第521話 魔法の暗号解読作業
光のラインが装置の中央へと収束して行き、投入された紫水晶に乱反射して怪しく輝く。
その魔法の光は水晶の周囲をしばらく漂いながら、様々なパターンを映し出したかと思うと、じきに光を小さくして消えていった。
その工程は一度では終わらず、何度も同じ操作を繰り返しているようだった。
ハルはその作業について、彼女に何をしているのか尋ねてゆくことにする。
「ねえシャール、それって何をやってるんだい?」
「……こいつに含まれている魔力反応を調べている。……使われている魔法のパターンとかな」
「ふーん。見た感じ、直接水晶に接触はしないんだね」
「……干渉して中の魔力が変質しないように、慎重になっている。……壊してもいいなら、もっと雑にやるんだがな」
放射線系の年代測定のようなものか。どうやら水晶が自身の外側へと発する魔力にこちらからも魔力を反応させて、元のパターンを探っているようだ。
「なにがなんだかわかんねえ……」
「……だろうな。バカだもんな。……というかこうなるの見えてただろ。何故ついてきた、バカ」
「いいだろうがよ! 俺だけ残る訳にもいくか!」
「……いや、ローズ以外誰も必要じゃないんだが」
《付いて行きたくなっちゃうの可愛い》
《くぁいい》
《可愛いな》
《しかしメチャクチャ石ぶっこむね》
《石……投入……成果なし……》
《何かを思い出すのやめろ》
《全財産溶かしてそう》
確かにシャールは次から次へと、魔石を装置へと投入して実験を続けている。
そのペースはかなりのもので、魔石の金額もまたかなりのものだ。
しかしながら思ったような結果は出ていないようで、コメント欄は彼女の資産を心配する様子で溢れていた。
さながら、ゲームにいくら課金しても目当ての物が手に入れられないユーザーを見るかのごとき内容に、己の古傷を刺激される視聴者もいるようだった。痛々しいことである。
「なあ、お前それ、本当に平気か? 石コロとはいえ安いもんじゃねぇだろ」
「……構わん、国家事業だ。……くくっ、自分の金ではなく国の金で実験ができる。最高じゃないか?」
「いや最低だろうが!」
「本来なら、途中で石が尽きてたんだろうね、これ」
《ローズ様何か知ってんの?》
《もしかして配信外で何かやってたやつ?》
《教えて教えて》
《もしかして他の国の人が付いてきたことに関係が?》
鋭い指摘だ。恐らく、今ここで実験の経過をただ見守っているだけの他四か国の代表は、この魔石が足りなくなった時のための救済措置、お助けメンバーだろう。
実験は途中だが魔石が足りなくなった、という風にイベントが派生して、付いてきた彼らと協力して魔石を何とかするのだと考えられる。
戦力自慢だろう、戦士の国のガルマと強行採取に行ったり。商人の国のシルヴァに魔石を用意してもらったり。各人の特性に合わせたイベントが起こったのかも知れない。
生憎と言うべきか、幸いと言うべきか、ハルは事前に『貿易』によりシャールに大量の魔石を売却していたので、イベントは滞ることなく進行を見たようだ。
「似通った反応が増えて来たね。一部の解析は終わったのかな?」
「……ふーん、賢いな、お前。……その通りだ、内部に含まれる構成パターンを総当たりで検証しているが、そのうち一部はもうほぼ特定された。言うなれば十桁ある鍵穴のうち、頭二桁が判明した状態だ。あとはその部分は固定して、残る八桁を、」
「急に早口になるな頭いてぇ! 悪い癖だぜお前!」
「……人が気持ちよく解説してるんだ。……遮るな、カス」
《得意分野になると饒舌になる》
《専門家にありがち》
《かわいいなこの子》
《付いていけなくなって焦る方も可愛い》
《ところでどういうことだ?》
《わからん》
《パスワード総当たり?》
《そんな感じかと》
《効率悪いよね。ローズ様、教えてさしあげれば?》
「んー、そうだね。そりゃアルゴリズムに関しては僕らの方が知識はあるけど、相手は魔法だからね」
「……ん? どうした。何か意見があるのか」
「ああ、うん。調べ方を工夫すれば、魔石の消費を節約できるよって話だけど、僕ら魔法は門外漢だからね、そこが自信なくて」
「……ほう、いい案があるなら聞く。……魔石の消費は、少ないに越したことはないからな」
「さっきは国の金だから構わんとか言ってたじゃねぇか……」
「……くくっ、浮いた分は使ったことにしてちょろまかすに決まってるだろ。……分からんのか、阿呆が」
「アホはお前だ! 堂々と宣言すんな!」
大雑把に見えて、割とルールに厳格なガルマだった。戦士の国リコリスは意外とそういった所しっかりしているのか、それとも彼が特殊なのか、今のところは判断材料が不足している。
今はそれはともかく、どうやら解析アルゴリズムについて、実験中のシャールにアドバイスが出来るらしい。
やはり自由度の高いゲームだ。高すぎるとも言える。
流石は神様の作ったゲームと言うべきか、こういうところはカナリーたちのそれと似通っていた。
あちらも、魔法の仕様や構成の緻密さは病的に凝っていた。ハルは仏頂面の神様の顔を脳裏に思い浮かべる。
「それで、カナリーとエメは何か分かる?」
「わたしは、ちょーっと分かんないですね。いや、分かるは分かるんですが、分かるの内では分からない部類というか、なんというか。つまりカナリーの方が分かるんじゃないでしょうか!」
「……君が何を言ってるかが分からなくなってるよエメ。まあいいや、カナリーは?」
「んー、まあ、どうにかなるでしょー。二割も一致してるなら、暗号解読はもう終わったようなものですしー」
──黒曜、お前も手伝え。今までの光のパターンを検証。実際に意味のある配列になっていそうか?
《御意に、ハル様。エーテルネットの拡張処理を使用してよろしいでしょうか?》
《もう使用可能になっているです。こんなこともあろうかと、用意しておきましたマスター》
《おねーちゃんが、勝手して申し訳ありませんマスター。夕食の肉を減らしておきます》
──まあ、いいけどさ。白銀も空木も、遊びたいなら中に入っておいで。それと、神界ネットもフル稼働させるように。
《らーじゃ、です、マスター》
《エメが匙を投げたということは、あれは神界ネットそのものに作用する処理ではなさそうですね。使えない製作者です》
神様としての知見を持つカナリーとエメ。中でも、魔法の仕様について詳しく、自身もゲーム世界の開発に携わったカナリーが、光のパターンを解読してくれている。
今はハルと同じ、特殊な脳の構造となったカナリーは、エーテルネットの処理能力を間借りし、複雑な計算を開始した。
言うなればそれは、今目の前で行われている魔法の解析作業を、科学的なデータ処理へと置き換えたとも言えるだろう。
その作業を、エーテルマスターとしてのハルが、そしてハルをサポートするAIである黒曜、白銀、空木の三人がバックアップしてゆく。
その結果、カナリーの脳内では、早くも疑似的な水晶の解析が終了したようだ。
「んー、だいたい分かりましたけどー、これって特に意味がある内容には思えませんねー? あと、分かったところでどうやって反映するんですかー?」
「さてね? ねえシャール、この装置ってどうやって動かしてるの? 出来れば、僕らの考えを試してみたいんだけど」
「……良いだろう。装置の窪みに、魔石をセットしていけ。……あとはフィーリングで、なんとかしろ」
これまた随分と投げやりな操作説明が飛んできた。
しかし、可能であるというのはそれだけで朗報だ。ハルは言われた通りに、装置へ魔石を取り付けていくのであった。
◇
装置に空いた窪みの数は十個以上。そこに魔石(なおハルの自腹)をセットしていくと、出力を調整するためのメニューバー表示がウィンドウとして手元に出現した。
このバーを上下させることで、各魔石から送り込まれる魔力の量、ひいては解析に使われるパターンを調整するらしい。
「まずはハルさん、適当に動かしてみちゃってくださいー」
「ん、じゃあ適当に」
「じゃあ次はーさっきシャールちゃんがやってたのと同じくらいのでー」
「同じ、同じ……、こうだったかな?」
「……いい線行っているが、微妙に違う。……こうだ」
「ああ、ありがとう」
ハルとカナリー、そしてシャールは装置の前で顔を突き合わせて、装置の出力を弄っていく。
これは言うなれば、全ての魔石の出力ゲージを、ぴたりと一致させるミニゲーム。ただし、正解の反応がどれなのかは分からない目隠し仕様。
しかしその『正解』の一部は、シャールによって示唆されている。ならばそれと同じ反応を、効率よく引き出せるよう計算してやればいい。
エーテルネットの管理者たるハルやカナリー、そしてそれをサポートするAI達の本領発揮の時だった。
《何を、やっているんだ……?》
《さっき以上にまったく分からん》
《とりあえずルピナスちゃんが頭いいのは分かった》
《なんかのパズルゲームってこと?》
《たぶん……?》
実際、これに関しては先ほどのシャールの説明どおりとも言える。十個の鍵穴があったとして、それに対応するカギを一つ一つ探していくゲーム。
例えるならばダイヤル式の十桁のパスワードを、上から順に一桁ずつ手ごたえを確かめながら回していくような感じだろうか。
その鍵穴の手ごたえを探る感覚が、暗号的な光を整列させる知識であった。
問題なのは、一回の試行ごとに魔石を消費してしまうこと。貴族にしか行えないミニゲームであろう。
そうした内容を、ハルは視聴者に向けて説明していく。
「……救いなのは、正解以外にもハズレた際の手ごたえも輝きとして反映されるってことだね。そうしたパターンの整列作業は、カナリーは得意なんだ」
「そうなんですよー? あがめたてまつりなさいー?」
「カナリー様! すごいですー!」
《すげえええええええ!》
《けど、やっぱり分かんねー!》
《分からないことが分かった》
《とりあえず、ただのふわふわお嬢様じゃないことは分かった》
《サクラちゃんが様付けしてるけど、どんな関係なん?》
《お抱えの家庭教師とか?》
《ある意味いちばんお嬢様っぽいけどな》
《想定するお嬢様の種類にもよる》
「むー……、なんだかまた馬鹿にされてる気がしますねー……」
「カナリーはぽやぽやして可愛いってことだよ。俗世にスレてない」
「まあ、何でもいいですけどー。それよりー、分かってきましたー。次は一個ずつ出力を最大にしてってくださいー」
「おーけー」
魔石から放たれる魔力の量によって、輝きの種類も変化する。それをパターン化してデータにまとめ、エーテルネットの処理能力を使い解析していく。
次第に、暗号としてのこのパズルのルールそのものが丸裸になっていった。
そうして、本来ならば総当たりで、膨大な回数と莫大な資産を投じて行われるこの解析作業は、カナリーの頭脳によってものの数回で終了をみた。
装置には、解析完了を示すであろう巨大ランプがともり、その内部には何らかのデータがびっしりと記されている。
「それでー、終わったようですが、これ、なんなんですー?」
「……ああ、これが、この紫水晶の構成データになる。……期待はしていなかったが、大したものだな、お前たち」
「すげぇじゃねえか! こいつが人を褒めるなんてそうそう無い……、待て、やめろ! 魔法撃とうとすんなテメェ!」
そんなお決まりの寸劇はともかく、無事に水晶の解析イベントは終了したようだ。
その装置の中に表示された謎の文字の羅列をハルはカナリーと共に盗み見てみるが、地球においても異世界においても、使われている言葉ではないようだった。
これが外の神様にとって何か意味のある言語なのか、それともただの適当な殴り書きなのか、それは今の時点ではハルとカナリーにも読み取れなかった。
それは、ひとまず持ち帰って解読を試みてみるとして、それより今はゲーム的に気になるものが発生していた。
「スキルが増えているね、<解析>だってさ。こういう増え方は初めてだから、興味深い」
「へー? 面白いですねー? それって、派生ではなく新たに生まれたんですかー?」
「いや、一応<錬金>からラインが伸びてる。確かに魔法を使った実験、って感じだったけどね」
解析作業に関わったことで、ハルに新たなスキルが生まれていた。
またなかなか汎用性の高そうなスキルをどう活用していくか、楽しみになってきたハルである。
※ルビの振りミスを修正しました。




