第508話 紋章学についての考察
続けざまの<錬金>によっていくつかレベルの上がったハルは、レベルアップによるステータス変化もチェックする。
情報にあった通り、レベルによる能力の恩恵は少ない。『あなたはこれだけ頑張りました』、という指標のようなものだろう。配信するにあたり、箔が付くのは利点だ。どんどん上げよう。
「あとは話にあったように、ポイントが貰えるみたいだね」
「ただし、自分には使えないってやつですねー? ふざけてますねー?」
「ふざけてはいないけどねカナリー。はい、君にもポイント入れてあげる」
「わーい。やりましたー」
ハルはレベルアップで得たポイントを、仲間たちにそれぞれ割り振っていった。
こうして仲間と高め合い、絆と共にステータスを育んでいくのだろう。そこにはユーザーに運営が求めるところが垣間見えた。
「“ふぁん”の方々から得られるポイントよりも、こちらの効果が高いのですね!」
「そうだねアイリ。どれだけ視聴者を集めても、本人の人脈がなければ無双はさせないと言われてる感じだ」
《くっ……俺の力が及ばなかったか!》
《そら及ばん》
《こう考えろ、『お姉さまの愛に及ぶ訳ない』》
《サクラちゃんを想うローズお姉さまの気持ちがポイントに!?》
《尊い……》
《そりゃ負ける。むしろ勝ってはいけない》
「いや、君たちもゲーム始めればいいだけなんだけど……」
これは捉え方によれば、固定でパーティを組むことを推奨しているとも取れる。
そのあたりは、最初から堅い絆で結ばれているハルたちは非常に有利であった。
「ただ、君たちのポイントも相当に有り難いよ? 10レベルやそこらでは、到底追いつけないし」
「それに別枠になってるからねー。なんかあるよ、こりゃ」
《プレイヤーだけでも、視聴者だけでもダメってことか》
《何があると思う?》
《視聴者ポイントいくつ以上が条件、とか》
《逆にプレイヤーポイントが求められる場面もあるってことか!》
「それなんだけど、気になることがあってね。少しやってみようと思う」
ハルが興味を持ったところも、まさにその部分だ。
スキルの発生はプレイヤーの行動の結果、自動で行われるが、その発生条件の詳細は不明だ。
ハルに触発されて<錬金>を試みたプレイヤーの放送を、エメと共に全てチェックしたが、スキルの発生は人によってまちまちだ。
そこがまた、『個人の才能』というあちらと同じあやふやな物だったらお手上げだが、今回集計したデータからそうではないことが分かる。
「このスキルの成長、強化ポイントの多寡が判定に関わってるんじゃあないか?」
「ありえそうですねハル様! 視聴者の多い者、仲間の多い者ほどスキルが育ちやすいというデータが出てますから。すると、このボッチお断りの殺伐仕様、人気者ほど先に先に進めるような仕組みになってても驚きは無いっす!」
「一言多いよエメ?」
「えへ。失礼しましたハル様ー」
《はい固定パ作ってー》
《連携必須、声出してこー》
《うっ、胃が……》
《急用を思い出したんで……》
《今は俺らが居るだろ!》
《役にも立たないし連携も出来ないけどな》
《ついでに友達も居ない》
「腐るな君たち。きちんと僕の力になっているよ」
《歯車になれる幸せ》
《お仕えできる幸せ》
《支配される幸せ》
「色々と疲れてますねー、これはー」
誰かに追従すれば楽なのもまた事実。
ただ、ソロで攻略しようと考えていた者には凄まじい逆風なのは確かだろう。
ハルの支援するソフィーも個人で攻略する予定なので、それが希望になればいいのだが、彼女もコミュニケーション能力自体は高いので参考にはなりづらい。誰ともすぐに仲良くなれる。
あとは、カオスが上手く立ち回ることを期待するくらいか。
まあ、今はハルも自分のことが優先だ。そちらは後でゆっくりチェックしよう。
「この<錬金>の作成可能アイテムリスト。これも単純にスキルレベルで増えるだけかと思ったが、能力値による変動あるね」
「はいっすハル様。データを総合すると、<魔力>の補正値が3以上、ないし幸運が2以上で、新たなレシピが追加されるようですね! それ以下のプレイヤーには、開花していないレシピがあるっす! さらに上位となると、まだ誰も居ないため不明になります」
「いい子だエメ。優秀だね」
「にししし!」
《データって、どこにあるんだ……?》
《今有志が必死にまとめてるけど、まだまだだぞ》
《お嬢様ネットワーク?》
《すげー、よくわからんけど》
神様の、AIとしての能力をフルに発揮し、エメは<錬金>スキルを獲得したプレイヤーの放送を全て同時視聴してデータを集めてくれている。
これは、さすがにハルでも真似するのはきついだろう。
それにより分かったことは、自身へと譲渡されたポイントによって、スキルの力が強化されることの証明だ。
「よっし! うちらもレベル上げて、ハルちゃんにポイント集中しよう!」
「はい! がんばります!」
《俺らも視聴者ポイントつぎ込むぜー》
《もう尽きちまったが、どうやって増やすの?》
《課金》
《そんなー……》
「時間経過で付与されるらしいから、君たち絶対に無理はしないこと」
《はーい》
《ローズ様お優しい》
《そう言われると無理したくなる》
《あまのじゃくおるってー!》
とりあえずハルのやることは決まった。課金芸で集めた巨大なファンポイントによって、スキルで可能なことを制限解除していく。
そのためにはスキルを連続使用して習熟し、レベルを上げていく必要がありそうだ。
「時間効率優先でいきまっしょうハル様! まずはほぼノータイムで打てるポーション作成を連打して鍛えましょうか。もすこしレベル上がったら、途中は飛ばしてレベル5レシピを使っての強化が最高率になるっす。あー、いや待てよ? レベル3の毒消しに行って、それ売りさばけば……」
「そうだね。毒対策は早期に需要が出るだろう。今のうちに準備しておく人も多そうだ。チャートはエメに任せる」
「らじゃっす! じゃあそれでいきまっしょう! <薬物知識>と<商才>絡ますことで、経験値が増えますからね!」
「もはや何を言っているのか分からないわハル……?」
スキルの実行には待機時間がかかる。単位時間あたりの最高効率を選び続けることが重要だ。
そうした計算は、神様の得意とするところ。多方面で大活躍なエメに全体の育成方針の立案を任せ、ハルは作業に没頭していくのだった。
◇
「……よし、そろそろいいか。方針を整理してみよう」
「なにか収穫はあったのかしら?」
「あったよ。それと、ちょうどアイリの歌も終わったタイミングだしね」
「<音楽>は楽しいのです! なぜか、魔法のような効果があるのですね!」
「面白いものを取りましたねー。演奏も、きちんと出来るんですねー」
「はいカナリー様! 適当でも、素敵な音が出るんですよ!」
ハルが<錬金>スキルを鍛える間、女の子たちも各自思い思いのスキルを選び、その訓練に当てていた。
ハル同様に<幸運>に特化したアイリは<音楽>。能力的にも、彼女の性質的にもぴったりな選択のように思う。
システム的には支援効果があるようだ。他にも、普通に音楽で周囲を楽しませる使い方も出来るのだろう。
ルナとユキの、<体力>担当の二人は<鍛冶>と<槍術>。当然<槍術>の方がユキだ。
どうやら<鍛冶>は体力を多く参照しHP消費も激しいようで、ルナはそれを覚えることに決めたようだ。
恐らく武器から防具へと派生し、いつものように服のオーダーメイドにも手を伸ばす心づもりだろう。
そして<魔力>組のカナリーとエメ、こちらは意外にも一般的な選択だ。
カナリーが<攻撃魔法>、エメが<召喚魔法>。どちらも一般プレイヤーにも人気の二つである。既に、多くのプレイヤーが両者を習得していた。
「……しかし、エメの使用法は、それはどうなのかしら?」
「えっ? 何か変ですかルナ様? 至って普通の、どこにでもある<召喚魔法>の利用法だと思うんですけど。……いや、確かに集計データでは少数派ですねえ、これは。まいったなあ。みんな、かわいい動物さん呼び出して、一緒に冒険したいんですねえ?」
「そういうものでしょう? そこで、意外そうにすることが分からないわ……」
「ルナも、もふもふのペットを呼び出すの期待してたんだね」
「うるさいわ?」
ルナが可愛らしい。こう見えて可愛いもの好きのルナとしては期待外れだったようだ。
だが、ゲーマー的に見れば召喚と聞けば思いつくのは“こう”である。それは決して、素敵なパートナーを呼び出しての心温まる友情ではない。
「ごめんねルナちゃ! やっぱこれは、効率いいから!」
「まあ、僕もユキも、同じ発想になるんだよね。ごめんルナ」
「ですよねですよねえ。安心しました! <召喚>なんていったら、好きな時に好きな場所で敵性体を生み出せる便利システムですよねえ。あ、ユキさん次からモンスのレベル上がりますよ!」
「ぜんぜんへいきー。むしろ弱すぎだからもっと頑張れー」
貴族屋敷の広々とした室内。その奥の方ではエメが<召喚魔法>で呼び出したモンスターを、ユキが華麗な槍捌きで切り刻んでいるところだった。
格闘戦を得意とするユキだが、今回はお嬢様として、槍の習熟を選んだ。武器なら何でも使えるユキなので、そちらも達人の域だ。
《すっげ。この動きはスキルと関係ないよな》
《ナギナタ術ってやつ? お嬢様の嗜みかー》
《お前ら召喚の悪用には突っ込まんのな》
《いやまあ、ゲームによっちゃ、よくやるし》
《これ最高効率なこと多いんだよな》
《ユーザーがこれしかやらなくなると潰されるけど》
「君たち本当に詳しいね。隠居組か」
もちろん見るのが初めての視聴者は驚いていたが、どうやら歴戦のプレイヤーも多いようだ。彼らが説明してくれていた。
レベルを上げるためモンスターを狩ることが一般的なゲームでは、そのモンスターをどこでも呼び出せるというのは悪用されやすい。
効率に重きを置いたゲーマーであると、そうした経験が少なからずあるのであった。
「まあいいわ? ログアウトしたら家の猫を愛でるから。それで? ハルは何が分かったの?」
「ああ、ごめん。その話だったね」
皆の方向性の確認が済んだところで、本題へと戻る。ハルは己のスキルを、どのように進めてイベントの解決にあたるかの整理をしていった。
すなわち、貴族を証明する方法をいかにするか。
「<錬金>を鍛えていった結果、派生して二つのアクティブが伸びてきた。<調合>と<細工>」
「<調合>って錬金術の一部じゃないんですかー? お薬特化のクリエイトなんでしょーかー?」
「カナリーの認識で合ってるね。なのでこれは今は使わない」
「でしょうねー。もしかしたら、秘密の薬を飲んで『貴族種』に生まれ変わるのかも知れないですけどー」
「血が青くなるのかな? こわいね」
尊い出自のことを蒼き血筋などと呼ぶことから出たジョークである。
まさかこのゲームで、貴族は種族そのものが違うなどということは無いだろう。ホラーである。
「ということは、もう一つの<細工>ですね! こちらへ移行するのでしょうか!」
「その通りだよアイリ。こっちに、興味深いものがあった」
察するに、最初に得た<薬物知識>と<鉱物知識>のレベルが上がることによってそれぞれ得られた<調合>と<細工>。そのようにして、スキルは枝葉を伸ばすのだろう。
金属を加工することで、アクセサリー類や小物のアイテムを作り出す<細工>。この作成リストの中に、気になるものをハルは見つけた。
「『家紋作成』ってのがある。この貴族街の家でも、軒先で主張してたアレだね。あれが<細工>で作れるみたい」
「あー、なんだっけ? それが付いてない家は、貴族じゃない成金の家だって分かるんだっけ?」
「そんな感じですねー。よく見れば、紋章で家の格も分かりますー」
《難しそうだ》
《日本人には馴染みが無いな》
《あるぞ? 徳川家のやつ》
《あー、あの家紋だけは効力絶大》
《目に入らぬか! ってね》
その家紋が、どうやらハルが見た家の紋章を<細工>で作り出せるようだ。
作ってどうするのか? それは不明だが、その家の貴族相手の商売でも出来るのだろう。物が緻密な職人芸のため、いい商売になりそうだ。
だが、気にするのはそこではなく、このゲームでは、スキルを使うと関連したスキルが派生すること。
つまりこの、あからさまに用意された家紋の作成メニュー、そこからも何かが派生する可能性は高かった。
「これ、作り続けてると多分<紋章知識>に派生するね」
「それはありそうね? ……なるほど? <紋章知識>を鍛えることで、貴族への道が見えるということね?」
「なるほど! あ、それにこの並び順、かなり深い位置にあるね。作成条件もきつそう、って訳だ」
「うん。僕もユキと同意見」
どういうことかと言えば、スキルは開放条件がキツいもの程、奥の方へ配置されることが分かってきていた。
その条件とは他人から与えられたポイント、つまりカリスマを表していると言い表すことも出来る。あの税務長の、ヒントとも合致する。
つまり家紋の彫金へと移行することで、謎に包まれていた『貴族』の薄膜へと手を掛けることが適うはずだ。
《すっげえ!》
《流石はローズお姉さま!》
《一気に答えに近づいたな》
《三日も時間いらんかったんや!》
《落ち着け、まだ安心するのは早い》
《こっからどうなるかだなー》
《絶望のボトルネックが無いといいけど》
視聴者のコメントも、出口が見えたことに勢いづく。
確かに安心するのは早いが、五里霧中だったこれまでとは比べるべくもない。
ハルは、その先を確かめるべく次々と家紋を作成していった。
その後は果たしてハルの予想通り、すぐに<紋章知識>が手に入る。そして、それを鍛えていくと、今回の目的に合致する<カリスマ>にまで派生するのであった。




