましょう」
「……別に、居ても構わない。……だがそうだな、ここで顔を突き合わせていても進展しないのは、事実だ」
シャールはそう言うと、各国の代表に向けてなんらかのアイテムを配り始める。
ハルもそれを受け取り名前を確認すると、『紫水晶探知機』と出ていた。分かりやすい名前だ。
「……今日解析したパターンを、登録しておいた。……これを使って、せいぜい頑張って調べて来い」
「ありがとうシャール。仕事が早いね」
「……ふん、当然だな」
不機嫌そうに言い放つ彼女だが、その顔は少し得意げだ。
そんなシャールの家に、少々の名残惜しさを感じながらも、ハルたちはこの魔女の家を後にするのだった。
*
輝く転移門を通り、ハルたちは元の六花の塔へと戻ってきた。
シャールはあのまま家に残るのかと思ったが、ここから正規ルートで帰るらしい。
既に会談自体は終了している。謎の紫水晶についての新たな事実が判明したが、そのことについても今はこれ以上話し合うことはせず、このまま解散、イベントはここで終了のようだ。
「今回は、ぼくはあまり役に立てなかったですね。お恥ずかしい限りです」
「いや、もしあそこで魔石が足りなかったりしたら、君の出番もあったかもよ」
「そうじゃのう。タイミングが悪かっただけじゃ。気を落とすでないわ」
「そうですね。ローズさん、シルヴァ様、ありがとうございます」
いまいち存在感を示すことが出来なかった鉱山と職人の国ガザニア。しょんぼりと自信なさげにするその代表に、二人でフォローを入れる。
なお、彼の出番を奪ってしまったのは、紛れもないこの二人である。
魔石を作りだしたハルと、その材料を供給したシルヴァ。二人は何食わぬ顔で幸薄い彼を慰める。
「いずれ、ぼくの国にも来てくださいね。それでは」
ひとり、ふたりと、この場に集った有力者たちは去ってゆく。
実際にはこんな簡素に終わる会談など無いのだろうが、ゲームのイベントだ。テンポ重視なのだろう。
そうしてこの場には、最後に魔法の国コスモスの、魔女シャールが残るのだった。
《おっ、これは好感度一位?》
《やはり時代はロズシャル》
《男は不要ということか》
《幼馴染でもダメだったか》
《奪っちゃった……》
「何を言っているのか。ただ、好感度一位はありそうだね。最後に一番高い人が残るパターン」
好感度設定のあるゲームではよくある展開だ。皆が去って行くなか、最も好感度の高い者が最後まで残ってくれる。
なんだか、その場合そのままエンディングに突入してしまいそうな雰囲気ではあれど。
彼らとの関係は果たして今後も続くのであろうか?
「……今日は世話になったな。……おかげで、ずいぶんと燃料を節約できた」
「誰かに言ったりしないよ。余った分は、好きに使うといいさ」
「……多少は、国にも貢献してやるさ。……たまにはな?」
「お、意外と真面目」
まあ、それが正解だろう。彼女は知る由もないことだが、一連の会話は生放送により全て公開済みだ。
彼女が横領した場合、面白半分でそれを通報した魔法の国のユーザーが居れば、お縄になるという展開も無いとは言えない。
コスモスの国に、横領や脱税に関する法律がどの程度整備されているかは知らないが。
「……今回の件、あいつらにはああ言ったが、ウチの国が関わっている可能性は大いにある」
「そうなんだ? 何か心当たりが?」
「……ああ、あの水晶を作るのに使ったであろう魔法の“クセ”に、覚えがある気がするんだ」
図面であれプログラムであれ、何かを組み上げるにあたってはどうしても個人の癖が出る。
それは、複雑であればあるほど顕著になるもの。それに見覚えがあるということは、彼女の知り合いであるという可能性があるのかも知れない。
《ってことは、コスモスを探ればいいってこと?》
《まだ分からん。これからイベントがあるんだろう》
《いずれにせよ、魔法プレイヤーには朗報》
《棚ぼただな。ローズお姉さまに感謝しろよ》
《なんでお前が偉そうなんだよ(笑)》
「……いずれにせよ、何か分かったら連絡する。……常に答えられるよう、準備しておくんだな」
「ああ。待ってるよ」
「……ふん。冗談だ。……夜はきちんと寝ておけ」
《訂正しちゃうのかわいい!》
《口は悪いが根はいい子なんだなぁ》
《好きな子ほど素直になれないタイプ》
《ローズお姉さま、攻略する?》
《個人的には幼馴染の応援したい》
とりあえず、このゲームにおいてその予定はない。あちらの、本当の異世界と違って、NPCはあくまでNPC。そこに深入りする気は今のところ無かった。
ただ、それとは別に、連絡はいつでも受けられる準備はしておこう。ハルであれば、夜も一睡もせずに受信の待機が可能だ。
寝たくても寝られない、とも言う。
「……じゃあな。人任せにだけせずに、お前の国も調べておけよ」
「ああ、そうする。そのつもりだよ」
最後に少しだけ視線を交わして、彼女も自分の国の塔へと去って行った。
全ての代表が居なくなり、ハルの手元にはイベント終了を告げるウィンドウが表示される。この場で、これ以上の進展は無いようだ。
しばらく待っても何も展開がなく、全てが終わったことを肌で察したアイリが、イベント中は大人しく閉じていた口を元気に開くのだった。
「終わったのですね、ハルお姉さま! どうでしたか? これは成功、なのでしょうか!」
「大成功だねアイリ。ただ残念ながら、<子爵>へのランクアップはしなかったみたいだけど」
「まあ……、見る目がないのです! ですが、ハルお姉さまならばすぐに栄達が可能です!」
「そうありたいね。ありがとうアイリ」
どうやら、あとは国へと帰るだけらしい。ここを中継点として別の国へと渡るのも難しそうで、帰りはまた来た道を戻らねばならなそうだ。
イベントが終わったからといってワープで帰れるような便利機能もなく、その帰路は少々退屈そうに思えた。
ならばここで、放送は閉じてもいいだろう。
「じゃあ、そんな感じでひとまずお開きにしようか。長時間付き合ってくれて、ありがとう君たち」
ハルは撮影起点に向かって、配信終了の挨拶を告げていく。
この後は放送せずに、皆でのんびりと戻ればいいだろう。流れ的に道中で何かある可能性は低いと思われた。
《えー、もっと見ていたい!》
《そうそう。何もなくてもいいじゃん》
《お嬢様がたの日常を楽しみたい》
《無限に見てられる》
《いや、無限に見ちゃうからありがたいかも(笑)》
《キリ時が見当たらない》
《今のうちに飯入って風呂食ってくる》
《どっちもマヨネーズがオススメだぞ》
名残を惜しむ彼らにも、なんとなく丁度いいタイミングのようだ。
その気になれば、それこそ寝る間もなくプレイを続けられるハルである。こうしたオンオフを分けることは必要だろう。
最後に全員で放送画面に収まって、皆で手を振ってハルは配信終了のボタンを押した。
◇
「……さて、ということで、終わったよみんな」
「ふいーっ! 息が詰まったっすねえ。やっぱり見られてるってのは、緊張するっす!」
「緊張のきの字も無さそうなエメのくせに、よく言いますねー?」
「……そういうカナリーは緊張とは無縁そうですねえ。ほんとマイペースっていうか」
「しかし、そうね? なかなかどうして、気を張るものだわ? 肩が凝るというか」
「ルナちーは配信とか慣れてなさそうだもんね」
実際その通りだ。ルナは、ゲームをするときはハルと二人きりで遊ぶことがほとんどだった。
一方のユキは大会などのメジャーなシーンへ出場することが多く、画面に映ることはかなりの慣れっこである。
ハルもそうした経験は多々あれど、基本的には一人で自由に遊びたいタイプなのだと思う。
ルナほどではないが、解放感が強く、何だか肩の荷が下りた気分なのは否めない。
「アイリはどう? 緊張しない?」
「わたくしは、特に変わりません。むしろ、お姉さま、じゃなかったです! ハルさんのカッコいい所を、もっと色々な人に見て欲しいです!」
「おー、流石はアイリちゃんだ。人の前に立つのに慣れている」
心底感心したようにユキが語る。そう、確かに初めての配信でここまで堂々としているのはとても肝が据わっていると言っていいのだろう。
王女として、見られていることが当たり前の出自であるが故の余裕だろうか。
「でも、こうして見えないところで、のんびりとハルさんと遊ぶのもまた良いですね!」
「そうだね。フルダイブゲームをやる機会は今まで無かったんだ。半分は普通に楽しもうか」
「はい! どうやって遊びましょうか! “えぬぴーしー”さんと、交流しますか?」
「……どうしようかね。今のところ僕は、その気は無いんだけど」
むしろ、このゲームのNPCにあんなに個性が設定されているのに驚いたハルだ。
ユーザー同士の交流を主目的としているため、NPCは簡素な設定だと思っていた。
その事実は、いったい何を意味しているのだろうか。今は、まだその真意は見えてこない。
そこも、今後明らかになってくるのだろうか? ハルたちはひとまずその謎は棚上げして、皆で思い思いにこの世界を楽しんでいくのであった。




