第492話 猫とゆく星のお散歩
「にゃうにゃう」
「ん? どうしたのメタちゃん。メタちゃんも家が欲しい?」
「にゃーにゃ」
「今のままでいいの?」
「にゃ!」
ハルが次々と神様の家作りの作業を行っていると、足元に猫のメタがすり寄ってきた。
メタももしかしたら家が欲しいのかと思ったが、特にそんなことはなく、単純に遊びたいだけのようだ。
現在、メタはハルたちの住むお屋敷に居ついており、部屋をひとつ与えられている。
ただそこはあまり使うことがなく、主に誰かの居ることの多い談話室を拠点として、そこで遊んでいることが多かった。
談話室の一角にはふかふかのクッションの入ったバスケットがあり、落ち着きたいときはそこで丸くなるのだ。
「メタ助のおうちって作るとしたらどうなるん? 猫小屋?」
「にゃ~……」
「お、嫌か。猫小屋は嫌かーメタ助ー」
「にゃう!」
犬小屋はよく聞くが猫小屋は聞かない。猫には合わないのかも知れなかった。
ユキも手持ち無沙汰であったようで、家作りに手を取られているハルの代わりに足元のメタと遊んでくれる。
「うりうりー、うりうりうりー」
「みゃみゃ、みゃうみゃう♪ にゃーん♪」
「うりうりー……、そいえばさ、メタ助はいっつもお部屋で何して遊んでんの?」
「にゃー?」
メタは、特に部屋で何かして遊んだりはしていない。というよりも、部屋には遊ぶような何かは存在しない。
メイドさんは何か用意したかったようだが、メタが特に必要としなかった。
更に、この世界には猫用の遊具や猫用足場、といった概念もまだ存在しない。なにか気の利いた物を設置しようにも、そうした存在が思いつかないのだ。
「メタちゃん、部屋にアスレチックか何か作る?」
「なうー?」
「あはは、メタ助にとって普通の猫用のおもちゃなんて、なにも楽しくないもんねー?」
「うにゃ!」
確かに、木組みの段差をくみ上げたとしても、メタにとっては何の障害にもならない。
忘れがちだが、メタもまた神様、元はAIが意思を持った存在である。通常の猫とは比べ物にならない空間把握力と身体能力、計算力を備えている。
足場に飛び移ることは造作もなく、またその身体は魔力で織り上げられているために、運動という観点でも意味が無いのだ。
「じゃあメタ助は、暇になったら野山を駆け回っているわけだ!」
「野山て……」
「うみゃおー……」
たしかにメタは外へ遊びに行くことも多いが、それでも駆け回って遊んでいるイメージはあまりない。
メタが元気に駆け回るのは、アイリのような元気な相手と共に出かけるときくらいで、本人は基本的に大人しい気質の猫だった。
「よし、駆けっこするか、メタ助!」
「にゃう!」
「どうせならユキも身体おこして運動すれば? そのキャラクターで走っても、なんだしさ」
「メタ助、駆けっこは止めておさんぽにしようか! 私が最高速だしたら、迷惑だしね!」
「にゃう! にゃっふふ」
非常に、それこそメタ以上に大人しい気質となってしまう“ログアウトした方のユキ”。その話を出されて急に怖じ気づく彼女に、メタも苦笑いだ。
ただ、お散歩できるだけでも楽しいようで、特に不満はないらしい。
せっかくなので、ハルも二人に同行し、少しばかり息抜きのお散歩としゃれ込もうと思うのであった。
*
「ねーハル君。天空城に山とかないの? お散歩コースが平坦だぜ?」
「んー、このサイズの浮島で山を作ってもね。バランス悪くなっちゃうし。一応、ゆるやかな起伏はあるよ」
「この程度の丘では、私も、メタ助も、満足しないのだ!」
「なうん!」
「本体叩き起こして歩かせるぞー?」
それを言ってしまえば、今のユキであれば例え断崖絶壁であろうと物ともしないだろう。そのために険しい山を作ってやる訳には、さすがにいかないのだ。
「じゃあ山作っても問題ないくらい、浮島を大陸にしない?」
「みゃみゃっ!?」
「楽しそうな発想ではあるけど。それやっちゃうと、下の王都の日照権がね」
「あっ」
天空城がこの位置にあるのは、王都から目視できる、ということが前提として条件にあるためだ。
国を守護するカナリーは引退したが、この天空城に住み、ここから民を見守ってくれている、と安心感を与えている。
それ故に、天空城は原則、この位置を動くわけにいかなかった。
もし浮遊大陸にしてしまっては、王都の空を覆い隠してしまうだろう。
「てかそれはそれとして、大陸化できること事態は否定しないんのねー、ハル君」
「まあ、単に<物質化>の面積が増えるだけだし。魔力さえあれば、いくらでも」
「天地創造だ。神様じゃん、もうハル君。あ、メタ助も神様だったよね、出来る?」
「うにゃお! にゃうにゃう♪」
「おお、見直したぞメタ助!」
最近は忘れがちだが、メタは機械の神様だ。神々の中においても、特に<物質化>を得意とする存在だった。
相反する、とまではいかないが、機械技術というものは魔法では完全に再現できない。そのため<物質化>によって、一度すべて魔力を物質的な存在へと落とし込んでやることが必要とされるためだ。
「じゃあアレ出来るんだねメタ助は。惑星全体を生産プラントにしちゃうゲーム! ……そうやってこの星を支配しちゃおうと思ったことは無いん?」
「んーにゃ」
「無いか。メタ助は欲がないね」
「ふみゃー」
「というよりも、意味が無いんだよね。魔力があればどんな物質だろうと好きに作れるから、魔力を増やす手伝いをした方が得だ」
「なうなう♪」
一応、どの陣営も魔力資源の不足に悩まされている現状、本気で武力衝突しようとすればメタ有利なのは事実であった。
まずは、手持ちの魔力を使って生産施設を<物質化>し、周囲の大地を採掘していく。それを素材として、新たな材料を魔力に頼らず物理法則に従い合成し、プラントを拡張していく。
そして希少な素材や加工難度の高い部品だけをピンポイントで<物質化>に頼り、施設の拡大速度をどんどんスピードアップしてゆくのだ。
魔力は物理的な破壊に強く、物理法則に囚われない反則的な手段も可能になるが、使えば、必ず消費される。
こと消耗戦においては、星全体を無尽蔵な素材として使えるメタは枠を一歩飛び越えた強さを持っているのだった。
その事を、ゲームに例えながらユキに説明する。
ハルの好きな戦略ゲームはもちろん、マップにある資源を回収しながら敵施設の破壊を目指す対戦ゲームなど、例えに使えるジャンルは意外に多い。
マリンブルー主催の、『お魚さんゲーム』もまたその一つだろう。
「へー、凄いんだねメタ助。本気でやればハル君も倒せる?」
「みゃん」
メタはふるふると首を振って、否定の意思を即応する。
これは飼い主であるハルに気を遣ったというよりも、本気で無理だと認めているのだろう。ハルもまた、負けはしないという自負はある。
「条件にもよるけどね。さすがに現状ならば負けないよ」
「にゃん♪ ごろ♪ごろ♪」
恭順の意思を示すメタを褒めるように、ハルはその喉元をくすぐると、メタもまた喉を鳴らしながら気持ちよさそうに擦りつけてきた。
一応、最近はメタの希望で飼い主ということになっているが、ハルとしてはメタもまた対等な仲間の一員であり、大切な家族だ。
なのであまりこうした上からの物言いというのは良くないのかも知れないが、本人が楽しそうなのでついやってしまうハルだった。
「さすがに宇宙船もってるハル君にはメタ助も勝てないかー」
「うにゃはー」
「いや、あの戦闘艦を地表で運用することは絶対しないけど……」
それは抜きで考えても、このゲームを作り上げた神々を全て束ねた今、メタが本気を出したとしても敵ではない。
そして、それ以前の前提の段階において、ハルはメタにとっての天敵だ。
ある意味同じタイプの魔法使いであり、更には地球のエーテル技術を使いこなす者。機械の兵団を送り込んで来たとしても、ハルにとってはカモでしかなかった。
「……戦いはともかく、メタちゃんのプラントって今も健在?」
「にゃう!」
「あ、そっか。メタ助って外から来たんだよね。つまりそっちにお家持ってるんだ」
「むみゃみゃ」
「そうだねー、メタ助の家は、今はここだ」
「なうなう♪」
きっとメタが何を言っているのかはユキには伝わっていないが、この気持ちだけは正確に通じたようだ。
そのことに、知らずハルも己の頬が緩むことを自覚する。
そういえば、メタのプラントはまだ一度も見たことがないハルだ。
話ながら、天空城の散歩も一回りしてしまった。この地は神と使徒にとって、歩き回るには少々狭い。
ハルたちは更なるお散歩コースを求めて、星の地表へと降り立つことを決めた。いい機会なので、メタの本拠地も良ければ見せてもらうとしよう。
*
そうしてハルたちが<転移>したのは、かつてのエメとの決戦の地である大地に穿たれた巨大なクレーター。
エメとの決着が付いた後も、ここは変わらず異常な重力の歪みを生じさせ、この星の自転を微妙に歪ませ続けていた。
「……これも、いつかは何とかしないとね」
ハルはクレーターの底から、波頭のように反りあがった壁面を見上げる。
重力に反逆し、ありえない形で宙に固定されたその岩壁は、破片を先端に浮遊させてここが平常な地ではないことを雄弁に主張している。
「あれ? どうにかなら出来るんじゃない? さっきの、浮遊大陸を作って星の重力を調整してやれば」
「まあ、そうかも知れないんだけど、NPCの生活に影響が出るし、天変地異も起きるかもしれないし、何より根本的な解決にならない」
「難しいねー」
「にゃー」
魔力で巨大質量を<物質化>し、この地の重力異常を外から打ち消してやれば、確かにユキの言うとおり星の運行は正常に近づけられるかも知れない。
衛星として、月のように潮汐力で引っ張ってやるのだ。
ただ、異常が発生してからもうあまりに長い時間が経ち過ぎた。
今のこの星に生きる人々にとって、この状態こそが正常であり、地球の常識は彼らにとって非常識。
単純に揃えてやることが、必ずしも彼らのためとは言い難いのだった。
今後また長い時間をかけて、少しずつ解消していかねばならない。そんなことを、荒野を思い切り駆け回るユキに説明していく。
メタと共に壁を駆け上がり、重力異常で逆さに壁を散歩する様子は、不思議な騙し絵のキャットウォークを見ているようだ。
しばしの間、その広大な遊具を楽しんだ一行は、この地を起点にメタのプラントへと足を向ける。
少しばかり、遠くへと足を延ばすお散歩になりそうだった。




