第515話 六花の塔
神官兵に護衛されながらの行路は、非常に平和な道ゆきだった。鳥の優しくさえずる並木の道は、それをゆく者に穏やかな安らぎを感じさせてくれる。
平和という言葉を絵に描いたような情景に、ここが争いを禁じる神聖な地であることを突きつけられているようだ。
そんな楽園の風景を具現化したような道のりを、目的地である島の中央へと馬車は向かう。
この神国は、『島』と呼ぶにはいささか巨大な孤島の上に、複数の港と街が点在する。そしてそれら全ての中心には、あの何処からでも見上げる事の適う巨大な建造物があるのであった。
巨塔の名は、『六花の塔』というらしい。
「あれは塔で正しかったみたいだね」
「やはり、“らすだん”、なのでしょうか!」
「いやー、嫌ですねーアイリちゃん。結局“あの”塔は、ラスダンじゃなかったじゃないですかー……」
「そうかいエメ? 実質、あれがラスダンだと言っても過言じゃない気もするけどね」
「あは、あははは……、ご容赦願いますです、ハル様ぁ……」
「うん。身内ネタはこのくらいにしておこう」
自身の建てた、『エーテルの塔』を思い起こされて、エメが冷や汗をかいたような慌てぶりとなる。今のこの体も、ログイン前の体も汗をかかないというのに器用なことだ。
未だに、あの時のハルたちに迷惑をかけた件について負い目があるらしい。ハルとしては責める気はもう無いが、反省は必要だろうから、必要以上にフォローはしないでおく。
ともかく、視聴者には関りの無いことだ。疎外感を与えてしまう前に、話は切り替えた方が良いだろう。
「……こちらの話ですまないね。それよりも、『六花の塔』だ」
「近づくにつれて分かってきたことですけど、ハル様! あれですねえ、形もどうやら花弁を模してるようですよ、上から見れば。あのマスドライバーみたいな塔の下に、平たい六枚のオブジェクトがあるようで。いやー、土地の無駄遣いですねー」
「なんだかメガソーラーみたいだね」
「あー、なんかありましたねえ、すり鉢みたいの」
皿状に太陽光を反射させ、塔の上部へと集中させる機構を、過去の資料で見た気がするハルだ。
もちろんこの魔法の世界において、そういった科学的システムなど存在してはいないだろうが、この形にはなんらかの意味があるのかも知れない。
その巨大すぎる塔が、そろそろ近づいてきた。近くで見ると、異様すぎる大きさだ。物理的にあり得ないサイズと言っていい。
それこそ科学的に見れば、自重で崩壊して当然。そこもまた、魔法の世界ならではの建築であった。
《でっっっっっかいなぁ》
《何のためにこんなデカいんだ?》
《まさか本当にラスダン?》
《もう試合終了のお知らせ?》
《まっさか》
《普通に考えたら、神の威光を知らしめるためだろ》
その巨大すぎる花弁の中に、馬車はそのまま入って行く。
外観からは分からなかったが、この花びらの中には街が広がっているようで、直接内部まで道が通っていた。
その中央の大通りを、ハルたちを乗せた馬車は更に一直線に進み続ける。
「ドーム内に作られた街って感じだ。屋内だけど、閉塞感はないね」
「天井が高すぎるせいですねー。花びらの中はもっとぎっしり詰まってるかと思いましたが、見掛け倒しですかー」
「カナリーならぎっしり詰める?」
「詰めますねー。効率は大事ですー」
「気が合うね」
かつて世界一つをぎっしりと埋めつくし、一つの超集合住宅と化してしまった己の街作りを思い出してしまうハルだ。
現実にそんなことをすれば、ストレスで住人はおかしくなってしまうだろう。
そんな狂気とは無縁の住みやすそうな街を縦断して、その奥にそびえる塔の入口へと、馬車は直接入って行くのだった。
*
「こちらの部屋を、自由にお使いください。会談が始まりましたら、またお知らせに参上します」
「街には出ても?」
「構いませんが、ローズ男爵はどうか待機いただければと思います。そこまで猶予はありませんゆえ」
どうやら、イベントの進行まではさほどの合間は開かないらしい。
確かにここまでの移動時間でけっこう掛かっている。このうえ更に待機となると、イベント進行が遅くなりすぎるからだろう。
観光は、大人しくイベントが終わってからにした方が良いだろう。
「会談に参加できるのは僕だけでしょうかね」
「いえ、補佐の方を伴っても問題ありません。ただ出来れば、一名までにとどめた方がよろしいかと」
「……そうなると、残りは街を見に行ってもいいかもね」
ハルと離れても、各自自分の放送を継続することは可能だ。その間待機のみでは、退屈になってしまうだろう。
観光映像の方が会議よりも興味ある者も居るだろう。どちらに流れてもハルたちのプラスとなる。そこでメリハリを付けてもいいかもしれない。
「しかし、一人か……」
「誰が行く? 私は、堅苦しい場とか慣れてないから、アイリちゃんとかが良いかな?」
「わたくしですか? もちろん、問題はありませんが、カナリー様や、エメさんの方が適任ではないでしょうか?」
王女であり、政治的な駆け引きにも強いアイリは確かに適任だろう。だがそのアイリは、自分より格上としているカナリーやエメ、つまり神様組を推薦している。
自らは不向きと真っ先に引いたユキや、主張の無いルナでも問題は無いだろう。これはゲームだ、政治力もそうだが、ゲームセンスも問われる時がある。
そのアイリから指名されたカナリーであるが、こちらはあまり乗り気ではないようだった。
「私ですかー? 政治って、よく分からないんですよねー?」
「なんと!」
「だって圧倒的な力でもって全ての案を通せば、必要なくありませんー?」
「言いたいことは分かるけどね」
神様特有の危険思想だ。事実、梔子の国の政治体系はカナリーを頂点とし、王族ですら彼女の決定に異を唱えることは出来なかった。
「……仕方ない。このワガママお嬢様に任せると不安が残る。エメ、君を連れてくよ」
「おお? わたしですか、わたしですか? いいですねえ、ときめきますねえ。ついにこのわたしの頭脳が、ハル様のお役に立つ時がきたんすね! いやー、長かった。思い起こされるのは雌伏の日々。今日この日は一転して至福の日! まさに、」
「やかましい。会談中はその口は基本的に閉じてるように」
「はーいっ!」
……本当に大丈夫であろうか? しかし、エメの能力は本物だ。優秀な頭脳となるのは間違いない。
その後、さほど間を置くことなく、会談の準備が整ったことが神官によって告げられるのだった。
*
エレベータのように、ハルとエメを乗せたリフトが塔を高速で上昇して行く。
会談の席は塔の上部、六つの塔が近づく地点にて、その中心部に空中回廊が設けられてそこで行われるようだ。
「それでですねえー。どうやら他の塔はおろか、他の花びらも他国の人間は立ち入り禁止。顔を合わせるのはそこと地上の中心部、二か所のみなんだとか。あ、空中が権力者用で、地上が庶民用の交流場っすね」
「よく調べたねエメ。偉い」
「えへ、えへへ、偉いですか? わたし偉いですかあ? にししし」
実際、感心している。この短時間で、しかもずっとハルたちと行動を共にしながら、いったいどうやって調べたのか。
その答えは、各国に散らばるプレイヤーたちの放送を見て、ということである。
今このゲームで、最も感心が高いのがこの神国会談。つまりハルに対して注目が集まっている訳だが、肝心の神国についてがさっぱり分からない。
そこで、プレイヤーそれぞれが、己の取れる行動範囲において、情報収集を繰り返した。
数は力、中には、NPCから有益な情報を引き出すことに成功したプレイヤーも存在する。その情報を“全て”エメは総合し、この地についてほぼ正確な投影図を完成させていたのだ。
「それでですね、それでですねハル様! この神国会談ってやつの目的は、今よりむしろ有事にあるとか! 互いに国がいがみ合ってる時だとしても、この神国内では強制的になかよーくしなきゃなりません! そーゆー場なんですね」
「なるほどね」
《イチゴちゃんすげー》
《めっちゃ頭いいじゃん》
《相変わらずどっから情報得てんの?》
《流石はお嬢様だよな》
《リアルでもこうして稼いでるのか》
《一番おバカっぽいのに》
「こらー! おバカって言うんじゃないですよ! 誰っすかそんな失礼なこと言うのはまったく!」
かつては人間としてひっそりと社会の裏に潜みながらも、己の都合の良いように歴史を進めてきたエメだ。その手腕は年季が違う。
そんなエメが語るところによると、今のような特に国同士の関係に問題の無い時期は、会談といってもあまり目的は無い形式上のものだとか。
今後、大きなイベントにより世界が荒れたりすれば、この場は改めて意味を持ってくるのだろう。
「……着いたみたいだね。おお、けっこう高いね」
「スケスケっすねえ。わたし、下から覗かれたらおパンツが見えちゃいますね! にふっ!」
「変な笑い方するんじゃあない。あとどんな視力だよ……」
「えー、気にならないんですかあ? ハル様もドレスだから、おパンツ見えちゃいますよー。あ、折角の高級下着だから、むしろ見せつけたいと!」
「そんな訳ないでしょ。第一、このゲームじゃ下着類は見えないよ」
賞金が存在するため、ある程度の年齢からしか参加できないとはいえ、区分としては全年齢対象のゲームだ。
そうした性的な要素の強い部分は、あらかじめ削除されていた。
そんな、下から見れば丸見えな透明な通路を通り、ハルとエメは空中に浮かぶ会議場へと入る。
その内部には既に、各国の<貴族>にあたる重鎮たちが着席し待ち構えているのだった。
*
「揃ったみたいね。あら、新顔ね? はじめまして」
「はじめまして。僕はハル、お待たせして申し訳ない」
円卓のように、六等分された丸いテーブルへと神官によって案内される。ハルが最後の一人であり、着席次第イベントが開始するようだ。
声をかけて来たのは、対面にあたる森の国出身の女性。若いながらも堂々とした貫禄のある、まさに有力者、といったタイプである。
「態度がデカいぜ新入り! 新参者らしく、隅で大人しくしてんだなぁ、はは!」
「いやすまない、ここでは階級問わず無礼講と聞いたものでね。とはいえ、筋は通そうか。国からの土産があるので、受け取ってくれ」
「ほお! 感心じゃねぇの! お、俺この菓子好きなんだよな!」
「気に入ってくれて嬉しいよ」
貴族街で買った高級な特産アイテムのお菓子を、この場で即開封して食べ始めるのは戦士の国の者。
国選択の際、強者こそ上の地位にあるという国家説明があったので、彼も戦闘能力が高いのだろう。見た目も筋肉が非常に主張している。
なにげに、今まであまり見ないタイプだった。アベル王子も態度は粗野でありながら、体形はスタイリッシュさが強かった。
贈物を快く受け取ったのは、彼と、最初にハルへと話しかけてきた森の国の女傑の二名。他は、まだ多少の警戒があるようだ。
当然か、ここに座するは皆それぞれの国の有力者。毒殺等の警戒があろう。
ただ、行動自体が間違いとまではいっていないらしい。一応、加点要素にはなったようである。
態度の差は、国同士の関係値の差だろうか? となると騎士の国アイリスは、森の国と、戦士の国との関係値が良好のようである。
「……ガルマ、お行儀悪い。……食い散らかすな、カス。……そもそもここで勝手に開けんな」
「んだよ、ヒトの国の事情に口出すな、カス!」
「……常識だ、カス」
「カスカスカス!」
一方、こちらは仲が悪いようだ。いや、この遠慮の無さは、むしろ仲がいいのだろうか?
ガルマと呼ばれた大男といがみ合っているのは、魔法の国の代表者。こちらはとても小柄な少女だった。
《やっぱ戦士と魔法使いは仲悪いってことか》
《いや、これは照れ隠しだね》
《むしろデキてる》
《幼馴染と見た》
《国が違うのに?》
《……そういうこともある、かなぁ?》
《会議の席でいちゃいちゃすんの止めてもらえます?》
《今後くっつく展開ある?》
言ってしまえば、この場に配置されているのは、会談イベントのためだけの、その場限りのNPCだ。
しかしそう言い切るには、なんとなく個性が強い面々が多い気もする。
ハルを案内した貴族や神官は、もっと没個性っぽさが強い目立たないデザインだった。
もしかしたら、今後彼らは何かしらのイベントに再登場してくるのかも知れない。
そうなると、本来ハルが居るこの席にも、アイリスから出場するNPCが居たのかも知れない。それは一体どんなキャラクターだったのだろうか。
ただ、このゲームのNPCは“あちら”と違って異世界に生きる人間ではなく、キャラクター付けされたAIだ。
彼らとの関係性は、一般のプレイヤーに任せることにしようとハルは思っている。
ハルの目指すのは、その上に居る運営の神様たちのみ。この神国でも祀られているだろう彼らに、どうすれば接触できるのか、そこを探っていきたいハルだった。
※誤字修正を行いました。「話だですまない」→「話ですまない」。
話だで。なんかなまってそうな響きでちょっと面白いですが、ハルの発言なので普通に修正ですね。特に今のハルはお嬢様なので。
ユキだったら、ありかも?
追加の修正を行いました。(2022/7/2)(2023/5/17)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




