第495話 土壌改造計画
「そいえばさ、ハル君」
「はい、何かなユキ君」
「メタ助のこの工場使えばさ、日本の方のエーテル、無限供給いけるくね?」
「……いける、よね、多分それは」
「……いっとく?」
「いや、そんな軽々しくは……」
エーテル、魔力だったり神の名だったりと、最近はややこしいその名だが、ここでの『ナノマシン』は日本で使われている一般的な名詞についてだ。
大気を満たし、人と共生する、万能の効果を持つナノマシン群。だがその特性上、寿命が短いという欠点があった。
その全てを有機物により構成されたエーテルは、自己増殖が非常にしにくいという仕様が組み込まれている。
組成はタンパク質に近い構成になっているため、無差別に自己増殖してしまうと宿主である人体にも害が出る。
よって、複雑に、専用に調整された栄養素でしか、増殖が行えないというある種の安全装置が組み込まれているのだ。
「だから、僕がこっちの世界でエーテルを<物質化>しても、僕の手の届く範囲でしかエーテルネットは繋がらない」
「何回か、そーゆー説明うけた気がする」
「にゃっ」
ユキやメタと共に、その基本を今一度、一つ一つ確認してゆく。
異世界であるこちら側でも、ハルは<物質化>によりエーテルネットを開通させること自体は簡単に可能だ。しかし、その維持が難しい。
放置すればじきに崩壊して意味を消失するエーテルは、その“餌”が無ければネットワーク強度を維持できない。
もちろんハルは餌も<物質化>が可能だが、ハル一人では距離的にも、時間的にも手間が大きすぎる。
国の全ての土地に、しかも二十三時間体制で(こちらの世界は一日が少し短い)、休まず餌を供給し続けなければならない。
日本ではその作業は完全に無人化され、誰一人として意識することなく、エーテル濃度の薄くなった地域に自動で餌は供給される。
「そこを、この工場で作る商品をエーテルの餌にしてさぁ……」
「にゃうにゃう」「そして世界に」「撒いていく」「エーテルの元」「撒いていく」「人は気付かず」「知らぬ間に」「エーテルネットに」「汚染感染」「ハルの管理に」「加入編入」「あわれこの地は」「ハルの土地」「それはひいては」「猫の庭」「ネコの支配に」「ひれ伏すにゃん!」「にゃうにゃう」
「いや汚染とか言うのやめようメタちゃん? エーテルネットは精神汚染じゃないから」
「ごめんにゃ!」
「突っ込むとこそこじゃないよねハル君?」
神様流のブラックジョークだ。ここはあえて突っ込まないことで冗談感を際立たせるのがコツである。
まあ、真面目な話エーテルネットを悪用して人心を支配するつもりなど全く無いし、言ってしまうと支配だけなら現状でもやる気になればやれてしまう。
魔法的に整備されたゲーム内の『住民票』を使って、マリーゴールドが計画した精神の統合だ。
「やる?」
「……真面目な話、将来的にはやってもいいと思う」
「今じゃないんだ」
「うん。日本に魔力を浸透させるのも今じゃないように、こっちにエーテルネットを普及させるのも今じゃないかな」
「にゃーお」
現在、こちら異世界においてエーテルネットに接続している者はごく少数。
アイリとメイドさん、そしてエメくらい。エメは人間ではなくなったので例外か。メイドさんはまだ使い方に慣れておらず、ルナたちに説明を受けながら少しずつ学んでいる最中である。
「確かに、こっちの人達にとってはネットは魔法みたいなものかー」
「だろうね。遠隔通信の技術すら限定的だから、相当な混乱が起こる。あまり遊び半分でやるものじゃないだろう」
「うにゃっ!」
「その通りだねぇ。いい案だと思ったんだけど」
「ユキにとってはネットこそ正義だからね」
いずれ、二つの世界が近づくにつれ、少しずつ少しずつ進めていくしかないのだろう。重力異常の解消のように、一気に押し通せば問題が多い。
社会的な混乱以外にも、個人においても、精神面でもそれは免れない。
人は変化を恐れる生き物だ。それが例え素晴らしいものであっても、生物としての本能がそうさせる。
種として生き延びるためには、環境の変化は悪である。
状況の停滞、良くいえば平穏を望むハルもその気持ちはよく理解できる。
「まあ、そのくせ退屈は嫌うのが生き物の厄介なところだけどね」
「刺激が必要なんだよ、やっぱりさ」
「ユキが言うと説得力ある」
「にゃ~♪」
だが、今のこの世界、黙っていても刺激的だ。使徒という名のプレイヤーが次々と押し寄せてくる。
やはりエーテルネットは、機を見ながら少しずつ慎重に普及していこうと思うハルだった。
◇
「んじゃ、なに作る?」
「にゃーう?」
「え、なんか作るの前提なんだ」
「うん。だってせっかく来たんだし」
「なうなう」
メタの施設において、非常に図々しいユキだった。
しかしメタ本人は、特にそれを否定する様子はない。彼女の遊びにつきあって施設を稼働させることは、やぶさかではないようだ。
「メタちゃん、施設に余裕はあるの?」
「にゃんにゃん」「それはユキの」「読み通り」「聡い彼女の」「読み通り」「本日我らの工場は」「絶賛在庫の」「増産中」「未来の備えを」「備蓄中」「第二生産」「第三生産」「需要に対して」「110%」「既にこの星」「我らの庇護を」「離れて独自に」「稼働中」「あとは安定」「待機中」「にゃ!」
「なるほど。その任務が終了したから、僕らのゲームに参加したって部分もあるんだ」
「にゃん!」
「やっぱし。そうだと思った」
「流石の直感だね、ユキも」
ずうずうしいお願いをすると思ったら、直感的にそれを読み取っていたようだ。データを見ないうちは確信しないハルとしては、一歩先を行かれた思いである。
こういうところ、ユキは侮れなかったりする。もちろん、侮っている訳ではないハルなのだが。
「んじゃ、なに作ろっか!」
「作るのは確定なのか。と言っても、単純な組成の物は<物質化>で作れちゃうからなあ……」
「なあーう……」
しかも、魔力から物を作りだす<物質化>と違い、この工場は星の資源を吸い取って稼働する等価交換。
好き放題に次から次へと配列変換を行う訳にはいかなかった。
「いきもの、つくるにゃ?」
「わお、まさに神の如く、だね」
「……今さら倫理を気にする僕じゃないけど、それは止めておくよ」
「にゃうにゃう?」
「ん、単純に、必要性が薄いからだね。僕なら、類似品を遺伝子操作で作り出さずとも、必要な本家本元を<転移>でこっちに連れてこれる」
「おお! キャトるんだ!」
「拉致る言うな……、やっぱり、オリジナルの方が何かと融通はきくからね」
神様たちが遺伝子操作に手を出したのは、日本の動植物を直接こちらへ転送してくることが出来なかったためだ。
神は、二つの世界を隔てる次元の壁を越えられない。不可能ではないが、局所的に行うだけでも膨大な魔力を消費するのだった。
そのため環境の改善や再現をするにも、近似値の種を産み出しての作戦を強いられていた。
「……そうだね、じゃあ、その辺を僕がやってみるか。唯一それが可能な存在の訳だし」
「やるにゃん!」
「おお、珍しくやる気じゃんハル君。なにすんの?」
「あのクレーター。僕が貰っちゃって、そこの環境から変えてみようかなって」
「あ、前に言ってたね。うちらの土地として街を作るって」
「だね。ただ、その遊びはもうゲームで満たされた感があるから、街じゃなくて土地そのものを作り替えていこうかなって」
「荒野を畑にだ!」
「別に畑にするって訳じゃないけどね」
惑星創造に近いだろうか。草一本も生えない不毛の地を、緑豊かに再生する。
そのための種を、日本から持ってきてあの地に根付かせようかと考えている。
皆で、その作業をしていくのも楽しいだろう。
「あそこまでメタちゃん、パイプラインを通せる?」
「にゃん♪」
「まずは土壌改善だ! それも楽しそうだね!」
気長な、非常に長い期間の楽しみになるだろう。ハルたちはその光景を夢想し、さっそく工場の設定を弄っていくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/19)




