表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
追章 メタ編2 ~あるいは陽だまりで微睡む平和な世界~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

497/1770

第497話 剣術少女の進路相談

 ソフィーの体は、四肢と脊椎の周辺、そして骨格の一部を機械化している。

 詳細は省くが、これは彼女の家が、正確には彼女の祖父が生業なりわいとしている機械化剣術の試合のためだ。


 祖父は既にほぼ全身を機械化済みだが、ソフィーは内臓などはまだ生身であり、“引き返せるライン”だった。

 これは、孫娘を巻き込むままにその世界に引き込むことへの、彼の迷いが現れていたと言えよう。

 そこで出会ったのがハルであり、ソフィーの再生治療をハルが引き受けることとなったのだ。


 現代のエーテル医療においても、失った手足の完全再生はまだ不可能であるが、ハルであればそれも問題なく行うことが出来る。


「でも、私としては困ったことが出て来ちゃってね! それをどうしようか今考えてるんだ!」

「何か問題があったかな? 不安があったら、何でも話して」

「あ、手術のこと自体じゃないんだ! ハルさんのことは信頼してるもん!」

「うん?」


 であるならば、どうしたというのだろう。隣のアイリも当然分かってはおらず、かわいらしく首をかしげるばかり。


「えっとね、お仕事のことなんだ。私、これしかしてこなかったから!」


 そう言いながらソフィーは、身振りで刀を振り払うポーズを決める。

 なるほど、そこまで言われてハルも理解した。機械化剣術の試合は、当然、機械化した体でしか出られはしない。

 ハルの施術によって完全に生身に戻ってしまえば、もうそこに出場して稼ぐことはできなくなるのだ。企業からの資金提供スポンサードも受けられない。


「君を巻き込んだジーさんの資産を食いつぶして生きればいいさ。どうせ、結構持ってんでしょあの人」

「あはは、相変わらずハルさん、お爺ちゃんには容赦がないね!」

「いやどうも、申し訳ない」


 ハルにしては珍しく、苦手意識のあるソフィーの祖父だ。とはいえ嫌いかというと、そういう訳でもない。これに関してはハル側の問題であった。


「私、まだお仕事する年でもないから、気にしなくていいってお爺ちゃんも言うんだけど」

「剣術以外の準備なんかしてないから、不安が出る、か」

「うん。そうなんだー」

「“すぺしゃりすと”の方は、潰しがきかないとは良く言いますね。わたくしも、王女という身分が枷になり、それ以外にはなれませんし」

「大丈夫! アイリちゃんは、お嫁さんになったもん!」

「はい! そうなのです!」


 話題はアイリの話へと切り替わり、そこからはソフィーとアイリの女の子トークが始まってしまった。

 彼女の悩みが有耶無耶うやむやになってしまった形だが、ここはハルとしては真剣に考えねばならない話だろう。


 ある意味で、彼女の将来を閉ざしてしまったのはハルである。

 言ってしまえば、ソフィーから今ハルは機械の体を“奪おうとしている”。機械化剣術をはじめ、機械の体であるからこそ可能な事、というのは当然存在するのだ。

 そのメリットを奪っておいて、『生身に戻れてよかったね』、で済ませるのはただの偽善者だ。


「……ハルさーん? どしたのー?」

「ん? ああ、すまない。考え事をね」

「きっと、ソフィーさんの将来について考えてくれているのですよ!」

「わあ! 流石ハルさんは優しいね! でも、私の問題なんだから気にしなくってもいいのに」

「……そういう訳にもいかないよ」


 ただでさえ、肉体の感覚が一気に大きく変わるというのは精神にも影響を及ぼしやすい。

 ソフィーとは別の例だが、サイボーグ化したのちに、肉体面から精神バランスを崩したことが切っ掛けで病んでしまったという話だってあるのだ。

 それに加えて、将来の就職予定すら白紙になったとなれば、普通ならばショックは大きいはずだ。ソフィー自身は、まるで気にしていないようには振舞っているが。


「真面目だなぁハルさんは。……あ、そうだ! それじゃあ、噂の新ゲーム、それを手伝ってもらう、ってのはどうかな!」

「なるほど! 賞金を狙うのですね!」

「あ、うーん、ちょっと違うかなアイリちゃん。賞金は、たぶん取れないなぁ。取れたら、もちろん狙いたいけどね!」

「……なるほど。このお祭り騒ぎに乗じて、自己プロデュースをしたい、ってことだね」

「うん! その通り! 私、腕にはそれなりに自信あるしさ、今度はゲームでユキちゃんみたいに稼ぐ道も行けるかな、って思って!」

「ユキのようにかあ……」

「だめ、かなぁ?」


 だめではない。だめではないが、ユキと同じ道は茨の道だ。かなり、非常に。

 詳しく事情を知らないソフィーは、別のスポンサーを付けてゲーム大会に出る、くらいに考えているのだろうが、それはユキのやりかたとはまた違う。


 もちろん、その道なら有効であり、ソフィーの才覚ならばすぐに稼げるようになるだろう。ただ、ユキとは明確に異なっているというだけ。

 その違いを、どう説明したものかと、ハルはしばし頭を悩ますのであった。





「なるほど! ユキちゃんは、スポンサー付いて無かったんだった!」

「うん。自己プロデュースとは完全に無縁の女だよユキは。完全に実力勝負。優勝以外は許されない」

「凄い世界だなぁ……」

「本当に凄いのです! そして、そのユキさんの優勝を阻んだハルさんも凄いのです!」

「うん! 凄いね!」

「…………」


 褒めてもらえるのは嬉しいが、その時はその分、ユキの賞金を横取りした形になったハルだ。複雑な気分である。

 勝負としては素直に負けを認めたユキであるが、それとは別に賞金は賞金でアテにしていたらしく、当時しばらくの間は恨み言を聞かされたのであった。


「ソフィーさんはユキと似た才覚は感じる。今はユキも競技には居なくなったし、同じ位置を狙えるんじゃないかな」

「うーん……、厳しそうだなぁ……」

「そうなのですか?」

「そうなんだよアイリちゃん! 私は剣術、よくて格闘技くらいまでしか適正はなくてさ。ユキさんみたいに、ゲームなら何でも! ってはいかないんだ」

「まあ、近接アクションは花形の一つだから行けるとは思うけど、射撃や魔法なんかを除くと、確かに選択肢は狭まるね」


 特化型のプレイヤーというのは、もちろん存在する。しかし、ゲームには流行りすたりが存在し、その特化したゲームの流行が去ってしまうと、途端に厳しくなってしまう。

 それでも企業提供スポンサードが付いていればある程度安定はするのだが、賞金一本でやっていると、もう完全に詰みに近い。


 ユキは、アマチュアでも参加できる、賞金の付いた大会全てのジャンルを網羅もうらする、という離れ業をやってのけたからこそのあの収入だったのだ。


「まあ、だからこそソフィーさんの、己をプロデュースするって策略は有効だよ」

「誰か企業さんの目にそれが留まれば、支援してくださるかも知れないのですね」

「そうだねアイリ。それか、いっそソフィーさん自身をコンテンツとして昇華してしまうとかね」

「私がコンテンツ、ってアイドルってこと? うわぁ、無理無理、むりだぁ……!」


 理解が早くて助かるが、そう大げさな話でもない。

 アイドルというと、歌って踊れるトップアイドルをどうしてもイメージしてしまうだろうが、そこまで行かずともアイドルは成立する。


 言い方は悪いが、少しばかり有名な一般人。

 例えば人気の個人デザイナー、例えば人気の個人料理人。そういった存在も、アイドル的な発信力を持つ。それのゲーム版になればいいのだ。

 ゲーム版、というよりも、ソフィーなら剣術版アイドルになれるのではなかろうか?


「マツバ君って居たでしょ? あの子が、一番近い例なんじゃないかな」

「うんうん! 確かにアイドルっていうから、あの子どこかに所属してるのかと思ったけど、調べてみたら個人事業主だった!」

「こじんじぎょうぬし! 難しい言葉なのです!」

「ギルドから独立した職人、ってところかなあ?」


 その人にアイドル的な人気があれば、職業アイドルとしての肩書がなくともアイドル的な人気が出てファンが付く、という例は多い。

 もちろん、生半可な努力で成し得ることではないが、ソフィーの実力と、自然と人を引き付けるこの魅力があれば、十分に可能だとハルは踏んでいる。

 現に、このゲームの中においても、彼女の人気はもう十分に高い。

 今回だって、ソフィーが他の誘いを蹴ってハルと参加すると知れた時は、掲示板は怨嗟の声で包まれたものだ。知ったことではないが。


「分かりました! つまり、ハルさんはソフィーさんのプロデューサーになるという事なのです! “ハルぴー”です!」

「忘れた頃に来るねハルPが……、その響きはちょっとアレだけど、まあ、そんな感じなのかなあ……」

「頼もしいね! あ、でも良いの? そういうことなら、ハルさんがアイドルみたいにデビューすれば、ずっとずーっと人気が出ると思うんだけど」

「僕は遠慮しておくよ。前にも言った気がするけど、僕はそういうの向いてないから」


 ルナは喜ぶだろうけれど、あまりそうした自分を売り出す活動は気乗りがしないハルだった。

 多方面でゲームが上手いハルは、潜在的な人気が高く、確かに既に成功の芽は出ているのだが、自身の性質が邪魔をしている。

 出自が管理者として、裏方としての存在であるため、注目を浴びるのを避けがちなのかも知れない。


 黒幕気質、などとそんなハルを評したのは果たして誰であったか?


「まあ、だからそんな感じで、僕はソフィーさんのことを全力でサポートするよ。僕も例のゲームはやるから、ゲーム内でも手伝えるかは分からないけど」

「大丈夫! そこは自分の力でやらないとね! ハルさんに手伝ってもらったら、それこそファンを取られちゃう! あはは!」


 ハルにそんな気は無いが、確かにそういうこともあるだろう。

 それにこれから彼女が活動していくにあたって、『ハルのおこぼれで目だった』、という風評は避けたいものだ。

 ハルは、裏方のサポートに徹し、ソフィーが気兼ねなくプレイできる環境作りに専念するのが良いだろう。


 おそらく、ゲームの開始時期が彼女の再生治療とかぶることになる。いっそ、自宅かルナの実家に招いてそこで例の医療用ポッドに入ってもらうのが良いかも知れない。

 治療中は、ゲームし放題だ。そちらに専念できるだろう。


「ですが、具体的にはどうするのですか? わたくし、正直なところ実感が沸かず……」

「あ、ごめんね! アイリちゃん、NPCさんだもんね! なんか、そんな気が全くなくって!」

「平気だよ。アイリもこう見えて、生放送なんかの知識は十分にあるから」

「すごい! 流石はハルさんの嫁!」

「ありがとうございます! えへへへ……」


 要は、ソフィーが攻略する様子を常に生放送にて配信し、そこで実績を出すことで人気を得る。単純な話だ。

 大会が終われば放送も終わり、一時の稼ぎで終了ではないか? と感じるかも知れないが、ソフィー自身の人柄にファンが付けば、その限りではない。

 それはゲームが終わっても、次の活動に繋がり、次第に彼女が何をやってもファンは楽しめるコンテンツと化す。


 だがその為には、当然ながら攻略面でも大きな実績を上げなければならないだろう。

 なかなか面白くなってきた。ハルは裏方としてソフィーをプロデュースする楽しみも、次第に胸に募らせていくのであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2022/7/25)

 追加で修正を行いました。重ねて、ありがとうございます。(2023/1/11)


 更に修正を行いました。(2023/5/15)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ