第512話 空の航路
「時にローズ男爵は、神国会談に参加された事はございますかな?」
「いいえ。見出されて、間もない身ですので」
《女の子なのに男爵?》
《称号だからそんなもんだろ?》
《<女男爵>って感じにしてるの見たことあるよ》
《それもそれで意味不明》
《いいんじゃない? イモでも男爵なくらいだし》
《それより神国って?》
《さあ? ローズお姉さまは知ってるっぽいけど》
知る訳がない。何を隠そう、貴族暦、数時間だ。
会話の流れを遮ってもなんなので、無難に流しただけである。
「おお、そうでしたな。お若い身でありながら、実に信心深い。ただ血を受け継いだだけの下級貴族は、ローズ殿を見習うべきだ」
「もったいないお言葉です」
これは『最近の若い者は』発言かと一瞬思ったが、少し意味合が違いそうだ。
貴族とはどうやら、神から認められて初めて正式な貴族。親からその位を受け継いだだけでは、貴族としての立場が浅いらしい。
例え公爵を親に持とうとも、祝福を受けて初めて一人前。それまでは、最下位である<男爵>であるハルの方が格上の扱いだということが、この聖職者風の子爵の会話から理解できた。
「……という訳で、近頃は正規の<貴族>となる者がめっきり少ない。嘆かわしいことです」
「その末席にてお力添えでき、僕としても幸いですよ」
「おお、実に心強い!」
なにやら複雑だが、例え格下の家であっても、家の『当主』となると軽んじる訳にはいかなくなる、というしきたりに近いものとハルはひとまず理解した。
貴族というものは、どこも本当に面倒くさい。
「では、神国会談への参加、お受けいただいてもよろしいですかな?」
「ええ、喜んで」
喜ぶしかない。強制だ。『詳細を語れ』と言いたいところだが、もうイベントは受領してしまっているのだ。
これは本来は、貴族の成り立ちやら風習やら、順当に理解してから受けるイベントなのだろう。
……知らずに、なんだか重要そうな舞台に立ってしまって大丈夫だろうか。
「では、船の準備が整いましたらお知らせしましょう。それまでに、準備を済ませておいてください」
「承知しました」
何の準備をどう済ませればいいというのか。ツッコミたい気持ちを抑えつつ、ハルは仰々しい態度で礼を取るのだった。
*
「まあ、適当なハッタリと演技で乗り切ればいいだろう」
「そですねー。下手したら国際問題ですけど、その時はその時ですねー」
「た、大変です……!」
「大丈夫ですよーアイリちゃん。世相が乱れたら、それはそれで美味しいイベントですからー」
「いやダメでしょ。予定潰された人のヘイト買っちゃう、僕が」
《でも状況が大きく動くのはチャンス》
《多くの人間にチャンスが生まれるからな》
《戦いが起こっても、それはそれで》
《でもまだ皆弱いからなぁ》
《もし超大国だったら一方的にすり潰される》
《神国とかつよそ》
少ない情報から予想されるのは、会談とやらは定期的に開催され、そこまで重要度の高そうな催しではないことだ。
正式な<貴族>になりたての、ハルに対しても軽い調子で声が掛かったことからも察せられる。
それとも、そのくらい誰も行きたがらないのか、そのくらい正規の祝福を受けた人員が居ないのか。どちらにせよ、その方向はご遠慮願いたい。
「まあ、行くしかないんだ。今考えるべきは、何を準備すべきか」
《お布施》
《お布施やろなぁ》
《課金芸の出番ですローズ様!》
「君たち課金見たすぎでしょ」
実際、課金で解決できるならそれは楽でいい。準備もなにも必要ない。
気がかりな部分は、船で行くというところであり、足りない物があっても気軽に戻れないこと。
このゲームは大抵のアイテムはメニューから直接アクセス出来るショップ機能により購入可能だが、中にはそこに登録できないアイテムも存在する。
実店舗の中に入らなければ買えない、ご当地アイテムだ。
それは各国の特色を出すのに一役買っているのだが、こういう時に困る。もしそれらを要求されたら、“詰み”が発生してしまう。
ついでに言えば、ゲームの進行度が浅い今は通常ショップの登録アイテムも少ないが、そこは仕方ない。
無い物は無い。どうあがいても無い。考えても仕方ない物については吹っ切れる。
「ただ、僕の読み間違いで用意できなかったというのは泣くに泣けない。その部分は、きっちりミスの無いように準備しないと」
「取り返しが付かないものはー、ご当地アイテムですねー?」
「それは大変なのです! 今から、全てのお店を周りましょうか!」
「残念だけどアイリ、その時間は無いね。船の準備早すぎだろ……」
なんと一時間後には出航のようだ。手続きが迅速すぎて涙が出る。
普通に考えればありえないが、ゲーム的には嬉しい仕様だ。手続きが現実的に数週間かかるとか言われても、ゲームにならない。
しかし今はその素早さが逆風だ。一時間では、メイドさん達を招集するにも時間がギリギリだ。
ゲームに不慣れなメイドさんでは、登録だけでも手間取ってしまう。手分けしてお店を周ってもらうだけの時間が残らない。
「……いや、メイドさんは呼ぼう。呼ぶべきだ」
「あー、いいかもですねー? “人数”がボトルネックになった場合、それも取り返しがつきませんねー」
「さっそく準備させるのです! わたくし、“ろぐあうと”してきます!」
《メイドさん、だと……?》
《マジのガチでお嬢様じゃん》
《だからそう言ってただろ?》
《確信が無かった》
《あの金使い見て疑問は出てこないだろ》
《借金してこれに全てを掛けてるとか》
《そんだけ借りられる時点でお嬢様なんだよなぁ》
《そもそも借金じゃ課金の許可下りないんだよなぁ》
個人の貯蓄と、収入状況によって課金上限は決まっている。法律で。
まあ、今はそれは余談だ。そんなことよりもメイドさんたちに準備をしてもらわなければ。
アベル王子たちをゲストとして参加させる為に、異世界の住人もこのゲームにログインできる仕様になっている。
それが今有利に働いた。メイドさんも、問題なく参加ができる。
向こうでは彼女たちと一緒にゲームを攻略する、という事がどうしてもやりにくかったが、このゲームならば問題はない。
そのことに少しわくわくしつつ、ハルもお屋敷に残してきている分身体で、アイリと共にメイドさんのログインをサポートするのだった。
*
無事に全員がキャラクター作成を終え、ハルの拠点である貴族屋敷に勢ぞろいする。
メイド服はどのゲームでも人気の装備であるため(装備という認識がまかり通っているのがおかしいが)、このゲームでも当然のように実装されていた。
そんな、フリル多めの可愛らしいメイド服を装備したメイドさん。その一糸乱れぬ整列の様子に、視聴者たちも一目でプロであると実感したようだ。
《本当にメイドさんだ……》
《すんご》
《十二人も居る》
《なんで最初は呼ばなかったんだろ?》
《そりゃ、家の仕事があるからだろ》
《最初から人数が多すぎても良くない》
《ああ、確かに視点が分散しちゃう》
いや、実際は、単にメイドさんはゲームが不慣れだからである。もう少し地盤固めが整ってからと思っていたハルだ。
しかし<貴族>となり、ハルの家の一員として設定できる今なら、様々なサポートもしやすいだろう。
「みんなだったら問題ないとは思うけど、この世界ではこっちの名前で呼ぶようにね? ぱっと出てこなかったら、『お嬢様』とだけでいいから」
「承知いたしました、ハルお嬢様」
「うん」
別の性別でプレイする、ということに馴染みのないメイドさんに『お嬢様』、と女扱いされることに、思った以上の気まずさがあるハルだ。
落ち着いた表情の裏に、メイドさんの困惑が伝わってくる。
ハルの方もまた、羞恥を必死に取り繕った。
全員初期レベルの、完全な間に合わせだが、それでも時間には間に合った。流石はメイドさんの仕事である。
家の方はアルベルトをはじめ、天空城に住むようになった神様たちに留守番を頼んである。
ハルたちもその間に、ここ貴族街にあるショップのものだけでも、買えるだけ買い込んでおいた。
国内最高級のユニークアイテムの群れだ。贈物として使うならば十分すぎる品揃えだろう。
「それで、お舟はどこにあるのですか? 川から、海へ出るのでしょうか!」
「それなんだけど、お城の中のようだね」
「なんと!」
海に面した国であり、海運による貿易も盛んだが、この首都は内地に存在する。
故に直接、この地から船に乗って行くことは適わないはずだが、イベントの集合場所に指定された地点は王城のある内壁の中だ。
当然そこに川は走っておらず、船の出しようなどないのだが、ハルや他のゲーム慣れした女の子には、この後の展開は何となく予想がついていた。
それを口に出すことなく、大人数で連れだって再び城の門をくぐる。
《おおー! 飛空艇じゃん!》
《こんな序盤で!》
《見た目は普通の船に近いタイプだね》
《普通これ出てくるの終盤だろ!》
《ゲームバランスぅ!》
「悪いね君たち。これも貴族の特権だ」
「お舟が陸に上がっています! 大きいです!」
「羽が付いているでしょアイリ? これ、確実に飛ぶよ」
「まあ……!」
飛空艇または飛行艇、などと呼ばれる、ゲームではお馴染みの空飛ぶ船だ。
それが王城の庭に突如出現していた。何処から出した、と聞いてはいけない。ゲームなのである。
その搭乗口と見られる、城のデザインに合わせた小塔。灯台も兼ねていそうなその塔の入口に、先ほどの子爵NPCが待機していた。
ハルが話しかけると、イベントが本格的にスタートしたことが手元のウィンドウに表示された。
「来ましたねローズ男爵。準備は全て、済みましたかな?」
「ええ、つつがなく」
「それは何より。では、船へとこのまま乗り込んでください。すぐに出発いたしますよ」
なんとなく説明口調のNPCに促され、大所帯でぞろぞろと搭乗を果たすハルたち一行。
参加制限などあったらどうするかと思ったが、『男爵家』に所属しているチームメンバーならば問題ないようだ。
このあたりも、今後どうするかを少し考えておかねばなるまい。
今の<男爵>では、自分の『家』に所属させられるのは二十人ほど。メイドさんを入れるとほぼ定員だ。
これが<子爵>、<伯爵>とランクアップするにしたがって増えた時、他のプレイヤーを所属させるか否か。そこを決めておいた方が良いだろう。
「あ、動き出しました!」
ハルが物思いにふけっているうちに、特に合図もなく飛空艇は動き出す。
すんなりと、流れるような速さで高度を上げてゆき、すぐに船は王都を見下ろすようにその上空へと漕ぎ出すのであった。
*
「うわぁー! すてきですー!」
「アイリが楽しんでくれて、僕も嬉しいよ」
「はっ! ……えへへへへ、少々、はしゃぎすぎてしまいました!」
「構わないさ」
高速で空を進む、ハルたちを乗せた船。
その甲板上から、身を乗り出すようにアイリが眼下の風景を楽しんでいた。ハルも、そんなアイリのかわいらしさを楽しみつつ、自分も放送映えするようにその隣へと身を寄せた。
「かなり速いね。遊覧飛行としゃれ込ませてくれないのは、少々残念だ」
《映えに欠けちゃいましたねローズ様》
《新たな臣下獲得のチャンスでしたのに》
《いや、十分すげーぞ? 開始直後でそっこー空路は》
《視聴者増えまくり。余裕のトップ枠確保よ》
《でもローズお姉様トップ枠率高すぎて》
《感覚マヒしてるな》
配信一覧ページでは、今この瞬間の注目度であったり、課金した広告費によりブーストしたりといった要素の複合によって、目立つ位置に配置される。
ハルの放送はこの瞬間も堂々のトップであり、注目度の高さを表していた。
それもそのはずだ。一般的なプレイヤーが一番最初のダンジョンにくりだしている時に、もう空を駆けて他の国へと進んでいるのだ。
しかも、それが未知の国であればなおのこと。
「快進撃ですね! このまま、皆お姉さまが大好きになってしまいそうです!」
「嬉しいねアイリ。とはいえ、不安要素もそれなりに多い」
「そうなのですか!? それは、どういった……?」
「一気に進行しすぎてることだ。貴族化のためのアイテムが異常な難しさだったろう? あれと同じだ」
「だよねー。特に、今は安全な街の外に出ちゃってる。戦闘要素があれば、少々コトだよ?」
何時もとは真逆に、小さく縮んでしまった背丈を補うように、船のヘリの手すりに飛び乗るようにユキが腰かける。
そのまま風に長い髪をなびかせながら、外部からモンスターが来ないか目を鋭く光らせていた。
「僕ら、レベルがまだ低いのもそうだけど、戦闘向きのスキル構成が少ないからね」
「一番強いのがハルちゃんだけど、バリバリの生産ビルドだもんね」
「これは仕方ない。そうじゃなければ、貴族化は不可能だったろう」
そんな感じで、明らかに“本来の適正レベル”に居ないハルたちだ。モンスターの強さもそこに合わされていれば、あえなく全滅も考えられる。
視聴者の中にも、それを望むような黒い声がちらほら出てきた。まあ、並列思考を持つハルの対処の素早さにより、一瞬で消されてしまうのだが。
注目を独占するハルだ、その失敗により、自分のチャンスが広がることを望む者もそれだけ増える。
なお、そんな事に時間を使うよりも、自分のキャラクターを少しでも育成した方が良いのは言うまでも無い。
《おっ、海に下りるのか!》
《ずっと飛んでいくんじゃないんだな》
《燃料節約?》
《燃料とかあるの?》
《下級貴族が船倉に詰め込まれていて、魔力を吸われてる》
《こええ……》
《階級社会の闇を見た》
「馬鹿なこと言ってないで、地理の確認をしておくんだよ君たち」
ここで神国とやらの正確な位置を特定できれば、自らも後追いでその地にたどり着ける確率が高く上がる。
ハルからは親切に公開したりはしないが、その作業を正確に行うことで人気やお金を得ることが出来るはずだ。
そうした行動をしっかりと行える者が、ハルに続き伸びる存在と成れる。
そんなプレイヤーが育ってくることに、密かに期待をするハルだった。
※ルビの追加を行いました。(2023/5/17)




