第509話 男爵
<カリスマ>を入手し、条件達成かと思ったハル。なのだが、その後が続かなかった。
スキル入手後も特にイベントは動く気配がない。そこはゴールではなく、更になんらかの追加要素が必要であるようだった。
「……<カリスマ>は確実に条件の一つだ。だがこれで足りないとなると、同程度のスキルがまだ必要に思えるね」
「紋章学をもっと頑張って、別の貴族スキルを生み出すのでしょうか!?」
「無くはないねアイリ。でも、<紋章知識>を鍛える方法が<細工>しかないからね。効率は悪そうだ」
「そんなスキル、有るかどうかも分からないしねー」
ユキが<槍術>から派生した、<指揮>を試しながらお手上げとばかりにぼやく。
どうやら槍を持つ者から派生して、騎士のようなルートが開けているようだ。近接戦闘に限らないというのは面白い。
「……僕も、ユキを真似して騎士道方面を探るべきか」
「確かにだ。貴族といえば騎士みたいなとこあるからね!」
「だね。ただ生産スキルとは離れすぎてるのが厳しいか」
まず<槍術>などから習得しないとならない。そこまでの道のりが回り道すぎる。
そんな中で、ふとハルの脳裏に思い浮かんだことがあった。貴族といえば騎士道、と同じように、貴族といえば王の存在がある。
「……そういえば、この国はアイリスの国。アイリスで紋章といえば『フルール・ド・リス』。そこにヒントがあったりするかな?」
「どうでしょうねー? そんな関連性は無いかもですよー?」
元神様として、同僚の名前の由来を知るカナリーが言外に否定する。
花の名前を持つ神様たちは、“自分の色”の花にあやかった名を名乗っているだけで、逸話や何かは特に影響していない様子。
カナリーの名乗る、『ルピナス』もそうして選択したものだ。綺麗な黄色の花である。
《うーん、どういう読みなんだろう?》
《いきなり神様が出てくるのは突飛すぎでは?》
《まだ時間はあるんだし、地道に情報収集もありかな》
《退屈になりそうで嫌なんじゃない?》
《ちょっとくらい人離れても、すぐ取り戻せるでしょ》
《だね。ローズ様はここまで完璧だし》
「まあ、完璧なプレイってのも面白みが無いものでね。堅実に過ぎれば平坦で見どころが無い。よし、やはり賭けといこう!」
「完全に的が外れて失敗すれば、そこも魅力になりますしねー」
「やめてカナリー。期待するようなこと言うのは」
ゲームが進んだとしても、淡々と堅実な手を積み重ねるだけでは、見ている方が飽きてしまう。
故に、ゲーム攻略としては正しくとも、時にそれを選べない場合があるのがこのゲームだ。
幸い、メタ的な読みではあるがアテはある。メタといっても猫のメタではない。“開発者の思惑”といった設計思想からの読みのことだ。
このゲームも神様たちの作ったゲーム。やはり、『神』という概念は特別なものとして設定されているだろう。
「よし、ここは“神により聖別される”ことを目指してみよう。貴族王族の出発点として基本だ」
「それはやはり、<神託>でしょうか!」
「ここで、<神託>ねぇ……」
出会った頃を思い出してアイリが顔を輝かせ、最初期の流れの焼き増しに、ルナが微妙に顔をしかめる。
また妙な騒動に発展する未来を懸念してしまったのだろう。気持ちは分かる。
「むー? しかし<神託>といっても、どこから派生させるんですー?」
「確かにねカナリー! 起点となるスキルが謎だね!」
「そうですよーユキさん。やはり<電波>だと思うんですがー」
「なんでさ! <回復魔法>じゃないのかーい!」
……ユキ同様に、<電波>にツッコミたい気持ちをハルはぐっとこらえる。そこは今お嬢様である身として、指摘する場面ではない。
ユキの言う<回復魔法>はまだありそうだが、この世界においてどうなのかは確証はない。
多くのゲームでは、回復は神聖なものとして、神の奇跡のような設定をされている。このゲームは今のところ、辺に穿った部分の無い分かりやすい作りなので、可能性は高いが。
「まあ、どちらにせよ、僕は生産系スキルから攻めなきゃいけない」
《何が良いんだろう?》
《<細工>に『神像作成』とかあるかなぁ?》
《<細工>は金属アクセっぽいからな》
《じゃあ<彫刻>みたいのをまず派生させる?》
《遠回りだし確証はないな》
《それも<音楽>からサクラちゃんが行った方が早そう》
《<芸術知識>関係っぽいしな》
「私やアイリちゃんで、そっち探ってみますかー?」
「いや。多分、僕一人で同時に条件達成しなきゃ意味がない」
「神の試練、なのですね!」
試練ではない気がする。まあ、試練かどうかはともかく、難易度設定の観点からも妥当だろう。
複数人で協力するのが当然のこのゲームで、あえて個人に必要スキルを集めなければならない。そうすることで、『プレイヤーの貴族化』という大きなイベントを楽にこなすことを封じているのだ。
「お姉さまはもう方針が固まっているようですが、ここから如何するのでしょう?」
「それはねアイリ、<調合>で薬を作るんだよ」
「まあ。……えと、お薬、ですか?」
「降霊とか入神、トランスってやつだね。その状態に人為的になるために、特殊な薬を使う例があるんだ」
「まあ」
シャーマンの儀式に代表される、そうした例は多い。時には幻覚作用をもつ薬によって、神との交信状態に入れるとされていた。
その例に則り、薬から神への道を切り開く。
……若干不安だが、非常にそうした関連付けが良く出来たこのゲームであれば行けるはずだ。家紋の作成などというマニアックな生成が出来るゲームをハルは信じる。
「じゃあ、さっそく<調合>してみよう」
「楽しみです!」
◇
「『うふふ、蝶々さんですわ? 蝶々さん、ワタクシと一緒に踊りませんこと? ひらひら、ふわり、風に乗って。それはきっと、素敵なひとときだと思いますの』…………ってなんだこのセリフと口調は! これがこのゲームの想定してるお嬢様キャラなのか!?」
「はい! はい! わたくしが、ちょうちょさん役をやるのです! お姉さまと一緒に踊るのです!」
「アイリ、“その僕”と会話しちゃダメだ…………『まあまあ、景色が虹色ですわ! きっとここは、楽園なのですね! ワタクシ、感激ですわー!』」
「ああっ! ちょうちょさんが居なくなってしまったのです!」
「黙れ僕! テンションを上げるな!」
試しに幻覚のステータス異常を発生させる薬を作成して使ってみたハルだが、想像以上に酷いことになった。
キャラクターの口からは、自動で意味不明なセリフが発せられる。お嬢様としてのキャラ設定が合っているのが微妙に高度で腹立たしい。
「……虹色か、確かに神界見えたね! でもこの薬はもう飲まない!」
「治りました! おかえりなさいませ、お姉さま!」
《ローズお姉さまが壊れた(笑)》
《確かにどっちに転んでも放送映えする結果になった(笑)》
《虹色は神界じゃなくて魔界なんよ》
《ゲーミング神界》
《むしろ人界の最たるとこ》
《人の業そのもの》
《虹は最高レア確定演出ですよお嬢様!》
「……好き放題言ってくれる。まあいい、この方向性で行くよ。もう飲まないけど」
《えっ、まじですか?》
《ローズ様には何が見えているんだ》
《そら、素敵なちょうちょさんよ》
そちらではなく、虹色の方である。これもハルたちしか知りえないメタ要素だが、神界が七色の光渦巻く世界だということがある。
それを示唆する幻覚薬は、やはり方向性として間違っていないように思われた。間違っても飲まないが、二度と。
「僕はもう飲まない。飲まないが、幻覚薬の作成は連打する。売りに出しておくので皆も愉快になっておくように」
《被害を広げる気だローズ様ぁ!》
《アルケミック・テロお嬢様》
《世界中であの光景が繰り広げられるのか……》
《地獄かな?》
《冷静に考えればあり》
《身を削って撮れ高を稼げる》
《冷静に狂うな》
《その発想が地獄》
《やはり人気商売は地獄だと証明された》
盛り上がる視聴者たちと、徐々に世界中に広がる幻覚症状を横目にしながら、ハルは幻覚薬を力の限り作り続けて、完成する端からばら撒いていった。
興味本位から、または突飛な行動により放送に人目を集める目的で、薬は出す端から次々と掃けていく。
そして、その行動によって、目論見通りにハルにもスキルが習得される。
「……よし、やはり来たね。<宗教知識><伝道者><信仰>。んー……、<信仰>が最後なのが気になるけど、まあいいや」
「やりました!」
「<信仰>の無い<伝道者>はー、もう詐欺師なんですよねー」
余計なお世話である。ハルはカナリーのぼやきを受け流し、スキルの内容を確認していく。
<宗教知識>、これは幻覚薬を作り続けることによって<調合>から派生したスキル。やはりハルの予想は正しかった。
一方で気になるのが、さらにその派生に見える<伝道者>は<宗教知識>ではなく、<商才>に関連付けられていることだった。
「……ふむ。これは僕が、ショップを通して世界中に宗教体験を広めてしまったからかな?」
《『広めてしまった』は笑うんよローズ様》
《まるで悪いことのようだ》
《いやもう大爆笑。放送一覧が阿鼻叫喚》
《幻覚芸人の博覧会と化してる》
《おそろしやローズ様!》
幻覚薬を飲んだ人々は、その人のロールプレイに合わせて、しかも本人は絶対に口走らないだろうことを過剰な演技で朗読する。
その様は体を張った見世物となり、被害者、もとい演者たちの放送は爆発的に伸びた。
そのブームの火付け役となったハルには、実績としてレアなスキルが開花したらしい。
「まあ、販売は遊びだったんだが、<信仰>が得られたのは結果オーライだね」
「やっぱり遊んでたんですねー」
「ハルお姉さま、お茶目なのです!」
「おっと。まあ、ともかく後はこの<信仰>を使って、神様にサクッと血筋の正当性を証明させよう」
「信仰の欠片も感じられない発言ねハル……」
《俺たちのことは遊びだったのか!?》
《そらそうよ》
《ローズお姉さまに遊ばれてー》
《しかし結果的に目的のスキル手に入れてるな》
《やはりローズ様、持ってる》
《過程はともかく》
《でも薬からの読みは完璧じゃね》
その点に関してはハルも驚いている。
ハルの見込んでいた手順としては、<調合>のスキルレベルを上げることで、例えば『聖水』のような宗教観の強いアイテムを作り出す。
そうしたら、その作成を連打することで、<宗教知識>へと繋がる道を切り開けるだろうと踏んでいた。
こんなに都合よく、<信仰>まで通じるのはハルにも予想外。もしかすると、行動の目的もまた、ロールプレイの内容として判定されているのかも知れない。
ハルの『神に通じる要素へと繋げたい』という意思が明確化されていたことで、一気にそこへの道が開けたのかも知れない。
「自らの考えを宣言しておくのは重要なのかもね」
「だとしたらー、なーんでそんな仕様になってるんでしょうねー?」
確かに気になる。今、カナリーが言ったことも考えておかなくてはなるまい。ハルたちがこのゲームを始めた最大の目的だ。この運営の思惑を解き明かすことは。
「まあ、それを考えるのは後にして、今は<信仰>を伸ばしていこう」
「そですねー」
きっと、今求める貴族への道もそこにあるはずだ。あらずとも、またスキルを派生させることで強引にそこへと近づける。
この<信仰>ルートの成功によって、その手ごたえを掴んだハルなのだった。
◇
「よし、できたね」
「おお、やったじゃんハルちゃん。チャート完璧だ」
「ゲームの方がチャートに寄せてきてくれてる感あるから素直に喜べないけどね」
そうして<信仰>スキルを鍛えていくと、選べるコマンドに『神の祝福』という選択肢が発生した。
それをハル自身のキャラクターに向けて発動すると、<平民>だったステータス欄の役割が、<祝福された者>へと変化を遂げる。
ここに、目的はほぼ達成されたのだ。
《<信仰>のスキルはちょっと特殊だったね》
《最初は捧げものしか出来ないとか》
《対価なしに奇跡は起こさないという強い意思》
《鉄の精神を感じる。金を失うと書いて鉄》
《課金を捧げものに出来るの爆笑した》
《これが『お布施』……》
《『誠意』こそが何よりのパワー》
何か修行するとか、必死に祈りを捧げるとか、そういった行動が<信仰>のレベルアップには必要なのかと思ったが、なんとも即物的なレベルアップ方法であった。
ここに来てまた課金芸で解決できてしまったあたりは笑うしかない。神様はそんなにお金が必要なのだろうか?
ともあれ、レベルアップは順調に進んだのは朗報だ。後は、貴族イベントを進行させるのみである。
「ですが特に何も起きないですねハル様。あれでしょーか、<カリスマ>と絡めてもう一工夫するんでしょーか。あっ! もしかしてアレっすかね? この<祝福された者>からは、貴族ルートの他にも、聖職者ルートへの分岐なんかもあるんですかね!」
「ありそうだ。まあそっちは、前提イベントが起きてないからさすがに切るけど」
「そっすねえ。貴族ルートも、かなり薄いところ引いてきた感ありますもんね」
エメの言う通り、本来は今の段階では起こるべきイベントではなかっただろう。要求条件が厳しすぎる。
ここから聖職者を目指していると、その間に期限の三日は余裕で過ぎてしまいそうだ。ハルは脇目を振らずに貴族を目指すことにする。
その分岐を決定付けるのは、今度こそアイテムであるようだ。
スキル<カリスマ>とロール<祝福された者>により、<細工>スキル内にオリジナルの家紋を作成するコマンドが解禁されていた。
《デザイン自分で決められるのかな?》
《やっぱりローズ様だから、バラの紋章?》
《なんか薔薇戦争を思い出して嫌だな……》
《それ作ったら、晴れて証明終了かー》
「デザインは選べないみたいだね。僕の紋章は……、何だか鳥みたいだね……」
「何で鳥なんでしょうねー? 不思議ですねー?」
「……そうだねカナリー。きっと、ランダムなんだろう」
どう見ても確信犯である。ハルとカナリーの関係を示唆したものだ。
これは身バレに繋がるので、そういった連想を匂わせるものは控えて欲しいところだが、一方でカナリーとの絆を祝福してもらっているようで、悪い気もしないハルだった。
そうして紋章アイテムの作成に成功すると、その瞬間にイベントが進行。例の税務長NPCが再び現れ、無事に貴族の証として受領されるに至った。
ハルはこの国の貴族として列席され、役職欄も<男爵>へと変更される。
これは、『男爵』、『子爵』、『伯爵』と続く、日本的な階級名の中で一般的な最下位の名だ。いずれ、位が上昇するイベントなどもあるのかも知れない。
この叙爵によって、派手な課金に端を発したハルの一連の配信による見せ場は一旦終幕となる。
滑り出しとしては、大成功に終わったと言っていいだろう。ハルたちはここで、ひとまずログアウトし放送を閉じることとした。あとは他の人の放送を見つつ、お屋敷で今後の方針を練るとしよう。
なお、晴れて貴族となったハルであるが、特に<王>から爵位を任じられる特別な儀式といったイベントは無かった。
そのあたり、このゲームはいたって簡素なのであった。
※誤字修正を行いました。ルビの振りミスを修正しました。




