第519話 潤う国庫とかさむ課金
「そんでハル様、具体的にはどーすんです?」
「うん。貿易をする」
「転売っすか?」
「貿易だ」
貿易である。決して転売ではない。
まあ、そのあたりのイメージの問題があるのも、放送をオフにした理由の一つだ。
「なんか儲けが出るアテがあったんです? わたしの調べだと、現状ではさほど利益の出る取引は見込めないと出てますけど」
「利益はさほど求めてないんだ。むしろ赤字でもいい」
「ははーん、見えてきましたよ。要するに、間接的にお金で評価を買うんですね」
「うん。それと、市場の操作をする」
「あくどいっすねえ」
このゲームでは、ショップに並ぶアイテムの量は無限ではなく、在庫の概念が存在する。
加えて、それぞれの国が保有する資金量なども、恐らく設定されている。商業の神ジェードが協力しているが故の細かさか。
資金力の高い国はそれだけ出来ることも多く、商品の仕入れも活発になる。
そして仕入れた商品の傾向によって、その国の方向性すらも変わって行く場合だってありそうだ。
ジェードがかつて実際に起こした、暖房器具の買い占めによる騒動と似たようなものであると言えるかも知れない。
「例えば、魔法の国コスモスは魔石を欲しがっていたよね。それを都合してやることで、新たな魔法開発が進んだりしてさ」
「ありそうですねえ。しかし、どうやって物流を動かすんです? ワールドショップは、プレイヤー専用ですよね? まあ、あれがNPCにまで影響を及ぼしちゃうと、現地経済がズタズタになるんで仕方ないっすけど」
「アイリの世界でもそれはかなり警戒されてたね」
距離的な制約を越えて、一瞬で物流が行われるゲーム的なショップというのは便利な一方、経済的な観点で見れば影響が大きすぎて扱いに困る。
よって、ワールドショップ、つまり全ユーザーが自由にアイテムを売買できるショップ機能は、現地の店舗に影響を及ぼさない。
現地ショップでは購入は出来ても売却はできず、物流を操るのは不可能に思われた。
「でも、さっき開いた他国貴族とのホットラインだけはそれが異なる。貴族の職務として、国の抱えるアイテムを一部だけだが動かせるようだ」
「ほへ~」
先ほどの会談で、フレンド登録のように追加された各国貴族への連絡先。その連絡メニューの中に、国同士におけるアイテム売買、すなわち貿易機能が組み込まれていた。
アイリスの国の所有するアイテムや資金、そのうちの一部を、ハルの権限において動かせる範囲内でのみ、他国と取引ができるようだ。
当然だが、最下級の<男爵>であるハルの動かせる範囲は非常に狭く、今はまだ少量の『小麦』の輸出と、『鉄』の輸入しか行えない。
まあ当然だ、新米貴族に、大きな権限は与えられない。
「だがこの機能で取引実績を重ねれば、それが<貴族>ロールの評価となる。少し楽しくなってきたよ、これは」
「……なるほど? それで放送をオフにしたのね?」
「お、ルナ様、おかえりささいませっす! どういうことですか、なんか心当たりが? あ、あれですか、幼馴染の秘密っすか、夫婦の秘密っすか! 深い男女の中でしか、語れない秘密がそこにはあったのです……」
「何を言っているのよ、あなたは。別に、大したことではないわ? ハルの好きな戦略ゲームでも、よくやっていたな、と思っただけ」
その通りだった。長い付き合いのルナは、そのあたりを隣でよく見てきた仲だ。
外交を駆使して自国の儲けを出すだけではなく、他国の必要としている資源を融通し、一国だけ戦力を増強させ他を刈り取らせたり。または必要としていない資源を買い取らせ、国庫を枯渇させてみたり。
中立の立場で行う貿易でも、十分に敵対的行為が可能なのだった。
「このゲームでも、影のフィクサーを気取るつもりかしら?」
「いや、今のところその予定は無いよ。エメじゃあるまいし」
「なんすかー! わたしだって、裏から世界を操ってたりはしなかったですよー! それを言うならカナリーたちの方が、ずっとそれっぽいじゃないですかあ……」
「泣くなって。可愛いやつめ」
「うぐううぅ……」
器用に目に涙を溜めて、不満を表現するエメだ。またハッキングによってキャラクターに余計な機能を搭載していた。
「今のところは、僕の評価を上げることに終始するよ。どうやらこの機能、国のお金やアイテムの他でも、プレイヤーとしての所持金、所持アイテムも利用できるようだからね」
「……なるほど。国として見れば、無から有を生み出しているに等しいのね? やりすぎると、インフレになりそうね?」
「まあ、さすがに個人ではそこまでの物量は用意できないでしょ。課金にも限度がある」
「そっすねー。いくらお金持ち設定とはいえ、国家予算規模の課金は脳が理解を拒むっす。というか現実の国が介入してきます。日本国に怒られちゃうっす」
「それは遠慮したい」
ただ、そこまで行かずとも<貴族>のクラスアップのための評価を稼ぐには十分だ。
幸いこの神国には、六つの国から物品が集まり、各地の特産品が買い放題だ。更に言えばこの地に到達しているのはハルたちだけであるため、現地ショップでどれだけ荒い買い占め方をしても誰にも気づかれない。
この『貿易』機能を開放しているのも、しばらくはハルだけであろう。取引の際は、放送外で行って優位性を保っていきたい。
そうして早速の、ハルの悪だくみが始まった。
◇
「《おお、もう連絡してくるとは、ずいぶんと拙速主義じゃのう。だが嫌いではない。商売は、何事も速度が命じゃ》」
「どうなるのかと思ったら、これ遠隔会話できるんだ。神機能すぎない?」
「《ん? なんじゃ知らんかったのか? 会話すらままならねば、商談もなにもなかろ》」
「確かに。有効に使わせてもらうよ。それで、さっそく取引しない?」
「《おうさ。とはいえだ、駆け出しのおぬしに動かせる品は少なかろう。ここはわしからの品出しで構わぬか?》」
「ちゃっかりしてる。でも、まあ構わないよ。“全部”もらおう。即金で払うよ」
「《……ほう、大きく出たな小娘。おぬしの権限で動かせる国庫も、さほどあるまいに》」
「名家なんだ、うち」
という設定にしておく。実際はハルが初代だ、先祖など居ない。プレイヤーなので当然である。
だがこれはロールプレイのゲーム。言った者勝ちである。
「《おぬしの懐から出すというのか。後悔するでないぞ……?》」
「ターンごとの支払いも嫌でしょ? 僕が没落したら取りっぱぐれるし」
ちなみに逆はよくやるハルだった。毎ターンの分割払いにしておいて、次のターンに宣戦布告して踏み倒す。そして滅亡させる。
対人戦でやれば友達を無くすだろう。やる際は気を付けよう。
「《まあよい。では小手調べじゃ。ちょうどガザニアの鉱山から仕入れた鉱石がある。魔鉱石の加工を行うと言ったな? 必要じゃろう、全て引き取ってくれぬかえ?》」
「いいよ。全て買おう。商談成立だね」
「《マジか。引っ掛けだったのじゃが、意外と本格的に動いておるのか?》」
「油断も隙も無いよね。さらっと事業規模を探って来ようとしないでよ。探らせないよ? 言い値で全部買うから恩に着るように」
「《おぬしこそ油断も隙もないわ。まだまだこの程度の値段では恩は売れん》」
別に、そういったつもりはハルには無かった。なんだろうか、商人にとっては、恩は金塊より重いとかそういった物があるのだろうか?
まあ、それは相手の事情だ、置いておいてもいいだろう。
それよりも、取引を通じてしっかりとこちらの国に探りを入れてくるのは油断が出来ない相手だ。相手の国が、いま何をどれだけ必要としているかによって、その国の国策を読み取ろうとする。
特に戦略物資の動きは、敵軍の規模を計るのに見逃せない。
「《なら、後はおぬしの国であれば、鉄鉱石じゃな? これはどうする》」
「あ、それいらない。今さら鉄武具なんかで国軍の装備固められても、僕も困るしね」
「《なんじゃ、ぬしら全身鎧で死ぬほど使うじゃろ》」
「騎士団のことは僕の管轄外なんで」
確かに鉄を輸入して国元に送っておけば喜ぶだろうし、ハルの評価も上がるだろうが、それ故にいただけない。
嬉々として、鉄製の装備など増産されても、今後の時代についていけなさそうだ。プレイヤーが参加し、インフレして行く世界を思えば、もっと次世代の装備を見据えるべきだろう。
そんな風に、各国に渡るアイテムの種類によって、国の動きをコントロールしていきたい所である。
「《では、次までにはオリハルコンでも仕入れておこうかの? その時は買うんじゃぞ?》」
「え、いいよ。次は僕が直接ガザニアと取引するから。仲介料せしめないで?」
「《馬鹿者! 横紙破りをするでないわ! きちんとわしを通すんじゃぞ? ……約束じゃぞ? きっとじゃぞ!》」
答えを待たずに、まくしたてるようにして通話は切られた。せっかちな御仁である。それとも反論封じか。
今後プレイヤー需要によって必ず上がる衣料品類など売りつけて、恩を着せたかったハルなのだが仕方がない。
必要なら、また通信を入れればいいだろう。今後いくらでも機会はある、シルヴァ老とは長い付き合いになりそうな気がした。
「あの子、実年齢はいくつなのかしら? なんだかハルみたいね?」
「……老人扱いは止めてルナ。精神的には、僕は見た目相応だよ」
「ごめんなさいね? それで、今のは<貴族>の評価になったのかしら?」
「ならないね。今はひとまず、僕の個人保有にしている感じだから」
「それも凄い話っすねえ。国同士の取引を個人の家の裁量で管理するとか。いや、貴族って感じではあるんですけどね」
「まあ、現代ではなかなか見ないよね」
しかし、この大量に輸入した鉱石類をそのまま国の倉庫に入れたとて、アイリス本国としても困るだろう。
国としては無料で入手できたアイテムでラッキーではあるのだが、今度は使い道に困る。
ハルが買ったのはどちらかと言えばマジックアイテム用の鉱石で、武器防具の作成に向く物ではない。国策として、そこまで大量に消費するものではないのだった。
ならば、これをどうするか。当然ハルが加工して、他国へと売却するのである。
「幸い、魔石、魔鉱石の類はもう買い手が確定している。それを作っていこう」
「コスモスとガザニアですね。しかしですよハル様、さすがに時間が足りないのでは? もうイベント開始まで、つまり休憩時間は三十分を切りました。スキルのリキャストを考えれば、いくらも<錬金>による加工はできそうにありません」
「確かに、<錬金>でやるならね。でも今回は、<錬金>は使わない」
「……なるほど、<信仰>で石を『祝福』するのね? 余っていたものね、チャージした課金力が」
「おお! 流石の以心伝心ですねえ!」
その通りだった。<信仰>はスキル発動の為の信仰心をチャージするのが大変だが、そのぶん発動はとても素早い。
ここに来る際のボス戦において、使わなかった二発目の『神罰』のためのコストが、まるまる余っていた。それを使って、買い付けた大量の鉱石を『祝福』していく。
祝福された対象は、その条件ごとに様々な変化をもたらす。貴族に成れる条件を満たしたキャラクターに限り、永続的に<役割>が変化し、それ以外は一時的な強化効果が掛かる。
アイテムの場合も、条件に沿って変化が生じる物があった。それが、今回購入した鉱石類だ。
「『祝福』すれば、それは魔力を帯びた魔石や魔鉱石に変わるのが分かっている。こんな手軽な加工貿易も無いね。……リアルマネーは、かかるけど」
「……時間があるときは、<錬金>でおやりなさいな」
そうしよう。さすがに無節操な課金のしすぎは、この辺りで抑えておきたい。
ただ、既にチャージしてしまった信仰心は、有効活用するに限るだろう。腐らせておく方がもったいない。
ハルはそのコストを大胆に消費して、鉱石の在庫に次々と魔力を宿らせていった。
そうして、鉱石の輸入、<信仰>へのチャージと、目を見張るレベルの出費によって、大量の外貨がアイリスの国庫へと入金された。
ハルに残ったのは、その取引を成功させたことへの評価。
その功績が認められ、ハルの役職欄には星が更に二つ追加されることとなった。<男爵☆☆☆>である。
この星マークは三つで満了らしく、次に評価値が溜まれば晴れて<子爵>へとランクアップのようだ。
実に、この短時間で神国会談の成功二回分。これを安く見るか、無駄遣いしすぎと見るかは、人によりけりだろう。
そうして秘密裏に評価を高めることに成功したハルは休憩時間を終わらせて、放送を再開する。
ここからは、紫水晶の解析のため、魔法の国コスモスへと向かうイベントの開始であった。




