第517話 魔法の国へお宅訪問
魔法の国『コスモス』からの使者、彼女からの提案に対して、再びハルの手元にウィンドウの選択肢が表示される。
内容は当然、『紫水晶を譲渡しますか?』。これは、少し考えたい。
貴重な素材を手放すことも勿論あるが、これにより各国の関係値がどう動くかは慎重に見極めたかった。
一度商業の国からの誘いを蹴った形のハルである。ここで乗れば、あちらとの関係性に悪影響が出ないとも限らない。
そして何より、己の行動原理はやはり明確にしておきたい所である。
幸い、この選択肢はまだ保留にできるらしい。もう少し、情報を収集した方がいいだろう。
「……とのことだけど、他の国の人たちはそれについてどう?」
「ん? よいのではないかのう? そういった物品を調べるのは、そやつの国が一番都合が良いわい」
「そうですね。ぼくの国は加工は得意ですけど、鑑定に関しては劣ります」
「私も構いませんわよ? なんでしたら、もし入手した際には同じように都合することをお約束しましょうか」
「わからん! なんでもいいぜ!」
この様子を見る限り、少し渡す方に判断が傾いてくるハルだ。
これだと個別イベントというよりも、全体イベントに必要なフラグとして、いったん魔法の国が強調選択されているだけかも知れない。
あとは少し迷うポイントとしては、ハル自身が生産系のスキル構成に大きく傾いている事がある。
確実に貴重な素材だ。これを使ってアイテムを作成することで、ほぼ間違いなく重要アイテムに変化する。
それを手放すことは、少しだけ惜しい。惜しいのだが。
「……分かった。君に預けよう。エメ、問題は無さそうかな?」
「そですねハル様。今のところ、類似のアイテムをドロップしたという報告はありません。あの手のモンスターの現物は、ハル様が初遭遇でしょうね! 恐らくはあれによってイベントフラグが立って、それ以前には影も形も存在してなかったと思われますです」
「同意見だね。となるとやっぱり、アレを倒すか退避するかの選択は、けっこう大きかったという訳だ」
「はいっす!」
エメによる全放送サーチにも、ハル以外に紫水晶とやらを手に入れたプレイヤーは居ないようだ。
それだけ唯一性の高い物。抱えていることに意味がないとは言わないが、同様にリスクもつきまとう。
水晶を狙う勢力の襲撃イベントなど、普通に考えられる。
それに、協力しないことで世界の敵認定でもされたら目も当てられない。
魔王ルートは、もうお腹いっぱいでなハルであった。
「よし、『譲渡する』、と。確かに預けたよ」
「……ん。……確かに、受け取った。……良い報告を期待するといい」
「壊すなよシャール? がははは!」
「……壊すか、カス。お前じゃないんだ」
「俺も壊さねぇ、とは、言えねー……」
「……ふふん」
《うおお! めっちゃイベント動いた!》
《最後までいちゃいちゃすんな(笑)》
《こーれローズさんお手柄ですよ》
《様をつけろ、カス》
《強制すんな、カス》
《流行らすな、カス》
《でもこれどうなるんだ? まるで読めねー》
《今後、変なモンス出るようになる》
《その可能性は高い》
そうして方針が定まったことで、この会談イベントはひとまず終了するようだ。ハルのウィンドウに、イベント完遂の表示が大きく映し出される。
見るからに成功によって幕が閉じたことが、色鮮やかな結果表示画面からうかがえる。
「どうすかハル様? なんかご褒美もらえました? 行っちゃいました、<子爵>? 世界を動かした実感とかどうすかね、今の気分は、一言っ、画面に向かってお願いしまっす!」
「まあまあそれなりに、良い選択を取れたとは思うよ。あと、さすがにこれだけで<子爵>にはなってないね。ただ」
「おっ? なんすかなんすか!? その様子だと、何かありましたね!」
「うん。<男爵>に星マークが付いてる。『男爵☆』」
「うふはっ! 男爵スター! ふふっ」
「いや、そこは『男爵、星一』だろ……」
「わーってますってえ。いや、それはそれで笑えますよねえ。まさかの昇段制」
実績を積み、この星も積み上げることで役職がクラスアップするのだろう。まあ、分かりやすくていいことだ。
イベントは終了したが、個性豊かなNPCたちは即座に消えたりせず、まだこの場に残っている。ここで、更に交流を重ねることも出来るようだ。
さて、このボーナスタイムにハルはどう動くべきか。なかなか、面白い展開になってきたことを肌で感じるのだった。
*
イベント完了後の会議場、五人の有力者は席を立ち、おのおの自由に行動している。
やはり実際は仲がいいのだろう、二人で会話している戦士と魔法の国の男女。
こちらも二人、商売関係の意見交換をしているのか、商人と職人の国。
ハルが居るため、あぶれてしまった形になるのは森の国。ここは連れて来た従者と、今回の会談について見直しているという感じか。
従者もまた、美しい大人の女性であった。
「さて、誰かに話しかけようか。エメはなにか意見があるかな?」
「んー、わたしですかあ? そこはハル様の自由に決めて良いと思うんですけどお。そですね、強いて言うなら、今ボッチになっちゃってる森の人を救済してあげるといいんじゃないかなーとか思ったりしちゃたり!」
「そうだね。僕が来なければ彼女にもパートナーが居たかも知れないものね。その時は誰にも観測されないんだけど」
「そこは妄想でカバーです!」
「妄想するにもまずはキャラを知らないとね」
《キャラから妄想しよう!》
《美女に釣り合うイケメン騎士!》
《いや、歴戦の渋いおじさま騎士だろ》
《女騎士!》
《常にフルアーマーで顔すら不明》
《世を忍ぶ仮の姿》
《中身空っぽそうそれ》
ハルが来なければいつも居たというアイリスの代表はいったいどんなキャラクターだったのか。そこも気になるところだ。
とりあえずそこに関しても、誰かに話を聞かねば判明すまい。ハルはエメのアドバイスにしたがって、森の国『ミント』の代表へと声をかけることにした。
エメの身の上から、寂しいのは良くないと思ったのかも知れない。その気持ちは解消してやりたいハルだ。
「改めて、はじめまして。ハルと言います、今後ともよろしく」
「あら。よろしくねローズさん。私はテレサ、ミントの<外務長官>よ」
「階級は<男爵>だよ。この場の無礼は許容してね」
「気にしないで? あなたきっと、すぐに出世しそうだもの」
「ありがとう。そうありたいね」
にこにこと嬉しそうなテレサ外務長官。詳しい序列は分からないが、響きからすると結構な高ランクに思える。民主制なのかもしれない。
ただどんな政治体制にせよ、正当な手続きであったら、こうして気軽に会話することなど適わなかっただろうことは想像に難くない。
「こんなに可愛らしい子が来てくれて嬉しいわ。あ、ごめんなさいね? 侮るような言い方になってしまって」
「いいや? 君だって可愛らしいよ」
「あら嬉しい。いつもの方はそういった気の利いたことは言ってくれないから」
「へえ、どんな人だったんだろう」
「あら、面識はなかったのね。どういった経緯でこの席に?」
「僕が新たに祝福されて貴族になって、その初仕事かな。なんだか、ここに来たがる人が少ないようで」
「確かにそうなのかもねぇ……」
《話そらされた?》
《なんか訳アリ?》
《ローズお姉さまのこと知りたいのかも》
《百合の香りが漂ってきたな……》
《確かに女の子好きそうな雰囲気》
《ロズテレ、有りだな》
なんだか視聴者が盛り上がっているが、実のところハルもそこまで興味は無い。
この場に来ないと会えないキャラクターなのだとしたら、アイリス所属のハルには永久に関りのない相手ということもあり得る。
それならばそんな縁のない相手のことよりも、目の前の彼女との交流を進める方が有意義だろう。
「それにしても、直接神に見出されたのねローズさん。ここしばらく聞かない、おめでたい話だわ」
「そうなんだ? 日頃の課金が届いたんだと思う」
「アイリス様もきっとお喜びになっているわ。でも分かる気がする、貴女からは、並外れた信仰の力を感じるもの」
「そうかな? そりゃ、嬉しいね」
何とも答えに窮する。確かに並外れた信仰をしているが、その実績データがNPCに伝わってしまうのか。
己のプレイスタイルが正しかったことを誇るべきか、何でも金で解決してきたことを恥ずべきか、悩むところであった。
「確かにのう。おぬしであれば、あの巨大な水晶を核としたモンスターを討伐できたのも、納得できるわい」
「君は……、確か、シルヴァさんだったかな。お褒めにあずかり光栄だね」
「もう、おばあ様? 今は私がローズさんとお話しているのに……」
「かはは、腐るな腐るな。それにコイツに予約をいれていたのは、わしが先じゃ。小娘、商売の話がしたければわしに話を通すといい。必ずや力になれるだろう」
「事実ではあるけれど……、ローズさん? 食い物にされないように気を付けてね。そうだ、困ったら私に相談してちょうだい。おばあ様がわがままを言った時とか」
「言わんわ! それに、小娘ならそのくらい自力でなんとか出来るじゃろ、赤子であるまいに!」
「ありがとう二人とも、頼らせてもらうよ」
《ローズ様、モテモテだぁ》
《だが女だ》
《じゃあお前ローズ様が男にモテるの見たいの?》
《見たくない!》
《これ何か起こったの?》
《なんだろう、連絡先交換したとかかな》
まさにその通りであった。テレサとシルヴァから、個別の連絡先がハルへと渡される。
これで今後はいつでも、彼女らと連絡が取れるようになったらしい。NPC用の、フレンドリストといったところか。
とはいえ実際のやりとりはどうなるのか、使ってみないことには分からない。
現実の連絡のように、いつでも何処でも、即時通信が繋がるということは無いかもしれない。ファンタジーらしく、手紙でのやりとりだったりするのだろうか。
「……登録、終わった? ……ならもういいよな。本当にそいつの予定を抑えてたのは、私」
「なんじゃ、せっかちじゃのう。それこそ後々嫌でも話すんじゃから、今は遠慮せい」
「……そういう訳にもいくか。……この先の日程を詰めなければならないんだ、お前らが遠慮しろ」
「確かに、そうねえ。コトは一刻を争う可能性もあるものね。世間話は、道中ですればいいかしら」
「それは言えとるな! では、わしも支度するとしようかの!」
「……ついて来る気か。まあいい、歓待はできないからな」
……何の話をしているのだろうか。なんだか、ハルを置いてきぼりにして会話が進行している。
まあ、それはこの神国会談イベントのスタート時から変わらない。分不相応に<貴族>となった時点で覚悟すべきこと。
「……ローズ、一時間後までに準備をしてこい。……この塔の最上階で待つ。遅れるなよ」
「ああ、了解したよ」
再び、ウィンドウに残り時間と目的地を示すポイントマーカーが表示される。
どうやら、一つのイベントクリアと同時に、強制的に次のイベントへと巻き込まれてしまったようだった。
*
「そんで、ハル様はなんだと思います、次のイベントってのは? わたしはあの、むくれクール美少女ちゃんのご自宅へご招待されるんだと思いますが! あ、ちなみに最上階についての情報はゼロです! どこを見渡しても、一切のデータがありまっせん!」
「それはそうだろうね。ここに来てるの僕らだけなんだし。ルナたちの方で何か調べられればいいんだけど」
「皆様はお買い物に夢中でっす。残念っした!」
「まあ、いいけど。普通に考えれば、上部に飛空艇の船着き場でもあるんだろうさ」
「可能性は高いっすね。お貴族さま専用ヘリポート! 急な視察にも安心な、二十四時間いつでもプロが待機! 税金の無駄遣いと、庶民からは揶揄されてしまうんでした!」
「ヘリポートとか久々に聞いたね」
いつも通り、少しばかり時代の感覚が古いエメなのだった。
しかし、発想としては正しいようにハルも思う。上流階級だけが使える特別な移動手段。この会談において、今回のように何か緊急で国元に知らせなければならない際に役に立ちそうだ。
「それで、ハル様はどーします? 時間まで、ログアウトしておきますか?」
「ん? ああ、僕は必要ないけど、アイリたちには休憩してもらおうかな。特にメイドさんは不慣れだし」
「そっすね! んじゃあ、わたしから伝えときます! あ、もちろんわたしは問題ないですよ! ハル様が何かしたいなら、当然お手伝いしますんで!」
「ありがとうねエメ。しかし、視聴者の方にも休憩は必要だよね、流しっぱなしだし。いったん、放送だけ落とそうか」
「おお? じゃあその間は、ハル様のオフを独り占めっすか? くっふっふー、悪いですねえハル様ファンの諸君! ここからは見えないところで、わたしたちでデートっすよ! いやー、楽しみだなあ」
「煽るな、おバカ」
《全然問題なし》
《むしろどんどんデートして!》
《というかデート配信して》
《休憩無くていいのに》
《いや、休憩たすかる》
《ついてると見ちゃうからなー》
《離れられない(笑)》
アイリスの城探索から、準備のための奔走期間も含めて、放送はずっとつけっぱなしだ。ここらで一度休憩をはさんだ方がいいだろう。
ログイン時の活動については、放送するか否かはプレイヤーが任意で選択できる。
もちろん、常に放送をつけておいた方が広告効果による収入は増すが、それが全て正解とは限らない。
内容のメリハリは勿論のこと、見せたくはないプレイなども中にはある。
そのためハルは仲間たちの休憩と共に、一度自分の配信もオフにして、エメと二人で活動することを決めたのだった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。(2023/4/10)(2023/5/18)




