第51話 会議は続き肉は減る
「でもハルさん、それってアベルさんにメリットある話なの? かなり大事に見えるけど」
「無くてもやるよね? 背に腹は替えられないから」
「まあな。って上から目線だなおい! ……それに利益はある。正直、交換条件でなくてもやりたいくらいだ」
食事をしながら話を続ける。マツバなどは、もう三枚目の肉を焼いてもらっていた。二枚目を食べきったらすぐに受け取れるようにとの算段だ。食べすぎである。
メリットの話だが、ハルもそういうものを選んだ。タダ働きさせるよりも、メリットのある提案の方が乗ってもらいやすいだろう。
元は交換条件ではなく、互いに利益のある話としての提案として持ってきた話だ。本来の目的は聖剣だった。少し弱いと思っていた所に、アベルの依頼があったので持ち出したのが今の経緯だ。
アイリ先生から歴史を教わる際、瑠璃の国の事は特に詳細に習っていた。その内容と王子としての立場を照らし合わせ、通りそうなものを提案している。
「それって領主の力を削ぎたいのか。どんな国なんだろ」
「発足の経緯はドイツ騎士団で、現状はオスマン帝国かなあ」
「衰退待ったなし」
「間違いないね」
「お前らの基準で好き放題言うの止めろよ……」
王族による直属の部隊、精鋭で構成された強力な部隊を編成しているらしい。その部隊を活躍させる事で、貴族の保有する戦力が活躍する場を奪う。結果が出せなかった事を理由に、貴族領を没収し、王族の直轄地とする。
つまり直轄地を増やしたいのだ。その結果を与えてやれれば、そこにメリットが生まれる。
「オレが国境沿いを統治すれば、こちらから攻め込む事が出来なくなるからな。だが今の縛りのままじゃ干渉すら不可だ。そこは緩めてくれ」
「それは仕方が無いか」
今のままでは政治干渉が全て出来ない。結果、交易すら出来なくなれば、こちらの損失も大きい。鎖国が望みではないので、そこは緩和してやらねばならないだろう。
「緩める事が出来ればね」
「不安だなおい!」
「出来なきゃそもそも出られないんだよなアベルさん」
「その場合は無理にでも出る事になるが、お前はどうすんだ?」
「それを手伝って恩を着せるかね」
「そりゃあ、ありがたい話なこって」
とは言え、出来ないということはおそらく無いだろう。魔法をかけたのはセレステだ。自分に不利なルールであろうと、一度決めたら変えられない、なんて神話によくある縛りは付いてはいまい。
そもそも神とは名ばかりのもので、彼女らはAIだ。こと魔法という名のプログラムに関しては、万能であろう。
「そうしたらハルさんピンチじゃない? いや、必ずしも攻めて来る訳じゃないか」
「攻めて来るぞ」
「攻めて来るだろうねえ……」
「狂犬かよ」
狂犬である。領土欲を他にしても、抑止と強要で語るならば、瑠璃の国は強要側だ。この国ならやる、と思わせる事で他国の対応をコントロールする。故に攻めの強気を崩す事はしない。
「マツバ君って戦略シミュやらない?」
「あんまり。画面映えしないからな」
「好きな人も多いと思うけど」
「そうかも知れないけど、客層が違うって」
確かにそうか、彼のファンは女性が多いという話だ。
対人戦ではなく対CPU戦で、戦争嗜好の設定がされたキャラクターが隣の土地に居た場合の話をすれば分かりやすいとハルは思ったのだが、当てが外れてしまった。
つまりは、100%攻めて来るという話だ。……よく考えたら、プレイヤー相手でもそれは同じかも知れない。
「癪な話だが、問題は無いだろ。ハルが出てくればカタが付いちまう。半端な軍じゃお前に傷ひとつ付けられんだろ」
「強いし、疲れないし、死なないもんね。あー、だからプレイヤーはNPCに攻撃出来ないんだな」
「いや、やりたくは無いよ。戦争になった時点で僕の負けだ」
「またそんな事を言ってんのか……」
言いもする。そう簡単に考えは変わらない。
「いや、だとしてもお前なら殺さずに全て収める事だって出来るんじゃないのか? 戦闘能力だけ奪うような、器用なマネも可能だろう」
「それでも死ぬさ。対峙した梔子の軍が殺す。そうなれば僕が殺したのと変わらない」
「難儀な奴だな。……ま、お前が覇王を目指さなくて良かったと思っておくかね」
「ハルさんは現代っ子だからね。リアルな殺しはきついっしょ」
「意味分からんぞ」
少し違うが、この話題を掘り下げられたくはないのでハルは何も言わない。
そして覇王は、言うほど簡単ではないだろう。何しろ単身だ、対応の幅が狭すぎる。ハルは分身できるとはいえ。
何となく、カナリーからはハルを覇王にしたい思惑が見え隠れしているが。制限も、そのために解除した節がある。
「分からんといえば、お前は殺しは嫌がる割に、犯罪そのものが駄目な訳じないんだな」
「スパイ行為の件かね。そうだね、でも同列には語れないでしょ」
「オレにしてみれば同列だ。どちらも必要ならやらねば国は回らん」
「超法規的措置かな?」
「法の執行の話じゃない?」
「なるほど。でも何となく分かるかも。ハルさんは普段から人の秘密を暴く事に慣れすぎてて、スパイ行為には罪悪感を感じないんだよ」
「合ってる所あるけど、遠慮無いねマツバ君……」
「合ってんのかよ……」
人の顔色を読む事に始まり、ネットワークでもセキュリティを無視した情報収集をする事がある。否定することは出来ないだろう。
◇
「そういえばあの話しないの? ファンクラブの」
「何だそりゃ?」
「アベルの活躍、ふふっ、を見た女の子達がね、君に夢中になっちゃったのさ」
「笑いながら言うなよ! ……あの戦い、どんだけの人間が見てたんだ?」
「当時はそう多くはなかったけどね」
「いつでも見れるから、今後もどんどん増えていきそうだよな」
「マジかよ……」
どうやら説明されていなかったようである。アベルは頭を抱えていた。
神にとっては、この世界の人間に対する説明責任など、どうでも良いと考えている事が伺える。カナリーやセレステを見ても、割とNPCの扱いは雑であった。
彼にとってあの敗北は“恥”であるようで、見られたくはないようだ。それなのにハルとは以前と変わらず接しているあたり、ずいぶん人が出来ていると感じる。
「ご愁傷様。まあ、君の事は格好よく映ってたから、そう悲観する事は無いと思うよ」
「そう言われてもなぁ」
「何で確認無かったんだろうな」
「この世界には肖像権に関する法律がないんじゃない?」
「なるほどなー」
神様もこの世界の法律は守らなければならないらしい。肖像権が存在したら、説明があった可能性はある。
「お前らは映像を残して置くことが出来るのか?」
「おっと、食いつくとこそっちなんだ。女には興味ないみたいですぜハルさん」
「残念だよ、このお話は無かった事に……」
「茶化すなよ! いや、実際、女関係は面倒だしな」
「まーそれはボクも分かるけどね。アベルさんは後継者問題とかだろうけど」
普段から、女性人気がそれぞれ違った方向で高い二人だ。視線を交わして頷き合っていた。
アベルとしてはそんな面倒そうな事よりも、軍事に使えるであろう映像技術の方に興味を引かれたようだ。
「でも、君らが活用するのは難しいと思うよ。コレ、見えないでしょ?」
「あ、そっか。ウィンドウパネル見えないんだよね」
「ああ、何も見えんな」
ハルが指先にカードを乗せてクルクルと回すが、アベルの視線には何も変化がない。無意識の反応すら見せないのは不可能だろう。本当に見えていない。
「映像は全部コレを介して見るから、活用するには巫女の協力が要るかもね」
「それでもまあ、ボクらプレイヤーしか知らない情報を女の子達から聞き出す事は出来るかもな」
「巫女の連中は、政治には協力しないんだよなぁ」
最初の時に信徒の女性と協力していたのは、相手側にもメリットがあったからだろう。むしろ一方的に利用されたとも言える。そのため、アベルは巫女に対する心証は微妙そうな顔をしていた。
「それに、そいつらお前らの仲間だろ? 売るような事していいのか?」
「売るとか人聞き悪いコト言うなよアベル。彼女らが会いたいって言ってるの」
「それに騙して利用しようとか考えない方がいいよー。法に触れる事しようとすると、神に制裁受けるから」
「余計面倒な……」
この場合の法とは、リアルの法も含まれる。アベルらにとっては何が抵触するか分かったものではないだろう。それを聞くと更に顔をしかめる。
自然、腫れ物に触れるように扱わねばならず、利益よりも面倒さを先に意識してしまうようであった。
ただ、彼女たちも最近は手詰まりになっており、進展させてやりたい気持ちも無いではない。
何しろ灯台下暗しであり、自国へは戻っていなかったのだ。瑠璃の国を攻略していっても会うことは出来ない。
「まあ考えておいたら良いんでない? アベルさんが王都に居る間ならすぐ会えるし」
「そうだね」
「それこそメリットで言うなら、何かあんのかオレに。使徒の情報なら、お前らに聞けば済むと仮定してだ」
「ハルさん教えるん?」
「アイリに害の無い事であれば、対価を頂きつつ教える」
「どうせオレは王女に害を成せない誓約がある。それで構わ無いよ」
「メリット消えちゃったじゃん」
確かにそうか。忘れそうになるが、王子としての立場というものはハルが考えるよりも重要だ。ハルの場合はあちらから接触してきたので問題はないが、不用意に得体の知れない人間を近づかせる訳にはいかないだろう。
しかも女性である。スキャンダルの問題が王族にあるかは知れないが、異性の接触は慎重になされなければ、問題があるのかも知れない。
「あとは警備に協力して貰うとかね。僕らは無条件で称号が見られるから、犯罪者は一発で分かるし」
「現行犯ならその場で神に裁いてもらえるしなー」
「そいつは、ちと考えるとこだな」
「親衛隊とか言えば喜びそうじゃん」
「要職すぎる……、無理では」
勝手に話を進めてしまっているが、何にせよ会ってもらわない事には進まない。前向きに考えて欲しいところだ。
「そういえば君らって魔力が欲しいんじゃなかったっけ。それに協力して貰うことは出来ないの?」
「ああ、そうだが。だがそれにも秘宝を使う。おいそれと触らせる訳にはいかないな」
「じゃあそれ言っちゃ駄目でしょ……、相変わらず迂闊すぎるよアベル」
「むっ、しまった」
正直は美徳だ。とはいえ為政者の立場としては、それではやっていけないだろう。
きっとサポートがしっかりしているのだ。従者の皆さんが、やれやれといった顔で苦笑いしていた。アベルが人望を発揮し、周囲が支える。そうして成り立っているのかもしれない。
どうせなら、ということでその秘宝を持ってきてくれるようだ。警戒心が無さ過ぎる気もするが、ハル相手では警戒してもどうしようもないのも確かだ。その辺りの判断の柔軟さは優秀だった。
秘宝、とは言うが、彼らの言動を見るに聖剣ほどの扱いではないようだ。恐らく現在でも製作可能な品。高級品、といったくらいの物だと思われる。
そのアイテムは、先端に宝石の付いた杖のような形をしており、握ることでチャージするらしい。
「これなら特別な技術無しで使えるかもね。ボクが握っただけでも吸われてる」
「人柱ご苦労」
「どうせデスペナ無いし」
「いや死にはしないと思うけど流石に」
「物怖じしないなぁホント」
アベルはマツバの大胆さを結構気に入ってるようだった。勝手に杖に触れても咎める事はない。
もしかしたら、健啖家な所が気に入ったのかも知れない。
「ハルさんもやって見れば?」
渡される。やりたい放題だ。許可くらいは取った方がよかろう。
「いいの?」
「まあ今更だ、構わん。お前が盗ろうと思ったらオレらに止められるもんじゃないしな」
「盗らないよ。そもそも僕ら、盗みは出来ないし」
「ハルさん以外はな」
「そうだった。僕なら盗れるね」
「不安がらせるの止めろ!」
杖を握ると、HPMPがじわじわ吸われていく。確かにプレイヤーの体にも有効のようだ。
これを大規模化したら魔力そのものであるハルにとっては脅威かも知れない。そんな風に考えて<魔力操作>で対抗してみると、吸収は停止させる事が出来た。
これの仕組みも知りたいところだ。むしろハルが協力することで仕組みを教えてもらいたいが、それでは本末転倒だ。本題に戻ろう。
「基本的に僕らは人の物を盗めないから、女の子たちが盗る心配は要らないと思うよ。納得してくれればだけど」
「鵜呑みには出来んが、考えておこう。……お前ら、そんなに触ってて平気なのか?」
どうやら盗難の心配よりも、そちらが気になったようだ。彼らは杖においそれと触れようとしなかった。返そうとしてもアベルは手を出さない。劇物扱いだ。
継続ダメージとしては痛いが、平時なら気にするものでもない。プレイヤーにとっては大した吸収力ではなかった。
──そういえば、彼らはHPが低かったな。
《無色》 所属:瑠璃の王国
アベル:Lv.-(NPC) 称号<王子>
HP348/348
MP199/1713
───
武器:高級フォーク
防具:高級服
ハルは彼のステータスを確認する。確かにこれでは、おいそれと触れる事は出来ないだろう。冗談抜きに、命に関わる。
……装備欄に吹き出さないように、少し表情の制御を強めた。
「ああ、平気だよ。この程度なら苦にもならない」
「ボクはちょっと苦かなー」
「ふむ……」
どうやら魅力を感じているようだ。売り込みのチャンスかも知れない。ハルはもう少しアピールしておく事にする。
「もしかして結構重要な事かな? ちょっと手伝っておこうか」
「おまっ、それはっ」
壊れないように気を払いつつ、<魔力操作>で注ぎ込む。
先端の宝石の輝きが増し、まばゆいばかりに光を放っている。思った以上に溜め込めるようだ、ハルはますます仕組みが知りたくなる。聖剣よりも、まだ中に魔法の式が見て取れるが、物質として存在する以上は全てをスキャンする事は出来ない。
アベルや従者達の顔が驚きに染まるあたり、よほどの事のようだ。もっと見てみたい悪戯心がわくが、ひとまず一万ポイントくらいで終わりにする。
平均して約40アベルだ。インパクトとしては十分だろう。こわごわと受け取る従者に杖を返却する。
「ハルさん敵に塩を送っちゃって平気?」
「買ってくれるなら、そりゃ塩だって送るよ」
「ああ、用意してやれ」
「はっ」
そういう意味で言ったのではないが、日本の故事を語っても仕方ない。それに貰える物は貰っておこう。
「一応聞いておくけど、その杖が兵器そのものじゃないよね。爆発したり」
「ああ、こいつ自体はただ溜めておくだけのモンだ。心配すんな」
アベルを始め、従者も含めて『兵器』という言葉への反応を注意深く探るが、心配する必要はないようだ。とはいえこれ以上は、協力を条件に用途を聞きだしておいた方が良いとは思うが。
どうやら前向きに考えてくれそうな感触は得た。その後は雑談を中心に、さして重要でない会話が続いてゆく。
結局、マツバは巨大ステーキを五枚平らげた。




