第494話 工場を運営しよう
「にゃうにゃう」「星の運行」「死の運行」「一夜で狂った」「生態系」「時は経てども」「元には戻らず」「やがては人にも」「悪影響」「ひいては神にも」「悪影響」「ゆえに我らは」「お手伝い」「環境なおす」「お手伝い」「ここはそのため」「星のため」「大地を癒す」「お医者さん」「にゃうにゃう」
「なるほど。星の環境改善に、メタちゃんはずっと動いてくれてた訳だ」
「いいやつだねー、メタ助は。よしよーし、いいこいいこー」
「ごろ♪ ごろ♪」
ユキに撫でられて、ご満悦なメタだ。また気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
大勢の猫の群れ、メタの分身たちのたどたどしい説明を総合していくと、かつての大災害で起こった自然環境の大変化。それを平常へと戻すことを目的に働いているらしい。
今でこそ安定しているが、地軸がズレるほどの重力異常は、発生当時はそれはもう巨大なエネルギーが発生し、星全体を襲ったという。
地震等の直接的な被害はもちろん、その後の後遺症とも言うべき環境変化も大きかった。
火山の活性化、粉塵の飛散、海温の変化。それらは容易く生態系に影響を与え、ともすれば一気に種の大絶滅が起こっていたことだろう。
それを防ぐために、いち早く動いたのがメタをはじめとした、一部の神様だったという。
「にゃう。我々は、えと、いっぱいあった頃の魔力が、人に、使われちゃう前に、その、頑張った! にゃん!」
「大丈夫だよメタちゃん。無理に筋道立てようとしなくても」
「そーそー、どーせハル君には伝わるから。そんで、私はどーせハル君から改めて説明してもらうから」
「ふにゃん♪」
「……ユキは自分で理解する努力しようね?」
まあ、自分で言うほどユキも理解力が低くはない。むしろ、感覚派なぶんメタ達のことばをすんなり理解しやすいタイプやも知れなかった。
何とか論理的な言葉を話そうとがんばるメタを、ハルも落ち着かせるように撫でてやる。
メタもそれで安心したように、いつもの話しやすい言葉の多重奏によって、説明を続けるのだった。
「なうなう」「増える粉塵」「減る植物」「代わりにはびこる」「水土の澱み」「いらない栄養」「いる栄養」「バランス崩れ」「種族も崩れ」「あわれ崩壊」「大変身」「環境いっきに」「大変身」「ならば栄養」「吸い取って」「上手に仕立てて」「ご配給」「元の大地に」「ご配給」「なうなう」
「なるほど。このプラントは、大気と地質の改善プラントってことだね」
「にゃ!」
「具体的にはなにやってんの?」
「まあ、多分だけど。空気や水、土なんかを濾しとるように収集して、それを強引に配列変換して環境に良い栄養素にするのかな」
「にゃおん♪」
「ほえー、メタちゃんはかしこいねー……」
実際、かなり高度な処理だ。単に魔法で機械を生成するだけでは、成し遂げられぬ偉業。
一夜にして激変し、その後も放置続ければ変化しつづける星の環境。
通常なら、時間をかけて待ち続ければ、徐々に元の姿へと戻ろうとする回復力が働くだろう。
しかし、この星は一部の重力自体が、元となる環境それ自体が狂ってしまっている。ただ、待つだけでは、決して元には戻ることはない。
それをかつての姿へと戻す作業。その一角を担ったのがメタだということだろう。
「にゃん」「我らはとっても」「頑張った!」「素敵な世界」「美しい星」「かつての環境」「取り戻す」「世のため人のため」「猫のため」「猫は毎日」「頑張った!」「けれども猫では」「手が足りず……」「猫の手借りても」「手は足りず」「にゃん……」
「大変だったんだねメタちゃんも」
「ふみゃー……」
「誰か手伝ってくれたん?」
「くれたにゃん!」
「おー、良かったねーメタ助ー」
「ふみゃお♪」
メタの他の神様はもちろん、かつてのこの地の住人たちも、また星の為に死力を尽くしたらしい。
残った魔力を奪い合うために、互いに相争っていたという印象ばかりが残っているが(そして、残念ながら事実でもあるが)、全ての人間がそうだった訳でもない。
まだ魔力が潤沢にあるうちに、魔法によってなんとか環境を改善しようと立ち上がる人も居たようだ。
「にゃんにゃん」「我らは当時は」「魔法が苦手」「代わりに人は」「物理が苦手」「そこで我らが」「星を読み」「人はそこから」「風を知る」「風をせき止め」「雲を集めて」「大地をならして」「種を撒く」「水を清めて」「ふりかける」「命をはぐくみ」「あたためる」「にゃん!」
「そっか、そういえば、『生体研究所』もメタちゃんが手伝ってたんだよね」
「ふみゃっ!」
「あー、カナちゃんたちが地球の生き物を遺伝子操作して生み出したやつだ。そこは、メタ助たちは良かったの?」
「それは、仕方ない、にゃ!」
「まあ、どのみち完全な元通りは、残念ながら不可能だろうからね」
「にゃー」
カナリーたちがゲーム世界を作るにあたって、日本人に馴染みのある環境へと改造すべく、地球の動植物の遺伝子データからこの地へ再現したあの話だ。
残念ながら、劇的な環境変化に耐えきれず、絶滅してしまった動植物も居ただろう。ヴァーミリオンの巨獣などがそれにあたる。
そのぽっかりと空いた穴を埋めるためにも、環境に適応した生物を神工的に生み出すという工程は避けられなかったのだろう。
このメタの本拠地にもその設備は存在するようで、猫の群れに導かれて進むハルとユキの目の前にも、そうした動植物を培養器により生み出す区画が現れていた。
ぼんやりとした光に照らし出された、溶液の満ちたオレンジ色のカプセル。
その中では、今もなお新たな命が育まれている最中のようである。
「まだまだ、自然に任せることは出来ないんだねぇ。私なんか、あの重力異常を直せば解決なのかと思ってたよ」
「うん。まだ、まだ、なんだよ。少しずつ、ゆっくり、にゃ」
「……あれの解消の研究も、進めてみようか。このままだと、この状態が自然になっちゃいそうだしね」
「にゃうにゃう」「それは必要」「みな必要」「我らも是非に」「お頼みしたい」「あの地は神は」「みな嫌う」「縁起が悪いと」「近寄らない」「神に縁起を」「気にさせる」「理屈を越えた」「不吉な地」「故に進まぬ」「解決法」「今の今まで」「対処療法」「見て見ぬふりの」「押し付け合い」「にゃう……」
「まあ、君らの計算力が『不吉』とはじき出したんなら、何か問題があったんだろうさ。無意識で避けるだけのね」
「エメっちのせいでは?」
「…………まあ、エメも解法についてはお手上げだったようだし」
メタの話を詳しく聞いていくと、今も海流や、それに影響を受ける風の流れも、地球と比べると異常が強いようだ。
カナリーたちのゲーム世界でも、気候の調整は常時行い続けるのが必須となっている。
惑星全体の規模で見ても、今も当時の人々が設置した大規模魔法を、改善しながら運用し続けているらしい。
風や水の流れを操り、正常に近づける。
メタのプラントはその流れの集まる位置に存在しており、その流れに乗って集まった物質を材料に、新たな物質を作り出しているらしかった。
ハルとユキは、猫に連れられ、中心部にあるその区画へと足を踏み入れた。
*
「ふみゃっ! みゃおん♪」
「おー、すごいすごい。メタ助も自慢げだ!」
「いや、自慢するだけのことはあるよ。実際すごい、この施設は」
「にゃんにゃん♪」
ごうん、ごうん、と低い音と振動を発して、動き続けるメタのプラント。
外部から運ばれてきた様々な素材がチューブを通り、仕分けられて砕かれて、混ぜ合わされて生み出されてゆく。
必要以上に発生してしまった過剰な栄養素、または生物に対する有害物質。それらを収集して素材とし、有益な物質、使いやすい物質へと作り替える。
その作業が、このみっちりと詰まった最高効率の工場によって、日夜繰り返されているのだ。
「……見れば見るほど隙が無い。効率の極みだね、流石は研究所のAI」
「にゃっふーっ」
「あはは、二人で出身自慢してるよ」
「したくもなる。配線を引くゲームなら満点だ」
「いや、配線を引くゲームって何さ……」
世の中には、工場を運営するゲームは実は数多くある。中にはこのメタのプラントのように、素材を集めるところから全て自分の手で行うものも存在する。
ものづくりゲームの亜種だと考えていいだろう。作る事自体が楽しさだ。
……いや、本来は作る事その物が楽しさであるはずなのだが、やっているとこれが、別の部分に楽しみを見出すようになってきてしまう。
それが、効率化であった。
単位時間あたりに、一個でも多く成果物を作り上げる。単位面積あたり、一個でも多く機材を設置する。
その為には、適当に機材を配置してはならず、適当に機械間のラインを引いてはいけない。
素材搬入ライン、エネルギー供給ライン、製品排出ライン、他にも様々。
それら全てを総合し、完璧な効率をはじき出すには、高度に数学的な知識だったり、最短経路の問題を処理する時間配分のセンスが問われるのだった。
気分はまるで最高難度のパズルゲームだ。
余談であった。まあ、要するにメタの本拠地であるここは、そうしたゲームで最大効率を出したような機能美が完成しているのだ。
ゲームではなく、実際に工場を運営しているので、当然であるのだが。
「組み立てを魔法で行うからこそ出来る密度だよね。日本の方でも、エーテル技術が成熟するまでここまでの効率は不可能だったはず」
「にゃん!」
「ハル君に褒められて、メタちゃんも嬉しそうだ」
「ふみゃ~」
「……あれ? でも、今の日本では、こういう工場って見ないよね? 私が知らないだけで、結構あんのかな?」
「工場のことなんて普通に暮らしてれば知らないのも仕方ないよね。まあ、無いんだけどさ」
「ないんかーい」
作ろうと思えば作れるのは事実だが、そういった物は実際にはほぼ存在しない。
これは、建造に知識と手間が非常にかかるといったコスト面もあるのだが、作る理由それ自体が薄いというのが一番のものだろう。
まず一つ目に、工場の必要性が薄い。
エーテル技術を駆使して、そうした緻密なシステムを建造できるということは裏を返せば、もう工場の必要性すら薄いということだ。
エーテル技術を用いて、生産品を直接作り出してしまえば済む。
この世界の魔力事情と違い、エーテルエネルギーは無尽蔵に近いのである。
もちろん、機械で自動生産できればその方が楽なのは確かだが、そこまで大量生産する必要性が存在しないし、応用も効かない。
需要が薄れればせっかくの設備も形無しだ。その反面、メタのプラントは需要が惑星規模。需要は底なしである。
二つ目の理由としては、敷地面積をそこまで気にする理由が薄い。
別に、適当に置いてしまっても、現代は土地が足りなくなることはあまり無かった。
反面メタのプラントは、魔力ですっぽりと覆ってやる必要が存在する。
少ない魔力を有効に活用するための、凝縮されたこの芸術性なのである。
そんな、考えつくされたラインの流れを、三人はしばらくぼんやりと眺めて過ごす。自身の自信作に、メタも満足げ。
合成されてはこの星の各地へと届けられる素材、ひいてはそれは少しずつこの星を癒す糧となるだろう。
ハルも久々に、工場運営ゲームをプレイしたいような気分になってくるのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/18)




