第511話 見学は廊下だけにしておこう
ゲームに戻ったハルたちは、貴族としての活動を再開する。
とは言うものの、貴族のお仕事が国から割り振られることはない。そこは冒険者と同じく、自ら仕事を探してこなければならなかった。
「ここで問題になるのが、仕事といっても<冒険者>や<商人>と同じような仕事をする訳にはいかないってとこだよね」
《いかんの?》
《いかんでしょ。ロールが崩れる》
《でもシステム的には可能なんじゃ》
《そりゃ可能だろうけど》
《内部評価はダダ下がりだろうなぁ》
「そうだね。一般的な職業システムのあるゲームで例えると、適正が無い武器を装備した際にペナを受ける感じかな」
軽装備しか出来ない職業で、無理矢理に全身鎧を装備したとする。すると強くなるどころか、大幅にステータスが下がることとなる。
そもそも装備できないゲームが大半だが、出来るゲームであってもお手軽最強装備にはさせてくれない。
「まあ、庶民的なお嬢様、っていうジャンルも強いから、そういったロールプレイで行くならいいかも知れないけどね」
「ですがハルお姉さまには、似合わないのです! お姉さまは、いつでも可憐でお美しいのです!」
「そうかい? ありがとう、アイリ」
ハルは女性化した自らの体でS字を意識したアピールポーズを取り、ふわりとスカートをはためかせてアイリに視線を流す。
そんなハルの様子にアイリと、ついでにルナも、非常に興奮ぎみではしゃいでいた。
「ふおおおおお! すてきですー!」
「とても良いわハル? もっと、大胆なポーズもいってみましょう?」
「……もうやんない」
《ふつくしい……》
《ローズ様、ご自身の魅せ方をよく理解してらっしゃる》
《恥じらいがあるのも良し》
《素晴らしいものを見せていただきました》
《こちら、お納めください》
視聴者からポイントや支援金が飛んでくる。男女問わず、こうした異性へのアピールを戦略としているプレイヤーは多いようだ。
……ハルはさすがに恥ずかしいので、有効だと分かっていても出来ればもうやりたくはない。
「……それより、活動内容についてだね。僕らは貧乏お嬢様はやらずに、正統派の貴族として活動していくよ」
《それはイメージも一致》
《戦うローズ様も見たくはあるけど》
《戦場で敵を蹂躙してほしい》
《踏みつけて欲しい》
《実は強いでしょローズお姉さま?》
《ゲーム慣れしてそうだもんね》
このゲームのスキルだが、<役割>により新たに開放される上位スキルがあることが分かった。
そしてその<役割>だが、同じ<冒険者>のようなカテゴリでも、縦横に多くの派生があるらしい。
ギルドに登録したての頃は、みな『Fランクの冒険者』。それが名声を高めるごとに、Eランク、Dランクと昇段していく。それが縦の変化。
それだけではなく、そのプレイヤーの行いによって、『善良』だったり『荒くれ』だったりといった横の方向性の変化もあるらしいことが、多数のプレイヤーの行動により分かってきている。
どんな手段を用いても、汚い依頼を取ってでも、報酬を最優先する効率重視の請負人となるか。
はたまた、困っている人間は決して見過ごさない、公明正大なSランク冒険者を目指すのか。
同じ<冒険者>といっても、ロールプレイによって様々な分岐の方向性がありそうだった。
そして、その方向はスキルにも影響する。
「ここでバトルお嬢様になれば滑り出しはスムーズだろうけど、きっと最終的な出力は大きく下がる。だから僕らは厳しくとも王道を征こう」
「『清廉潔白な』<公爵>になるのですね!」
「そうね? しかし『汚職を極めた』<公爵>もまた王道だと思うわ?」
「極めるな極めるな……」
なんにせよ、冒険者でいえばFランクの<男爵>にいつまでも留まってはいられない。貴族としての経験値を稼ぎ、役割のランクアップを目指していこう。
*
ドレスを優雅にひるがえして、麗しい三人の美女がゆく。美女のうちの一人が自分であるのが微妙な気分になるハルだが、今はそれは、おくびにも出さない。
ハルの両脇を固めるのはアイリとルナの二人。そのお嬢様三人衆が行くは、こちらも美しの貴族通り。
多くの使用人たちによって整備された華やかな通路に、高級品のみ取り揃えた御用達店が並ぶ。
その通りを、ハルたちは更に“上流”へと向かってゆったりと上って行っている。
「まあ……、ここまで美しく整備するのは、とても大変でしたでしょうに……」
「花が一切しおれていないのが脅威だわ? エーテル技術が導入されているのかしら?」
「二人とも、『ゲームだから』で片付くことにあまり突っ込まないように」
《でも実際きれいだよなー》
《綺麗であたりまえではあるけど、下町との差別化すごい》
《あっちは自然に汚してあるんだろうね》
《となると、平民街の方がコストがかかっている……?》
《ありえる》
「ゲームあるあるの逆転現象だね」
瑕一つない状態で生み出す方が楽な制作過程において、汚れというものは追加の一工程だ。
そこには、カナリーたちも苦労していたのをハルは思い出す。
とはいえこの貴族街も決して手抜きではあらず、どこを見渡しても飽きさせない丁寧な美しさで演出されていた。
そんな、今はほとんどのプレイヤーが立ち入ることの出来ないレアな空間を、見せびらかすように三人は練り歩く。
ただこの貴族街を紹介するだけで、コンテンツとして成立するのは先行者としての特権だろう。
「少しずつ、僕ら以外にもここに入れるユーザーは増えてきた感じかな」
《課金の覚悟は要るとはいえ、方法は確立されてますからね》
《単にローズお姉さまの真似すればいい》
《でも、貴族イベント起こせた人は居ないらしい》
《ローズ様だけ》
「何かマスクされた条件があるんだろうね」
「もしくは、同じ方法は使えないのかも知れないわ?」
「わたくし、知ってます! “ゆにーくいべんと”、ですね!」
発生回数が一回に限られ、最初の一人しか恩恵にあずかれない。そういったことも、十分にありえる。
ゲーム攻略の難度は上がるが、イベントの多様性は広がり、見る側にとってのメリットが大きくなる作りであった。
「では、最初の到達者というのはそれだけで有利なのですね、お姉さま!」
「そうだよアイリ。初発見イベントみたいな単純なものでも、それは“最初の一人”の特権だ」
《実際、新ダンジョン到達競争は盛んですお姉さま》
《無理して死んだら逆効果だから、その見極めが大事だな》
《最近じゃ珍しく結構デスペナきついよね》
《強化ポイントの喪失はきつい……》
ユニークイベントの予想が正しければ、これからハルたちが向かう先も先行者利益の宝庫だろう。
それが何処かと言えば、この貴族街の中央通りを抜けた先、小高い丘の上に建てられ、街のどこからでも見上げることの出来る、アイリスの国の王城であった。
*
煌びやかな宝飾と、騎士道の厳格さが調和した荘厳な城。その正門から、ハルたち三人は揃って内部へと入城する。
城に至るその手前、城の庭を囲むように起立した街の内壁、その門を潜るには。やはり貴族街入口と同じく番兵によるチェックがある。
固めていたのは絢爛な鎧の正騎士。その厳重さから、ここは判定が一段階高い、ということが無言の圧力として示されていた。
貴族となったハル、そしてその『家』の一員として登録された仲間以外は、その警備を突破することが適わなかった。
《貴族街の入場許可証を買えた奴らは、ここで追い返されてたな》
《真っ先にここ走ってきてがっかりしてた》
《高い金払って収穫なしは可哀そう》
《今はまだマシだろ。貴族エリアの情報提供だけでも人呼べる》
《あまり煩くしてると警備兵が来るって情報とかな》
《身を持って教えてくれてたな……》
その場の空気をわきまえた振る舞いが求められるようである。
ハルも、判定がことさら厳しくなるであろう城内では気を付けなくてはならなそうだ。
「大人しくしておかなきゃね。とっさにきちんと敬語出るかな……」
「ハルお姉さまは、例え<王>が相手でもへりくだる必要などありません!」
「さすがに“ここじゃあ”それは通らないかなあ」
このゲームでは、ハルも圧倒的な力に裏打ちされた不遜さは発揮できない。キャラクターのステータス以上の性能は行使できないためだ。
魔法の仕組みを読み解くことにより、ゲームの仕様以上の力を行使できた“あちら”とは違う。
「まあ幸い、そうそう格上は居ないみたいだよ」
王城とはいっても、中に居る人間が全て貴族という訳ではない。
最下位とはいえ、正式な貴族として登録されたハルは十分に高い位置に居る存在のようだ。
「貴族制度はどうなっているのかしらね? 『家』を持つハルは、『称号』だけの貴族より格が上、とかかしら?」
「まあ、ゲームだから」
「細かいことは気にしてはいけない、のです!」
美しい城を見学するように練り歩く三人。その間、全ての人間がハルたちの為に道を空け、格上の存在というものには一切出会わなかった。
そんなに貴族の絶対数が少なくて国が回るのか、と少々ルナは気になってしまうようだが、そこはゲーム的な描写だ。イベント以外では貴族は大人しくしているのだろう。
《城内で何かイベント起きないかな?》
《手当たり次第に誰かに話しかけるとか》
《それは優雅な行いじゃないからなぁ》
《ロールプレイ重要》
《じゃあいきなり王様に直撃レポートもダメか》
《冒険者ギルドみたいな斡旋所ないの?》
「立場<貴族>用の斡旋所は無さそうだね。そもそもが特殊なロールだし、これに手を出す奴は自分で仕事探せって感じかな」
「むつかしいのです!」
誰でも簡単になれる<役割>ではないため、ギルドによる仕事の手配といった、初心者用の機能は無いのだろう。
今のところ、どうすれば<役割>のランクを上げることが出来るのか、その筋道すら不明だった。
廊下に並ぶ扉を片っ端から開け、ひと部屋ひと部屋、中をくまなく調べて回ればいいのだろうか? そうすれば貴族も見つかるかも知れないし、イベントも起こるかも知れない。
ただ、それは今は行儀の悪さから憚られる。イベントはイベントでも、無作法のおしかりを受けるイベントが発生しかねなかった。
見学は廊下まで。許可なく扉を開けるのは止めておこう。
「これが<冒険者>であれば、ギルドの依頼を成功させ続ければ良いってすぐ分かるんだけどね」
「逆に、貴族としての責務が無くて良かったじゃないハル」
「そうですお姉さま! 地味な事務作業に、追われる日々なのです!」
「世知辛いね。華々しいのは表面のみか」
毎日パーティーを楽しんでいるように振る舞いつつ、裏では誰よりも仕事に追われている。それが現代版貴族の実体であるらしい。嘆かわしいことだ。
とはいえ、そうした地道な事務作業はハルの非常に得意とすることだったりするので、もしそれが実装されていたら非常に都合が良いのだが。
実際今も、システム操作用のウィンドウパネルを常に開いて、常にスキルを実行し続けている。
かつて『ブラックカード』によって、多重スキルを鍛え続けていた時を思い出すハルだ。残念ながら今回は一度に一スキルの制限がある。
そうして陰でレベルアップをしつつも、イベントを探して城内を見学して回るハルたちだった。
*
一通り城内の荘厳な建築を堪能して、最後にハルたちが訪れたのは城から少し離れて建てられた礼拝堂のような施設だった。
ここだけは少し建築様式が異なり、騎士の力強さよりも、心休まる神の包容力を感じる暖かみのあるデザインとなっている。
なんとなく、この方向性の違いからは、勢力バランスの押し引きを感じる気もする。
「……あれがアイリスか。姿を見るのは初めてだね」
《神様きちゃー?》
《かわいい》
《かわいいか?》
《石像だからわかんね》
《神様だから可愛いに決まってる》
《まあな。推します》
《はい不敬。ローズお姉様を崇めろ》
《ローズ様はアイリス様に祝福されてるんだから自動的に推し》
「君たちうるさいよ? 礼拝堂では静かに」
この国の守護神であるアイリスの像は、差し込む日の光に照らされて神秘的に輝いていた。
石像はさほど緻密ではなく、詳細な外見は読み取れないが、コメント盛り上がっているように恐らく美人なのだろうと感じられる。
そんな石像の前にハルが立っていると、ハルの前にこの場の管理人らしき人物が歩いてくる。AR表示に見える役職は<子爵>。一つ上の上司、といったところだろうか。
《貴族だ、初貴族》
《なぜ城に貴族いないのか》
《貴族街の方が貴族いない?》
《そりゃ、貴族街には貴族いるだろ》
《確かに……確かに?》
《城の貴族はイベント専門なんじゃないの?》
《するとこのおじさんは》
《イベント発生!》
視聴者コメントが盛り上がっているように、ここにきて何らかのイベントが発生したと思われる。
武装も、華美な装飾もない服装から、この壮年の男は聖職者である、と分かりやすく表現されている。
この場に来ただけでイベントが発生したのは、ハルが<信仰>スキルを持ち、その身を祝福されているからだろうと考えられた。
「これはこれは。その血を神に聖別されし、ご当主殿。御身を見出した主への感謝ですかな? 非常に感心な行いです」
「ええ、神と共に歩む者として、当然の行いですよ」
「そうですとも、そうですとも」
ハルの返答と共に、眼前に強制的にウィンドウパネルが強調表示される。笑顔で頷く子爵NPCは、その状態で待機状態に入っている。回答により対応が変わるようだ。
記された文字を確認してみると、そこには予想通りにイベントの発生と、それを受けるか否かの選択肢が表示されていた。
イベント内容は、『神の国へと渡る使者』。詳しい説明は特に無し。
ハルは当然のように、イベントの受領ボタンを選択するのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/17)




