第503話 お嬢様のご連合が爆誕あそばされる
地の文の名前ふりがなはクドくなりすぎるので、省くことにします。
ハルたちはこの最初の街、『アイリスの街』で最も大きな宿屋に入り、そこでアイリの服を見繕うことにした。
本来ならば、ゲーム開始直後のプレイヤーが利用できる料金設定ではないが、このゲームは別だ。課金で全てを解決できる。
効率度外視の頭のおかしい交換レートである。普通は、手を出す人間は居ないだろう。
《ブ、ブルジョワジー……》
《ローズお姉さま、ガチの金持ちじゃん》
《ゲーム素人か? このレートで交換すんのはやめとけ》
《人の金の使い道に口出すとか、それこそやめとけ》
《つってもよぉ、これ確実に罠じゃん?》
「問題ないよ。こうして君たちの目を釘付けにすることが出来たからね。これが将来、何倍ものリターンを生む投資となる」
「初速を犠牲にして、終盤の最高打点を目指すプレイング、ですね!」
「そうだねアイリ。よく勉強している」
「えへへへへ……」
《素人どころか熟練プレイヤーだったぁ!!》
《妹ちゃんも英才教育されている……》
《その教育、社会のどこで役に立つんだ?》
《ここで! 役に立っている!》
《確かに、凄いゲームだ……》
最初はどうしても、自分の貯蓄から払わなければならない。課金に躊躇するものが大半だろう。
その中で躊躇わずガンガン使って行くからこそ、抜きんでたショーとして成立する。
人がお金を使う瞬間というものがショーとして成立することの是非は今は置いておこう。重要なのは、その結果、使った以上の額が取り戻せるということだ。
単なる、金持ちの道楽で終わらない。これは投資であり、ビジネス足り得た。
ちなみにアイリの言っているのは、戦略ゲームで終盤のスコアを可能な限り上げるために、序盤の滑り出しを犠牲にするテクニックである。
考えなしにやればそのままストレートで敗北しかねないので、上級者向け。
「さて、アイリのドレスはどんなのにしようか……」
「わたくし、お姉さまと同じようなのがいいです!」
「ふむ? うーん……、僕とお揃いも良いんだけど、少々面白みに欠ける……」
《躊躇なく最高金額のドレス行ったー!!》
《そしてボツにしたー!》
「せっかくだ、我が愛しの妹のファッションショーといこうか」
「すてきですー! ハルお姉さまも、一緒にやりましょう!」
「え……? まあ、仕方ないか……」
《姉妹揃って金銭感覚ぶっこわれ》
《お姉さまには落ち着いたの、妹ちゃんには可愛いのが似合うな》
《分かってないなぁ。お姉さまも実はかわいいの着てみたいんだよ》
《お前にローズちゃんの何が分かるっていうんだ! クール系だろ!》
「ははは、君こそ何が分かるというのか。だが正しい」
「でも、確かにハルお姉さまも可愛いの着て欲しいです!」
……正直、勘弁してほしい。クール系の出で立ちならまだ何とか平静を保てなくないハルだが、アイリに似合うようなフリフリのかわいらしいドレスなど着ようものなら、頭がおかしくなってしまいそうだ。
そんな、ハルにとっては微妙に恥ずかしさが嵩む夫婦のファッションショーはしばらく続き、その華やかさに視聴者は沸き、人が人を呼ぶフィーバータイムとなった。
「ふむ。ポイント付与ご苦労さま君たち。僕らには<幸運>を求めているんだね? 良いと思うよ?」
「わたくしもお姉さまも、初期ポイントを<幸運>に振っておりましたから、そこに釣られた方々が多かったみたいですね!」
《運で全てを解決するお嬢様とか解釈一致》
《運とお金だな(笑)》
《お嬢様って言えば魔法使いだけどなぁ》
《魔法派は劣勢だな》
《体力勢はおりゃんのか?》
《体力お嬢様だとなんかプロレスしそうなイメージある》
「ああ、安心しなよ君たち。<魔力>お嬢様も、<体力>お嬢様も、そろそろ来るだろうから」
《マジか!》
《またローズ様の妹さん? それともお姉ちゃん?》
「友人だね」
ルナやユキたちも、既にキャラ作成を開始している。この開始初日である今日のうちに、皆で顔見せも兼ねて一度集まる予定でいた。
場所はそのままこの高級ホテルにしようか、それともあえての外にしようか、手早く考えをまとめるハルであった。
*
結果、ハルが選んだのは外に出ること。サービス開始して間もない今、放送に映すのがホテルの一室だけではもったいない。
視聴者もまた、この世界は初めてなのだ。色々な場面を見て回りたいだろう。
そこで退屈をさせてしまっては、他のプレイヤーの放送へと流れて行ってしまう懸念が出てくる。
「あとで街を見て回ろうか、アイリ」
「はい! 素敵な街並みで、楽しそうです!」
《お嬢様のおさんぽ期待》
《貴族の昼下がり》
《夜のお嬢様も期待していいんですか!?》
《ぐへへ、た、たまらん》
「……アイリを変な目で見ないように。そういうコメントは、容赦なく叩き出すよ?」
《今のはあいつが悪いわ》
《妹を溺愛するお姉さま、良い……》
《しっかり統制を取れるお方で安心》
《統治者の資質をお持ちである》
コメントの空気感というのも、視聴者に任せず早めに整備しておいた方がいいだろう。
正直、人気だけを目的とするならば、そういった女の子としての魅力を前面に売り出した方が稼げるが、それはハルがイラつきそうで駄目だ。
もしここで、ローズの姿ではなくハルの身であるならば、そういった懸念も薄くなるのだが、それだと今度は活動の方向性が変わって来てしまう。
ハルに期待される事は、どうしてもスーパープレイであり、ゲームの攻略だ。そこを主軸としない今、やはり女の子になるというルナの判断は正しかったのだろう。
……それでも言いたいことは、多々あれど。
「皆様をどこでお待ちしましょうか、ハルお姉さま! やはり、最初に出る広場に行きますか?」
「そうだねアイリ。ただ、あそこは今は込み合うから、どこか落ち着ける場所を探してみよう」
「はい! あっ、“こめんと”の皆さんが、色々と教えてくださるみたいですよ!」
「どれどれ」
《広場を見渡せる待機スペースがあるよ》
《あそこはダメ。今はもう埋まってる》
《お嬢様がたを人混みには突っ込めん》
《おしゃれなカフェがあるよ。VIP専用の》
《それだ!》
《課金しないと入れないから、誰も使ってないね》
《ナチュラルに課金させようとすんなよ(笑)》
「いや構わない。そうしよう」
「ナチュラルに課金していくスタイル! ですね!」
課金していくスタイルなのだ。視聴者もそれを求めている。
そうと決まれば、さっそく移動である。ただし焦らず、のんびりと。お嬢様たるもの、優雅であらねばならぬのだ。それが世の理なのだ。
加えて、じっくりとこの今の段階では珍しい課金装備を、道ゆくプレイヤーと、その視聴者に見せびらかすことができる。
「うわすっご、何あれプロ?」
「視聴者数えっぐ……」
「初手から獲りにきてるねぇ」
「プロじゃないっぽい。パーソナル白紙だ」
「アカウント紐付けなしとか余裕すぎん?」
「紐づけできない程の有名人かもしれん」
「ありえる」
「こんなん視聴者とられるやん! 歩く災害やめて!」
大変心地良い、もとい、心苦しい。ハルたちが練り歩くだけで周囲のファンが減り、ハルのファンが増える。
そんな風に、一種の災害プレイヤーとして、二人とその視聴者はこの『アイリスの街』をゆっくりと進んでいった。
アイリスの街は、その名を同じくするアイリスの国の首都である。
これは複数から選べる所属国の一つであり、全てのプレイヤーがこの地をスタート地点とする訳ではない。
それぞれの国には、個性豊かな特色があり、発生するイベントもまた様々。
プレイヤーたちの選択によっては、国同士の同盟や、逆に戦争なども有りうるのだろうと考えられる。
その国の中において、己がどんな位置づけで立ち回るのか。英雄を目指すもよし。商人として名を馳せるもよし。はたまた一町人として、牧歌的に過ごすもよし。
それがこのゲームが推奨する、“ロールプレイング”なのだった。
「素敵な街じゃあないかアイリ」
「はい! お姉さまに相応しい街なのです!」
《おおっとぉ! それは『この街を手に入れる』発言かぁ!》
《王を目指していくぅ判断ん!》
《女王さまぁ! 踏んで!》
《それはちょっとちがくね?》
《こいつをコメ欄から叩き出せ!》
「君たち。不穏なことを言うものではないよ」
あまり野心的なプレイヤーだと噂が広まっては困る。いたずらに敵を作り出すには、まだ早い。
ただ、状況によってはそうしたルートも、あり得そうな雰囲気だった。そこまで到達するプレイヤーが出るかどうかは、今の時点では杳として知れずとも否定はできない。
そんな懐の深さが魅力のこのゲーム。ハルたちが選んだのは比較的おとなしい、平均的なファンタジー都市だった。
平和そうで、整った街並み。なんとなくアイリとカナリーの、梔子の国を思わせる。
海が近く、水路が多いのは内地の梔子とは違うところか。そこは群青が近い。
なんとなくハルたちが街づくりゲームで作った、あの魔法都市を思わせる。ハルたち好みの街だった。
その名に『アイリ』と入っているのも、選んだ理由の一つなのは言うまでもない。
「お姉さま! どうやらあそこのようですよ!」
「へえ、敷地それ自体がかなり広いんだ。店先を人の壁で覆われないための配慮か」
広場の一等地に陣取るおしゃれなカフェは、オープンテラスに非常に広い敷地を構える贅沢な店だった。
その庭先自体がもう店内扱いで、課金しなければそこに踏み入れることすら不可能。
人で溢れる広場と隣接しているにも関わらず、そのただ中にぽっかりと空いた聖域として鎮座していた。
「はい課金。アイリのぶんも払ってあるよ」
「ありがとうございます! ハルお姉さま!」
《たっっっか! 今いくら払いましたって容赦なく表示されるのえぐくない?》
《逆に言えば、いくら使ったか見せつけることが出来ると》
《そして容赦なく二階席も指定していくスタイルぅ》
《入場料の五倍とか正気か!?》
《テラスに居ると下からでも目立つなぁ》
「待ち合わせの時にすぐ見つけてもらえるように、との配慮らしいよ」
「実際は、視聴者アピールなのでしょうね!」
《妹ちゃん理解力すごすぎない?》
《うーん、これは英才教育》
輪をかけてお高いテラス席に入ると、そこが強調されるように花が舞い、光が差した。夜ならライトアップになるのだろう。
人混みの中からでも、『待ち人に見つけてもらいやすいように』、眼下の全てにアピールできる。やりすぎである。普通に恥ずかしい。
ただ表面上はそんな態度はおくびにも出さず、ハルは堂々とローズお嬢様を演じ続ける。
そうして広場に自分をアピールし続けながら、ハルとアイリはルナたちの到着を待つのだった。
◇
「やあ、ハルちゃん! 目立ちまくってるね!」
「いらっしゃいユキ。君こそ、よく理解しているようで」
「ふふん。まあ、このゲームの本質は“そこ”だろうからね。ちと、恥ずいけど……」
「成長したわね? 慣れるのは今後のためにも良いことだわ?」
「やっぱ今後はパーティーとかまたあるんかなぁ、ルナちゃ」
「あるわ? 覚悟なさい?」
「ルナも、よく似合ってる」
「ええ、ありがとう」
普段の高身長とは真逆に、小柄な少女の姿となったユキ。
そして、こちらも普段の小さめの姿とうって変わり、高身長な大人っぽい色気をふりまくルナの登場だ。妖艶さに更に磨きがかかっている。
二人とも、こうしたキャラクターを選ぶのは珍しい。特にユキは、長い手足を捨てるのは戦闘スタイルに反するので、なかなかやらない。
身バレ回避を最優先してくれたことに、頭が下がる思いのハルだった。
二人とも、登場時から豪華な課金衣装に身を包んでいるあたり、ハルの戦略をよく理解している。流石のゲームセンスと言えた。
新たなお嬢様たちの登場に、ギャラリーも更に沸き立つ。
「二人は<体力>型なんだ?」
「あたしは、<体力>以外むーりー」
「ええ。あなたがたは、どうせ<幸運>タイプだと思ったもの。そして後の二人は<魔力>でしょうから、消去法ね」
「悪いねルナ、余りもの掴ませちゃったみたいで」
「謝らないの。どっしりと構えてなさい? リーダー?」
《もう一人のお姉様だー!》
《ちみっこい元気っこかわいいー!》
《いや、ちみっこくても初手課金を選べるツワモノだぞ?》
《金を使い慣れた幼女……末恐ろしい……》
《ローズお姉さまと対等な感じのボタンお姉様、いいね!》
《リアルではご友人であらせられるのだろう》
《ちっちゃいこはサクラちゃんのお友達かな?》
《まだまだ活発なお年頃》
四人の関係性に、コメント欄が騒がしくなる。下世話な噂話にルナが顔をしかめるが、必要なことだと分かっているのだろう。特に口は挟まない。
こうして三つのステータスのうち、<幸運>と<体力>特化の担当が決まった。
残るは<魔力>となるが、一人はカナリーが担当だ。前衛で動き回るのは得意ではないカナリーであるし、かつての自分が担当した<幸運>を再び選ぶタイプでもない。<魔力>の選択となるはずだ。
そして、ルナの語るように、<魔力>を選ぶであろう参加者は、もう一人居る。
「えと、どもですーハル様。あの、良いんですかねえ、今さらなんですけど。言われたとおり一番高い服選びましたけど、あれかなりのお値段でしたよ!? わたし、ご存じの通りお返しするアテとか無いですよお?」
「やかましい。いいんだよエメ、僕が許す。今後も必要と判断した時は、金額を見ずに課金するように」
「そうですよー? ハルさんならこんなはした金、一瞬で稼いじゃうんですからー」
「カナリーはもうちょっと遠慮しましょうよお……」
《今度は様付けキター!》
《使用人さん? お嬢様のお世話係さんなのか!?》
《リアルではメイドタイプ!?》
《いや、こちらもご友人であるのかも知れん。ただ家格が少し下だとか》
《序列があるタイプの、お嬢様! ローズ様、どんだけ凄いん?》
《あるいは後輩ちゃん、ワンチャン?》
《お嬢様学校!》
《ある意味そっちの意味の『おねえさま』か!》
ルナとユキの数歩後ろに付き従うようにして登場したことから、様々な憶測を呼んでいる二人、カナリーとエメも揃い、ここにハルのパーティが勢ぞろいした。
そう、今回はエメも、ハルチームの一員として参加して共に遊ぶことになっている。
全員お金持ちという設定にしたかったが、エメが日本円を所持していないこと、ハルたちに『様』を付けるのは外せないということから、今のような立ち位置となった。
なおカナリーは、やろうと思えばこの瞬間にも億万長者になれる。エーテルネットにおいて、カナリーは万能。
「さて、バランスよく二人ずつに分かれたね。僕らは一度、今後の方針会議にリアルに戻るから、今のうちにポイントを入れておくように」
「それと全員の放送を登録しておきなさい? 私たちが戻ったら、すぐに分かるようにね?」
《りょ!》
《ラジャーっす、お嬢様!》
《行ってらっしゃいませ、お姉様》
《お早いお戻りをお待ちしております》
顔見せは済んだ。これ以上ここに留まり続けて、他の参加者の見せ場を奪うのも反感を買い過ぎるだろう。
彼らはライバルであると同時に、共に攻略する協力者だ。バランス感覚は大事にしたい。
ハルたちは攻略の作戦会議のため、一度お屋敷へと戻って行くのであった。
※誤字修正を行いました。
追加の修正を行いました。フリガナのミスを修正しました。(2022/7/2)
追加の修正を行いました。報告、ありがとうございました。(2023/1/12)




