第502話 女装
ハルが目を開くと、そこは懐かしさを感じる白い部屋。
一年前、『エーテルの夢』のキャラクタークリエイト、事前キャラ作成のために訪れた部屋を思い出す。
このゲーム、『フラワリングドリーム』の準備部屋もそれを感じさせる造りとなっており、二つのゲームが同じ構造によって作られていることを思わせた。
「ようこそいらっしゃいました、お客様。このたびは『フラワリングドリーム』をプレイしていただき、誠にありがとうございます」
「やあ、よろしく。君はここの神様?」
「質問の意図が分かりかねます、申し訳ございません、お客様。私は当ゲームのキャラクタークリエイトを担当する、補助AIとなっております」
「そっか、神様に会いたかったな、残念。よろしくねサポートさん」
「よろしくお願いいたします。なんなりとお申し付けください」
あの時と違うのは、運営を務める神様本人が対応してくれない、といった部分か。
まあ、仕方がない。こちらは参加人数が文字通り桁違いだ。いかに神様の処理能力とて、対応が追い付かないかも知れない。
「何か、ご要望がありましたかお客様? 不足がありましたら、責任者に連絡をいたしましょう」
「そうだね、じゃあ、『こっちの神様に会いたかったな、少し残念』、って僕のパーソナルと一緒に伝えてくれる?」
「かしこまりました。現在、担当部署の対応が込み合っております。返信は後日となることを、ご容赦ください」
「いいよ、返答を期待したものじゃないんだ」
「恐れ入ります」
ひとまずは、『ここにハルが来た』、ということを外の神様に伝えておきたい。湖に小石を投げ入れるように、小さな波紋を生じさせることが目的だ。これで連絡を取れるとは思っていない。
そう、ついにハルが、外の神様が作った新しいゲームへと参加する時が来ていたのだった。
◇
「操作説明を行いますか?」
「不要だよ。質問があればその時よろしく」
「はい。なんなりと」
操作パネルは直感的に分かりやすく作られている上に、かつてカナリーと行ったそれとも似ている。ハルは難なく、己の操作キャラを作成していく。
「よろしいでしょうか、お客様」
「いいよ、どうぞ?」
「“性別の異なるボディ”を使用する際には、注意事項がございます。ご確認なさいますか?」
「後で読んどく」
「承知しました。リンクをご用意させていただきます」
そう、ハルが今作成しているキャラクターボディは、“女性型”であった。
結局ルナの提案に押し切られる形となり、ハルは今回のゲーム、女装して参加することに決まったのだ。
実際、良い手だと思う。性別に対する先入観というのは非常に大きく、『ハルと女の子たちの組み合わせ』から、『全員女の子チームだ』という認識に変わることによって、一気に認識はズレるだろう。
そんな、現実の性別と違うキャラクターをフルダイブでプレイすることには多少の問題がつきまとう。
とはいえ、このゲームは演じることに重きを置くゲーム。注意事項はあれど、むしろ違う自分への“変身”を推奨すらしていた。
「お決まりになりましたか?」
「うん。これでいこうかな」
既に作り上げたキャラクターに入ったハルの口から、普段とは完全に異なる声色が奏でられる。
綺麗な女性の声は、まるで違和感がない。いい仕事だ。気の強さを感じさせるそれは、普段の落ち着いたハルよりも行動的な響きに聞こえた。
「……ただ、服がこれじゃ締まらないね」
腰まであるサラリと流れるロングヘア、切れ長の目、細く均整の採れた体、それなりにある胸。
そんな、深窓の令嬢を思わせる今のハルを飾るのは、野暮ったい冒険者服。
厚手の布を次ぎ合わせた、頑丈そうだが安い作りだ。ポケットも沢山付いている。
「初期装備のバリエーション……、これだけか……、はい、課金」
「お買い上げ、ありがとうございます。当ゲームは、随所に日本円による決済システムが設定されております。順番が前後いたしますが、ご説明いたします」
「カットで」
「義務となっております」
「……聞こう」
飛ばせなかった。美しい少女の顔を渋く歪ませるハルである。
面倒だが、説明責任が国から定められているのだろう。仕方がない。ハルは安物の初期装備を脱ぎ捨て、高級感あふれるドレスのようなおしゃれ装備を選びつつ、その説明を聞いていった。
いくらでも課金できる部分が、そこかしこに設定されているこのゲームだが、いくらでもつぎ込めるわけではないこと。
その上限額は個人の貯蓄や収入によって、厳密に国から定められていること。
だが、このゲームの報酬として換金可能になった日本円は、その上限額を超えて課金できること。
そういったことが、サポートAIから説明されていった。
要約すれば、『お金がないけど課金したい人は攻略を頑張ろう』、ということである。
「そして、その収入を得るための最も大きな方法が、己のプレイを配信することでファンを獲得することとなります。こちら、デフォルトで配信オン設定になっているのでご注意ください」
「りょーかい」
「基本は、人数を集めればそれだけ増える、時間当たりの収入がメインとなります」
「でも、それは基本なだけに、微々たるものだね?」
「仰る通りにございます。なのでそれとは別に、視聴者から直接、“プレイヤー様に向けて課金”をしていただけるようプレイを心がけるといいでしょう」
「投げ銭ってやつだ」
スーパープレイで魅せた時。強敵を撃破して盛り上がった時。ロールプレイによる演技が、画面に映えた時。
それらの視聴者を喜ばせるプレイで魅了できれば、素晴らしいものを見せてくれてお礼として、視聴者から応援のチップが飛ぶこともある。
高額のチップを得られるよう、見る者を熱狂させる放送を心がけろ、との説明だった。
そうして切磋琢磨して盛り上がれば、運営にとっても得となるからだろう。
「そして、金銭に加え、当ゲームでは他プレイヤー、視聴者から得られる、非常に重要なファクターがございます」
「支援ポイントだね?」
「はい」
支援ポイント。以前、対抗戦でもあったシステムのひとつ。それが、このゲームの柱を成しているようだった。
要は、“他人に向けてしか使用できないポイント”。対抗戦の時は、自分に使うと効果半減だったが、今回は完全に自分には利用不能であるらしい。
つまり、必ず他のプレイヤーと交流することを強制されているようなものだ。
パーティを組み、相互にポイントを使い合わなければ、強化もままならない。完全にお一人様お断りだ。
「しかし、一人で遊びたいユーザーだって居るだろう。随分と思い切ったね」
「交流の活性化こそが、エンターテイメントとなるとご理解ください。それに、ソロプレイも不可能ではございません。孤高のプレイを見せつけて、視聴者からポイントを取得しましょう」
「まあ、事務的に『ポイント相互求ム』、でも良い訳だしね」
「その通りにございます。そのための掲示板も利用しやすく整備してございます。ぜひご利用ください」
だが恐らく、そうした味気ないプレイはこのAIたちの判定により裏で低評価となりそうだ。
盛り上がらない行動と判定されれば、自分の放送が目立つ位置に選出されなくなる。そうした陰の順位付けも、意識せねば攻略は遠い。
「そのポイントは、“使用者によって”<体力>、<魔力>、<幸運>の三つのステータスに割り振られます」
「自分では、育てるステータスは選べない」
「はい。その偏りから、その人にはどう動いて欲しいのか、それが読み取れるでしょう」
例えば、ハルが魔法特化の構成を目指そうとしていても、仲間や視聴者が武器による前衛のアクションを期待していたら、<体力>にばかりポイントが入るだろう。
そこも、上手く立ち回らねばならない。つくづく頭をつかうプレイが要求されるゲームだった。
「しかし、パラメータは三つか。ここだけは単純だ。まあ、それでもあっちより複雑だけどね」
ハルはカナリーたちのゲーム、『エーテルの夢』を思い出す。
あのゲームはレベルと、HPMPしかないシンプルすぎる作りだった。神様はシンプルな作りが好きなのだろうか?
「いや、あっちと同じで、魔力で編まれた体の力を数値化するのが大変なのかもね」
「なにか、不明な点がございましたか?」
「いいや、こっちの話だよ」
あくまで別ゲームとして、あちらに絡めた説明などは無いようだ。
その後も、ハルはサポートAIから説明を受ける。事前に目を通したものばかりだ、軽く流して、あとは現地で確認すればいいだろう。
「お客様のプレイヤーネームは、いかがいたしますか? もちろんグローバルネームでも問題ありませんが、演技に合わせた設定を、推奨しております」
「そうだな、ハルのままもまずいし……、『ローズ』とでもしておこう。平気?」
「問題ありません」
女性として設定を一新したハルだ。名前もそれに合わせて変更する。ついでにドレスも、薔薇のごとき深紅のものを購入しなおした。
ここはもしかしたら、花の名前がNGであったりするのかとも探りを入れる目的もあったが、それは問題ないようだ。ここも、あちらとは違う。
「では最後に、1ポイントだけ、ご自身のステータスにポイントを割り振れます。いかがいたしますか?」
細かい説明が全て終わり、ハルの、ハルのキャラクタークリエイトが全て完了する。
その締めくくりに、己の最初の方向性だけは、自身で決定することができるようだ。使えるのが1ポイントだけというのも、不自由極まるこのゲームらしい。
それを何に使うかも、既にハルは決定していた。これは、決して動くことがないだろう。
「<幸運>で」
「承りました。では、プレイヤー名『ローズ』様。どうか良き、ロールプレイングゲームを」
そうして舞台への転移門が開き、ハル主演の演劇が開始した。
ハルはドレスの裾を翻して、颯爽とその光の渦をくぐるのだった。
*
「ハルお姉さま!」
「やあ、お待たせアイリ。名前はそう決めたんだね」
「はい! ハルお姉さまも、お似合いです!」
「ありがとう」
ハルが転移門をくぐり、ゲーム開始の街へと降り立つと、そこには既にキャラ設定を終えたアイリが待ち構えていた。
基本的な姿は普段の彼女と変わらぬ、長い銀髪であるが、少し現実より背丈が伸びて設定されている。
少し小柄になったハルと並ぶと、ほぼ差が無いようだ。
お揃いのストレートロングと合わせて、まるで姉妹のように映る。ハルは、“モニター越しに”その姿を俯瞰する。
「あ、これが放送なのですね! わたくしたちが、もう映っています!」
「そうだねアイリ。見てごらん、僕らにもう注目が集まっているよ」
ハルとアイリが合流すると、二人の配信画面がにわかに活気づく。やはり見た目の良い女の子の集団というのは、非常に初動が強い。何もせずとも注目が集まる。
そうした面でも、ハルを女装させるというルナの戦略は正鵠を射ているというわけだ。
「すかさず課金」
「おお! 放送が一気に目立つ位置に躍り出ました!」
とはいえ、女の子パーティなど別に珍しくもなんともない。顔立ちだって、ゲームなのだから皆一様に見目麗しい。
そこでなぜハルたちだけが注目を浴びているかといえば、このハルの装備する衣装であった。
《美人姉妹だ! お姉さま~だって、かわいい~》
《妹ちゃん、こう見えて結構歳が離れてるとみた!》
《リアル探るのはマナー違反》
《お姉ちゃんの装備、いきなり豪華すぎんだろ》
《成金か? 成金なのか!?》
《いや成金じゃなくて普通にリアルお嬢様だろ》
《こういう派手な課金をリアルタイムで見れるのも、今回の醍醐味だな》
放送には加速度的に人が集まり、そこに付くコメントも加速していく。
初動の美味しい部分を奪われた周囲のスタートダッシュユーザーたちが、恨みがましい視線を向けてくる。大変に心地が良い。
先行者有利はこのゲームにおいても変わらず。最初に視聴者をつかめば、鳥の刷り込みではないが、惰性であっても付いてきてくれるファンになりやすい。
最初に気に入った人、というのはそれだけ力を持つ。労せずそうしたファンを手に入れやすいのが、この瞬間という訳だ。
「ひとまず、どこかに入って君の装備も整えようアイリ」
「よろしくおねがいします、ハルお姉さま!」
そうしてハルたちの、新しいゲームが始まった。
※誤字修正を行いました。「深層の令嬢」→「深窓の令嬢」
ネットの深層から生まれた存在として意味は通りそうなので、そのまま押し通そうか少し迷いました。(2022/7/2)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/19)




