第5話 火星人
(喜)(怒)(哀)(楽)のような表現は、対応する感情アイコンが表示されているとお考え下さい。
「ルナは時間は大丈夫? 僕が見てるから休憩してもいいよ」
「そうね。大丈夫だけど。でもお願いしようかしら。どのくらい掛かるか分からないものね」
ルナはそう言ってログアウトの仕様をチェックする。同じ場所へ戻って来る事が出来るようだ。
「でも連絡はどうしようかしら。ここからじゃネットに繋がらないわ」
居ない間にアイリが戻ってきたらルナのリアルへ通信を入れてログインしてもらう、それが出来ないということだ。
ちなみにハルの方はログアウトする気は無い。ルナもそれは分かっているのだろう。
「バイタルは大丈夫?」
「それは確認出来る。当然ではあるわね」
現実の肉体に問題が発生した場合(大抵は生理現象であるが)、ゲーム内に通知される。体調に問題がある場合は、段階を踏んでログアウトを促し、または強制する。
この強制力は強い。そして解除不能だ。本人がまだやれるといくら主張したところで無慈悲に切断が入る。
そのためゲーマーの間では長時間プレイのための健康管理が必須とされ、省エネプレイのためのトレーニングが広く実施されていた。彼らは遊んでいるはずなのに誰よりも真面目で真剣だった。ただし真人間ではない。
「あなたは平気?」
「僕の場合はそもそも百日連続で潜り続けてもアラートすら鳴らないから」
こちらは廃人であった。
重篤治療用の医療ポッドが廃人プレイのために使われていた。
「学園には来るのよ」
「サボりはしないよ」
ルナも慣れたものである。
「でもそうしたら、どうしようかしら。入れ違いになる事もあるわね。お姫様を待たせるのもどうかと思うし」
この神殿はプレイヤーのための施設だ。ゲーム開始地点としても選べる神殿施設は各地に点在しており、プレイヤーの到達状況によって遠方のものも解禁されていくらしい。神殿の間同士で転送も出来るようだ。
そんな数の神殿をどうやって維持管理しているかが知れないが、きっと神パワーであろう。“ゲーム的な都合”だ。NPCが滞在して管理している、といった事はなさそうだった。
アイリの用事はどの程度かかるか読めないが、そういった事情のため恐らくこの神殿の外、自宅か何処かへ戻ってからまた来るのだと考えられる。
「まあ結構時間は掛かると思うよ。気にせず休憩は挟んでおいたほうが良い。戻ってきたら僕が連絡するよ」
「一時とはいえ誰も残らなくなって平気かしら」
「いや、やろうと思えばこのまま連絡出来るよ。思考の一部は外に置いたままだから」
「…………はい?」
ルナの動きが止まる。相当驚いているようで、実は非常に珍しい事だ。
ハルは特異な能力として並列思考を持っている、これはルナもよく知る所だ。だがこれは予想以上だったらしい。
ハルはこの瞬間も思考の一部を割いて、意識の一部をゲーム外に浮上させている。夢を見ながら起きているような状態だ。普段よりずっと面倒にはなるがネットに接続する事は出来る。
「あなた、それは私以外の人には言わないようにね?」
あまり良くない事のようだ。言われずとも元からハルはルナ以外に言うつもりはなかった。というより言う相手が居ないだろう。
それよりも今はルナを驚かすことが出来た事に気を良くするハルだった。
◇
やんわりとハルを窘めた後、ルナは休憩のためログアウトしていった。
手持ち無沙汰になったハルはミニゲームの種類を二十種に増やし、小刻みにスキルを使い<MP回復>のレベルアップにつとめる。
その副産物として経験値が入り、プレイヤーレベルも2上がった。
<MP回復>が育てば使えるスキルの数も増え、その結果レベルが上がり最大MPが増え、MPの回収速度は更に上がる。そんな好循環が出来上がっていくだろう。
数は力だ。例えば<練成>によって作り出せる使い捨てタイプの魔力で編まれた壁、<防壁1>であっても無尽蔵に量産を続けて貯め込めば要塞を作り出せるだろう。
そんな妙な楽しみを見出しつつ作業に没頭するハル。対戦ゲームでは敵の攻撃をギリギリで捌きつつ余力で貯蓄を積み重ね、準備が終わったら圧倒的戦力差で勝負を決めるようなプレイスタイルを好む傾向があった。
しかし作業は作業だ。そこに動きは無い。見た目的にも、手を使って操作してる訳でもないのでぼーっとしているようにも見える。
仮にもサービス開始直後のゲームでこれはどうなのか。
他のユーザーは(居ればだが)神殿で依頼を受け、初対面のプレイヤー同士でパーティを組み、初の魔物討伐へ繰り出している所だろう。
「そう考えると少し寂しい」
せっかくの多人数同時接続のゲームだ。ルナが戻るまで他のユーザーの動向をチェックするのもいいだろう。
ハルはカードからウィンドウを一枚抜き出すとそれを広げ、メニューからコミュニケーション機能を選択する。
まずは連絡対象が大きく分けて三つ。個人、グループ、そして全体。個人と全体は見て分かる通り。一人選ぶか誰も選ばないか。
グループは多種に渡り種類がある。フレンドやギルドといった固定の範囲であったり、臨時パーティや○○同盟(○○には好きな対象が入る)などといった趣味の合う者同士での流動的な繋がりだ。今は表示が無いが、人が増えれば『同じ神の使徒』のグループも出てくるのだろう。
ハルはその中から全体を選ぶ。プレイヤーなら誰でも見れる範囲になる。どうせ今はここしか活発なコミュニケーションは成立するまい。
外部ネットが参照できないためか、かなり多機能に作られているようだ。リアルタイム会話限定のチャットルームや、発言が残る掲示板、情報をまとめておける個人ページや各種投稿サイトのようなもの等が整備されていた。
掲示板に入ってみるとハル自身を三頭身くらいにデフォルメした人形のようなキャラクターが出てくる。書き込むと自分の発言の隣にそのキャラが表示されるのだろう。
人形は銀河を模した星の海の上を浮遊している。
星のひとつ一つは『話題』だ。話題の種類ごとに区分けされ、内容が近い星同士は近くに配列される。
まだあまり数は無い。運営が用意した基本の話題だけが間をあけて浮かんでいる。
星の一つに意識を向けると『魔物』と表示が出た。逆に『スキル』とイメージすると対応する星がクローズアップされる。
書き込みがある星は光を放つようだ。『メンバー募集』の星だけが輝いていた。
「全ての話題と銀河の中心、つまり総合はブラックホールって事か。うまい事言ってるのかね」
残念ながら今は重力ゼロだ。
ハルは試しにスキルの星に泳いで行き、そこに書き込んでみる事にする。ルナと二人で検証した内容は他のプレイヤーの役にも立つだろう。
◎ ハル :Lv.2 <幸運神の使徒>
初めまして。ハルです
最初に課金で取れるスキルを色々調べたので書いておきます
そんな書き出しで書き込んでいく。
三頭身のアバターが表示されフキダシで発言しているような格好だ。レベルと称号が強制で表示される。匿名性は全く無かった。
「まあ、とりあえず名前が被っても心配する必要は無さそうだね」
犯罪プレイヤーはマイナス称号が固定されるという話だ。ペナルティにこういった機能を使いにくくする事も入るのだろう。
アバター表示の他に喜怒哀楽の感情表現アイコンや、画像や動画投稿も出来るようだ。
透視の使い方説明に例の黒いカードの画像を添付しておく。撮影や動画配信はメニューから簡単に出来た。
──外のネットに繋がってないのに誰に配信するっていうんだ……。
・
・
・
◎ ハル :Lv.2 <幸運神の使徒> +13
そんな感じで便宜上課金スキルと呼んでいるものは非常に使いにくいです
スタートダッシュのために取るのはよく考えてからにしましょう
最後に、透視はアダルト用途には使えません(そう注意書きがあります)
>◇ 蔵人 :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
ハルさんありがとう。全部スキル取ってるとか火星人かな
そして透視の真実に絶望しました・・・(悲)
>>◇ エアロスミス :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
最初のコメントがこれとか……
ハルさんありがとうございます MP回復狙ってみます
>◇ ソフィー :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
凄いです!(喜)
火星人って何ですか??
>>◇ エアロスミス :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
お金持ちの事ですね
ロックスターとか石油王みたいな表現です
火星資源が高騰してるのでその利権を持ってる人
つまり火星に住んでる火星人なら億万長者って事ですね
>>◇ ソフィー :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
ありがとうございます!
面白いです(笑)
>◇ ウィング :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
称号も一人だけ違うし、なんか凄い人っぽいね。
>>◇ ベルゼバブ :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
本当だ、もう何か新要素発見したんだ(驚)
>>◇ エアロスミス :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
称号は今の所 初任務の受注で得られる駆け出しだけでしょうか
>>◇ 蔵人 :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
分かってるのそれだけ
ここで語るのはカテ違いかな?
<幸運神の使徒>が表示されてしまっているので話題になってしまっていた。ハル以前に書き込みが無かったとはいえ、迂闊だったと言えよう。仕様をしっかり確認してから書き込むべきだった。
そしてハルが思ったよりも人が居たようですぐに反応があった。まだ誰も書き込んでいなかったので皆が躊躇していた所に、ハルが連投して星が大きく輝いたのが呼び水となったのだろう。
ただ、ルナの実績である事は伏せたのでルナの評価を吸収してしまった形になってしまった。ルナはこういった所に書き込む事はしないので問題は出ないのだが、後で謝っておく事にする。楽しそうに弄って来ると思われる。
幸い最初の称号も<使徒>が入っているのでそこまで追求は無さそうだ。深く突っ込まれる前に話題を変えようとした時、予想外のアナウンスが響いた。
《称号・<火星人>を獲得しました》
「は?」
不意打ちに思わず声が出てしまう。予想外にも程がありすぎた。
「え、何これ。ユーザー評価が称号になるの?しかも勝手に変更されるし。変えられないし」
どうやら名誉称号という括りらしい(名誉?)。偉業を達成したプレイヤーや有名人の異名などが専用称号として登録されるのだろうか。
神と契約した証よりも上位の扱いらしく、<幸運神の使徒>へ戻す事が出来なかった。
これが例えば<魔王を滅せし者>とかだったら格好もつくのだろうが、<火星人>である。流石にこれはない。
ハルは抗議の書き込みをすることにした。どうせ運営も見ている。
◎ ハル :Lv.2 <火星人> +25
なんか変な称号付けられたんですけどー
しかも戻せないので運営さん何とかしてください
どうせ全ユーザー数の何%に認められたとか適当な設定だったんでしょ
>◇ ナイトハルト :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
火星人(笑)
>◇ 蔵人 :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
ここで語られた異名で称号付くとか(笑)
>◇ エアロスミス :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
プレイヤー数がまだ少ないから
ここに居る人だけで割合を満たしたという事ですね
なるほど
>◇ ソフィー :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
面白いですね!(楽)
私も二つ名みたいの欲しいです!
>◇ ケイト :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
ハルさんここで言うよりもGMコールしてみては?
>◇ ナイトハルト :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
火星人じゃかわいそうだから何かカッコイイの考えようぜ!
>>◇ ケイト :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
それは悪乗りしすぎじゃない?
>>◇ 帝 (ミカド) :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
ブラックカードとか?
お金持ちだし
>>◇ 海鮮丼 :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
いいね!あの黒いカードスタイリッシュだもんね(喜)
>>◇ ソフィー :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
かっこいいです!(楽)
>>◇ ハル :Lv.2 <ブラックカード> +8
きーみーたーちー(呆)
まあ、火星人よりは良いですけどね
>>◇ 蔵人 :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
採用早い(笑)
>>◇ 飛燕 :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
何だこの祭り(笑)
>>◇ ソフィー :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
おめでとうございます!(喜)
>>◇ ケイト :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
おめでとうで良いのだろうか(笑)
◎ カナリー :Lv.-(管理人)
こんにちは、運営事務局です。
状況を鑑み、<名誉称号>システムを一時的に停止致しました。
再開時期は未定となり、追って連絡させて頂きます。
プレイヤーの皆様にはご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
>◇ ナイトハルト :Lv.0 <駆け出し使徒> (評価する)
運営(笑)
>◇ ソフィー :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
運営降臨!(楽)
>◇ 飛燕 :Lv.2 <駆け出し使徒> (評価する)
運営キター!
>◇ ベルゼバブ :Lv.1 <駆け出し使徒> (評価する)
神キター!
>◇ ハル :Lv.2 〈ブラックカード〉
カナリーちゃんありがと(喜)
よければ変更可能にもしておいてね
カナリーの対応でこれ以上の拡大は防げたようだ。しばらくはその話題で盛り上がっていたが、スキルについて語る星だった事もありじきに沈静化していった。
目論見とは違ったが、結果的に<幸運神の使徒>について有耶無耶に出来た形になったので、ハルはひとまずこれで良い事にした。火星人よりマシである。
面白い展開になった事は確かなので。ついでにカナリーと親密であるようなアピールをしておく。詳細不明な神との契約について現状で明言は避けるが、勘の良い人間なら何かを察して自分で辿り着く人も出てくるだろう。
「そして出来れば同じようにさりげなく教えて欲しい」
※誤字修正をしました。嗜める→窘める。
ルナはハルの事を嗜んでると言えるので誤字ではないかもしれませんね。誤字ですね。