表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第2章 セレステ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/1771

第52話 降臨

 一日ほど間をあけて休日の朝。ほとんど時間のずれは一周し、リアルでも、もう日が差している。少しだけ進んだこちら時間。朝の日差しが、木々の緑を爽やかに照らし、彩りを浮き上がらせている。

 場所はセレステの神域。春の陽気が夏の木々を照らす、アンバランスな土地にハルは居た。


 アベルとの会談後、ハルはすぐにはこの場所へは向かわずに、休日を待つ事にした。

 激戦が予想されるためだ。セレステは本気のハルと戦いたがっている節がある。カナリーと話し合い、その可能性を警戒することにした。

 変な話だが、AIらしからぬ“焦り”を感じた気がしたのだ、以前の彼女からは。

 ハルの成長を警戒したのか、この先戦う機会が失われる事を知っているのか、それとも、単純にただ何度でもハルと戦いたいだけなのか。


 なんにせよ、話をするだけで終わる楽観は持てない。カナリーが連絡するだけで済むかと少し期待したが、やはりハル自身が赴く事を求められた事からも、それが窺える。

 ハルは、全ての脳の領域を使用可能に調整して、万全の状態で訪問する事にした。


「居ないね。連絡は行ってるんだよね」

「この奥に東屋あずまやじみた場所があります。そこに居るようですね。ご案内しますー」

「じみた?」

「もう屋根も何もないですー」

「そっかー……」


 それはもう東屋でもなんでもないとハルは思うのだが、まあ場所は何でもいいだろう。ハルはカナリーを伴って、神殿の背後、森の奥へと踏み込んで行く。

 木を寄せ付けず、明るく光が差し込む神殿の周囲から離れると、陽光が葉に遮られ、すぐにしっとりと薄暗くなっていく。

 そのまま、女神に導かれるように進んでいけば、またすぐに光の差し込む場所へと出ることが出来た。

 そこに、セレステも居る。


「やあ、いらっしゃいハル! また来てくれて嬉しいよ。歓迎しよう」

「おはようセレステ。お邪魔するね」

「私も歓迎してくださいー」

「やあ、おまけのカナリー」


 確かにそこは東屋だったようだ。円形に切り揃えられた石の土台から、半ば風化した柱が数本残って立ち並んでいた。在りし日は同じ物がずらりと周囲を囲み、屋根を支えていただろう様子が想像できる。

 その中は綺麗に整えられ、以前のものと似た、真新しい丸テーブルが置かれている。

 その上品さと、遺跡のおもむきが融合し、幻想的な神聖さを演出していた。


「セレステ気分出しすぎですー。光源まで追加しちゃってー」

「ははっ、お持て成しの心って奴だよカナリー」

「パーティーじゃないんですからー」

「人が雰囲気に浸ってるところで舞台裏を語らないの」


 苦笑し、ハルは席につく。今日はセレステが手ずからお茶を出してくれた。

 ハル達が歩いて来るのに合わせて淹れたのだろう、ちょうど良いタイミング。準備のいいことだ。味も非常に美味しかった。

 お茶を注ぐ姿も、しゃんと背筋を伸ばしたその振る舞いは絵になっており、武家のお嬢様感のような清廉さがある。

 その姿に、ハルは圧倒されていた。


「いや、すごいね」

「ふふっ、どうしたのかな、ハル。私に見とれてしまって」

「見とれてたというよりは気圧されてた」


 言葉の通り、心を圧される。彼女の体そのものが圧力を放っているようだ。視覚ではなく、魔力を肌で感じる感覚はこういうものか。ハルは初めての感覚に戸惑っていた。

 <精霊眼>で見るまでもない。これが、セレステの本体だろう。


「セレステ抜け駆けですー。私がその感想貰いたかったですー」

「カナリーは何時も一緒に居るんだから、いいじゃないか」


 むーっ、とカナリーがむくれる。かわいいが、構ってあげる余裕が無い。金縛りにあったようにセレステから目が離せなかった。

 警戒を解けば、すぐにでも攻撃が飛んできそうな錯覚から、ハルは抜け出せないでいる。


「ハルさん、大丈夫ですよ~。神は宣言無しに人に攻撃を加えられませんー」


 カナリーから優しく声がかかり、ようやくハルの緊張が解ける。彼女は嘘をつかない。その安心感が心を落ち着かせた。


「いやいや、すまないね。少しサプライズが過ぎてしまったようだ」

「本当ですよもー、セレステはー」

「驚かせてしまったようだが、今日は何か話があるんだって? 話してみたまえよ」

「ああ、うん。聞いてくれるようでよかったよ」


 いきなり御神体でお出迎えされてしまったので、まずは一戦、しかも全力、なのかと警戒してしまった。だが、まずは話を聞いてくれるようだ。

 しかし楽観視は出来そうにない。この後、戦いたがるのは確実だろう。その時は恐らく、この姿のままの彼女と相対あいたいすることになる。


「その前に。今ってここには人居るかな? NPC含めて」

「居ないよ。安心してくれていい」


 念のため確認しておく。もし戦闘になっても、最悪NPCが居ないなら問題はあるまい。


「そっか。用件はカナリーちゃんから聞いてる?」

「一応ね」

「まあそれで全部なんだけどね。アベルにかけた制限を一部解除して、詳細を変更することは出来る?」

「出来るとも。元々それを見越してかけておいた物だしね」

「ん? 見越してたって」

「ああ」


 どういうことだろう。何だかまた雲行きが怪しい。

 この条件はハルが、というよりはアイリが決めたものだ。それを遵守する義務がセレステにはあり、そこに不正の入り込む余地は無い。

 しかしながら、条件の範囲内であるならば、それを厳しくする事に制限は無いのではなかろうか。


「カナリーちゃん」

「はいー」

「見落としてたね」

「セレステ面倒くさい女ですねー」

「酷いな。カナリーがNPCの行動に興味が無さすぎるのが悪いんだよ」


 つまりは、アベルが出国できなくなる事、それによってハルがまたここを訪れる事、それも計算の上だった、ということだろう。つまり、その時からハルと戦いたいが為に、手を打っていたという事だ。

 カナリーの言う、面倒くさい女とはその事である。陰謀家、と言うよりも酷い言い方に感じるあたりは流石だった。


「しかし、干渉禁止は解除して戦争禁止にしてしまうのかい? そしてそれを利用して、国境に安全地帯を作ると。今度は甘すぎるのではないかな」

「そうだろうかね。こんな都合の良いユニットはそうそう無いよ。配置しない手は無い」

「そうかも知れないがね。そんな面倒な事をせずとも、ハルが出れば全て蹴散らせるだろう」

「彼にも言われたよ、それは」


 またこの問答か、とハルは少し辟易へきえきする。


「そこは変える気はないから、平行線だね。それに、プレイヤーが戦争に介入したら、僕の制限解除を問題視されて取り消されちゃうんじゃない?」

「少なくとも私は文句を言わないな。むしろそれを理由に、私の使徒の制限を解除する」

「正直すぎる意見をどうも……」


 余計にハルが出る訳にはいかなくなってしまった。

 死なない兵士が闊歩する戦場など嫌過ぎる。泥沼などというレベルではない。


「博愛は美徳だが、それだけで世は回らないよ。戦いが神性として機能しているくらいなんだ」

「セレステー、ハルさんの決定に口を挟みすぎですよー」

「いいよ、続けてくれて構わない」


 恐らく、ハルは挑発されているのだろう。気の早い事だ。

 事務手続きが済めば、戦いには応じるつもりのハルだが、セレステは会話から自然な流れで戦闘に繋げたいらしい。会話を組み立て始めたのを感じる。

 順番は前後するが、まあ構わない。付き合おうとハルは思う。


「すまないね。しかしハル、改心しない悪意だってある。それが君のお姫様に振り上げられたらどうする? 殺すしかなかったら」

「その時は容赦しないよ。いや、そうならないように立ち回っているのだけど」

「その決心、本物かい? 口では何とでも言えるだろう」


 空気が硬質な熱を帯びてきた。セレステが両手を組んで、笑みを深くする。この緊張感がたまらないのであろうか。

 対するハルは、憮然とした表情で目を細める。挑発に乗った事を態度に出した形だ。

 非常に不本意だが、戦っても、恐らく勝てまい。だが今回は彼女の好きにやらせてみよう。どうせ分身体がひとつ消えるだけである。


「本物だよ。と口で言っても納得はしないんだよね」

「ああ、人間は数分前の決意でさえ、命惜しさに投げ出す生き物だ。行動で示してもらわねば」

「証明のため誰か殺せと?」

「そんな事に意味は無いさ。キミが、キミのお姫様の為に、どこまで出来るかを見てみたい。……今から私は、彼女を害するため腕を振り上げようと思う。君の決意は、果たして神と敵対するに値するものかな?」


《ハル様。セレステからの宣戦布告のメッセージを受信しました》


「さてハル、キミの返答やいかに」

「ここで死ね」


 ハルが宣戦布告を受理すると同時、何の前触れも無くハルの前方、テーブルを中心とした空間、それそのものが火を噴いた。





 図らずも、セレステの言葉を証明してしまう結果になってしまった。

 数分前どころか、数秒前の決意さえ反故にしている。負けてもいい、などという思いは彼方へと吹き飛んだ。敗北は許されない。絶対に。


──黒曜、全領域を強制接続。確認シークエンス全てカット、暖気は無しだ。


御意ぎょいに。完了しました》


──10%限定で意識拡張。


《御意に。掌握前のネットに接続されます。ご注意ください》


 意識がエーテルネットワークに接続される。準備不足のため、安定した未使用の場所を指定していない。たった今この瞬間も、使用中であり情報が飛び交う世界に“僕”は放り出される。

 我ながら短気を起こしたものだ。この奔流に流されれば、僕の意識はネットの中に溶けて消え、全ての意味を失うだろう。入出力経路を広げて自身を補強する。反動で脳が焼けるのはエーテルを流し込んで強引に補修した。


──屋敷の方の体任せた。目だけ閉じてればいい。


《御意に》


 意識を統合した今の僕は、複数の体の境界を曖昧にしてしまう。視界が混ざって判断力が落ちるのは避けねばならない。


 安定した未使用領域の掌握が済み、意識も安定する。何秒経ったろうか。まだセレステからの攻撃は無いようだ。初撃で距離を離したらしい。

 先ほどは、前方の魔力を全て指向性を持った破壊力に変換し、それを連鎖爆発させるように射出した。視界の先には、さながらビーム砲のように、円形に森や神殿を削りくり抜いた破壊のあとが続いている。


 セレステによる宣戦布告の以前から、僕は彼女との間の空間全てを<魔力操作>のための意識下に置いていた。ここはセレステの領域とはいえ、平時においては中立だ。魔力の所有権とでも言うべき、支配力は設定されていなかった。

 だが一度しか使えない技だ。これを通すため、前回も<MP吸収>などでこの神域の魔力を使う事は避け、カナリー側の神域からHPMPを供給していた。

 今はもう、周囲の魔力の操作が不能になっている。セレステの支配下だ。つまり、期待はしていなかったが、初手決着とはいかなかったようだ。


 爆発により空白地帯となった場所に魔力が戻らないうちに、カナリーの支配下にある魔力をそこへ放出して、安全地帯を作り出す。


《ハル様、<HP吸収>、<HP拡張>、<MP拡張>のスキルが開放されたようです》


──都合が良い。今までの経験が統合で反映されたのか。


 神との戦いだ。今の体のままでは一撃死は避けられまい。

 肉体を、<魔力操作>で強引に強化していた経験が反映されたと思われるスキルで、HPMPの増強をしていく。


《また、プレイヤーレベルが100になった事が強調して報告されています》


──何か変化は?


《見受けられません》


 アイリを対象にされた以上、もはや正々堂々の試合などと言っていられない。外道でも反則でも、使えるものは使わなくては。

 僕は拡張された意識で考えを巡らす。100レベルが関係したものは何かあったか。


「カナリー」

「はいはーい」

「力を貸せる?」

「貸せますよー」


 <神託>だ。僕のスキルの中で唯一100を越えているもの。

 何の変化も無く、アナウンスも無い。だがレベルの上昇で何かあると彼女から示唆されていたもの。

 僕の神様に力を借りられるなら、遠慮なくそれにすがろう。プライドや自力決着など二の次だ。


「いきなりの挨拶だねハル! だがそれがキミの決意か、しかと見せてもらったよ! 次は」

「セレステー、黙ってましょうねー? 地雷踏んじゃったんですよあなたー」


 吹き飛ばされたセレステが戻ってきた。だが取り合わない。今は敵だ。

 感情が暴走しすぎているのは僕自身も理解している。だがここで中途半端に事を済ませたら、必ずアイリに害が及ぶ。

 セレステはAIだ、嘘をつかない。やると宣言した事は必ずやるだろう。

 それを忘れ、人間的な彼女に流され、宣言させてしまった僕のミスだ。絶対に、修正しなくてはならない。


「カナリー、それはアイリや君自身に危険が及ぶ?」

「問題ないですー」

「じゃあ全部任せた。やれるだけやっちゃって」

「お任せくださいねー」


 カナリーがウィンドウの中に消える。間を置かず、ウィンドウ自体も消失した。

 僕の操作ではない。カナリーに任せた事、その影響だろう。程なく黒曜からその内容が知らされた。


《<降臨>のスキルが習得されました。同時に使用許可を求めています》


「許可する」

「ハル! だめ、待って!」


 待たない。戦闘中である。

 セレステが必死な表情で手を伸ばすのを、拡張された意識で冷静に眺めながら、僕の体を光が包んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
正直セレステは驕ったかな…? 特大の地雷を踏み抜いた後やってくるガチのハルと人の最大級の怒気を測りそこねたか 窮鼠猫を噛む、ではないけれど覚悟完了した相手というのは恐ろしいのですよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ