第514話 いざ上陸の神国
エメの<召喚魔法>で呼び出されたモンスターがボス敵の眼前に現れる。
これはエメが呼び出したとはいえ、こちらに敵対する存在だ。さりとてボスの味方でもなく、第三勢力。
タコのような海生ボスにとっては、急に目の前に敵が増えたような状況だろう。
召喚モンスターにとっても、タコがより上位の脅威。ユキは三者の間の位置取りを上手く調整し、二対一の状況を作り上げていた。
「エメちゃ! ナイスデコイ!」
「いえーい! 任せてくださいっすよーユキ様! どんどん行きますよお。あ、ハル様、申し訳ありませんがお支払いのほどよろしくお願いいたします……、これ、一発で体力コストほぼ全消費しちゃうんで……」
「当然やるから、露骨に腰を低くするな君らしくもない」
《もう回復は現金でやるのが当たり前になってる(笑)》
《普通は<召喚魔法>こんな連発出来ないんだよなぁ》
《使いづらすぎてハズレスキル扱いになってる》
《<召喚魔法>は大富豪専用かー》
《もしくは、アイテムが潤沢になった後》
《後半に輝くタイプ》
《つっても、結局スキル上げにコストかかる》
《上級者向けには変わらんな》
《大器晩成》
強そう、格好よさそう、またはお供が欲しいといった理由で、最初に<召喚魔法>を選んだユーザーは多く居る。
しかし、その消費MPやスタミナの高さに、回復アイテムもままならない今、非常に苦しい思いをしているようだ。
何せ、一回使ったらほぼ枯渇。戦闘の収支としては、まるで割に合わない。
本当に趣味としてこだわりの強い者しか使い続けられずに、キャラの作り直しが多発していた。
ただ、そうした際物調整なスキルを使いこなせる者は、一気に爆発的な人気を得られるだろう。
エメは、あえて敵性判定のまま呼び出すことで、消費するMPに対して強力なモンスターを呼び出すという戦法を取っていた。
これは下手に真似をすると、敵が二倍になるだけの更に際物な技である。
そのモンスター召喚の存在により、敵の触手を防ぐ手順に余裕が生まれた。
「よし、メイド部隊、<眷属技能>を僕に集中。アイリも『聖歌』を使用して。カナリーは攻撃は諦めて相殺狙いで」
「私はどうしようかしら?」
「祈っていてくれ、僕の勝利を」
「わかったわ? 新しく武器を打って、投げつけておくわね?」
「……おてやわらかに」
材料費を一切気にすることなく、『爆弾』としての武器を生み出し始めたルナはともかく、全員の連携によりハルへとパーティの戦力が集中する。
全ての行動は、ハルのこれから行うスキルのための時間稼ぎだ。
「信仰力、課金」
ハルは<信仰>スキルに使用する専用コストを、課金により強引にチャージしていく。
本来なら長い時間をかけて溜めていくか、大量の供物アイテムを捧げてまかなうところを、ゲーム内リソースを一切使わず、即時、装填してのけた。
「戦慄くがいい。貴様に課金の力をみせてやる」
《いま絶対、課金って書いてかみって読んだ(笑)》
《課金の力わくわく!》
《この一瞬でいくらつぎ込んだ(笑)》
《無限に課金できる<信仰>ってやばくね?》
《やばいのは課金しちゃう方だって》
《この信仰心(現金)どうなるんだ(笑)》
枷を外されたように、無制限につぎこまれていくハルの課金力。弾倉に現金が装填され、発射準備が整った。
その銃口の名は『神罰』。神の怒りにより撃ち下ろされる、回避不能の一撃である。
「食らうがいい。『神罰』、執行」
スキルの宣言と共に、敵ボスの巨体の中央に歪みが生じる。
一瞬それは、柔らかい身体がたわんだ物かと思われたが、すぐにその歪みは大きく広がり、ボス全体を飲み込んだ。
空間そのものが、歪んでいる。
その歪みの中心から、輝くエネルギーが放出され、不可避のダメージが発生する。
それは対象を問わないようで、不用意に近づいてしまったエメの召喚モンスターも、成す術なく飲み込まれ消えていった。
「アハハハハ! 見たか、課金の力を!」
「楽しそうだなぁ、ハルちゃん」
「……おっと」
テンションを上げるのは程々にしないといけない。ローズとハルの共通点が浮き彫りになってしまう。
あまり表舞台には出ていないハルだが、操作性の特殊なゲームには大抵手を出しているので、上手い人ほどハルを知っていた。
「……おしいね。まだ生きていたか、僕のレベルが低すぎたかな? どれ、神の威光が疑われてもいけない。ここはもう一発」
「いやいやいやいや。さすがにオーバーキルっしょハルちゃん」
続けざまに『神罰』を放とうと課金していると、ユキから制止が入りハルも冷静さを取り戻した。
まだ生きて活動を続けていたと思われた海魔類は、その頭上のAR表示を見ると既にHPもMPもゼロとなっている。
どうやら動いているのは、イベント終了のための演出のようだ。
ひとまず油断し過ぎないようにしつつ、何が起こるかと見物していると、どさり、と大きな音を立ててモンスターは甲板に横たわり、毒々しい紫色の光となって消えていった。
「……なるほど? 意味深な演出が気になるけど、ひとまずこれで戦闘終了のようだね」
手元に開いたメニューには、今回の戦闘結果が表示された。
非常に格上のボスを倒したとあって、ハルたちのレベルは全員一気に急上昇した。ハルは40レベル、他のメンバーも30付近へと上がり、当然ながら現行プレイヤーのトップとなった。
ちなみに、ここまでは実はハルがトップではない。常にモンスターを休みなく狩り続けていたソフィーが、少しだけ先行していた。やはり侮りがたし。
「アイテムドロップもあったよ。『輝く紫水晶(大)』。意味深だね」
《うおおおおおお! すげえええ!》
《ローズ様万歳! ローズ様最高!》
《課金の勝利じゃああ!》
《現金の前にひれ伏せ!》
《一発うん万円の大盤振る舞い!》
《しかも次弾装填済み!》
「……そう言われると、今後は控えようかと思えてくるね」
「本当よ? さすがに少しばかり品がないわ?」
「そういうルナの投げつけていた剣は、一本おいくら?」
「……お互いに、今後は控えましょう?」
本当に何でもかんでもお金で解決していたら、いくらお嬢様とはいえ顰蹙が勝りそうだ。
今後は、ゲーム内リソースの獲得を加速させ、その収集率アップを軌道に乗せたい。
なお、その為にはコストに惜しみなく課金することになるのは、言うまでもなかった。
*
「本当に、どう感謝を告げればよろしいのか! 本当に本当に有り難う御座います、男爵さま!」
「構わない。君らもこれで課金の力がよく理解できただろう」
「はい! 神国の地では、あちらの船員仲間に自慢話が出来そうです!」
「あまり、嫌味にならないよう注意しなよ。相手への敬意を忘れぬように」
「き、気を付けます……!」
ボスを倒すと、興奮気味に駆け寄ってきて、メイドさんに阻まれていた船員たちの対応をハルは済ませておく。
そういった細かい対処も、ロールプレイの一環として判定されそうだ。小さなところも気が抜けない。
ただ少々、尊敬の過ぎる視線が気になるので一旦船室へと入ろうかとハルが思っていると、もうその間はあらず、目的地である陸地が見えてきたようだった。
あれが目指す神国とやらであろう。説明なしでも、すぐに理解できた。
「高い塔ですねー……」
「そうだねアイリ。塔というより、ああいうオブジェにも見えるけど、何なんだろうね?」
「象牙のようです! 本数は……六本でしょうか!」
「そのようだよ。きっと、一本につき一柱の神様が対応してるんだ」
神国のあるらしい陸地には、上陸する前から既に、非常に目立つ物体のシルエットが確認できた。
空気遠近でぼやけて見えるその巨体は、それでも白く美しい。陽光を反射して輝く様は、非常になめらかに磨き上げられていることをこの距離まで伝えてきた。
それは天高く塔のようにそびえ立ち、ゆるやかな曲線を描いて空を衝く。
六方向から、中央に向けて集まり先端付近で合流している様は、いったい何を表現しているのだろうか?
その六という数字は、ゲーム開始時に選べる所属国の数を思わせる。
神国というネーミングから、その国を守護する六柱の神々を、それぞれ表していると推測をつけることが出来るだろう。
「ぐんぐん近づいてきます! このお舟、実はとっても速かったのですね!」
「そうだね。とても静かな航海だから、意識してなかったけど」
「あのモンスターは、どうやってこの速さに乗り込んできたのでしょうか!」
「……そうだね。それは、ゲームだからね」
普通に考えれば、弾き飛ばされて終わりか、速度を捉えられずに終わりかどちらかだが、気にしてはいけないのだ。ゲーム的なお約束なのだ。
その速度によって、滑るように港へと入港したアイリスの船は錨を降ろし、ハルたちもすぐに港へと降り立つことが許された。
ここでは、普通の船として係留されるようだ。さすがに、あの天を衝くオブジェに飛んで直接乗り付けるのは畏れ多くて許されないのか。
《おお、港町じゃん》
《雰囲気いいなー》
《初めての港町》
《ローズ様いちばんのりー》
《……多分だけど、ここが一番って想定外だよな》
《だね。普通なら所属国の港が最初のはず》
そんな初めての港町は美しく、見上げる塔と同じように白く磨き上げられている。
アイリたちの世界の国、マリンブルーが守護する群青の国ともまた違い、あちらで見られたような潮風による腐食も無い。
あえて言い方を悪くすれば、生活感や人間味といったものが感じられないと言うことも出来ようか。
清浄すぎるその港には、既に出迎えの人員が待ち構えていた。
規模は小さいがしっかりと国賓待遇のようで、道の脇に神官風の兵士が並んで配置されている。
ハルの方も、メイドさんたちと隊列を組んで、大仰に歩み出て行った。
その道の中央に、位の高い神官だと思われる豪華な服のNPCが待ち構えていた。
役職を確認すると<大神官>。周囲を固めるのは<神官>。これが高いのか低いのか、そこはまだ不明だ。
「よくぞこの地へお越しくださいました、アイリスの加護を賜りし者よ。歓迎します、どうぞ安らかにお過ごしくだされ」
「歓迎、感謝します、神々に仕えし僕たちよ。お待たせしてしまい、失礼をいたしました」
「いえいえ。聞くところによれば、モンスターの襲撃があったとか。御身が無事で、何よりです」
政治的な力関係が分からないので、とりあえず上下関係があやふやな喋り方でハルはお茶を濁す。
これでもし、神国の人間は政治的に上位であったら評価はマイナスだ。
だが、基本的に偉そうに振る舞うのがハルの取るロールプレイである。その判定はプラスになると信じたい。
「皆様、お怪我などはございませんでしたかな?」
「ええ、もちろん。偉大なる神の加護により、誰一人として傷付いておりませんよ」
完全なるノーダメージ勝利である。得意顔が押さえきれないハルだ。それを聞いて、大神官は非常に嬉しそうに顔をほころばせた。
……いや、相手もゲーマーという訳ではないはずだ。『神の加護』を強調したあたりを、喜んだのだろう。
「素晴らしい! 形式上だけでなく、貴女様は神に愛された身の上のようだ」
「日頃の祈りに、応えてくださったのみにございます」
「うんうん。うんうんうん」
《日頃の祈り(課金)》
《日頃の祈り(信仰歴一日)》
《応えてくれた(スキルで応えさせた)》
《応えてくれた(お買い上げ、ありがとうございます!)》
外野がうるさかった。まあ仕方ない。ハルだってそう思っている。
ただ、実情がどうあれ結果としては嘘ではないため、そこがイベント展開に判定されているのだろう。
この反応の良さを見るに、<信仰>スキルで敵を撃破したのは良い判断となったようだ。
ここからは陸路で、あの巨大施設へと行くようだった。使役されたモンスターの引く馬車へと案内され、何班かに分かれて乗車していく。
短い付き合いとなったが、別れ際にアイリスの特産品のお酒をプレゼントしたところ、大層喜ばれた。宗教的には、お酒はオーケーであると分かった。
「道中も、必ず貴女様には神の加護があることでしょう。お前たち、しっかり頼みましたよ?」
「はい、大神官様!」
「……そうそう、ご存じかとは思いますが、念のために確認を。この地においては、どなた様であっても神の下に皆平等。お国元での権威を、どうか笠に着ることのありませぬよう」
「ご安心ください。心得ております」
そもそも笠に着るほどの権力がないハルだ。何を隠そう、こちとら序列、堂々の最下位。
信心の賜物か、贈物の成果か。恐らくイベントのヒントと共に、馬車の警備強化を神官兵に言い含めてくれた。
これは警備がなければ、また襲撃などあったのだろうか? だとしたら、少し惜しいことをしたかも知れないと逆に思ってしまうハルだ。悪い癖である。
《これって『偉そうにしちゃダメ』ってこと?》
《だろうね。権力振りかざしたらマイナスってヒント》
《でもそんなことする奴って居る? 普通?》
《やる度胸ないよね、ロールプレイとはいえ》
《やるやつはやるよ?》
《むしろコレさ、庇ってくれてるんじゃないの》
《何から?》
《他国の有力貴族が圧かけてきた場合》
《あー……》
ハルも同意見だ。もし政治的に立場が低いハルが、例えば他国の<侯爵>から外交圧力を掛けられたとして、それに従う必要はないと保証してくれていると取れる。
もちろん、そんな決まりなど建前であり、実際は要求を飲まざるを得ないことがほとんどだろう。だが、わざわざ念押ししてくれたことに意味がある。
これは、『もしもの時は神国が間に入って取りなせる』、との保証であると考えられた。
そんな、一筋縄ではいかなそうな会談の席に、ハルたち一行は向かって行く。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/20)




