第500話 再戦の王子
いつのまにか500話! ついこのまえ一年だったような気がします。
キリも良いことですし、明日からは章を分けて、新しいゲームをスタートさせようと思います!
既にチーム数は半分以下にまで減少し、残存チームは広いフィールドにまばらになってきた。
それらは自然と互いに距離を離して陣を敷き、不用意に動かないように慎重になっていく。
「魔法の威力もバカ高くなってきたからなぁ。下手にやりあえば、そっこーで位置がバレるからな」
「先に動いた側が、二正面作戦になりかねないということですね!」
「人数差こそ正義のこのゲームだと、絶対に避けないといけないもんね!」
「そうだね。ここまで残ったチームは、それを理解した所ばかりだろう」
序盤の、出会い頭の事故的な接触などで運悪く落ちることなどはあれど、終盤まで残るのは基本戦術を理解した者に絞られる。
なのでこの先は、より慎重な対応が求められた。
「だが動くよ。先に動けばそれだけ、リターンも大きい」
「やっぱりですかぁ!? ……今さらハルの大胆な行動に驚きはせんけどなぁ」
「驚いてるじゃーん!」
「“むーどめーかー”、なのです!」
「律儀だねカオスは。まあ、もちろん勝算はある。僕らとの衝突を露骨に避けてるチームがあってね。そこを背にして動くよ」
恐らくは、ハルのことをよく知っているチームだろう。まともにぶつかっても勝ち目はないと踏んでいるのだ。接近はしたが、すぐに引いていた。
他のチームを先に倒して、魔力を上昇させてからぶつかろうという算段なのだろう。それを利用する。
「つまり、前だけ見てればいいってことだね!」
「うん。位置取りは僕がやるから、ソフィーさんたちは好きに暴れちゃって」
「わかった!」
「僕が示すルートはきっちり守るようにね」
そう言ってハルが一歩目を踏み出すと同時に、ソフィーはその足の向いた方向へと猛ダッシュする。
……十メートル以上離れてしまうと、急ブレーキをかけて後ろをちらちらと振り返る様が何となく犬っぽい。
身体能力、移動速度も上がっており、進むべき方向が定まるとすぐに敵のチームと会敵した。
「敵見えた! 正面!」
「レッドチャージ! カバーして!」
「ハルだ! ハルハルハルハルハル!」
「やばいって! 帰らねぇ!?」
「無理! 後ろ居るすぐ来てる来てる!」
「ブルー投げる! グリーン構えて!」
ハルたちの姿を認めると、敵チームは互いに掛け声をかけあって、魔法の杖の種類をコードネームで味方に知らせあっていた。慣れを感じる。
「もう何度もやってるっぽいね。ベテランだ」
「だなぁ。それに、その手のゲーム自体をやり込んでるんだろーな」
カオスも、ともすれば威嚇ともなりかねないその大声でのやり取りにも、平然とした顔で自分の杖を取り出す。
こちらは事前に作戦は取り決めてある。いや、作戦という程の物はない、各自自由だ。互いに声で確認を取ることは無い。
しかしながら、カオスもまたあらゆるゲームに熟達した廃プレイヤー。その場の状況から、一瞬で最適な手を導き出せる。
「声聞こえちゃってる時点で二流ってなー」
「チャージが必要な行動なんて限られてるからね」
敵に向け笑顔で突進する少女、ソフィーに向けて放たれた速射の牽制を、彼女は余裕で回避する。
そのままソフィーは勢いを落とすことなく突っ込み、風の魔法を剣と化して切り払うが、その攻撃は敵のバリアによって防がれてしまった。一応ここまで生き残っただけはある。
「完了! 食らえ!」
「食らわんのだなぁ、これが。なぜなら俺が、これを発動したから!」
そのソフィーの攻撃後の隙を狙い、チャージの完了した強力な魔法が彼女を襲う。発動までに時間が掛かる代わりに、広範囲を焼き払う火炎攻撃だ。
だが、その攻撃はこちら側のバリアによってソフィーに届くことはなかった。カオスがタイミングを合わせ、ソフィーの位置へと防御魔法を発動していた。
「お覚悟を!」
「動けない! フォロミー!」
「バリア硬直入っちゃってる!」
そのチャージ魔法を打ち終わり、技の反動で動けない後衛の男に向かって、ソフィーは脇目もふらずに距離を詰める。
前衛として対峙していた敵は、ソフィーの剣と、また味方の火炎を自ら強力なバリアで防いだために、まだその内部に囚われていた。そのため、ソフィーは悠々とその真横を通り抜ける。
自由に動ける唯一のチームメイトも、アイリによって一対一で魔法の撃ち合いを強制されていた。後衛を守りに行ける者は一人もいない。
あっさりと、一人目がソフィーの魔剣によって両断されてしまった。
「まっさん!」
「でも挟んでる! この一人はやれる、それでイーブン!」
「やれないね。お疲れさま」
「挟まれてるのはそっちも同じなんだよなぁ……」
自分たち三人の陣形内に入り込んだソフィーを全員で叩こうと、前衛が反転したところに、ハルの放った光の爆撃が突き刺さった。
あえなく彼らは吹き飛ばされ、すぐに体が消滅してゆく。
この瞬間を狙い、ハルもまた魔法をチャージしていた。ソフィーが奥へと離れ、同士討ちの心配がなくなったところへ悠々と発動する。
それにより残りは一人となり、あとはもう一方的だ。アイリの魔法を対処することに手一杯な敵は、こちらの総攻撃を受けてあっけなく散る。
そんなハルたちの言葉要らずのコンビネーションによって、次々と立ちふさがるチームは魔力の糧となり消えていくのであった。
*
「……残り一か?」
「残り一だね。あちらさんも、なかなか処理が早いようで」
「わたくしたちが来ないと分かったが早いか、同じように逆回りで各個撃破したと思われます!」
「思い切りが良いね!」
ずいぶんなやり手なようだ。判断が的確で早い。
ここでモタついてしまったら、魔力リソースの源ともいえる敵チームを倒しきれず、そのまま勝負は決まってしまう。
それを避けるためには、ハルたちと同じ思い切りの良さでもって進軍する以外に手が無いのだ。
戦略面に、非常に明るい相手である。
「ハルさん、お知り合いですか? どなたなのでしょうか?」
「さて。だがまあ予測はつくよ。なかなか楽しくなりそうだ」
「ハルさっすがぁ。んで、どーするよ」
「まずは探知だよね!」
ソフィーが颯爽と探知魔法の杖を拾い上げ、すぐさま発動する。
そのサーチ範囲はもはやマップ全域におよび、最終段階の今、隠れる場所は存在しなくなっていた。
「位置わかったよ! 一気に叩きこもう!」
「よっしゃ……、って待て待て! 一人だけすげー勢いで向かってくるし!」
「わたくしたちより、ずっと速いです! 一直線にこちらに来ます!」
「まあ、向こうだって当然、探知魔法使えるからね」
「冷静に言ってる場合かハルぅ!」
魔力、そしてそれに影響を受ける身体能力は、敵を倒すと上昇する。だがその上昇量は、チーム全員で共通ではない。
敵を倒した者のみがその恩恵を受け、そのバランスが重要となる。一人に集中させればそれは強いのだが、チーム戦としては悪手、なかなか勝てるものではない。
いったいどんな相手なのか。その答え合わせが、急速にハルたちへと迫って来ていた。
「やあ、アベル。しばらくぶりだね」
「おう。やっぱお前か。言っても、ついこの前も会った気がするがな」
「青の王子様だ! びっくり!」
「なーる。ファンクラブが、撃破ボーナスを全て王子に集めてたってことか、納得」
この会場でアベル王子を見かけた際、ファンクラブの女の子たちに囲まれていた。この試合にも、彼女らと参加したのだろう。
異常に統率の取れた彼女らのことだ。その執念により、アベル一人の超強化を成し遂げたようだ。
「この有様は、シルフィーの計略かな?」
「ああ、お察しの通りだな。なーんか企んでるとは思ったが、お前に勝たせようって事か……」
「愛されてるねアベル」
「面倒くさい……」
最初期に、アベル王子はハルと決闘し、そして破れている。
その雪辱を、観衆の前で晴らすいい機会だと、ファンクラブのリーダーであるシルフィードは考えているのだろう。
「しかしだ、こんな形なのはちと癪だが、いい機会なのは事実だな」
「なんだいアベル? 案外、気にしてたんだ僕に負けたこと」
「いやそらそーよハルちゃん? 面目丸つぶれってやつ」
「ちょっとキツイかも! ステが違い過ぎるし、剣の腕も立ちそうだよ!」
「また黒星を付けに来たのですか。ご苦労なことですね」
それぞれの意見が交錯するなか、我らが王女殿下が少々辛辣だった。目が冷たい。
アイリに対し負い目があるアベル王子も、やりにくそうに視線を逸らして頭をかいている。
「降参しないかハル? 今のオレは強い。本物の体じゃないとはいえ、王女殿下に剣が向くのは見たくないだろ」
「……自信満々だね。それに、なんだか懐かしいな、このやりとり」
「確かにな」
最初の決闘の時も、アベルは勝利を確信してハルに降参を迫ってきた。ハルはそれを断り、そして彼に勝利した。
今回もまた、応えは決まっている。よりによってアイリの目の前で、ハルが敗北を認めるなどあり得ない。
「……やるんだな。……じゃあ、恨むなよっ!」
それ以上の言葉は不要、アベルが戦闘態勢に入る。いや、その彼よりも先に、ソフィーが動いていた。
圧倒的な反応速度をもって踏み込むが、その後から動いたはずのアベルが、余裕でソフィーの速度を上回った。
「私の真似っこぉ!?」
「悪ぃな、うちの連中が覗き見してたんでね。それに、オレにとってもこれは手に馴染む」
ソフィーの杖を刀と化した魔剣、それをアベルは同様の技で迎撃する。いや、魔力で上回るアベルの剣は、容易くソフィーのそれを砕き斬った。
「ソフィーちゃん、下がってなぁ!」
「ナイスだカオス。流石は顔に似合わぬサポートの鬼」
「余計なお世話なんですけどぉ!?」
そのままレベル差により退場せんとしたソフィーが、カオスの張ったバリアによって事なきを得る。
アイリもすかさず後衛から魔法を発射して攻めるが、次々とアベルの振る魔剣に撃ち落とされた。慣れている、というだけはある。本人にとっては、聖剣を振るう感覚なのだろう。
「一旦引くよ。今までのルートを戻る感じで」
「はい!」
「逃げられはしないぞハル! いかに策を弄そうと、戦力差の前には無力!」
「言ったね? まあ、その通りだ。逆に今からそれを見せてやろう」
猛獣のごときアベルの突進、そこからくりだされる魔剣の連撃を、ハルとソフィーで捌きながら後退する。
遮蔽物を上手く利用しながら逃げるハルたちだが、彼我の移動速度の差は歴然。一向に距離はひき離せない。
「無駄だ! 杖を持てる数には限りがある、オレの剣を受けるのに、倍以上の杖を消費しているお前らに、勝ち目は無い!」
「まあ、それもその通り。でもそれが分かってるなら、逆に今からどうなるのか分かるよね、アベル」
「……なん、の、事だ?」
アベルの言うとおり、彼の猛攻を防ぐために、ハルたちは数倍の杖を次々と消費し続けて、なんとか防いでいる。
単純計算で、アベルが一本消費する間に、こちらは四本以上を使ってしまえば、先に杖が尽きてしまう計算だ。事実、一本当たり五本、六本と贅沢に使って、ハルたちはどうにか防御している。
だが、いつまで経ってもハルたちの杖が底をつく気配はしなかった。
「……補充しているのか!?」
「正解。何かあった時の為に、僕らは進行ルートを一筆書きで慎重に定めてた」
「定めてたのはハルだけだけどなー」
「そこを戻れば、対戦相手の杖が拾えるんだよね!」
「“ちぇっくめいと”です。御覚悟を、アベル王子」
「参ったなこれは……」
最初、各地に散乱していた魔法の杖は、次第に各チームによってそれぞれ回収される。そして、倒されたチームの所持杖は、その場に落ちて倒したチームの戦利品となる。
しかし全ては持ちきれず、多くはその場に置き去りになるのだ。それを、ハルたちはもと来たルートを辿って回収しながら後退していた。
つまりは、補充手段の無いアベルの杖が先に尽きるのだ。
「……また、ハルには勝てなかったな」
「今回は、結構冷や汗かいたよ。次は、仲間も一緒に来るべきだね」
「……憶えておこう」
そうして杖を使い切ったアベル王子は、ハルたちの一斉攻撃を受けてその身を霧散させる。
なんだか、いつのまにか因縁のライバルのような感じになっているのは気のせいだろうか。
「新ゲームにも参加しそうな雰囲気だし、またそっちで会ったりするのかね」
「アベル王子ですか?」
「うん」
まあ、その時はその時で楽しそうだ。
ハルと、ソフィーやカオスも、その新たなゲームに思いを馳せながら、勝利に終わったこの試合を後にするのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/5/1)




