第493話 にゃうにゃう、なうん
クレーターを出た後は、ハルたち三人はその足によって、高速にこの星の大地を駆けていった。スケールの大きすぎるお散歩の始まりだ。
あのクレーターへと<転移>したのは、外の世界に設置した支配魔力では比較的あそこがメタの生産施設に近いことがあるが、たまにはこうしてゲームの外の世界を思い切り探索してみたいという思いがあった。
なんだかんだ言って、ハルたちの活動範囲は基本的にゲーム内に限られる。
もちろん、ゲーム内もまだまだ調べつくしていない広大な土地ではあるが、それ以上に世界はまだまだ広い。
そんな初めての土地を贅沢に駆け抜けて、メタのプラントへと一行は辿り着いたのだった。
「とーっちゃっく! おお、半分地面に埋まってる。なんだか、秘密基地みたいだねーメタ助」
「なうん♪」
「これは、断層を埋める形で作られた施設かな? ……当時の天変地異か、この大きさの地殻変動は」
「にゃっ」
メタが首を縦に振って真剣に頷いた。あのクレーターの重力異常により、この星に起こった大きな地軸のズレ。
それは当然大地に大きな爪痕を残す大規模な異変であり、メタのプラントはそんな大地の裂け目、大断層の中に隙間を埋めるように作られていた。
いや、遠目からは隙間であるが、その大きさは近づいてみれば非常に大きな面積だ。
更に見えない地下へも広がっているようであり、メタの本拠地は想像以上に広大な面積に、いや、体積に渡るようである。
その内部、メタの支配する魔力圏の範囲へとハルたちは踏み込んでいくのだった。
「……ふいぃー。これでひと息付けるね! ハル君に首輪を付けられた気分だった!」
「こら、ルナが喜びそうなこと言わないの。確かに、僕の周囲数メートルから離れることは出来ないけどさ」
「にゃっふっふ」
「道中、何度見えない壁に頭をぶつけたことか……」
「元気なワンちゃんだこと」
「にゃんわん♪」
「くっそー。メタ助はいいよなー。魔力の外でも活動できる神様の特性ボディーでさぁ」
一般的なキャラクターとしての身体を使用している今のユキは、ゲーム内同様の魔力の範囲内でしか活動できない。
ハルの移動に合わせて連れ歩くように同時に移動して行く魔力の範囲から出ることは出来ず、元気な彼女はときおりその範囲の境界線にぶつかって衝突事故をおこしていた。
そのたび鼻をさするユキが可愛かったので、ついわざと一歩遅らせようかといじわるな気持ちに駆られたハルなのだった。
「ハル君も、うちのはしゃぎ過ぎに合わせてくれてあんがと!」
そんなハルのいたずら心を知らず、ユキはお転婆な自分を省みるように礼を述べる。
それを聞いて、変ないたずらはしなくて良かったと胸をなでおろす気分のハルである。やっていたら罪悪感が凄そうだ、これは。
さて、それはさておき、メタの本拠地は当然ながら非常に近代的で複雑な見た目の、機械あふれる施設だった。
主不在の無人の施設なれど、内部からは、奥の方からは腹に響くような低い駆動音が鳴り続けている。この施設が、現在も稼働中であることの証左であった。
「遠隔操作かな? メタ助も、けっこう魔力持ってんねー。ここ、どんだけ広いんだろ」
「ふみゃん♪」
「お、自慢げな顔。結構大きそうだねぇ。……ん? 魔力があるなら、ここに直接<転移>で飛んで来れば良かったんでない?」
「み……、うみゃ……!」
「お散歩の続きがしたかったんだよね、メタちゃん?」
「にゃーお!」
これは、忘れていたのだろうか?
だとしたら案外、抜けている所もあって可愛らしいのではないだろうか。ハルたちと過ごすようになって、陽だまりの中で平和にごろごろと過ごす猫の日々。
そうした、神様としての常識を忘れてしまうのは、きっと素敵なことなんだろう。
「にゃ、にゃんにゃん!」
「ん? どーしたメタ助。この奥になんかあんの?」
己の失念をごまかすように、メタは入口をくぐった先に続く通路の奥を指し示す。
施設の大きさに反比例して、通路の幅は微妙に狭い。
これは、効率を最大限高めた凝縮された設備であることを示すと同時に、この地が人間用に作られていないことも、また示しているようだった。
見れば、一般的な人間サイズの通路の他に、人では通れぬ小さな穴が数多く開いているのが見て取れる。
その奥からは、よくよく見てみれば光る一対の瞳が、闇の中からこちらをじっと見つめていたのである。
「うわぉ! おどろいたー! メタ助ー、暗いところで目を光らせないのー、びっくりしちゃうよぉ……」
「ふにゃにやっ」
「もー、笑うなー」
「にゃん♪」「にゃうにゃう」「なうなう」「にゃうにゃうなう」「にゃおん」
「ここの管理用のメタちゃん達かな?」
「にゃ!」
その小さな隙間の中から、次々に現れる子猫たち。
メタが操る、メタの分身。機械で作られた同体による猫部隊であった。
無人のように感じられたこの地であるが、人はおらずとも猫はいる。
この猫たちの手によって、この地の運用やメンテナンスは行われ、管理されているのだ。
その数はどんどん増えていく。それは、メタの優れた処理能力を象徴しているようだった。この施設内に限らず、メタは機械の分身を世界中に放って運用していた。
「全部で何体くらい居るんだろうね。これも、他の神様には真似できないメタちゃんの唯一性なんじゃない?」
「あー、そっかー。メタ助がお屋敷の庭で満足してるのは、自分が出歩かなくてもこの分身で好きなだけお外をお散歩できるからかぁ……」
「ユキの感心のしかたは面白いね」
「にゃうにゃう♪」
確かに、メタほどこの星を隅々まで歩き回った者は居ないだろう。距離的にも時間的にも、常人には決して真似できない、お散歩の達人だ。
その“メタたち”に先導されて、ハルたちは施設の奥へと進んで行くのだった。
*
「にゃう」「にゃうにゃう」「にゃうにゃうにゃう」
「ん、どしたんメタ助?」
「にゃうにゃう」「ようこそハル」「ようこそユキ」「我らの飼い主」「雇い主」「言葉を飾れば?」「契約者」「おかげで今日まで」「毎日三食」「毎日おやつに」「昼寝つき」「夢のような日々」「すごい日々」「ひだまりの落ちる」「天空城」「にゃうにゃう♪」
「おわ! またびっくりした! そういえばメタ助、喋れたんだっけ」
「普段に一人の時は喋らないからね。忘れがちだ」
「なうなう」「我らは猫」「人にあらず」「しかし時には?」「猫にもあらず」「その実AI」「つまり神」「言葉を語るに?」「造作なし?」「それは言い過ぎ」「苦手過ぎ」「けれども感謝は」「伝えたい」「人の言葉で」「伝えたい」「にゃおん!」
「ありがとね、メタちゃん。僕らも君が居て、いつも助かってるし嬉しいよ」
「うんうん。いつでも、お散歩に行こう!」
「にゃ!」
三食昼寝付き、ついでにおやつ付き。それがハルとメタの間に交わされた協力関係の契約内容だ。
一見、神の力を借りるには軽すぎるように感じるその契約だったが、よくよく深く考えてみると、これが難しく奥深い。
あたりまえで平和な日々、それを途切れることなくこの小さな命に提供しつづける。そのことは、ハルに様々な自戒を抱かせる契機となったのだった。
「……僕は、上手くやれてる? 今後もメタちゃんに、ご飯を出して、安心したお昼寝をさせてあげられるかな?」
「にゃうにゃう♪」
多数のメタたちが集まり、今は人の言葉を紡げるようになっている。しかし、あえてそんな中でもメタは猫の言葉で一声、肯定の意を示すのだった。
語るまでも無い。そう告げてくるようなその信頼感に、目頭が熱くなる思いのハルである。
そんな、こちらも珍しい様子のハルを茶化すように、隣のユキが肘で軽くハルの脇腹を突っついてきた。
「うりうり、どーしたのさハル君。感極まったような顔しちゃってー」
「にゃうん♪」
「いや、色々あったからね。その成果を、メタちゃんに認めてもらったようで、なんか嬉しくてね」
「メタ助はいつだってハル君のこと認めてたぞー? それが分からぬとは、ハル君もまだまだよのー?」
「あはは、本当だ」
「なうん!」
そうして少しの間、ユキに珍しく動揺した様子を揶揄されつつも、二人と大勢の猫は穏やかに笑い合う。
そんな中、ふと急に思い出したかのように、ユキがこの地に来た目的に立ち返った。
別に、メタのお宅訪問して彼らと言葉を交わすだけで終わりでもいいのだが、ハルとしてもそこは実際気になっていた。
「あ、そだそだ。メタ助さー、ここで何やってんのそういえば? この音って何か、作ってるん?」
「にゃにゃ!」
その言葉に応えるように、メタの群れは施設の更に奥へと元気に駆けてゆく。
ハルとユキも、好奇心に胸を膨らませながら、その行進に続くのだった。




