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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部1章 アイリス編

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第513話 眷属技能

「釣りがしたいですね!」

「おおっ、アイリ(サクラ)ちゃんも分かってきたねー。そうだよねぇ、MMOで海といえば釣りだよねぇ」

「初期スキルの一覧にも当然あったね。釣り」


 ゲームにおける、スキルやミニゲームといったサブ要素では、かなりの率で搭載されているのが釣りに関わるシステムだ。

 フルダイブゲームは初心者のアイリだが、そのせいで釣り要素への理解は深い。


 きらきらと陽光に輝き、船体が切り裂く波しぶきに彩られる海を眺めながら、束の間の旅行気分。

 モンスターが襲ってくることは今のところなく、平和な待機時間の雑談日よりの船上だ。


「メイドたちの誰かに、覚えさせますか?」

「ご命令くだされば、すぐにでも」

「……そうだね、今はやめておこう。みんなのスキルは、後で決めようね」

「はい。ご采配をお待ちしております、ハル(ローズ)お嬢様」


 メイドさんのスキルに関しては、少々悩ましい。ハルも今のところ少し考えてしまっている、何せ全体像がまだ見えない。


 メイドさんたちの人数を生かし、各々にまるで違うスキルを覚えてもらうか。

 それとも、全員のスキル構成を統一してもらい、誰がどう組んでも同様の戦力を発揮できるように仕上げてもらうか。


「せっかくだし好きに楽しんでもらいたい気もするけど、『好きにしろ』というのも、困ってしまうだろうからね」

「お嬢様がたのお役にたつことが、私どもの何よりの楽しみです」


 本心から言ってくれている。そんな彼女たちにこそ、初めてのゲームを自由に遊んで欲しいところだが、初めてだからこそ狼狽うろたえてしまいそうだ。

 右も左も分からない中で、もしハズレのスキル選択をしてしまったら。ハルたちの足を引っ張ってしまうのではなか? その不安が感じられるハルだった。


 そんな不安を解消してあげるためにも、ハルがしっかりとリードしてあげなければならないだろう。

 焦らずに、よく考えようとハルは誓う。


「……んー。<釣り>の開花、いけるか? <調合>で練り餌とか、<細工>でルアーを作ったりして派生したり」

「まーたハル(ローズ)ちゃんが戦闘から遠ざかろうとしてる。最高レベルのチミが頼りのチームなのだぜ?」

「とはいえ今から戦闘への派生も、どうしたものかね? 見事に生産一直線なんだが」

「<信仰>の力で、敵を成仏させるんだハル(ローズ)ちゃん!」


《神の力つっよ(笑)》

《でも現実的かも?》

《他が本当に生産だしなぁ》

《<信仰>からなら何か魔法出そう》

《<回復魔法>とか出たら御の字》

《むしろ<釣り>を出して釣り竿で攻撃しない?》


「まあ、ここはユキ(ユリ)の忠告に従って、大人しく戦闘方法を模索しようかね」

「おっ、釣りは良いの?」

「良い悪いというか、今のとこルアー作成とか、無いから」


 それに、これから向かうは神国である。そこで何かイベントがあった時のため、<信仰>の強化をしておくのは手堅い選択だろう。

 ハルは再び<信仰>のスキルメニューを開き、スキルアップでのんびり船旅を過ごすことにした。





「……『祝福』のコマンドは、僕以外には永続効果は及ばないのか。まあ、及んだら壊れだよね」

「支援魔法として使うには、費用対効果が微妙だね。リキャストタイムも」


《自分以外も聖別できたら、ぶっ壊れだよなぁ》

《お手軽に貴族量産できちゃう》

《全人類貴族化計画》

《それもう一周回って全員平民なんよ》

《真の平等?》

《どうせ貴族の中で序列が生まれるだけ》


 ハルも同意見である。真に平等な世界などそう簡単には訪れない。

 それこそ、マリーゴールドが求めたあらゆる人間が精神統合された世界くらいだろうか?


 さて、それは良いとして、今ハルとユキが試しているのは『祝福』コマンドの効能だ。経験値稼ぎにもなる。


 ハルの貴族化のイベント効果の他にも、支援魔法のようなステータス強化の力が存在すると分かった。

 ただ、戦闘に使うには、消費するHPMPスタミナ、更にはアイテム等のコストが重く、一回の使用にかかる時間も戦闘向きではない。

 良くて決め打ちの先掛け。それ以外では、戦闘以外の効能を模索する方が無難ベターなスキルだろう。


ハル(ローズ)ちゃんそれさ、もう一回私に打ってくれない? 生えるスキルの派生に影響するか知りたい」

「それは僕も考えた。そしてそれ故にユキ(ユリ)、君は後回しだ」

「なんですと!?」

「まず先に、メイドさんがどうなるか見たい」

「ご随意ずいいに」


 ハルの役割ロールその物に影響を及ぼした影響範囲の強い力だ。<信仰>スキルの可能性をもう少し検証したい。

 そのために、まだスキルがまっさらな状態のメイドさん達にどう影響が出るかは、早めに試験をしておきたかった。


「じゃあ、みんなこっちにおいで? 一人ずつね」

「はっ!」


 整列するメイドさんに、ハルは順番に『祝福』を掛けてゆく。

 そのチャージタイムの間に、当人のメイドさんと一緒にスキル欄をのぞき込んで詳しく確認していくと、面白いものが見えた。


 なんと、一番最初にスタート地点として無条件で一つ選べるスキルが、既存の物に加えて追加されているのだ。


《隠しビルドだー!》

《えっ、先行不利のお知らせ?》

《キャラ作り直し来ちゃう?》

《いや、むしろこれは後攻不利の緩和だろう》

《同じルートじゃ、絶対追いつけないこともあるからね》

《こんなに早く発見されたのが想定外》

《このお嬢様、想定外しかしないな……》


「……そうだね。これは早めに宣言しておこう。今のところ、身内にしか『祝福』を掛けるつもりはないよ」


《線引き大事》

《希望者が押しかけて来るからな》


 特に今はゲームの開始直後だ。キャラクターを作り直すから、自分にも『祝福』をかけて欲しいというプレイヤーが大挙して訪れかねない。


 さて、そうして現れた隠し初期スキルだが、これにもいくつか方向性があるようだった。

 その内容は<神聖魔法>、<暗黒武技>、<眷属けんぞく技能>の三つ。それぞれ<魔力>、<体力>、<幸運>に対応したスキルのようだ。


「せっかくだから、新しく出た奴が良いと思うけれど、どれがいいかな? みんな分からないと思うけど、もし欲しいのがあれば好きに選んでね」


「<眷属技能>でお願いします」「同じく」「こちらもです」


 即答であった。聞かれる前から選んでいたようだ。

 メイドとして、主人に仕えることと関係していそうな『眷属』という響きに、メイドさんたちは親近感シンパシーを感じたようである。


「うん、内容も問題なさそうだ。みんな<幸運>を選んでるから、相性も良さそうだし」


 スキルの説明的には、どうやら支援系の魔法のようなものらしい。

 それは普通にハルたちのパーティにとっても有用なので、その点から見ても問題は無いだろう。


 ハルは『祝福』の掛かったメイドさんから、操作をサポートしつつスキルを取得させていった。


 全員が共通のスキルとなったことで、メイドさんたちは個性よりも戦力の安定した軍隊的な運用法が向いたチームにするのが良いだろう。

 能力も平均化し、いかなる状況においても同様の性能を発揮できるように訓練していくのが良さそうだ。


 最近は出番がなかったが、パワードスーツを装備した強化メイド部隊と、似たような運用法か。


《神聖と暗黒も見たかったなー》

《確かに。ローズ様、他には仲間増やさないの?》


「そうだね。何人か候補は居るから、考えてみようかな」


 少し反則じみているが、神様たちを誘えば、身内で更に仲間は増やせる。逆に言えば、ハルたちの秘密を知る者といえばそのくらいか。


 中でも特に参加したそうに思えるのは、白銀と空木うつぎの小さな二人だろうか。口には出さないが、ハルたちと一緒に遊びたがっていた。声をかけてやるのもいいだろう。

 あとは呼べば必ず来るのは、アルベルトだろう。こちらは、同様に<眷属技能>を選びそうではあるが。


 ……ついでに気になった事といえば、猫のメタは、呼んだら参加するのだろうか?


「……とりあえず今は、現状のメンバーで取れる戦法を考えておかないとね」


 なんにせよ、そんな追加人員の補充は神国とやらから帰ってからになるだろう。現時点では、今いる仲間で乗り切らなければならない。

 ハルたちは互いのスキルを確認し合い、取れる連携の幅について話し合っていくのであった。





「敵襲! 海魔類が、甲板に乗り込んできました!」

「貴族様がたは、船室へとご退避ください!」


 そんな船上にて談笑する穏やかな航海は、突然のモンスター襲来で断ち切られた。

 タコをベースにしたような、触手を持つ海生モンスターが船上へと乗り込んでくる。今回のイベントにおける、最初から予定されていたイベントバトルなのだろう。


「どーするハル(ローズ)ちゃん。やっぱ来ちゃったね」

「来るとは思ってたけど、やっぱりレベル高いねえ」


《余裕過ぎる(笑)》

《えっ、これ絶対無理じゃない? 80レベルだって》

《貴族化ってそのくらいが適正なんだ》

《どーりで誰も出来てないはず》


 有り余る金の力で、強引に<貴族>ロールを強行したハルであるが、本来はそのくらいじっくりと準備し行うのが想定されているようだ。

 明らかに、今のレベルとは合致しない。スキルの連打により通常よりもずっと上がっているハルのレベルだが、それでもまだ20レベルそこそこと、あまりに低い。他の仲間は更にであった。


「これは、負けてしまったらどうなるのでしょう!?」

「ここでイベント中断だろうね。ペナルティも受ける」


 アイリが不安そうに、とてとて、とハルの隣へとやってくる。ユキが安心させるように、二人の前に割って入り槍を構えた。


「どーするハル(ローズ)ちゃん? この船員はたぶん救済要素だ。逃げれるよたぶん」

「だろうね」


 海魔類の襲来後すぐに、船の乗組員たちが武器を構えて、モンスターの前に立ちはだかって牽制けんせいしてくれている。

 未だ戦闘には発展していないが、一触即発いっしょくそくはつの状態だ。


 彼らは客であり、また尊い身の上であるハルたち貴族を守るように展開し、船内への避難を促している。

 これは、戦闘が苦手なプレイヤーのための救済措置だと考えられる。

 なんとか<貴族>には成れたが、戦闘に関するスキルはてんでダメ、という場合もあるだろう。そんなプレイヤーでも先に進めるように、NPCに戦闘を任せるという手段を用意してくれているのだ。


 では、そんな中でハルがどうするのかといえば。


「当然、逃げない。僕自身が戦い、道を切り開く」

「だろうねー」

「それでこそ、お姉様なのです!」


 元来、ハルは非常に負けず嫌いだ。

 あらゆる手を尽くしても勝機が薄い場合や、アイリたちに危害が及びそうな場合はまた別だが、正面から戦って勝利することを好んでいた。


「君たちこそ下がっているといい。大切なクルーに傷つかれては、航海に支障が出てしまうからね」

「しかし! 貴族様にお怪我などあれば、我ら面目が立ちません! どうかお逃げを!」

「くどい。それに、何か勘違いしているようだ。我々貴族は、強いからこそ<貴族>なのだよ? そこを弱者たる<平民>に任せ逃げるなど、『誇り』にもとる」


《謎理論だー!》

《でもカッコいいー!》

《きゃー! ローズ様ー!》

《勝てるのか!?》

《ああ! 貴族だからな!》


 口から出まかせである。ステータス的には、<貴族>も別に<平民>の上位互換とは限らない。


 だが、これは演技ロールプレイのゲーム。己の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくが、その後のイベント展開を決定付ける。

 目指すべき貴族としての在り方を、常に己自身で証明し続けなければならない。


「なんと、崇高な……、これが貴族様……」

「貴女様こそ、真なる人の上に立つべきお方……」

「理解したかい? ならば下がっているといい」


 そしてもうひとつ、ハルがゲームをするときについ気にしてしまう癖がある。それは完全攻略。

 どんな手段であれ、クリアできれば良いという結果だけにとどまらず、追加の評価要素があればそれも完璧に満たしたい。


 すなわち、ここで船員が傷つき、あまつさえ死亡するようなマイナス要素などあってはならない。それが、自身が前に出て彼らを下がらせる真の理由であった。

 ユキと、あとはきっと視聴者の一部も同意してくれるだろう。


 そんな我儘エゴとも言えるこだわりで、ハルは補助を断ち切り強敵に挑む。

 まずは退避していく船員へと迫る触手を、ユキが目にもとまらぬ槍さばきで華麗にはたき落とした。


「やっぱ強いよハル(ローズ)ちゃんこいつ! 思い切りやったけど切り落とせない!」

「防御に徹して。メイド部隊、ユキ(ユリ)に支援を」

「はっ!」

「わたくしも、お手伝いするのです!」


 ハルの背後に陣を敷いたメイドさん達が、<眷属技能>によってユキを強化する。防御力を上げる効果を全力で掛けてもらい、レベルの低い彼女をサポートする。

 今は天才的な戦闘センスでさばいているが、一撃でも貰ったら死亡というのはリスクが高い。

 ハルが事前に掛けていた『祝福』と合わせて、この高レベルのボス敵相手でも一発くらいなら耐えられるだけのシールドがユキに張られた。


 更に、アイリの<音楽>スキルによって周囲に強化フィールドが形成される。

 ハルは彼女らのスキル行使に不足しているHPMPコストを課金により強引にまかないつつ、敵の動きを観察する。


《ユリちゃんすげえええええ!》

《反射神経えっぐ!》

《レベル足りてればなぁ、あんな足輪切りだろうに》

《前衛一人は無茶だろって思ったが》

《いけそうだな!》


 もう一人の<体力>担当のルナが、現在は<鍛冶>スキルにかじをきっているため、ユキと共に前衛を張る訳にはいかない。

 いや、このレベル差があると、ユキ程の近接戦闘センスが無ければ厳しいだろう。そう考えると、下手に戦闘スキルでなくて正解だったかも知れない。


 そのルナが、ハルへと<鍛冶>で作成した武器を手渡しにきてくれた。


「はい、今できる最高のクラスよこれが、任せたわよハル(ローズ)?」

「杖か。ありがとうルナ(ボタン)。僕も剣が良かった気もするけど、それじゃ、魔法方面で頑張ってみようか」

「剣もいいわね? 今度よさそうな物を作っておくわ?」


 ルナの言う『いい』は、貴族として似合っているという意味だろう。剣も杖も、権力の象徴としてよく使われる物だ。

 そんな、豪奢ごうしゃな装飾が施された美しい杖を持ち、ハルは攻撃法を模索する。現在のパーティで、この強敵に致命打を与えられるのはハルだけだろう。


 後方からカナリーの<攻撃魔法>が飛んでくるが、モンスターの体表を少し焦がしたのみで、有効なダメージを与えられていなかった。


「むー、融通の利かない魔法ですねー。もっとこうー、工夫のしようがあればいいんですけどー」

「しょーがないですよカナリー(ルピナス)。これが普通、これが基本、これが当たり前のゲームです。初期レベルでも工夫次第でなんとかなったら、それは工夫できない人の切り捨てにもなりますからね、にしし!」

「なーんか、トゲがある発言ですねー、このエメ(イチゴ)味はー」


 遠回しに、工夫次第で色々と出来てしまった自分のゲームにケチを付けられたようで、カナリーがむくれ顔になる。

 だが、そんな基本通りのこのゲームにも、レベル差を覆す抜け道はあった。

 ハルはそれを見せつけるべく、<信仰>スキルを起動するのだった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/26)


 追加の修正を行いました。(2023/5/17)

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