第504話 世界を狙うお嬢様
ゲームをログアウトし、お屋敷へと戻ってきたハルたちはメイドさんのお茶でひと息つくことにした。
演じる、ということはエネルギーを使うものだ。とはいえ、疲労を感じているのはハルだけのようで、他の女の子たちはまだまだ元気いっぱいだった。
「楽しかったですね! ひとやすみしたら、またすぐに行きたいです!」
「アイリが楽しそうでよかったよ。まあ、確かに面白そうなゲームだ」
中でもアイリはとてもはしゃいでおり、それを見てハルも嬉しくなる。
この顔を見れただけでも、参加した価値はあっただろう。
「そうね? ハルの女装を見れることだし、積極的にプレイしていきたいわね?」
「……おてやわらかに」
「とはいえ、ハル自身が女装している訳ではないから、片手落ち感は否めないのだけれど」
「……本当、お手柔らかにね」
どうしてもハルに女装させたい、ルナのじっとりとした視線から逃げるようにハルは後ずさる。
その様子を見て、更にいたずらっぽく笑むルナが楽しそうだ。楽しそうなのは、良いことだろう、きっと。
「あのあのー、ハル様いじめはそのくらいで、ゲームの方針会議に移りません? あ、すみません差し出がましいこと言っちゃって。あとすみません、わたしなんかが参加させてもらっちゃって。今さらですが本当にいいんですか? 資金提供まで……」
「いいんだよエメ。エメのくせに無駄に遠慮するね。それより口数を遠慮しないかい? うるさい」
「ひどいっす!」
ハルがたじたじになっているのを見て、エメが話題を変える助け舟を出してくれる。
いや、これは実際に彼女が気になっていた事でもあるのだろう。今回の参加を決めたときから、しきりにエメは遠慮していた。
「構わないわ、そんなことは。それよりもエメ? 『イチゴ』という名前はどうなのかしら……」
「え? 可愛いじゃないですか、イチゴ。ダメでしたか? 可愛いじゃないですか! 女の子はみんなイチゴ好きなものじゃないんですかルナ様?」
「一概には言えないわね? まあ、悪いとは言わないわ。私も好きよ、イチゴ」
「ただちょーっと、こいつを呼ぶのを躊躇しますねー? イチゴちゃんってー」
「カナリーに言われたくないですよお。何ですか、『ルピナス』って、一般的じゃないですよ! イチゴの方が分かりやすいです、有名です! あ、それにしても、みんなお花の名前になったんすね。イチゴはちょっと花か微妙ですけど、にしし」
「そいえばそうだね? べつにうちら、示し合わせた訳でもないのにね」
ユキの言うように、特に事前に取り決めをした訳でもないのに、全員が花の名前で統一されたのは面白い。
精神の融合により、無意識でそうした認識が働いたのだろうか?
「私としては、ハルが一番意外だったわ?」
「ローズお姉さまです! 素敵なお名前だと思います!」
「そだね、確かに。ハル君ってバラが好きなイメージとか特に無いけど」
それに関しては実際にそうだ。別段、ハルはバラが好きという訳でもない。嫌いでもないが。
「僕の、『ハル』の名の由来は知ってるよね?」
「確か『ゾハル』だったわよね?」
「そう。カバラの書物だね」
「ん? カ“バラ”の……、ハル君それって……」
「ダジャレなんですよねー。ハルさんも、たまにお茶目ですよねー」
「あはは、そうなんだねー。んー、まあ、私も『ユキ』の響きを残そうとして『ユリ』にしちゃったし、人のコト言えんか」
何となく、今の自分との繋がりを残したくなる。そんな心理の働いてしまうハルたちだった。
どこから連想されるか分からないので、念入りに身バレ回避を優先するなら避けるに越したことはないのは、言うまでも無い。
◇
「んでさ、ゲームの進行についてはどーしよっか?」
そうしてしばし、お互いの名前を弄りあいながら、皆で優雅に美味しいお茶を楽しむ。
ゲームの中でお嬢様集団を演じているハルたちだが、この生活は実際にお嬢様そのものだろう。
風靡なる風が庭の花を撫でる様を眺めながら頂くお茶は、貴族そのものであった。
「いや、実際にアイリは貴族そのものか」
「はい、王族なのです! 名ばかりなのです!」
「……そういえば、ゲームでは『王様になれるかも?』なんて言われていたわよね? 目指してみるかしら?」
「大丈夫かな? 目立っちゃわない?」
「いまさらっすよユキさんー。あんな風に大々的に登場しちゃった以上、もう目立つのは既定路線ですよ! いやむしろこのメンツで参加した以上、なにをどうしようが目立つのは避けられないですね。早々に諦めるべきかと!」
「隠密も出来なくはないですがー、ゲームの仕様上やる意味がないですしねー」
「そうだねカナリー。人目を避けていては、ポイントも得られない」
ゲームの成長要素として、自分で鍛えるのではなく、他人にポイントを使ってもらう必要がある。
そのため、普通のゲームとは、攻略の方向性がまるで異なるのだった。
もちろん、ハルの力を最大限に活用すれば、全く目立たずに活動することも可能だろう。
しかしそれでは、わざわざあのゲームに参加した意味が薄くなる。
「僕らの目的はゲームクリアじゃあない。とはいえ目的のためには、それなりの力は必要だろうね」
「運営する神様たちの、思惑の調査ね?」
ルナの言葉に、一同の表情が引き締まる。
そう、今回のゲームを開催した、外の神々の真意。特に、何故ハルたちをわざわざ一般参加者として招いたかを知る必要があった。
魔力が欲しいというのは当然あるだろうが、それ以外にも、何か目的はあるだろう。
それが、また世界的な混乱を引き起こすものでないかを見極めないとならない。
「じゃあ、真面目に攻略もしていくんだ!」
「そうね? そうじゃないと、ユキが退屈してしまいそうだし」
「し、しないよぅルナちー。やだなぁ、あはは」
「とはいえ、攻略といってもどうするんですー? ハルさんがストーリー進めちゃったら、余裕で優勝しちゃいますよー?」
「……そこまで評価されると、こそばゆいんだけど」
ただ、そういったストーリー進行に関わる冒険は、賞金が欲しい他のプレイヤーに任せようと思っている。
あのゲームにおける『優勝』の条件というのは、実は明確にされていない。
断片的に分かっているのは、世界に巻き起こる事件の謎を解き明かし、その原因を解決すること。それを成し遂げた只一人のプレイヤーを称え、賞金が支払われる。
なお、前提条件として、ある程度のファン数は必要となるらしい。最後の最後で、美味しい部分だけをかっさらうズルいプレイは不可能ということだ。
ただ、悪役プレイ自体は禁止されていない。黒いプレイで人の目を引きつけるのも、また選択の一つだ。
「今は、どうなっているのでしょう!」
「放送を見てみるかいアイリ? 他の国のも見れるから、見ているだけでも楽しいよ?」
「まあ! どれを見ようか、目移りしてしまいますー……」
「今はセオリー通りが多いだろうねぇ。装備整えて、街の外に出て、レベリングする」
「スタートダッシュはやっぱそうなりますねえユキ様。まあ、今は何しても数字が取れるボーナス時期です。せいぜい楽しんでおくといいでしょう、ぐへへへ。っと冗談はおいといて、逆にどこ見ても同じになるので、視聴者の定着には苦労するでしょうね。案外、街の観光紹介とかが数字取れてるっすよ」
「エメっちょ詳しいね!」
「こんなんでもー、神ですからねー」
「こんなとか酷いですカナリー!」
むしろ、非常に優秀な神様だ。AIの特性として、並列的な情報収集はお手の物。お茶を楽しんでいる間にも、そして自身がプレイしている間にも、他プレイヤーの放送を参照できる。
これはハルとカナリーも同様に可能であり、実にパーティの半数がその力に長けていた。
「己の情報を発信することでエンタメとし、儲けを出す。逆に言えば、情報を取り放題だ」
「他者の情報をまとめることもー、大きな商機になりそうですよねー」
「むしろ自身にスキルやカリスマが無い凡人は、その選択をすべきっすね」
「あはは……、私は話についてけそーにないから、ハル君の言うとおりにするよ……」
「だそうよハル? なにかユキにえっちな命令をしましょう?」
「いや、しないが……」
ユキには申し訳ないが、『フラワリングドリーム』においては、体を動かすよりも頭脳労働が中心になりそうだ。
しかし、今後必ずユキの力が必要となる場面もあるだろう。その時のために、今は牙を研いでいてもらうとしよう。
◇
「んじゃあ、商人プレイとか良いんじゃない? 私は、護衛の人で!」
「ユキも今回はお嬢様の一人よ? 自覚なさいな」
確かに良い選択と言える、ハルたちの商人プレイは。
己の趣味を置いて、こうして適切な戦略を導き出せるところもユキの優秀さだ。伊達にトッププレイヤーではない。
「良いと思います! ハルさんと、カナリー様エメ様にかかれば、世界の需要はまるはだかです!」
「エメちゃんでいいですってーアイリちゃん。それはさておき、任せておいて欲しいっすよ! 国中の、それどころか他国にまで渡っての物資の動きがリアルタイムに筒抜けなんです。これは、損する方が難しいですよねえ……?」
「ですねー。在庫を管理するだけで、左団扇ですよー?」
街の高級ホテルに座しながら、自らは動かずに世界経済を牛耳るお嬢様集団。
非常に絵になる存在だ。ただし、問題がひとつある。それは何かといえば。
「地味なんだよなあ」
「確かに! わたくしたちの放送が、まるで動きがありません!」
ゲーム内スコアを高めるだけでいい従来のゲームであれば、完璧な勝ち組だろう。しかし、今回はそれだけではいけない。
自らの行動において視聴者を楽しませ、ファンを掴まねばならない。
いかに美しい少女たちの放送とて、右から左に数字を動かすだけの日々では、見続けるのも苦痛であろう。
「……私たちがアイドルとなって、その私たちと会話し、交流できることを売りにするとか?」
「まあ、実際それでも数字は取れちゃいそうだけど、少し弱いね」
「だねぇ。周りは動きのあるゲームやってるんだ。どうしてもそっち流れるよー。あと、私がそれキツイ……」
魅力的な異性と会話する、ということは十分に人を引き付けるコンテンツとなるものだ。とは言えユキの言うように、周りが楽しそうにゲームをやっているなか、雑談一本はあまりに逆風。
商人プレイをやるにしても、もっと動きのある方策を取らねばならない。
「あ、そうだ! 行商人とか!」
「効率が悪いっすユキ様」
「悪いですねー」
「あ、そうなんだ?」
「楽しそうだけどね。でも儲けるなら、人を動かすに限る」
「ハル君が最低の言いぐさしてるー!」
大変申し訳ない。だが事実そうなのだった。
多くのアイテムが入る倉庫機能があるため、現実や、カナリーたちのゲームよりは行商で儲けやすいが、それでも自分の身が一つであることには変わりない。
それに、他のプレイヤーもその条件は同じである。同じ土俵で勝負しても、抜きんでた結果は得られない。
「まあ、元手ゼロから成り上がるわらしべ長者ストーリーとか楽しそうだけどね。商人としての成長要素を、配信の売りにすればいい」
「いずれは、国をまるごと買い取るのです!」
「……アイリはブレないね。まあ、今回に限っては王の座を目指すのも面白そうだけど」
「やりました!」
「条件が国王との結婚とかだったら死んでも嫌だけどね」
「わたくしも許さないのです!」
まあ、活動方針は世界の流れを見ながら追い追い決めていけばいいだろう。
重要なのは、ノープランであるとファンに伝わらぬよう、堂々としていることだ。
今日はサービス開始初日。そのファンをあまり待たせても悪い。ハルたちは休憩を終えて、再びゲームへとログインするのであった。
*
再び揃ってスタート地点の広場へとログインしてきたハルたちの姿を認めると、周囲のプレイヤーにざわめきが起こる。
開始早々に、もう有名人だ。この人気が出オチで終わらないよう、ファンを楽しませ続けていかないとならない。
「たくさんのポイントがわたくしたちに付与されています! これは、何もせずにとっても強くなってしまったのでしょうか、ハルお姉さま?」
「そうだねアイリ、それなりには。でも、これは結局のところ基礎ポイントだ。これだけで最強とはいかないみたいだよ?」
「戦闘なしでラスボスに挑めはしないのね? とはいえ、序盤の雑魚相手ならば楽勝でしょうけれど?」
単純な話、世界一の有名人が参加したとして、まったく冒険無しで視聴者数に任せてゲームクリアしてしまったら興覚めだ。
その辺りは、きちんとゲームとして成立するように調整しているのだろう。そこを確認するのもまた楽しみだ。
《おかえりなさいませ、お嬢様》
《我ら一同、お出迎えの準備をしてお待ちしておりました》
《うわ、執事気取りかよ》
《他の放送見て今あわてて戻って来たくせにー》
《お、お前もだろーが!》
「いやいいよ。僕らの居ない時までここに居る必要はない。君たちは好きに動くといいさ」
《お、お優しい……》
《ぼくっこお嬢様なんか癖になるわー》
《ボーイッシュじゃないのも珍しい》
《そこもギャップで良い》
さて、ハルたちも例に倣って、初戦闘へとくり出すべきだろうか?
お嬢様がたの初陣として、それなりに盛り上がりはするだろうが、やはり平凡であることは否めない。
ハルが優雅に構えつつも、今後の対応について高速で頭を巡らせていると、先に行動を起こす影があった。
既に、あちらは対応を決めていたのだろう。迷うことなく、ハルたちの方へと近づいてくる。
「やあ、君が噂のローズちゃん?」
《なんだこいつ》
《なんだこいつ》
《馴れ馴れしい男だな》
《気安くローズお姉さまに話しかけるな》
《ローズさん、やっちゃってください!》
《いやお前らこそなんなんだよ(笑)》
どうやら、一躍人気となったハルに接触しようという戦略のようだ。
ハルは注意深く、その男のキャラクターを観察することにした。
誤字報告ありがとうございます。「エメっちょ」ですが、誤字ではなくその場のノリですのでご理解ください。
ユキの言うことですのでー。
句点の追加を行いました。(2023/5/17)




