第520話 魔女の住む家
六花の塔の屋上部、六本の塔の頂上が交差するように近づくその場所には、地上からでは見えないが天秤のお皿のような白いスペースが用意されていた。
各国の代表者はそこへ集まり、提案者である、魔法の国の代表であるシャールという少女のもとに集まっていた。
「……結局全員来たのか。……ローズ、お前の所は特に数が多いな?」
「すまない。対応にかかる費用は出そう。それにお客様扱いは必要ないよ」
なにせこちらは全員がプレイヤーだ。現地に到着次第すぐに別の場所へと移動するのも苦ではない。ログアウトだって出来る。
しかし、逆に言えば同時に現地にだけは連れて行ってもらう必要があった。国を越えて離れ離れになるのはいただけない。
このゲームは、カナリーのゲームで使っていたパーティの合流機能が無いのだ。競技性があるためだろう。それぞれ自力で移動せねばならない。
「……いや、お前は構わない。費用はどうせ供託から出る。……それに、ローズは今回の功労者だからな」
《お? 毒舌少女ちゃんデレた?》
《女の子に人気のあるお姉さま》
《百合に定評がある》
《だがそれがいい》
《男のカップリングなんてきたら発狂する》
《その自信はある》
ハルも発狂しそうだ、そんなもの。
ただ、たまには男同士で遊びたい気もするが、さすがにこの状況では厳しいか。
華やかな女の子チームとして開始したため、視聴者的にも最初からそれを求めて放送を見ている。
人気を維持することを考えれば、下手に男性とからむのが厳しいのが現状。
なまじ圧倒的な知名度を得ていることもあって、他の参加者に混じって露出機会を増やす必要がないというのも逆風だ。
まあ、遊ぶならログアウトして、ローズではなくハルとして遊べばいいだろう。
幸い、あちらのように二十四時間プレイし続けるゲームでもない。
《ところでローズ様、いつの間に星三つに?》
《本当だ、配信落としてる間に何が?》
《シャールちゃんがデレたことに関係が?》
《けしからん。二人のいちゃいちゃは配信すべき》
《見たい》
「秘密。さすがに僕も、全公開だけでなく伏せた手札も織り交ぜていきたい」
《おわー気になる》
《いい女は秘密が多い》
《しゃーないわな》
《悲しいけどこれ対人なのよね》
今のレベルや役職欄は、放送トップに堂々と表示されてしまうのが避けられない。目ざとい視聴者たちはすぐにそれに気が付いた。
ハルが『貿易』機能で実績を稼ぐところも、地味なシーンではあれど見せていれば盛り上がっただろう。
だがそれを差し引いても今はハルただ一人の唯一性として、隠し持っておきたいところだ。
フードを被った毒舌少女『シャール』の好感度についても、また『功労者』という言葉についても、紫水晶アイテムの提供者ということで誤魔化せるはずだ。
「……それで、シャール、君の国まで移動するってことだけど、どうやって行くんだい?」
「……知らんのか。いや、新入りだったな、お前。……いいだろう、説明してやる。……ガルマ、教えてやれ」
「はぁ!? 俺がかよ! 俺そういうの向いてねーの知ってんだろ、お前がやれって!」
「……うるさいぞ、カス。……嫌なら置いて行くぞ、カス」
《こーれは理由をつけて相方と話したいだけですね》
《間違いない》
《たぶんフードの中でにやにやしてる》
《なにそれ可愛い》
「えーっと、なんだ? 緊急の案件をただちに国に知らせなきゃいけない時によ、こっから直接国まで飛べるんだわ。ただし、どこか一国な?」
「帰りもまた、この場所に戻って来れるわ。どこかの国が危機であったりとか、そういった時のための力ね」
「神のおひざ元であるからこその奇跡じゃの。どこでも使えれば、わしとしては非常に嬉しいんじゃが……」
「やめろ、ばーさんにそんなモン渡したらロクなことにならん!」
「貴方にも渡したくないわねぇ、突然大群を送り込んで来そうで」
「いや俺をなんだと思ってんだよ……」
森の国のテレサたちの言い方から考えると、どうやら転移系の機能のようだ。
そして、転移はこのゲームではとても珍しいと分かる。
「これは、現地に着くまで放送を切っておくべきだったかな?」
《ローズ様、そんな殺生な!》
《情報ありがたいですよローズ様》
《うーん、転移がそんなにレアなのはきついなぁ》
《これさ、逆に考えれば……》
《逆になんだ?》
《転移したければ聖職者ルート、だろ?》
《おお!》
なかなか良い読みだとハルも思う。神の力でしか転移が行えない世界ならば、その神の力を行使できる<役割>を選べばかなり優位に立てる。
物流でも、軍事においても、やはり転移というのは優位性が段違いだ。
ハルも、異世界において常に状況を支配してこれたのも、神以外では唯一<転移>を使える存在であったからというのが非常に大きかった。
「……と、いうことだ。……だが何処にでも向かえる訳じゃない。……今回は幸い、私の家に直接飛べる」
「説明させておいてシメだけ持ってくんじゃねぇ!」
「……次までにローズ。……お前の家も、転移門を開けるくらいにはなっているんだな」
「しかも無視すんなっての!」
なにかしらの、転移するための条件もあるらしい。
この会談の席でしか使えないというのも、戦争に使われないためのセーフティだろう。六か国の同意が必要なことで、どこかの国が、敵国へ秘密裏に攻め込むために用いるのを防げる。
そんな六花の塔の転移門が、お皿のようなこの頂上部全体を包み込むように開かれる。
ハルたちはその足元からの光に包まれて、ゲーム中初となるであろう転移移動を果たすのだった。
*
視界が開けてみると、晴れていた空はどんよりと薄曇り、ハルたちはまるで違う場所へと飛ばされたことを如実に空気が伝えてくる。
その場の景色は言ってしまえば割と陰気で、あまり活発とは言えないシャールをよく表していると言う事もできた。
周囲に見える範囲で他の家々は確認できず、なんとなくそのあたりも寂しさを感じる。
少しだけ、アイリのお屋敷を思い起こさせる情景だった。あちらは、今のこの曇り空と違って、爽やかな風が吹き抜けていたイメージが強くあるのがまた違うところだが。
「広い庭だね。転移門の候補地になるには、庭が広くないといけないのかな」
「……必須条件だな。……ローズも出世して、庭の広い豪邸を持つといい」
「その際はきっと招待するよ」
「……期待はしないでおく」
なんとなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。フードで確認しにくい横顔が、微笑んでいるようにも見えたハルだ。
その感想を裏付けるように、彼女と馴染みの深そうな、戦士の国のガルマがお節介な補足をしてくれる。
「こいつも昔は、もっと人の多い所に住んでたんだぜ? まっ、首都の一等地って訳じゃねーんだがな、がはは!」
「へえ、君の家の近くだったとか、そういう話?」
「おお、良くわかったな? 俺もこいつも国境沿いの街でよ、国境線を挟んで隣り合ってたんだ」
「……そのために、国が違っても親に連れられて会う事が多かった。……それだけの話だ」
「腐れ縁、ってヤツだな」
《マジで幼馴染じゃん!》
《そんで大人になってから大使として再会?》
《なにそれ素敵》
《でも今は家が離れてんのか》
《寂しいね》
《てかここ何処?》
《わからん。コスモスの首都はもっと華やか》
魔法の国コスモスは、特徴的な建物が並ぶ不思議な首都をスタート地点としている。
正統派ファンタジーの華やかな街並みがアイリスだとすれば、魔法使いが良く出るファンタジーの不思議な街並みがコスモスだ。
ただ、そこもこうした陰鬱な雰囲気ではあらず、どちらかといえばノリの良い陽気な街並みだ。
街中のいたるところに魔法仕掛けのギミックが配置されており、歩いているだけで別世界に迷い込んだ気分を堪能できる。フルダイブゲームらしさ満点の国である。
まあ、こちらもこちらで、『魔女の隠れ家』であると思えば、相応の“らしさ”は十分に出ているのだが。
「なんだか魔法の実験を思う存分やりたいとかでな。周囲に誰も居ないこの場所に引っ越したんだったかな。こーんな陰気な場所で何すんのかね?」
「……ふん、辺り一面をクレーターだらけにしても、何処からも文句が出ない。……実験にはうってつけだろう」
「実験って対軍魔法かよ!!」
彼女なりの冗談で誤魔化しているが、色々と設定がありそうだ。
そんな中でハルが今気にするべきは、今回この地へと連れてこられた理由。忘れそうになるが、今回は仲良くなった彼女のお宅訪問で来たわけではない。
謎の紫水晶アイテムについて、解析するためにこの地へと飛んだのだった。
「その実験と、今回のものが関係があるの?」
「……そうだぞローズ。……私の家なら実験器具が十分にそろっている。……使用する魔石も、都合よく大量に補充できたしな」
「ふむ。本当に、なんとも都合のいいこともあった物よのう?」
商業の国カゲツの年長幼女がにやりと笑ってハルの方を見た。
どうやら、魔石を売り渡したのがハルだと気付いているようだ。
しかし、その解析の工程に魔石が必要であったのだったら、あの『貿易』による魔石の売却は非常にタイミングが良かったのかも知れない。
もし解析の途中で燃料切れにでもなれば、『魔石が無くなったので用意して来い』、とでもいった、いわゆるお使いイベントが発生していたかも知れなかった。
ハルの<男爵>に一気に星が二つ付いたのは、もしかするとそのイベント分も先んじて達成した扱いになっていたのだとも考えられる。
「……装置は家の中だ、ついてこい」
そうして案内されるまま、ハルたちはシャールの屋敷の中へと連れだって入って行く。
屋敷内はこれまた薄暗く、魔女の家といった雰囲気を助長していた。
ゲームのイベント展開を円滑にするためか、アイリの世界でよく見てきた使用人による案内等は省略され、シャールを先頭に直接邸内を進んで行く。
使用人NPCの姿は見えるが壁の端に控えるまま動かず、完全に背景の一部となっている。
「……ここだ、入るぞ」
ぞろぞろと連れだって、ハルたちは屋敷の奥まった場所にある大きな扉をくぐる。
その部屋の中には、ところ狭しと、様々な見た目をした不思議な装置が並んでいた。機械のようにも、化学実験の道具にも見える。
しかし明らかにそれらと違うとその外見から訴え掛けてきているのは、表面を流れる色とりどりの光のラインだった。
「うーん原色。体に悪そうな色」
「おっかねぇよなぁ? これだから魔法の装置は近づきたくないぜ」
「……くくっ、実際に体に悪いし、おっかないぞ? ……なに、取扱いを間違えさえしなければ問題ない」
「本当かよ。この部屋に居るだけで、なんだか頭痛くなってくる気がするぜ……」
「……おおっと、手が滑った」
「うおあ! やめろやテメェ!」
シャールはわざとらしく、手に持った魔石をガルマに向かって放ってみせていた。
その魔石を避けるように、大男が飛びのく様はさぞ滑稽に映ったらしく、彼女はフードの中で楽しそうにクスクスと笑っている。
魔石は特に、何かを起こすわけでもなく淡く七色に輝いているだけのようだ。
《シャールちゃん結構おちゃめ(笑)》
《幼馴染とじゃれるのが楽しいんだね》
《意外といじめっこ》
《ガルマくん情けない》
《その筋肉は飾りか?》
《ギャップ萌え》
そんな二人の関係性は、視聴者にもけっこう好評のようだ。今のところ、ハルを除く代表者の五名の中では、この二人の人気が頭一つ抜けて先行していると見れる。
そんな微笑ましい一幕を挟みつつ、彼女はハルから預かった紫水晶を、装置のうちの一つへと投入していた。
そしてその装置の表面に取り付けられた複数のくぼみに、燃料となるであろう魔石をはめ込んでいいっている。
魔石のセットが終わると、それらから光のラインが流れるように、鮮やかに装置の表面を装飾しながら走ってゆく。
エネルギーラインが複雑な紋様を描き出すようにして、徐々に中心部のアイテムへと集まる。その様を、気付けばこの場の誰もが真剣な顔で注視していた。
「……そろそろ終わるぞ、まあ見ていろ」
シャールだけが淡々と、いつも通りの不機嫌そうな目で、その実験の進捗を告げるのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/20)




